歩き納め3回目
7時22分現場着。噴水広場は工事中で、来春、オープンカフェができるらしい。
7:28 出発。今回は今までと違って、山手線を反時計回りになってました。芸大前のほうに向かってます。
8:20 とげぬき地蔵、まだ閑散としてます。
8:32 第1チェックポイント、千川上水公園。
10:10 神宮前
10:36 代官山
11:19 第2チェックポイント、大崎橋
11:41 品川駅
12:20 芝増上寺前、今回から日比谷通りに変更(前回までR15だったはず)。
12:49 皇居外苑馬場先門、遠くに見えるのが伏見櫓。
13:31 不忍池前。ここも、上野広小路から不忍池散策コースに変更。
13:41 ゴール
。前回より、かろうじて2分短縮
できました。
完歩賞とバッジ。
GPS軌跡。協会独自コースなのでGoogleMap表示は控えました。
今回のコース変更で見どころが増え、癒しと疲労回復効果があったのか、皆さん前回より記録がかなり良くなってるようで喜んでました。自分は、日ごろの鍛錬不足がマイナスで、差し引きほぼゼロです
。最後の、不忍池から上野の山へのぼるのだけで、かなり足キタ状態でした
坂之下土山水口宿
。Iさん、nさんの参考になれば幸いです。亀山に前泊して、6:25に関宿駅前からスタート。
なにげに飾ってる巨大な寛永通宝。
裏返すと波状になってたので、4文銭(波銭)です。当時、串だんごが波銭1枚だったので、今80円だとすると、1文=20円となりますが、人によって基準が違ってて、Webでざっと調べると25~30円が相場のようです。銭形平次が悪者を懲らしめたのも、この波銭。
関宿を過ぎると、ゆるやかな上りこう配が続き、山並みが近づいてきます。
この名もない木像は、嘗てここに立っていた大木の切株を彫りこんだ(一木造りか)もののようで、しばし立ちすくんでしまいました。すばらしい

鈴鹿峠馬子唄発祥の地。
大竹屋本陣跡。ちょうど朝のごみ収集の時間帯で埋もれてました

芭蕉の碑。
ここからの眺めは最高です。
急に視界が開けて、一面茶畑が広がります。
万人講常夜灯。
第二名神をくぐります。
今は真新しい海道橋。
昔は田村川橋、広重の浮世絵ポイント。
以前は下流の渡し場だったのが、何度もの水害の末、地元住民がお金を集めて1775年からこの橋のルートになったようです。
田村神社。鈴鹿の鬼を退治したといわれのある征夷大将軍、坂上田村麻呂を祭った古い重厚な神社。
本陣跡はご立派。
宿場町はずれの立て看。
今度はその対岸から東側を望みます。
ここで振り返ると、左が水口屋からの旧東海道で、右が歌声橋からの明治以降の東海道。
GPSの軌跡を見てもわかりますが、旧道をたどるのにかなり寄り道してます。後から考えると、身のほど知らずで調子に乗りすぎでした・・

市場一里塚。
久しぶりの松並木。
ちょうど田植えの時期だったんだなぁ。
水口宿本陣。
ここから、水口の市街に入ります。
ここは、賤ヶ岳の七本槍の1人、加藤嘉明の子孫が代々城主になってます。 加藤嘉明は関ヶ原の武功で伊予松山20万石に加増されましたが、苦労して築城した松山城が完成直前に会津40万石に移封となり、さらに子の明成が不始末で改易となり、その子の明友がここ水口で、辛うじて2万5千石の大名として幕末まで家名を保ってます。同じ七本槍の加藤清正、福島正則はお家取りつぶしになっているので、まだましなほうかも。
・・・と長々と書いてしまいましたが、最近忘れっぽいんで備忘録です。
出丸に立派な高麗門と櫓が復元されてます。ちなみに、本丸は水口高校のグランドになってます。いつも思うのですが、城下町の学生さんは、素朴で礼儀正しくきりっとした感じがします。気のせいかなぁ・・
櫓の中が歴史資料館になっていて、
をいただき、じっくりビデオを拝見させていただきました。
あと2つ、年内目標にアップしま~す

ゴール
なんで東海道ウォーキングを始めたんだろう
と自分に問いかけても、なんでだろう、いつからだったんだっけ、とあまりにも曖昧でいかにも自分らしい、と苦笑いしてしまいます。ブログをたどってみると、2008年の夏に、神奈川宿のウォーキング付シンポジウムにプラっと参加してました。その時、あれだけ賑わっている横浜駅周辺は江戸時代は海の中だったことを初めて知り、驚きでした。自分の住んでいる横浜の歴史を全くわかってなかったわけで、ちょっと歩いてみるかぁ、というのが、いま思うときっかけだった気がします。お江戸日本橋から、えいえいおー
と、勇み立って七つ立ちしたわけではなく、途中からのフライングスタートで、ブログもちゃんと整理してないしで、お恥ずかしい限りですが、リタイヤもせず、ここまで続いたのが唯一のとりえです。
前置きが長くなりましたが、本題の”ゴール”の話題に移ります。昨年暮れに関宿にたどり着いて、その後なかなか時間がとれなかったんですが、京まで100km切ったので、今回のGWでなんとかゴールしたいもんだ、とずっと思ってました。一気にやらないとお金もかかるしねぇ。5月1日が雨だったんで移動日にして、2日から決行することにしました。
2日は、関宿~水口宿です。結構順調で快適な1日目でした。今回、久しぶりにGPSを使ったんで、歩いた軌跡はこんな感じです。
より大きな地図で 坂之下土山水口宿 を表示
その晩、宿の風呂場で滑って転んでしまい、わき腹を痛めて(肋骨が折れてることが後でわかりました
)3日は急激にペースダウンです。
より大きな地図で 石部草津宿 を表示
3日は、途中から足首の内側が痛くなって(最近歩いてないんで、3日通しはきついです
)、4日はさらにがっくりペースダウンで、満身創痍(ちょっとおおげさですが)で、予定より1時間半遅れの、16時30分に三条大橋にたどり着きました。
より大きな地図で 大津宿京都 を表示
”やったー
”という達成感より、体の不調で”まいったなぁ
”の気持ちしかなくて、橋のたもとでしばしうずくまってました。鴨川の川風が思ったより寒かったので、近くで味噌ラーメン食べて宿に粛々と退散、・・・という、ふがいないゴールでした
。詳細のレポートは、後日(いつになるかわかりませんが)アップ予定です。
翌日は、チャリで京都プチ見物です。チャリをこぐ元気だけは残ってました。昨年の大河ドラマの龍馬伝がよかったんで、龍馬ゆかりの地めぐりです。こちらこそGPS使えばよかったんですが、すっかり忘れてました。
まずは、龍馬終焉の近江屋跡。ここ。
その向かい側が龍馬が脱藩した土佐藩邸跡。
その藩邸内にあった岬神社。
神社内の龍馬像。
龍馬の仲介で薩長同盟が成立した薩摩藩邸跡。ここ。
霊山護国神社の龍馬のお墓。さすがにお参りの人が絶えません。

この神社は京都東山の際にあるので、眺め良好です。
木戸孝允のお墓は一番高い場所にありました![]()
ここからは電車に乗って、伏見の龍馬通り。ここも人が多い。
そして、寺田屋。
龍馬が襲われたとき、お龍が入っていたお風呂かも。
この眼光鋭いお方は誰でしょう![]()

このおかみは誰でしょう![]()

伏見はこの十石舟と、
黄桜/月桂冠の記念館があって、
アルコール入り(1%)の甘酒で、とりあえず乾杯![]()





















































