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今日は丸の内の「千力」へ久しぶりに自転車でお昼を食べに行きました。7人ほどが並んでいましたが結構すぐに入店できました。評判の 海老天丼(しお)とかき揚げ丼(しお)の2つが食べられる 食べくらべ(1100円)をいただきます。しおで食べさせる天ぷらは評判通りとてもおいしいです♪。ただ、少し小振りな丼とはいえ2つは量が多いと感じました。もう歳で、あまり食べられなくなったなぁ。もう大盛は控えないとなぁ と思った昼食でした。ごちそうさまでした♪

 

千力(食べログ)
名古屋市中区丸の内2

 

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あらすじ
あなたは、あと何回親と話せるだろう。
幼いころの思い出 両親のなれそめ 感謝の気持ち 介護 お墓 お金 相続 実家の片付け
いつまでも元気だと思っていた親が、段々年を重ねてきて心配な事がちょっとずつ増えてくる。相続やお墓、介護のことなど知っているようで、じつは何も知らない。旅行に行って昔の話を聞いたり、出来るうちに親孝行もしたい。いつか「その日」がきても後悔しないように、親が元気なうちに話しておきたい様々なことを1冊にまとめました。

 

ひと言
私の親父はもう亡くなってしまいましたが、私のお袋や女房の両親は、調子の悪いところもたくさんありますが健在です。以前にも書いたことがありますが、亡くなる20日ほど前に親父に投げかけた一言がずっと今でも心に残って……。もっとどうして優しくしてやれなかったんだろう、もっと感謝の気持ちを伝えられなかったんだろう と後悔することばかりです。
まだ健在なのに、縁起でもないとこの本を借りることを躊躇する気持ちもありましたが、この本の「わかっているけどなかなか一歩が踏み出せない…そんな人に読んでいただけたらうれしいです」の一言に押されて読んでみようと借りました。

 

 

「また、宮古島にみんなで行きたいね」 そんなことを病室で話す父は悲しいというよりも、思い出の中に希望を感じているように思います。 終末期は体も不自由になりますし、食べることもできなくなります。 そんなとき、大切な人にとっての希望や栄養は、ものではなく″思い出″です。
思い出を共有することでしか生まれないあたたかな感情、それは勇気や希望だと思います。 特別な時間を味わえる旅行はすばらしい思い出。私が感じ、得られた感覚を、あなたにもぜひ感じてほしいと願っています。
思いきって、旅行の計画を立ててみませんか?
(CHAPTER 1 体・心の話)

 

 

「ありがとう」は、だれかの役に立ったという証し。 言われることで、生きていてよかったと思える究極の言葉です。「あのとき、○○してくれてありがとう」と感謝の気もちを具体的に伝えましょう。 思い切って言葉に出して、親が自分にとってありがたい存在、生きていてほしい存在であることを知ってもらってください。親を勇気づけ、生きる力を与えます。
子どもは「親って押しつけがましくて余計なことばかりする」と感じ、親は「せっかくやってあげているのに、何の感謝もない」と感じているものです。親子ですれ違っていた感情を「ありがとう」で結びつけましょう。やっぱりまだ言えない……という人は、いつか言えるように「ありがとう」をためておけるとよいですね。
(CHAPTER 1 体・心の話)

 

 

私の父の場合、入院10日後に自分で排泄したことがわからなくなりました。「おむつの中を見てくれる?」 と父が言うのでのぞくと、たくさんの便が出ていました。「気もち悪いでしょう。きれいにしよう!」 と提案すると 「恥ずかしいから、ママが来てからにする」 と拒んだので、母を待っておむつを替えることになりました。 その後、母だけではなく看護師の方にもお願いするようになりましたが、私か替えることは許してくれませんでした。このように、人に頼らなけれぱ生きられないことが、屈辱的に感じる気もちがあることを理解してください。
介護中でも本人の自尊心を保つことが重要です。そのためには手助けをするときには必ず声かけをしましょう。 あなたの助けが、押しつけでおせっかいな行動になるのか、親切な行動になるのかは、相手が決めること。「介護してやってる」「世話してやってる」と、あなたが決めることではないのです。
老後は「だれに面倒を見てもらいたいのか」「だれと暮らしたいのか」「だれが心の支えなのか」の3つは、確認しておきましょう。
(CHAPTER 2 病気・介護の話)

 

 

″供養″とは、子供養育の真ん中の2文字をとった言葉です。つまり、亡くなった魂を子どもと見立てて、この世の人間があの世に祈りをささげることで魂は育ち、浄化され、祖神(神としてまつる先祖のこと)になると考えられてきました。そして、目に見えない魂に対して祈ることで、故人の魂が浄化されるだけでなく、祈りをささげる人たちも癒やされ、悲しみが浄化されていくのです。結果、生きている人の魂が成長することにつながります。
(CHAPTER 3 お墓・お葬式の話)

 

 

遺言には3つの種類があります。
①自筆証書遺言 ②秘密証書遺言 ③公正証書遺言
この中で一番低価格で作成できるのが、自筆で遺言をしたためる自筆証書遺言ですが、書式を間違えたりすると無効になるうえ、家庭裁判所で検認してもらわなくてはいけません。また、その有効性をめぐって、相続人の間で争いになることも珍しくないのです。
相続手続きスムーズに進め、争いを防止したいなら、公証役場でつくってもらう公正証書遺言をおすすめします。 作成するには、公証役場という場所に本人が行き、証人2人の立会が必要です。作成した遺言書は公証役場で保管するので、紛失したり書き換えられたりする心配もありません。価格も、相続財産の額や遺言内容に応じて算出されるので良心的ですよ。
ときどき勘違いしている人がいますが、遺言書は財産や子どもの認知などに関すること以外には法的効力がありません。たとえば「自分のお葬式はこうしてほしい」と書かれていても法的な拘束力はないのです。ただ、遺言書にあればなるべく親の遺志をかなえてあげたいですし、「おふくろは、こういうふうに考えていたんだ」とあらためて気づくことができます。

 

 

次のような相続を考えている場合には、必ず遺言が必要です。
夫婦の間に子どもがいない場合 → 妻(夫)にすべてを残したいとき。遺言書がないと夫(妻)のきょうだいに4分の1いくことになる
息子の妻に財産を贈りたい場合 → 先に息子が亡くなっていると、その妻には相続権がない。遺言書で″遺贈″する
特定の相続人に事業を承継させたい場合 → 遺産分割で株式が分散すると、経営が成り立たなくなるおそれがあるため、遺言書が必要
内縁の妻の場合 → 内縁の妻には相続権がないので、遺言書が必要
相続人がいない場合 → 相続人がいないと遺産は原則、国庫に帰属。親しい人やお世話になった人に贈りたい、寄付したいなどの場合は遺言書が必要

 

 

他の相続人が、遺言書の内容が不公平で不服に思えば、遺留分を請求することもあります。遺留分とは、相続人に対して遺産の一定割合の取得を保証するもの。配偶者、子ども、父母に請求できます。遺留分を請求するかどうかは自由です。子どもが親の財産の遺留分を請求する場合は、遺留分は法定相続分の2分の1になります。子どもが複数いる場合には、この割合を子どもの人数で等分します。
(CHAPTER 5 相続の話)

 

 

実家を片づけるときは、″勝手に捨てない″″ゆっくり片づける″。これがキーワードです。片づけを始めると、要領よくできない親にイライラして「もういいよ、俺がやるよ!」 と言ってどんどん捨てる人がいます。よかれと思ってやってあげているのかもしれませんが、これはNGです。なぜなら親は、喪失感を″もの″で埋める傾向があるからです。年をとると、人はいろんなものを失います。自分の親、パートナー、きょうだい、親しかった友人。仕事、健康、若さ。男性らしさ、女性らしさ――。 その喪失感たるや、私たちが想像できないさみしさを伴います。すると人は心のすき間を、もので埋めようとします。だから「そんなの必要ない」と無下に捨てるのはやめましょう。
(CHAPTER 6 実家の片づけの話)

 

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あらすじ
インテリアスタイリストとして仕事をしながら、ラジオのパーソナリティーもつとめ、多忙な日々を送る帆奈美。大学同級生の夫と猫、3人での静かな暮らしは、幼馴染みのカメラマン・炯(けい)と恋に落ちたことで崩れ去る。他の男の存在に気づいた夫は、帆奈美の人格を否定する発言や行動を繰り返すようになり……。 婚外恋愛がひとりの女性にもたらした大きな変化を描く、恋愛長篇。

 

ひと言
先が気になりついつい一気に読んでしまいましたが、モラハラ夫にイケメン同級生 子離れのできない姑たちが出演するダブル不倫の、まさに昼ドラの脚本のような作品でした。快楽に目覚めるシーンも安易な設定で低俗な感じが…。ただ帆奈美が瑶子とDJとして話す内容にはハッとさせられるものがありました。

 

 

「単にプライドか傷ついただけ、って言うけど、それって心が傷つくよりも始末が悪いのよ」 白いクロスのかかったテーブルに、瑶子は優雅な仕草で頬杖をついた。 「心だったら、近しい誰かから親身になって慰めてもらえば徐々にでも癒えていく。でも、自尊心ばかりはね。自分自身が依って立つところを根こそぎ否定されたに等しいんだもの、もう一度立て直すにしたって、誰かからの言葉だけでは足りない。いったん損なわれて弱くなった部分をちゃんと補強するには、これまでとは別の、新しい自信の依りどころを獲得して、傷痕にパテを塗り込むみたいにして丹念に埋めていく他はないの。脅すわけじゃないけど、ものすごく大変な作業よ」帆奈美は黙っていた。瑶子の言葉の一つひとつが、骨の髄にしんしんと沁みてきて痛い。「だからね、いっそあなたも、夫以外の男と恋をしてみればいいのよ。〈本気〉だろうか〈浮気〉だろうが、どっちだっていいから。それって何も旦那さんへの仕返しなんていう意味じゃなくて、あなたが女としての自信を保つためにとりあえず有効な手段だと思うわ。もちろん、さっき話したような、仕事の上での新しい視点を獲得するためにもね」
(第5章 Take A Bow)

 

 

「許すって……ほんとうに、難しいことですね。私も、これから先、その相手を許せる日がくるのかどうかはわからないです。許して忘れたいけど、自信ないです。ただね、最近ふっと思ったんですよ。許せないのは、ただ単に、まだその時が来てないからじゃないかって。どうしても恨んだり憎んだりしてしまうのは、もしかして、そうやって恨んだり憎んだりすることが、自分にとって今はまだ必要だからしてることなんじゃないか。必要がなくなったら、勝手に忘れて、記憶にも時々しか上らなくなっていくものなんじゃないか、って。……それでね、〈つぐみ〉さん。もしも、そうして許すこと、イコール忘れることなのだとしたら、そこへ辿り着くにはきっと、私やあなたが、誰かとの間にまったく新しい関係を紡ぐしかないんじゃないかと思うんです。新しい誰かを、最初から全面的に信じることなんてできなくて当たり前だし、自分の気持ちに自信が持てないのもすごくよくわかります。だけど、その彼氏さんもあなたも、あなたのお母さんとは違う人間なんですから、何にも比べる必要なんかないですよ。かえって、過去に哀しい経験があって、誰かにそんな辛い思いをさせるのは嫌だ、絶対に、絶対に嫌だと思えるぶん、〈つぐみ〉さんはお母さんとはまったく違う人生を歩いていくことかできるんじゃないかな。彼氏さんも、あなたにそんな気持ちをもう二度と味わわせないって心に決めているからこそ、結婚しようって言ってるんじゃないかな。私は、そう思いますけど」
 ごめんなさい、あんまり答えになっていなくて、……。
(第7章 The Heart Of The Matter)

 

 

愛情とか、情というものは、だんだんと冷えてゆくものだと思っていた。 そうではなかった。ある時、ある瞬間を境に、どうしようもなく消え失せるものなのだった。
(第8章 You Raise Me Up)

 

 

―― たとえば、ブランド物のバッグや時計。あるいは自分だけの部屋、自分だけの椅子、愛しいペット、愛しいパートナー……。ひとは、欲しかったものを手に入れた時、手放す日のことは考えない。心をこめて大切にケアをしていく限り、これからもずっと自分のものである、つもりでいる。「私だってそうだった」と、水原さんは微笑む。「夢見ていた仕事も、暮らしも、一度はしっかり手にしたつもりでいたの」けれど、思ってもみなかった悲劇が彼女を襲う。最愛のパートナーを不治の病で失ったのだ。
「身を引きちぎられるってこのことかと思った。でもね、人間って性懲りのない生きものよね。泣いて、泣いて、もう二度と演技以外で笑えるわけがないと思ってたのに、ふと気がついたら仲間と冗談を言い合って笑い転げてる。でもそれは、逝ってしまったひとへの裏切りではないのよ」 恋人や家族に限らず、自分にとって大切なひととの別れこそが、何よりも深く女性を成熟させてくれる、というのが水原さんの持論だ。痛みに耐えきれずに毒を吐き、誰かを恨んだり、自分自身を呪い散らしたり……最初のうちは思いだすだけでも辛かった記憶を、長い時間をかけて心の奥底にくるみこんで、いつかほろ苦いような切なさへと変容させることか出来た時、 「そこからよ、女がようやく本当に輝き始めるのは。ほら、ちょうど、ひとつとして同じもののないバロックパールみたいに」
これから先も、愛する存在を持つことを怖れたくはない、と水原さんは言う。いつの日か、また何もかもなくしてしまう時か来たとしても、そしてその時どんなに苫しくても、ただのひとかけらも後悔しないことにだけは自信がある、と。「女優として、好きなことを好きなようにやらせてもらってきました。わがまま放題の私を支えてくれた人たちに、今、心の底から感謝しています、おかけでまたここから、まっさらな挑戦かできるから」不敵、というのがふさわしいような目をして、女優・水原瑶子は微笑してみせる。凛とした立ち姿の美しさは、このひとだけのものだ。
「今の若いひとたちは、一歩踏み出す前から怖がり過ぎると思う。いいじゃない、もっと無様に生きれば。どれだけ挫折しようと、みっともなくのたうちまわろうと、命まで取られるわけじゃないんだから」
(終章 Fight song)

 

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あらすじ
中学3年生の夏芽は、ケガの療養のために自宅にいる高圧的な父から逃げるために、山寺のサマーステイに参加することにした。そこには、ちょっと変わった住職と、その孫娘、修行中の若い僧侶がいたが、参加者は彼女一人だけだった。最初の晩、彼女は自分の布団の中に眠る子どもを発見する。それは、母親からここに隠れているように言われた5歳の男の子だった。彼らの奇妙な同居生活(サマーステイ)が始まる。
(第66回 小学館児童出版文化賞)

 

ひと言
最近は図書館のティーンズのコーナーをチェックするようになりました。表紙のかわいい絵が目にとまり、その場でカスタマーレビューをチェックして読んでみようと借りました。
大人にも読んでもらいたい本ですが、やっぱり親子のモラハラやパワハラで悩んでいる子どもたちに是非とも読んでもらいたなぁと思いました。

 

 

わたしはハッとして、夢中で男の腕にかじりついた。「行っちゃだめ、雷太。だめ、その子は行かせない」「おい、放せ」「ねえ、お願い。お願いだから――!」 ぼろぼろと涙がこぼれた。「お願いだから、見て。その子を見て。――ちゃんと、雷太を見てよ」 男から立ちのぼるムッと鼻を突くたばこのにおいに、火傷の跡を思いだし吐き気がこみあげる。それでも必死で訴えた。 「見てわからないの。お父さんでしょう?」 地面に絵本が落ちていた。表紙でヤギが元気よく跳ねている。 「やっと元気になったの。おいしくごはんを食べて、夜はぐっすり眠って。毎日飛んで跳ねて、大声で笑って。好きなものもできた。得意なものだってある。―― ここでは、泣いても叱られないし、怒っても許される。―― 見てよ。ここで、元気になったの。みんな、この子のことが大好きで ――」 ぱあっと丸い月のような笑顔か浮かんだ。声が詰まった。涙が止まらない。お願いだから お願いだから、この子をゆがめないで 雷太を、雷太のままでいさせてあげて どうか、どうか だって、この子は「―― この子は、宝なんだから」「うるせえっ!」 どん、と力いっぱい突きとばされた。どさりと後ろに倒れ、勢いでごろごろと転がる。むき出しの腕や脚に砂利が擦れた。男は再び雷太を抱え、車へ向かって走りだす。「―― 雷太っ」そのときだった。男の車の後ろから、白い車、がすごいスピードで走ってきて停まった。ドアが開いて、葉介と穂村さんか走ってきた。
(第十二章 小さいヤギ 中くらいのヤギ 大きいヤギ)

 

 

なんだか変な募集だったでしょう? と微笑む。「ただ、ぼくたちはそのときひとつだけ約束したんです。―― もしもたったひとりでこれに申し込んでくる子がいたら、友達といっしょなどではなく、ひとりでこの山奥の寺まで来る決心をする子がいたら、―― そのときは、ぼくたちは必ずこのプログラムを実行しよう、と」 穂村さんはわたしの目を見て言った。「きっとその子は、困っているはずだから――、と」 わたしぱ顔をふせ、ぎゅっと膝の上で手を握った。 待つ決心をしたのだろう、穂村さんとタケじいはなにも言わずに座っている。 ―― どうしよう。わたしはぐるぐると迷っていた。 ずっと誰かに聞いてほしかった。どうしたの、相談に乗るよと言ってほしかった。 でも、誰に話せばいい。香子にすら、言えなかったことなのに。 それに、わたしはきっと、なぐさめてほしいと思っている。心のどこかで。 わたしは、卑怯だ。そんなはずないのに。おまえか悪い。間違っている。ひどいやつだ。答えはわかりきっているのに。と、そこへふっと線香か香った。もうすっかり鼻が慣れてしまっていたはずだった。目の端に、古いけれどきれいに設えられた内陣が見えた。――思いきり叱られるのもいいかもしれない。ここは、仏様の前だ。わたしはひとつ息を吸って、それから吐いた。ゆっくりと口を開く。
「どこか、きれいなところに行きたかったんです ――」「……それにしても。不器量な子だなあ」 父のその言葉を聞いたあと、わたしのなかでなにかが弾けた。「……ねば、――ったのに」口が勝手に動いた。「なに?」ふり返った父の顔はまったくいつもどおりだった。それがさらにわたしの心をえぐった。いつもと同じ尊大な顔。自分の言葉にも、それを向けられた者の心にもまったく無関心な人間の顔だった。 死ねばよかったのに。この瞬間、固くて重いものを手にしていないのは幸いだった。吹きあがりそうになったどす黒いかたまりは、一瞬の差で熱を持ったままどろどろと体内に広がりはしめた。なにも知らないのんきな父は、不安定な格好のまま、不審そうにわたしを見ている。再びぐらりと怒りがわいた。 わざわざ松葉杖までついて、わたしの部屋にまで入りこんで。わたしの友達を、大事なものを、わざわざ踏みにじりに来て。香子のことなんか、あの子がどんなにすてきな子か、なにも知らないくせに。
「……なんで生きてんの?」 驚くほど冷たい声が出た。「あんたなんか、死ねばよかったのに。あのままひかれて死ねばよかったのに――!」 言った瞬間ぞくりと震えた。罪悪感はなかった。本心だと知っていたから。 身の内に飼っていたものをようやく出してやれた。その昏(くら)い悦びで震えた。 自分の言われたことを理解したとたん、父の顔色が醜く変わった。「おま ―― なに、おっ、親に向か ――なにを……!」激高してうまく言葉にできない。代わりに手に持った杖をわたしに打ちおろしてきた。軽い金属とはいえ当たると痛い。何度か打たれ、わたしはとっさにその杖をつかんで引っぱった。父の手が離れる。わたしの手のなかにアルミ製の棒があった。父の目は怒りをはらんで見聞かれている。気味悪く瞳孔が縮んだ、あの魚の目だった。ざわざわと昔の怒りがよみがえる。ぎゅっと自分の手を握りしめたとき、玄関でピンポン、と音がした。はっと我に返る。熱いものを放りだすように杖を落とした。「うわっ」驚いた父がぐらりとバランスを崩して床に倒れる。ピンポン、ピンポン、と玄関のチャイムが鳴っている。わたしは携帯電話をつかみとり、いてててとうめいている父を残して部屋を出た。玄関先の配達員を置きざりに、そのまま後ろも見ずに家を飛びだした。怖かった。今自分はぎりぎりのところにいた。それがわかって、改めて震えた。……。……。
つぎの日、勇気をふり絞って家へ戻ると、母が仕事を休んで父に付き添っていた。とくに足の径我が悪くなったわけではないようなのだが、父はわたしをまったく無視することに決めたようだった。それ以来、謝っても、なにを言っても空気のように扱われた。
わたしは思し知る。 家族に対する「死ねばいい」は、同じ力で自分を殴りにくる。そこに「恩知らず」という重りを載せて、さらに深くえぐりにくる。そうして自分の心をじわじわ蝕んでいく。「少し、家を離れてみたほうがいいんじゃない――?」 心配した香子に勧められ、わたしは長期のキャンプを探しはしめた。
(第十三章 最後の夜に)

 

 

 

 

タケじいの声の調子が変わった。
「―― 親子は、縁だ。あんたとこの世を結んだ、ただのつながりだ。それ以上でもそれ以下でもない」 ずしりと重い声に、はっとする。穂村さんも顔を上げた。
「愛とか絆とか、そこに意味を持たせようとするから、なんだかおかしなことになる。―― そんなもの、運がよければあとから出てくるもんだ。ないものをあると仮定するからゆがむ。苦しむ。はじめからありはしないのに」そうそう、とタケじいは言った。 「雷太の母親はな、あの子を助けたんだよ。手放すことで、断ち切ることて、あの子を救った。最善ではないかもしれん。でもあれの父親よりはなんぼかマシだ」 あんたはもう大きいから、自分で手放そうとしとるんだな。タケじいはそう言ってわたしを見た。「だがその歳では、やはりつらいだろう」 本堂の出入り口から、美鈴さんがそっと入ってきてすみに腰を下ろした。「愛情を育めた親子は幸いだ。ただ、それがうまくいかなかったとしても、それはあんたのせいじゃない」 わたしは膝の上でぎゅっと手を握りしめた。「子は親の、そのまた親の、ねじれに振りまわされただけだ。因果だよ。当然の結果だ。あんたはなにも、悪くないよ」「―― 悪くない?」本当に? わたしが? 「簡単な理屈だ。親は子より強い。大人は子どもより強い。―― だったら、殴るやつが悪い。なあ、穂村君」「はい」穂村さんがしっかりとうなずく。「たいへんなことにならなくて、本当によかった」 「心配するな。――あんたはいい子だよ、なっちゃん」 わたしもなっちゃん大好き、と部屋の端から美鈴さんが言った。
気がついたら目が濡れていた。涙みたいだった。 さらさらと水のように流れて、ぬぐってもぬぐっても止まらなかった。わたしは小さな雷太のように、頬を涙でびしょびしょにしたまま聞いた。「―― わたしは、どうすればいいですか」 これから。あの家に帰って。「堂々と帰りなさい。子を養うのは親の務めだ」 タケじいはさらにつづけた。「友達はおるか? 大事な」 わたしはうなずいた。香子の顔が浮かんだ。「好きな人は? 好きなものは、好きな場所は?」「―― あります」たくさん。「そうか。なら」 それでいい。とタケじいはうなずいた。「新たにつないでいけばいい。今度は自分で選びとって。それはぜんぶ、あんたの力だ」それができれば、大丈夫だ――とタケじいは言った。
(第十三章 最後の夜に)

 

 

 

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今は大垣に住んでいる上の娘が、大阪へ行ったおみやげにラ・メゾン・デュ・ショコラのエクレールショコラ(702円)を買ってきてくれました。食べログスイーツ100名店 2017 WEST2018にも選ばれているお店で、一度食べてみたかった逸品です。
すごく濃厚なチョコレートクリームで、一口食べたときに、ミッシェルブランのドゥ ショコラが頭に浮かびました。とても美味しかったです。ごちそうさまでした♪。

 

ラ・メゾン・デュ・ショコラ 梅田阪急店(食べログ)
大阪市北区角田町8 阪急うめだ本店 B1F

 

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あらすじ
夫・三浦朱門はある日、崩れるように倒れた。短い検査入院の間に、私は日々刻々と夫の精神活動が衰えるのを感じた。その時から、一応覚悟を決めたのである。夫にはできれば死ぬまで自宅で普通の暮らしをしてもらう。そのために私が介護人になる。作家・曽野綾子が80代なかばにして直面した、90歳になる夫の在宅介護。工夫と試行錯誤を重ねながら、「介護とは」「看取りとは」そして「老いとは何か」を自問自答する日々が始まった。家族の介護をしている人も、これからするかもしれない人も、超高齢社会を迎えるすべての日本人に知ってほしい「夫婦の愛のかたち」がここにある。

 

ひと言
前に読んだ「終活夫婦」でいろいろと考えさせられ、もう少し関連するような本を読んでみようと、ネットで調べて借りた本です。点滴、胃瘻、酸素吸入 は、人間の最期に臨んでやってはいけないということや、気管切開をすると最期に肉親と一言二言話をするという貴重な機会まで奪ってしまう。また「奉仕」とは排泄物を世話すること。など参考になることが多かったです。これからも意識を持って「介護」、「看取り」、「老い」についての本をもっと読まなきゃと思いました。

 

 

一番大変なのは年末から新年にかけて、母の世話をする人手を確保することだった。近くに家政婦などの派出婦会があり、私はそこに頼んでよく人を送ってもらっていたのだが、母にはその苦労は全くわからなくなっていた。「普段はそんなに人手はいらないじゃない。暮れからお正月だけ来てもらえばいい
と思うけど」 などと言うので、私は腹が立った。その時期が一番求人難なのである。その時に人を送ってもらうために、私は普段からそのような仲介業の人たちと仲良くなっておくべきだと思っていたのだ。
(布団が汚れたら、どうするか)

 

 

まだ中年の頃、私は尊敬する老医師から、人間の最期に臨んでやってはいけないことを三つ教えられたことがあった。
○点滴ないしは胃痩によって延命すること。
○気管切開をすること。
○酸素吸入。
若い人が事故で重体に陥ったような場合は、もちろんあらゆる手段を使って、生命維持を試み、それを回復に繋げるべきだが、老人がいつまでも点滴で生き続けられるものではない。また気管切開をすると最期に肉親と一言二言 話をするという貴重な機会まで奪うことになるから絶対に止めた方がいい、と私は教えられたのだ。
何歳からを「もういつ死んでもいい老後」と決めるかは、自分で決定するほかはないと私は思うのだが、私たち夫婦は、老後は、一切生き延びるための積極的健康診断も、手術などの治療も、点滴などの延命のための処置も受けないことに決めていた。
(よく歩く、薬は控える、医者に頼らない)

 

 

ときどき病人いじめをやる。夫が呼んでも、私はすぐには行かない。私自身の足が悪くて、素早い行動ができないからでもあり、呼べばすぐ誰かが飛んで行くという態勢を作ると、夫の介護は現実問題としてできなくなるからだ。すべての人間は――老人であるうと病人であろうと――いくらかは耐える習慣もなければ生きていけない。もちろん病人は健康人と比べて待つのも辛いのだが、即刻思い通りになるのが当たり前となったら、当人も辛いし、介護人は追い詰められて続かなくなる。
(介護にも「冗談」が大切)

 

 

死ぬという一線を越えるまでには、恐らく長い経過がいる。人間、なかなか死ねるものでない、ということが、実はこの経過で最も長く続く関門であり、その途中に、一人で食べ物の用意ができなくなるとか、飲み水を取りにいけなくなるとか、体力を失ってトイレまで辿りつけなくなる、とかいう中途半端な苦痛が押し寄せるのである。 実は私は今回の夫の不調で、それらのことをカバーしてくれる福祉のシステムが昔と違っていかに「発達」したかを知って、驚き感謝している一人なのだが、それでも時を選ばず、所きらわず起きるそうした病人や高齢者の生理的欲求の世話をしてくれるのは家族しかないというのも、平凡な事実なのである。
「訪問介護」という制度はあるが、それは「今すぐ」トイレに連れて行ってくれたり、汚れ物を洗ってくれたりすることではない。 それらを満たすのは、まさに奉仕、「ディアコニア」と呼ばれる行為なのである。……。……。
奉仕を意味する「ディアコニア」というギリシャ語の原語を考えれば、もっと厳密な意味を持つ。「ディア」は英語で言うと「through」、つまり、「……を通して」という意味である。「コニア」は、「塵、あくた」である。「汚いものを通して」ということは、「人間の排泄物」を通して、ということだ。
奉仕とは、うんことおしっこの世話をすることなのだ。それ以外は、人に仕えることではない、と私の知人の神父は言った。 これは私にとって決定的なことだった。奉仕というのは他人に対する行為だが、家族に関して言えば、「看病」つまり看取りだ。その看取りの基本は、排泄物の世話なのである。
(「奉仕」とは排泄物を世話すること)

 

 

しかし私は、夫が亡くなってみてわかった。花は亡き人のためではなく、残されて生きている家族のためなのである。なぜなら、花は生きていて世話をする人が必要だからだ。
(人が死者に花を供える理由)

 

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あらすじ
くるりと小さく丸まって、すぐにゴロリと転がるわたしはまるむしです。まるむしが丸まって にこにこ笑いながら書いたまるむし帳。ゆっくりみんなに届きますように……。
やわらかな言葉とあたたかな絵がかなでるハーモニー。

 

ひと言
図書館の詩集の棚で見つけました。ゆっくりと2回 故人を偲びながら読みました。
夢を空が覚えていてくれて、空からあの子が降ってきた。
今 さくらさんはまるちゃんと手をつないで空へ戻っていくんだね。
心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

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かぜ
いつか
うれしいときに出逢った風が
世界一周して帰ってきて
つまらないわたしの肩を
ポンポンたたくので
ふりむいたときは
ゆっくりゆっくり笑いながら
わたしのうれしかったときと
いろんな人のうれしいを
おみやげに持ってたよ。

 

 

 

今のわたしの声
もう大丈夫だよの声が
泣いてるわたしに
届きますように……

 

 

 

いつかのあのときの
もう大丈夫だよの声が
今のわたしの声だったと
気がついて
わたしはなおさらエールを送ります。

 

 

いっしょに遊ぼう。
いっしょに遊ぼう。

 

 

泣かないで
大丈夫だから
一緒に遊ぼう。

 

 

 

空の子
いつか小さい私が抱いていた夢を
空が覚えていてくれた。
わたしは毎日漫画を描き
あの日の空に描いたあの子が
わたしを忘れずいてくれて
空からあの子が降ってきた。
丸い顔のおかっぱのあの子。

 

 

 

 

いつかのわたし
あなたが悲しいのが
わたしにもわかるのは

 

 

 

いつかのわたしが
あなただったときがあるから。

 

 

たくさんのいつかを背負って
今わたしもあなたも
ここにいるね。

 

 

 

あとがき
ぽかんとしていたり、どろんとしていたりしたときにできた詩は、気持ちの奥に書きとめていたのですが、覚えていたのでノートに書いておきました。ぽかんとしてたりゴロンとしてたりする時は、(わたしはもともとネコ背なので体がまるまっているのですが)ますますいつもより丸くなっているので、このノートは〝まるむし帳〝と名付けました。
まるむしのひとり言が、こうして本になるなんて、まるむしの世界では大変珍しい事なので恐縮しております。
まるむし、のろまですから、どうかゆっくりゆっくり読んでいただけたらなぁ、と思っております。……。
             一九九一年十月  さくらももこ

 

 

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あらすじ
芸能界一の「おしどり夫婦」が着々と進めていた「今やるべきこと」は、世の中では「終活」と呼ばれる活動だった!!これからの時代をどう「いきいき」と過ごすか、この本にはそのヒントが詰まっています!

 

ひと言
今日で平成最後の夏も終わりです。つい先日、さくらももこさん(53歳)が乳がんで亡くなったというニュースはとても衝撃でした。
2013年の年末、これが親父と過ごす最後のお正月になるかもしれないと思い早めに帰省しましたが、12月28日 「病院へ戻りたい、入院したい」と言い出した親父に「最後のお正月になるかもしれないのに、家族と暮らさずに病院で過ごしたいのか!勝手にしろ!」と言ってしまいました。それから2週間ちょっとの 1月14日に帰らぬ人になってしまった親父。顔に出さないからわからなかったけど、相当痛くて、お正月病院が休みになることが不安だったんだと思います。ひどいことを言ってしまったなぁと後悔しています。
「終活」自分ももうしっかりと考えておかないといけない年齢になったなぁと思いました。

 

 

彬も私も、葬式はもちろん、延命治療もいらないと思っています。子供がいたら必ず大丈夫という世の中ではありませんが、本当に何かあったときには少なくとも何かしら子供には頼れると思います。その子供が私たちにはいないので、延命されても困る、ということがまず単純にあります。
延命治療は、頑張って治療して元気にまた戻るから、あるいは元気までいかなくてもなんとかなるだろうと思うからやるのです。延命治療という言葉がいいのかどうかはわかりませんが、とにかく心臓だけ動いている、脳波だけ動いているという状態でつながれて生きていても、それは自然なことではありませんし、それは生きているうちに入るのかなとも私たちは思うのです。
これは微妙な問題です。人間誰しもそうなってみないとわからないし、その状態にもよりますので、必ずしも延命を否定するわけではありません。頑張って自分の命を全うしたいと心の中で思っている人は、それで十分いいと思います。みんながみんな同じ考えではありませんし、限定的に「私たちは」です。 ただ、状況的にも、自分たちの考え方からしても、無理な延命は望まない。どちらかが「このほうがいいよね」と言ったわけでもなく、それは両方で思ってきたことなのです。
(第二章 中尾家の終活の「カタチ」)

 

 

夫婦で人生の棚卸しを始めてから、本当にたくさんのものを処分してきました。それでもまだ家のなかには時期をみて処分しようと思うもの、処分する決心が今ひとつつかないものが多く残っています。 ただひとつ気がついたことがあります。
捨てても、捨てても、最後までどうしても捨てられないものが人にはあるということです。他人にはガラクタにしか見えないようなものでも、その人にとっては何か大事なものかもしれない。それだけは人が何と言おうと、絶対に手放してはいけない……。そう思います。
もしかしたら「終活」とは、自分にとって最後まで捨てられないものは何なのかを気づいていく旅なのかもしれません。
考えてみれば、どんなに人に迷惑をかけずにこの世から消え去ろうと思っても、ひとりでお墓に入ることはできません。最後はどうしても誰かの手にゆだねなければならないのです。だったらどうしても捨てられなかったものは、自分の体と一緒に始末してもらえばいい。そのぐらいのことは許してもらいましょう。
(第七章 終活は美しく) 

 

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2日続けてお昼はカレーうどん。ここ最近 急に店舗数が増えた「カレーうどん千吉」。どんなカレーなんだろうと気になっていてので、ウインクあいち店で千吉カレーうどん(700円)を食べに行ってきました。ミルクが入っているのか、とてもクリーミーでまろやかなおいしいカレーうどんでした。ごちそうさまでした。

 

カレーうどん千吉 ウインクあいち店(食べログ)
名古屋市中村区名駅4 ウインクあいち B1F

 

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今日のお昼は、職場の人と 以前TVで観た新栄の「吉野屋」へ冷たいカレーうどんを食べに行ってきました。夏限定 冷しコロカレーうどん(770円)をいただきます。こちらは大盛メニューで有名なお店で もえあずちゃんたちも来店しているとのこと。いただいたコロカレーうどんもデフォルトで麺が500gもあります。カレーのルウもうどんもちゃんと冷やしてあり、行く前は、冷たいカレー!?…。と半信半疑でしたが、うまいし十分ありのおいしさです。ごちそうさまでした♪

 

吉野屋(食べログ)
名古屋市中区新栄1