医療保護入院 -急性期- | 妻と私の異世界生活

妻と私の異世界生活

2020年の春
妻が統合失調症を発症

突然、異世界に放り出された妻と私の闘病記録

急性期、休息期を経て回復期に入り安定したのも束の間、2023年の夏、妊娠発覚と同時に再発

いつかこのブログが誰かの助け舟になります様に。



-発症から2ヶ月後-


「もうすぐ着きますよ」


救急隊員の声でふと我に帰りました。





20分くらい立った頃でした、


救急車から降りるとそこには大きく綺麗な建物


マンションかと思いましたが、


精神科のみを取り扱う施設付きの病院でした。





そのまま診察室に連れられ、


落ち着いたたたずまいの女性のお医者様が、


「こんにちは」


と迎えてくれました。





妻の診察が始まり、


妻から30分くらい話を聴き、


私からも10分くらい状況を聴いてくれました。





すると先生は妻に、


「楽になるから入院してみようか」


と言いました。





妻は「入院」の言葉を聞いた途端に立ち上がり、


「入院だけは勘弁してください」


「もう自殺しようとは思いませんから!」


「…」


「…」


「最後にもう1回だけチャンスをください!」


精神科に入院したら出られない、


という噂を信じている妻は必死でした。





「でも何回も死のうとしてますよね?」


「恐くなったらまたしてしまうかもしれないよ?」


「もう大丈夫です、今落ち着きました」


「今はね」


「でも入院して治療すれば恐くなることもなくなるよ」


「あなたの命を守るためです」


言われ、妻は縋る思いで私の顔を見つめました。



「旦那様はどうですか?」


「奥さんが元気になる方がいいですよね?」


と言われ、私は妻の視線を振り切り決死の覚悟で


「入院させてください」


と言いました。






このまま悪化し続けたら先がないと思い、


苦渋の選択でした。


この時の妻の裏切り者を見るような目を、


今でも忘れられません。



妻は病室を出て私の母に、


「お願いです、私を入院させないでください」


と言い泣きつきました。


「少しの間だけだから心配しなくても大丈夫だよ」


と母は言いました。


病院側は、


私の了解を得た時点で看護師さん達を集めていました。


母の言葉を聞いた妻は全てを諦めたのか、


脱力したのか、


歩けなくなり看護師さん達に運ばれて行きました。


何の罪もない妻が、


自分の意思に反して、


半ば強引に入院させられる姿を見て、


悲しくて仕方ありませんでした。



私は罪悪感に駆られながらも、


入院の手続きをする事になり、


今後の妻の入院生活についても詳しく説明してもらいました。



時間がなかったので病院を出てその足で、


入院に必要なものを揃えに両親と買い出しに行きました。


母が


「今日は朝から様子がおかしかったよね、


どんなに調子が悪くても洗濯してたのに


今日はしなかったし、


デグーの世話もやらなかったよね」


と悲しげに言いました。


今朝、妻はもう全てを諦めていたように思います。


隙を見て死のうと決めていたのだと思います。



服やタオル、洗面グッズに名前を書いて病院に届けました。


担当になる看護師から説明を受け、


診察を受けた担当医から統合失調症について、


詳しい説明を受けました。


「最低でも3ヶ月は入院になります


今はベットで栄養ドリンクを飲んでいますが、


とにかくアカシジアが酷すぎるので、


すぐに副作用止めを飲ませました


あの状態で奥さんはよく耐えていたと思います。


回復過程は人それぞれですが、


3ヶ月で退院して普通に働いている人もいます


まずは会う薬を見つけることから始めますが、


反対にかなり時間のかかる方もいます


薬無しで完全に元に戻る人は少ないですが、


薬を飲んでいれば普通の生活がおくれるようになるかもしれません


共倒れする方も多いので、


旦那さんはまず休んでください。」


そう言われました。




家に戻り2ヶ月間の疲れが押し寄せ、


正直なところホッとした気持ちが大きかったです。


普通にご飯を食べ、


テレビを見て、ビールを飲みました。


寝る時、隣には妻の枕だけがあり、


「今どんな気持ちなんだろうか」


「副作用は止まっただろうか」


「入院させたことを恨んでいるだろうか」


「一生出れないとパニックになってないだろうか」


「拘束なんてされてないよな…」


そんな事ばかり考えてしまい、


罪悪感と虚しさで


その日はなかなか寝つけませんでした。



-現在- (発症から2年半後) -回復期-

ちょっと文章が長くなってしまいましたね。


まぁでも、

この日が人生で最も長く感じた日でしたあせる

私は、

人生送りバント⚾️

みたいなスタンスで生きてきたので、

まさかこんな経験をするとは…

なかなか感慨深い気持ちで記事を書きました。


そんな事は知る由もなく、

妻は最近ハマっているチョコを、

私の分まで食べ始めました。

「ちょっとだけ食べといたぞ指差し

と誇らしげです。