岡崎池鯉鮒宿
2日目は、岡崎城からちょっと東に戻って、美合駅から
スタート
・・・のつもりでしたが、いきなり寄り道(駅の逆側)して、本宗寺。
家康の若い頃、松平家の重鎮だった石川数正のお墓。1585年に突然出奔して秀吉の家臣になってしまう、という謎の人物で、あまり知られてないかも。
この後、この標識につられて広忠寺(家康が父の供養のため建てた寺)に向かいましたが、地元の誰に聞いても知らないなぁ、でギブアップ
後で地図見たら3km先にありました。遠すぎ~
30分ロスって、ひたすら岡崎に向かいます。
大岡越前守陣屋跡。
八代吉宗のころ活躍した南町奉行。月曜8時、水戸黄門と交互にやっていた時代劇(加藤剛さん)でも有名ですね。後に、旗本から1万石の大名に出世してここの領主となります。
こんな立派な一里塚は久しぶり。国の指定史跡。
高速インターのおかげで地下道になってます。
入口。
トンネルの出口は、東名高速(岡崎)の入口。翌日、ここから帰りました。
筋違橋。昔、アキバの万世橋の近くにあった橋と同じ名前なんで・・・
すじかいばし、と表札に書かれてそう(読めない
)だが、信号のローマ字表記は、すじちがいばし
この辺から岡崎宿に突入。二十七曲り
)、時の藩主、田中吉政が10年がかりで、この
道を造ったそうです。
の冠木門がスタートポイント。
ほとんど周りを見る余裕はなく、道標をたよりにひたすら曲ってました。
途中、どこかで見たような建物に遭遇。
岡崎信用金庫資料館。大正6年創建で、ハマの開港記念会館 とそっくり・・・と館長さんに教えてもらいました。この辺は昭和20年7月に空襲がありましたが、ここだけ焼け残ったそうです。そういえば、古い町並みがほとんどなくて残念。
2階は、昔のお札がいっぱい。
市ヶ谷のお札と切手の博物館と似た感じ。
二十七曲りの後半戦。
ここは、朝の連ドラ、純情きらりのロケ地だったそうです。
宮崎あおいがヒロインだったんですねぇ。大河の篤姫の記憶しかないです(ばき)
この道標で二十七曲りの終点。この表示は何かおかしい
。ここにくればわかります。
矢作橋が工事中で三十曲りになったような・・・
橋のたもとの出合之像も避難ちう
このお嬢さんは誰でしょう

矢作神社の矢竹とうなり石。
"うとう"駅がありました。青森が、いとなつかし。
駅長さんが田んぼの真ん中に宇頭観音があるよ、というんでさまよったあげく・・・見つからず
もとに戻って旧道の松並木。
一里塚。ちょうごこのあたりは、海軍航空隊の予科練があったようです。
地を這うような雲竜の松。ちなみに白鵬
は不知火型ですね。
こちらは、
にそびえ立つ松並木。
来迎寺一里塚。塚というより山のごとし。
菅笠や三度笠で闊歩する、粋なトコトコ隊に遭遇

名鉄主催のウォーキングイベントで、無料で笠を貸してくれるし、ピンバッジももらえてお得
。名鉄は旧東海道沿いで本数も多いので、トコトコは人気があるらしい。
知立城跡。
池鯉鮒宿。宿場町というより門前町でしょうね。変わった名前ですが、知立神社の池に鯉や鮒がたくさんいたから、といういわれ。
東海道の三社の1つ、知立神社。拝殿は、銀閣寺と同様、こけら葺きで風格があります。
国の重要文化財、室町期に建てられた多宝塔。これも重厚な感じ。円仁が神宮寺として創建して長らく神仏習合でしたが、明治の廃仏毀釈の嵐の中、この塔だけが破壊の難を逃れたそうです。
この日は、神社内にある秋葉神社のお祭りでした。本社のお祭りは春で、山車が町を練り歩くそうです。
秋の祭りは、神輿ではなく
のように花火玉(実際は石らしい)を入れた長持ちを担いで、甲高く「長持歌」(木やり歌のよう)を歌い飛び跳ねながら練り歩きます。こういうのは初めてで、唖然として見てました
。周りで泣きだす子供もいました。
近くの総持寺の大銀杏、探すのも写真とるのも大変

家康の次男秀康の生母お万の方の誕生地。お万の父は知立神社の神主。家康の側室にはさらに別のお万の方(頼宣、頼房の生母)もいますね。
そうこうしていると長持ち隊に追いつかれて、お先にどうぞ

ひもかわうどん発祥の地。
今岡の立場。昔の風情が残ってます。
国指定史跡、阿野一里塚。
両方ありますが、こちらは元気ないですねぇ。
前後駅でとりあえずゴール。
このあと、ちょっと疲れてましたが、知立神社お祭りの夜編に向かいます

岡崎宿
。まずは岡崎城から、北へ2.3kmの大樹寺。
家康の先祖の松平家の菩提寺(浄土宗)。ちょっと長いですが沿革。
国指定重要文化財の多宝塔。風格あるんですが、逆光で失敗

本堂。屋根は入母屋造り瓦葺ですが、他の大寺院と比べるとシンプル。同じ浄土宗の知恩院と似た感じです。
あちこちに、おなじみの三つ葉葵。
重厚な三門。
この向かい側は大樹寺小学校の正門で、その奥に大樹寺の総門があって・・・
その総門のさらに3km先に岡崎城天守が見えます。
予定以上に時間がかかって、大急ぎで岡崎城

大手門。枡形にはなってません。
廃藩置県でほとんど建造物が破壊されたので、往時の威容はあまり感じられないです。
龍城堀。
正面入口。
階段は急ではありません。
天守最上階からの眺め。周りが公園になっているので緑が多いです

家康の遺訓。以前ここに来た時、この遺訓が書かれた茶碗を買って、いまでも毎日
を飲んでます。家康の苦難と辛抱を重ねた実体験に基づく自戒を含めた内容で、身にしみます。
有名な、三方ヶ原で負けて憔悴した家康自画像を、3年前に石像にしたもの。遺訓の"勝つことばかりを知りて負くることを知らざれば害その身に至る"を象徴してますね。
晩年の家康像。
家康の産湯に使った井戸。
徳川四天王の1人、本多忠勝。この子孫は江戸後期から幕末まで岡崎藩主。
普通の時計台が・・・
定時になるとからくり時計になります。
岡崎藩の石高にちなんだ5万石藤棚。
今年出来たての東隅櫓の夕日。
きょうはここまで。てくてくは次回(未定
)ということで自戒を込めて・・・白神山地
青森編の最後は(・・・もうアキタ
次は秋田行ってみたいです
)、本命の白神山地です。白神山地は世界遺産なので、核心地域にはやたらに入れません。その周辺で、無難でお手頃な十二湖散策コース(日本海側)と、暗門の滝歩道をターゲットにしました。
まずは、十二湖目指して弘前駅からリゾートしらかみ2号で出発。
途中、1号車の展望ラウンジで津軽三味線と民謡の生演奏![]()


鰺ヶ沢駅からは日本海沿いを走って2時間半。
さらにバスで20分ぐらいで、奥十二湖駐車場バス停到着。
「十二湖」の由来。
鶏頭場(けとば)の池。
が青池、ホントに青い。
途中、ブナの原生林。

沸壺の池、ここも青っぽい。
麓に戻ると名水。
この水を使った抹茶
。前が落口の池。



王池。ここだけはボートや釣りがOK。
ゆとりをもち過ぎて電車2時間待ち~。でも、駅員さんの有難いアドバイスで、近くの温泉
へ。不老不死温泉。
鉄分豊富で、真赤・・・鉄サビの匂いが証明してます。
露天風呂はいかなかったですが、内湯もこんな感じです。
車窓より岩木山を眺めながら帰路に・・・
2日目は、
で暗門の滝歩道入口。
ここには水飲場とトイレがありますが、これから先は一切なし![]()


滝まで遠い~![]()

第3の滝。
虹だーー![]()

第2の滝。
ちょっと似てますが、第1の滝。
最接近、すごい水しぶき![]()

帰りはブナ林散策道。

沢沿いと違って、かなり傾斜がきつい![]()


なんとかたどり着いて、ちょっと休んで、ダートコース。もちろん
です。
津軽峠から山道を数分でマザーツリー。
近くで見るとさすがにでかい。
樹木の間にぽっかり見えた岩木山。
世界遺産のさわりしか見てないですが、水と木のパワーを体で感じた気がします。最近、水木でスタミナ切れそうなので、これで元気になりたいもんです・・・。金には縁がなさそうです![]()
<動画編>
音が途中で途切れますのご容赦ください~






