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庄野亀山関宿

さくらをアップした勢いで、昨年末の伊勢路の後半の3宿(庄野、亀山、関)を一挙にアップします。4か月経って記憶がほとんど消えてましたが、写真をみると思い出しますね。2日目は、庄野宿からでした。最寄りの加佐登駅は宿がないんで注意しませうビックリマーク
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東海道45番目.。
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本陣、脇本陣各一でこじんまりとしてますが、当時の宿場の面影が残ってます。
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山の神・・・最近は、箱根駅伝の登りで圧倒的強さを誇る東洋大のK選手の代名詞。今年の駅伝も期待どおりやってくれましたねぇ、さすがですクラッカー
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中冨田一里塚。
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安楽川の河川敷。このへんはやたら広々としている、というか東海道にしては寂しげな風景です。
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だ~れも収穫しないでもったいないなぁ・・
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宿場のパンフがあとわずか叫び
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二宮金次郎が寂しげな小学校跡。
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無人駅、井田川駅。
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和田町公民館。
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和田一里塚。
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亀山宿入口に、宿場賑わい復活プロジェクトの立看。街道沿いの家々に昔の屋号の木札が架かってます。
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昔こめ屋で、今はそば(うどん)屋。
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昔とり屋で、今はこめ屋。
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こちらは〇△すやさん。中津川宿の栗きんとんを思い出します。
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江戸口門跡。
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木札が何百とあって、往時の賑わいが偲ばれます。この賑わいがなんとか戻ってほしいもんです。
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わき本陣跡。
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本陣跡。年の瀬なのになんで人がいないのだろう・・・
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旧街道らしいくねくね道。
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街道からちょっと外れて、亀山城方面に寄り道音譜。お堀を渡ると、石井兄弟敵討の碑。
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伊勢亀山城跡。後方が多門櫓。城主は八家がめまぐるしく代わってますが、1744年以降、岡崎編でちょっと触れた石川数正(直系は大久保長安事件に連座して断絶)の叔父、家成の子孫が藩主となってます。
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この伊勢亀山城には天守閣は現存してないですが、丹波亀山城と間違えて解体させられた、といううそのような伝説があるようです。それを知りつつ粛々と受け入れたとしたら、時の徳川幕府の権威には驚かされます。
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多門櫓から見下ろした西の丸(現亀山中学校)。
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亀山神社
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三重櫓跡。
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亀山城は地元自治体、教育委員会が二の丸跡を復元して城下町としての活性化を図っていることは十分理解できますが、高台にあるので天守閣をどーんと聳え立ててほしいなぁ、と勝手に思ってます。。
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1997年国際文通週間の110円切手になった亀山城の京口門跡。
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テルさんの浮世絵ポイントは多門櫓っぽいんで、たぶん違いますねぇ。
これが現在の京口門跡。昔の面影がありません叫び
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圧倒的存在感を示す野村の一里塚。
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昔なつかしい看板だらけで思わずカメラ
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延々と続く桜桜並木。ちょうど今行けばすごいでしょうねぇ・・・
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高架下の広重の絵パネル。
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原画に忠実でよく出来てます。しばし見入ってしまいました。アップの亀山の浮世絵もここで撮った写真を流用しました。
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せっかく亀山にきたので、世界の亀山工場に行くしかないでしょうメラメラ
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街道からかなり外れていて、1時間半ロスってしまいましたが、いい記念になりました。
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でかい工場で、全景がはいらないので、パノラマちっくに動画撮影。

途中からみぞれ交じりで寒さが厳しくなってきました叫び
関宿の入口にやっと到着。
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東の追分の一里塚。
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この鳥居のいわれは下の説明を読んでください。
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関宿の町並み。東海道で、往時の面影がこれほど忠実に守られた宿場はここが最初で最後かも。傘もささずにびしょびしょになりながらひたすら写真を撮ってました。
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終点が関の地蔵院。雨で人影もなかったせいか、ひとりタイムスリップした気分でした。
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関駅にたどり着いて、電車を待つこと40分、我に返って寒さが身にしみました。
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缶コーヒー2本飲んでも寒かったなぁ。。

さくら

さくら満開桜で久々にアップします。例年より1週間ぐらい遅いですね。うちの近所でも花見やってる人が大勢いましたが、せっかく時間がとれたんで鎌倉まで行ってきました。鎌倉のさくらといえば西の鎌倉山が有名でしたが、近年は老木化で元気がなくなっていて、代わって東のハイランドのさくら道が一番ではないでしょうか。
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メイン道路は車がいっぱいあせる
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横道もさくら並木が続いていて、電柱の看板のメロン館を目指しますが・・・
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案の定、おいしいメロンパンメロンパンは売り切れてました。
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お隣の肉やさんは、ころっけ(ちと高い叫び)繁盛してました。
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さらに登ると・・・
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富士山絶景ポイント。過去、何度も来てます。
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やっぱ、春がすみで見えません。
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山桜は風情があります。
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ふもとに戻って、食事処のさくら亭、満員御礼。
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鎌倉駅近くの知る人ぞ知る、妙本寺のさくら。
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さくらと赤いカイドウ(普通、ちょっと遅れて咲く)が同時に咲いてます。
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誰でも知ってる八幡宮の参道、段葛、人がいっぱいあせる
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八幡宮の源氏池。
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平家池。源氏のお宮のせいか、こちらはさくら数本。
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薬王寺。境内はこのとおりですが・・・
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参道はさくらがいっぱい桜
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これは、民家の八重桜。
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最後は浄光明寺。
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まだまだ見どころはありますが、歯医者虫歯歯の予約で早々に退散叫び

桑名四日市石薬師宿

東海道てくてくも終盤をむかえ、いざラストスパートビックリマークといきたいところですが、雑務に追い回されて、完全に足踏み状態が続いてます。なんとか年の瀬の2日、まとめて6宿あせるを歩いてきましたが、それからさらに3週間以上経ってやっとこブログ更新です叫び
前回の宮宿(熱田神宮)からは、陸路(佐屋街道経由)がありますが、この調子では京まで年内も覚束ないので、ワープUFOして海路コース(七里の渡し経由)の桑名宿からとしました。
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2003年に復元した蟠龍櫓。
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広重の浮世絵にもあるように、この櫓は桑名宿のシンボルだったようです。
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本陣、わき本陣は今も旅館を営業してます。
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周辺地図。
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桑名城が隣接してるので、さっそく見物です。九華(きゅうか)公園。桑名城址公園とすればいいのに、と思いましたが、九華と書いて"くはな"→"くわな"とも呼ぶからだそうです。
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公園の向かい側(三の丸)に本多忠勝像。徳川四天王の1人で、関が原の功績により、一躍桑名10万石の大名となります。子孫は何度かの国替えの後、岡崎城主となり、岡崎城にも忠勝像がありました。
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寛政の改革を断行した松平定信は、晩年、白河からこの桑名へ転封となり、城内の鎮國守國神社に守國大明神として祀られています。
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幕末の桑名藩は、藩主定敬が京都所司代となり、京都守護職の会津藩と共に薩長の矢面に立つことになります。鳥羽伏見の戦いで戦況悪化の中、藩主不在(慶喜と江戸に逃亡)で激論の末、無血開城したにもかかわらず、シンボルの辰巳櫓などが焼き払われ、城の面影がなくなってます。ダウンが、その辰巳櫓跡で、由来不明の砲台がありました。
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元禄の大火で焼失した天守閣跡。
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枡形の橋。昔は門だったのかもしれない。
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二の丸から本丸を望む。石垣が異様に低い。
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城を眺めながら朝食を摂ってたら、このとおり猫にゃーにゃんの大軍に取り囲まれ、やむなくサンドイッチ放出叫び
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春日神社の青銅の鳥居。
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"勢州桑名に過ぎたるものは、銅の鳥居にニ朱女郎"の石碑(大塚本陣前にあったもの)。
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街道沿いにあった「歴史を語る公園」内の富士山。
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はるか遠い三条大橋。
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一風変ったおもちゃ屋。板東英二も来店されたようです。
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十念寺。
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桑名藩の戦争責任を一身に負った森陳明の墓に一礼。
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天武天皇社。
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矢田立場。
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安永餅元舗と思われる家屋。桑名城で朝食を食いっぱぐれたので、ここでお餅を・・・と思ってましたが、このとおり営業してませんでしたダウン
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暗雲たれこめてますが、辛うじて雨筋から外れてるようです。
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名もない一里塚。
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榎の大木。ここを一里塚にしたいところです。
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あさけ駅跡。1989年に廃駅になってますが、2010年改訂第2版のさんさくマップには、まだまだ存在しています(ばき)。
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冨田の一里塚跡。
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まっすぐ行くとお寺に突き当たるので要注意。
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富田(間の宿)から四日市宿周辺の地図。あまり史跡が残ってないようです。
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十四川の桜並木。
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三ツ谷の一里塚跡。
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元祖なが餅屋。1550年創業には驚きです。
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安永餅を食べ損ねたので、こちらの餅で腹ごしらえ。
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甘さ控えめで素朴な味。さすが老舗、リピーターになりそうグッド!
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このへんから四日市宿かはてなマーク
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諏訪神社。
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すわまえアーケード。
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さりげなく置いてあった異様なからくり人形。あとで調べたら、大入道といって四日市のお祭りのシンボルキャラクターだそうです。失礼しました・・・
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四日市宿がどこで終わったのかわからないまま、日永の一里塚。
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なごりの一本松。
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日永の追分。左側を進むと伊勢神宮。
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突然の急坂あせる、杖衝(つえつき)坂。
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杖衝坂と血塚のいわれ。
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四日市コンビナート(たぶん)を望む。
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采女の一里塚。
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石薬師宿入口案内。
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小沢本陣跡。
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唱歌『夏は来ぬ』で有名な、佐佐木信綱ゆかりの石薬師文庫。
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瑠璃光橋からの眺め。日没が迫ってますあせる
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石薬師寺。
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由来。
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蒲の冠者源範頼を祀った御曹子社。
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蒲ざくら。浜松宿手前の蒲神明宮にあった蒲ざくらは、この木から接木されたようです。
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石薬師一里塚。
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5時過ぎてすっかり日が暮れた庄野宿入口。
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ちょっと戻って、やっとこの日のゴールフラッグ、加佐登駅。
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久々の30km強のてくてく、疲れましたあせる
次の3宿のアップはいつになることやら叫び