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「キッチン大宮」でオムライスをいただいた後、食後のデザートに今年の8月にオープンしたJRゲートタワー12Fの「フタバフルーツパーラーバイワイアード」へ。
パフェなごみ(780円)をいただきます。みかん、アプリコットにわらび餅や白玉まで入って色々な味と食感が楽しめ、量もデザートにちょうどいいおいしいパフェでした。ごちそうさまでした。

 

 

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今日のお昼は、名駅でグルメの師匠と待ち合わせて、大名古屋ビルヂングの地下にある「洋食 キッチン大宮」です。純白のオムライス(1490円)とお店の人気 No.1のオムライス、大宮特製ドミグラス&ホワイトソース(1490円)を師匠とシェアしていただきます。玉子もチキンライスもソースもすべてが白いオムライスで、パセリ等で飾ろうともぜず、ほんとうに純白の潔いオムライスで、濃厚なチーズの味が口の中に広がりおいしいです。

 

もう一つのオムライスも2種類のソースがかかっておいしいですが、純白のオムライスの方がインパクトが強いかな。ごちそうさまでした♪

 

 

 

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今日のお昼も、食べログ 百名店のハンバーガー。一昨日に引き続き、自転車で丸の内の「レイヤーズ 本店」へ行ってきました。
店内のボードに Recommend と書いてあったチーズバーガー+グリルオニオン(トッピング)のランチセット(1188円)をいただきます。
お皿に盛ってあったスパイス、ピクルス そしてテーブルの上のマスタード ケチャップをかけていただくととてもおいしいです。特にスパイスはおすすめです。ごちそうさまでした♪

 

 

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今日のお昼は、前から行きたかった「ザ・コーナー ハンバーガー&サルーン」へ。3.60 愛知県No.1 食べログ 百名店にも選ばれているバーガー店です。ランチメニューのハンバーガーセット(マッシュポテト)にチェダーチーズのトッピング(1296円)をいただきます。
持ち上げるとビーフ100%のパティから肉汁がたっぷり溢れてきます。オニオンリングを選らぶ人が多かったですが、マッシュポテトを自分でトッピングし、テーブルの上のケチャップとマスタードをたっぷりかけてとても美味しくいただきました♪。

 

次は是非 看板メニューのザ・コーナーバーガー(1430円)を食べてみたいです。ごちそうさまでした♪。

 

 

 

11月23日 ここ数年、毎年この時期に この一年の無事を感謝してお参りしている長谷詣に行ってきました。

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近鉄名古屋 7時30分発の特急に乗り、長谷寺駅を降りると長谷寺行きの臨時バス(440円)が停まっていたので初めて乗車します。ご本尊の十一面観世音菩薩の御足に触れて「ご縁」を結ばせていただきます。

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番外の法起院にもお参りして、長谷寺駅から大阪方面に向かい近鉄日本橋駅で下車して、黒門市場へ。
ここはどこの国?というぐらいの外人で溢れかえっています。

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肉吸いを食べようと「千とせ 本店」へ。20人以上の行列に断念して、NGK(なんばグランド花月)にある「千とせ べっかん」へ。肉吸い(650円)と小玉(210円)をいただきます。

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NGKを出てすぐの「わなか 千日前本店」へ。たこ焼きは食べる予定にはなかったのですが、10人程しか並んでいなかったので、つられるように並んで たこ焼8個(500円)+トッピングにねぎ(50円)チーズ(50円)をいただきます。

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時間はちょうど2時少し前。食べたことのない「玉製家」のおはぎを買いに行ったのですが、残念ながら定休日でした。なんばウォークに降りて「浪芳庵 なんばウォーク店」の炙りみたらし(119円)をいただきます。名古屋のおみやげにと思ったのですが賞味期限が本日中とのことなので断念。

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戎橋筋商店街を歩いて、「551蓬莱 戎橋本店」で豚まん4個入(680円)×2と焼売6個入(390円)を買いました。豚まんにからしをたっぷりつけて食べるのが好きなので、いつも通り「からし多めに入れてね」と店員さんにお願いしました。大阪に帰ったときは、ほとんど欠かさずお土産に551の豚まんを買って帰るのですが、いつも天王寺駅店ばかりで戎橋本店は、ほんとうに久しぶりです。大阪の実家に帰ってすぐに2個食べましたが、自分的には天王寺駅店の味の方が好きかな。

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大阪の実家に宿泊し、次の24日 予約してあった頸動脈エコー検査を受けました。名古屋に帰る前に天王寺 あべ地下の「あべとん」で人気No.1のすじコンねぎ焼きとミックスモダン焼きが半々になったコラボ焼(990円)をいただきます。

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すぐ近くの「甘党まえだ あべの地下センター」で天王寺堂のみたらしだんご5本(350円)×2をお土産に買い、帰りの近鉄特急の中で数本いただきました。ここのみたらしは、私が小学生のころ親父がよくお土産に買ってきてくれたみたらしで、ほんとうに久しぶりで、甘いたれ が懐かしくとてもおいしかったです。

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今年もいろいろなことがありましたが、おかげさまで 娘がとても優しい旦那さんと巡り逢えて結婚することができました。
この1年間お守りいただき、どうにか無事に健康に過ごすことができました。ほんとうにありがとうございました。また来年もこうしてお礼参りに伺えることを楽しみにしています♪

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あらすじ
明智光秀の末裔による「歴史調査」ついに完結!謎だった光秀の前半生を完全解明!2020年NHK大河ドラマ主人公・明智光秀の、謎だらけの「前半生」と「系譜・出自」が初めて解明され、本能寺の変のすべてが明らかになる!

 

ひと言
2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公に決定した明智光秀。図書館の新着コーナーにありました。本能寺の変で、私が一番疑問に思うのは、光秀はどうして丹波亀山城を発って本能寺へ向かうのと同時に、1万3千の軍勢の一部を家康のいる堺へ差し向けなかったのだろうということです。その時点では家康は堺を発って京都に向かっておらず、徳川四天王を含む僅か34名の供廻りの伊賀越えを許すこともなかったと思います。そして信長 家康を打ち取った光秀に、仕方なく諸将も味方したのではないでしょうか。信長が本能寺に、長男信忠が二条城におり、警護が手薄な千載一遇のチャンスの発作的な謀反なのでしょうか。それにしても秀吉の中国の大返しが光秀の三日天下の一番の要因であることは間違いのないこと。「日本史の最大の謎」光秀謀反の真相を知りたいものです。

 

 

光秀は信長の本当の狙いを悟った。それは、現代人には思い付くこともできない信長の企てである。それを聞いたら現代人の百人が百人全員、「それはありえない」「奇説だ」と大声を上げる。それが物語るものは四百年前の戦国時代と現代との常識があまりにも異なってしまっているという現実である。 光秀の丹波の兵で本能寺へ討ち入った本城惣右衛門は「秀吉の援軍として亀山城を出陣したが、途中で京都へ向かうと命令が変わった。その時、我らは信長の命令で家康を討ちに行くものとばかり思った」と、何ら驚きもなく極めて自然にそう思った。これに対して現代人は「あの時点で信長が家康を討つわけがない」と極めて自然にそう思ってしまうのだ。……。……。
信長は家康を討つ決断をした。自分の死後に天下を簒奪する危険な人物、つまり家康を取り除こうとしたのだ。天下統一した後にそれをやろうとしても遅すぎる。孫子は言う。「誰もが最善と考える作戦は最善ではない」。当然、敵もそう考えるからだ。天下統一後では家康が警戒してしまう。最大の敵である武田を滅ぼし、残る敵は毛利・上杉・長宗我部のみ。しかも上杉・長宗我部は滅亡寸前、毛利とは和睦交渉が進んでいる。天下統一直前の今こそが最後のチャンスだ。現代人が「この時期にやるわけがない」と思うのは当然である。現代人にも読まれてしまうような作戦を信長が採用するわけがないからだ。
戦国のプロ光秀は信長の本当の狙いを見抜いた。家康の領地の駿河・遠江・三河を通って帰るのは、家康領に侵攻する武将に実地に見させるためだ。つまり、侵攻するのは光秀・忠興・順慶だ。そして、家康を滅ぼした後の駿河・遠江・三河は恩賞として光秀に与えられる。代わりに丹波と近江坂本は没収される。その意味するものはこれまで参謀役の重臣であった信長政権からの引退だ。今までのように信長と頻繁に会うこともなくなる。完全に謀反成功の可能性はなくなるのだ。
しかし、信長が家康を討つ決意をしたことにより、光秀には再び謀反成功のチャンスが巡ってきた。「家康を味方に付ける」ことができるのだ。家康も戦国のプロ。信長の企てに気づいて身の危険を感じている。特に武田滅亡は決定的だ。信長にとって自分の価値は東からの脅威への対応だ。北条は信長に恭順している。武田が滅びれば自分の存在価値はなくなる。いずれ祖父や父のように謀殺される。そう感じている家康を味方に付けるのは難しいことではない。
(第七章 明智光秀生涯ストーリー 家康討ちの企て)

 

 

光秀の敗因を振り返ってみると、高山右近らの摂津衆が敵に回ったこと、順慶・藤孝が味方に付かなかったこと、大山崎村の東黒門での緒戦に大敗したことなどが挙げられる、しかし、何といっても秀吉の中国大返しが早過ぎたことに尽きる。そのために、摂津衆や順慶・藤孝の帰趨が決まったからだ。光秀は最低でも五十日は秀吉が戻ってこないとみていた。それがわずか十一日で摂津富田まで戻ってきたのだ。なぜ秀吉がこれほど早く戻れたのか。それは光秀謀反が起きることを事前に知って準備していたからに他ならない。その情報を秀吉にもたらしたのは藤孝である。この件の詳細は『本能寺の変 431年目の真実』に書いたとおりである。
信長は光秀を信じたことにより滅亡した。光秀は藤孝を信じたことにより滅亡したともいえる。
(第七章 明智光秀生涯ストーリー 山崎の戦いと滅亡)

 

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あらすじ
一般の方々から広く、「手紙」を公募して、優秀作品を公表、表彰し、近年、話題を集めている「恋文大賞」。近年、PCメールや携帯電話が便利なツールとして多くの人が活用するなか、今あらためて、紙にしたためられた「言葉」の力が見直されている。本書では、第1~3回までの「恋文大賞」優秀作品75通を1冊の本に収録。人と人とのつながりが希薄になりがちな昨今にあって、これらの「手紙」を通読したとき、読む者の心に染み入ってくる、やさしい気持ち、あたたかな癒し、忘れがちな感謝の心…。そんな思いがあらためて読者の胸にせまります!

 

ひと言
手紙の代書を請け負う 小川 糸さんの「ツバキ文具店」や「キラキラ共和国」を思い浮かべながら読みました。
便箋や筆記用具にまで心を配って書かれた手紙。そんな書く人のあふれる想いが、その手紙を読む人にも伝わるから、手紙には電話やPCメールとは違った感動があるんですね。

 

 

「ありがとうと言いたくて」浜村礼子
「ありがとう」と言いたくて、新盆の貴女に会いに行きました。貴女が亡くなったのは、昨年の十二月寒い日でした。突然のお別れに本当にびっくりしました。涙顔の私に御主人が、「ガンの痛さで寝れない時は良く効く薬だと言って何度も読み返していました。」と枕元にあった封筒の束を渡してくれました。それは五十年近く前の古い私と貴女の文通の手紙でした。黄ばんだ絵柄の便箋には、大きくはみ出しそうな元気な字、将来の夢や、不安など眩しい位の青春時代、中学生の自分との対面でした。手紙は不思議な物で、時が過つとなつかしさより、背中を押す大きな力があるのです。

 

 

「おじいちゃんへ」田辺恭子
おじいちゃん、ボケてきたって本当? 孫の私を見て誰かわからないって本当? お話したのに、よそのお嬢さんと思っていたんでしょう? そうだったら、ちょっと寂しいなあ。ちょっとというか、だいぶ寂しいなあ。でも、忘れるってことは良いことかも。悲しいことは忘れちゃえば心が軽くなるし、嬉しいことは忘れても、同じ嬉しいことを何回でも体験できるし。いいなあ、おじいちゃん。私のことがわからなくても、私がおじいちゃんに会いに行くたび新しいお友達が遊びに来たみたいで素敵でしょう? また遊びに行くからね!

 

 

「お父さんへ」田廻有理
お父さん元気ですか。あれからお風呂とコンロをオール電化にしました。トイレも一緒に買い替えました。……。私は涙脆くなりました。涙をこらえるのに必死になります。 そして、お父さんがいなくなってから将来の夢が変わりました。 前は音響の仕事をしたかったけど、今はカウンセラーになりたいです。 お父さんみたいな思いをする人がいないように、しっかり心の支えになってあげたいです。あの時の自分は無知でどのような言葉をかけたらいいのか分からず 本当後悔ばかり残っています。きっと後悔をうめるためにもカウンセラーになりたいのです。これが生きている時の夢です。 私は死んでからも夢があります。 それはお父さんを一発殴ることです。 まだ甘えたい私を置いて死んだのだから殴ります。 絶対に謝りません。 だから今のうちにお願いしときます。 いろいろ文句を言うと思いますが殴り返さないでください。 謝らないでください。 そして優しく抱き締めてください。 甘えられなかった分甘えさせてください。そして、私は残りの人生を大切に生きます。 お父さんの前に堂々と立てるように立派に生きます。 だからそれまでは生まれ変わらず待っていてください。

 

 

「顧問の先生」高村瑠南
「そんな気持ちならやめちまえ。」また怒られた。一生懸命やってるのに……。 「一生懸命やってるって思っただろ。」ドキッ。図星。 じゃあ何が一生懸命なの? 「見てる相手に伝わらなきゃ一生懸命とは言わない。」 やってるつもり。 私かやってきた事は全部勘違いだったのか。 自分の生き方を否定されたようだった。 あーあ。もうつかれた。 心が弱かったあの頃の私は努力するのをやめた。だって努力してもそれは努力したつもりに過ぎないんでしょ。 そんな私にあなたが言った一言。
「努力は必ずしも報われない。でも努力しなければ始まらないんだ」
あなたの言葉という名のかぎは私の心という名のかぎ穴にぴったりとはまった。あの時、あなたの言葉が無かったら……。伝えたくても伝えられなかった言葉、「迷惑ばかりかけてごめんなさい。」 そして 「感謝しています。」

 

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今日のお昼は、2015神田カレーグランプリで優勝した東京の有名店が名古屋へ とTVでよく紹介されている「日乃屋カレー 赤塚店」へ。チキン南蛮タルタルカレー(880円)をいただきます。
うーん、昔ながらの昭和のお袋のカレーという感じでとてもおいしいです。ココイチのカレーも無性に食べたくなるときがありますが、このカレーもグッド!次は一番人気の名物カツカレーにしようかな。ごちそうさまでした♪

 

日乃屋カレー 赤塚店(食べログ)
名古屋市東区赤塚町3

 

2018年11月18日(友引)心配していたお天気にも恵まれ、上の娘が結婚式を挙げました。

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大きなスクリーンに2人やお仲間の人たちが工夫を凝らしたスライドがたくさん上映され、式の最後には新郎が新婦の生まれた病院や学校を訪れてバラを集めてくるというスライドが上映され、式場の入り口が映ったかと思うと花束を抱えた新郎が扉を開けて現れるというサプライズのダーズンローズセレモニーに参列者全員が感動させられました。笑いあり涙ありのとても心に残る素敵な結婚式でした。
とても素敵でとびっきり優しい旦那さんとそのご家族に囲まれて、とても幸せ者の娘です。
結婚おめでとう!末永くお幸せに。

(新婦の父であまり写真を撮れなかったので、また参列していただいた皆様から素敵な写真を頂きましたら、追加で載せさせていただきます。取り急ぎご報告まで)

【11.24 追記】
結婚式参列のお礼の挨拶で大阪に帰り、写真と動画をいただきました。ありがとうございました。

バージンロードを娘と腕を組んで

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結婚指輪の交換

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コングラチュレーション! フラワーシャワー

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ブーケトス

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ダーズンローズセレモニー

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列席者にご挨拶

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あらすじ
加藤清正、福島正則ら多くの戦国武将に母と慕われ、秀吉を助け天下一の女性となった北政所「おね」。唯一の武器は、知略でも武力でもなく、相手の心に寄り添える“共感力"だった─。信長、秀吉、家康に愛された北政所「おね」の生涯を描く! もう一つの大坂の陣ストーリー。

 

ひと言
打算なく天下泰平を心より願ったおね。この人が秀吉の妻であったことは非常に大きい意味を持っていたと、今 歴史を振り返ってみると断言できると思う。なかなか書き残されたものが少ない戦国女性のことであるから、こうであってほしいという作者の創作もあると思いますが上下約700ページ、とても楽しく読ませてもらいました。
高台寺の傘亭や2階建ての時雨亭のことも書かれていて、もう後1週間もすればライトアップで水面に映る真っ赤な紅葉が観られる高台寺。次の3連休お天気が良ければ京都に行こうかなぁ。

 

 

半兵衛の死が心に落ちたとき、手にしていた手紙も、床にぱさりと落ちた。 「義母上、どうなさったのですか?」 秀勝となった於次丸が、豪と並んで、開いた襖の向こうに立っていた。ああ、この二人を結婚させるのもいいかもしれない……。なぜだろう。そんなことをぼんやり思った。生きていればこその、あれもこれもがある。あるというのに……。尋常でないおねの心中を察したか、豪を促し、秀勝が部屋を離れた。 「半兵衛殿が……亡くなられた………」 初めて会ったときの、はかなげな半兵衛の微笑が揺れた。こうなることは定まっておりました、そうつぶやいているような笑みだった。 何ひとつ定まってなどいないのに、あなたは死地へ向かった。そして、それをわたしは止めることはできなかった……。とめどなく涙があふれ、頬を伝い床に落ちた。声を上げておねは泣いた。 その数日後、おねに半兵衛の封書が届けられた。この世にない命からの手紙を、おねはしばらく呆然と見つめていた。そして、封を開くのももどかしく、むさぼるように手紙を読んだ。
『武士らしく戦場での死を望み、病身で戦場に赴くなど、泰平の世を望まれるあなた様には、理解しがたきことでしょう。愚かな男のやることと、どうぞお笑いくださりませ』 胸の内を、半兵衛に見抜かれた気がした。 『ひとつふたつ、あなた様にお伝えしておきたく存じます。半兵衛亡き後のことは、心配ご無用にて。秀吉様には、黒田官兵衛殿という新しき軍師がついております。知略に長け胆力も備えた、それがしなどよりよほど優れた人物にございます」 あなたに勝る軍師がどこにおりましょう。こみあげるものを抑え、おねはつぶやく。 『前に半兵衛はお話ししました。おなごには生み出し、変化させ、同時に守る力がある。その上に時の流れを感じ、先を読むことができるおなごが現れたとき、まことの泰平の世が訪れる、と。あの時は申しませんでしたが、そのおなごとは、あなた様ではないかと思うておりました』 わたしが? このわたしが泰平の世を導く……? 「これも前に申しました。あなた様には深く相手を思い、相手の中に入り込む力があります。のみならず、向き合う相手その人の心になってしまえると。それゆえ相手が心を開きます。開かずにはいられなくなるのです」 自分にそんな力があるなど、おねにはまだ信じられない。 『そのお力を用いて、秀吉様を助けて差し上げてくださりませ。ひいてはそれが、信長様の天下統一へとつながりましょう」
手紙はそこで、刃で断つように終わっていた。残されていた力を、絞り果たしたかのような終わり方だった。ここに書かれたことをわたしに伝えるために、半兵衛殿は命の最後の一滴を使ってくださったのだ……。
手紙の最後におねの涙の眼が止まった。そこには、「千年おおとり」の朱印が捺されていた。おおとりは、千年に一度現れると信じられている鳳凰を意味し、鳳凰とは、世の中が平和になった時に現れる鳥とされている。おねは奥歯を噛みしめた。半兵衛殿は、いや半兵衛殿こそが、天下が泰平となることを願っておいでだったのだ。そのために命を燃やし、死んだ――。おねはもう泣かなかった。 半兵衛から、大きな荷物を手渡されたような、そんな気がしていた。
(大名の妻 二十八)

 

 

「政所様」淀が言った。「ひとつ、お願いしたいことがございます」 侍女の一人に、淀は目配せを送った。 「失礼仕ります」高い声がし、軽い足音が響いた。人って来たのは、面差しにまだ幼きの残る男児だった。淀の隣に座るのを、呆気にとられて見ていたおねに、秀頼が言った。 「わが長男、国松にございます」 おねは驚いて千を見た。秀頼に子がいるなど、聞いたことがない。 「私ではなく、側室の子にございます」千が小さく言い、初が引き取った。 「姉上に頼まれ、私の婚家、京極家の家臣に預けておりました。こちらに来るとき、一緒に連れて参りました」 秀頼が珍しく頬を染めた。「千の眼をはばかったわけではないのですが……」 正室のわたしに子ができず、側室の淀殿が産んだのと、まるで同じだ。おねは思い、同時に、千に対する痛ましさを覚えた。それを察したか、 「私は気にしてはおりませぬ」千が、今度は明るい笑みを浮かべた。いじらしさに胸が痛む。……。……。「国松の元服後の名は、『秀勝』にしたいと存じます」「秀勝……!」「お許しいただけましょうか?」「……なぜ、その名を?」「豊臣を継ぐ者です。その名しかないと考えたのでございます」 気がつくと、おねは自分の腹に手を当てていた。この腹に確かに宿り、「秀勝」と父親の秀吉に呼ばれていた命。三人の養子に受け継がれ、絶えていたその名が今、この子のものとなってよみがえろうとしている――。 「ありがとう存じます……」淀に向かって、おねは深々と頭を垂れていた。
国松の元服の儀は、その日のうちに執りおこなわれた。 望まれた通り、おねは、剃刀で前髪の一部を落とす役目を果たした。元服親は、これも淀の依頼で大野治長がつとめた。 治長が、床几にかけた国松に近づき、その頭に恭しく烏帽子をかぶせた。国松を見る眼が深く、優しい。会釈して退くとき、その眼を治長は淀に向けた。瞬間、二人は視線を合わせた。あたたかく濃密な気配が通うのをおねは感じた。 もしや、この治長が秀頼の父……。おねは思わず秀頼を見た。確信が動いた。けれど、もはやどうでもいいことにも思えた。
(戦の果てに 六十三)

 

 

「政所様……、私がここに参りましたのは、政所様に、一刻も早くこの城を出ていただきたい、その願いをお伝えするためにございます」 おねは淀を見る。「どういうことですか?」 「政所様は、誰よりも戦を嫌っておいでです。そのようなお方が戦に身を投じてはなりません」 「そのような――」 「天下の泰平を願う政所様に、戦は似合いません。ましてその戦で死ぬなどと」 「あなたと秀頼はよいのですか!」 「……私は死ぬことは怖くはないのです。誇りを捨てて生きながらえるなら、死を選ぶ、それが私の生き方です。されど――」淀は小さく笑った。「私にも怖いことがございます」 「怖い、こと……」 「忘れ去られてしまうことにございます」 「……」 「私が……いえ、秀頼がここで暮らしたこと、ここで生きていたこと、そのことを誰かに憶えていてもらいたい」 「だから、わたしに生きろと……」淀は微笑した。「最初にお会いしたとき、私は政所様が嫌いにございました。他人の子までわが子のように接しているのも不快でした。なんてお人好しなのだろう、いえ、お腹の中はきっと真っ黒なんだと、そんなことも考えました」淀はおねを見る。「されど、さまざまなことがあり、教えられ、支えてもいただきました。時に友情に似た思いを抱き、互いに天下人を支える者として、同志であると感じてもおりました」 「淀殿……」 「でも、今は……母だと思うております」 胸を衝かれた。この私を母と? 織田と浅井の血を何よりの誇りとするこの人が、わたしを……?「母である政所様にしていただきたいのは、共に死ぬことではありません」淀は静かに言った。「菩提を弔っていただきたいのです」 おねは眼を見開いた。「生きて、私と秀頼の、菩提を弔ってください……」 おねは淀を強く見返して言った。「わたしを母と思うなら、母であるわたしの頼みをお聞きください」「そればかりはできません」淀は笑った。「もう気持ちは定まっております」 おねの唇が震えた。「それでも、わたしに菩提を弔えと。ひとり生き残り、あなたたちの菩提を……」 「はい」 「それが、あなたと秀頼の幸せだと……」
 「はい」 おねの眼に涙があふれた。気がつくと、淀がそばに来て、おねの体を抱きしめていた。おねは淀にすがって泣いた。
(戦の果てに 六十五)

 

 

「千、そなたに頼みがある」淀は言った。「秀忠殿――父上様のところへ行き、私たちの命を助けてくれるよう、願い出てはもらえぬか」 千が、はっと顔を上げた。眼に希望の色が瞬いた。「父上に……、よいのですか?」 「そうしてくれ」かすかに笑み、秀頼が言った。淀も微笑を上らせた。「降参するゆえ、命ばかりは救って欲しい。私がそう言うておると伝えてくれ。……初」妹に眼を向け、淀は続けた。「そなた一緒に参れ。徳川方に、千を送り届けるのじゃ」 じっと淀を見て、「わかりました」初が言い、千を見た。「行こう。姉上と秀頼の命乞いをしよう。そなたがお願いすれば、秀忠様もきっとお聞き入れくださろう」 新たな力を得たように、千が立ち上がった。「参ります。父上にお願いして、必ず、必ず、お二方のお命、助けていただきます」 千が支度をしている間に、初が淀に近づき、手に手を重ねた。淀が低く言った。「初。ここまで、ようついてきてくれた」「姉上……」「千と……江を頼むぞ」 強く唇を噛み、初は黙ってうなずいた。初と侍女たちに囲まれ、部屋を出て行きかけて、千が振り向き、声を張った。「秀頼様、義母上様、お待ちになっていてくださりませ!」 千と一行が姿を消し、しばらくしてから、秀頼が淀に顔を向けた。 「ありがとうございます」 「千だけは、助けてやらねばならぬ。政所様との約束ゆえな」笑って淀は言い、立ち上がって 一同を見回した。「次はそなたらじゃ。ここを出て逃げよ。男たちはおなご衆を守るのじゃ。行け!」
(戦の果てに 六十六)