能登半島地震発生から半年 “ふるさと”の今 (第3回) | KARA好き...そしてこれからも

KARA好き...そしてこれからも

KARAとAPRILはずっと一緒!
ずっと見守り応援します!!

能登半島地震の被災地では仮設住宅の整備も進んで、避難所や2次避難先からの引越しが多くなっています。

 

よくSNSで見かける「何も変わらない景色」ですが。。。

 

季節が移ろえばちゃんと花も咲きます

 

 

いつも見ている人にとっては少しずつですが変化あります!

 

その一方で壁が剥がれ落ち大きく傾いた家屋に目をやれば

前よりひどくなっているところもあり。。。

 

 

それでも新しい命もここでは宿っています。

 

閉まらない窓からツバメが出入り

巣を作り卵を産みヒナがかえり

親鳥がせっせと餌を運び

もうすぐ巣立ちの時がやってきます。

 

住人がいない家を留守番してくれてありがとうw

 

 

 

発災後から情報の共有をさせていただいてる同郷の方が書いてる記事の第3弾

 

>>>

 

 

能登半島地震発生から半年 石川県輪島市町野町出身のシナリオライターが見つめる“ふるさと”の今

2024年7月1日(月) 08:10

 

石川県輪島市町野町出身で東京在住のシナリオライター、藤本透さん。能登半島地震の発災から一日も休むことなく、現地ならではの情報や行政の情報をまとめ、X(旧・Twitter)で発信を続けています。

能登半島地震発生から半年。半年というと「節目」とされやすいですが、被災した人たちにとっては、発生してからの時間の長さに過ぎません。ふるさとの今を見つめる藤本さんによる連載記事、第3回です。

輪島市町野町出身のシナリオライター、藤本透です。

 

私のふるさと、輪島市町野町は、輪島市の東側にあり、今回の地震の震源地・珠洲市と隣り合っています。町野町は、1956年に輪島市に編入されるまで、単独の町として存在していました。集落を中心として地域の人たちが助け合って暮らしている姿は、昔も今も変わりありません。私は、2歳から高校卒業まで、町野町で過ごしました。

 

輪島市町野町

 

○発災から半年、いまだ続く余震                                7月1日で地震発生から6か月。ライフラインが戻ったことで、各地で復興のニュースも聞かれるようになりました。町野町でも、さらなる倒壊危険性のある全壊家屋を中心に公費解体(緊急解体)が、始まっておりますが、二次避難や広域避難から戻れる目処が立たない方も依然として多いままです。

 

6月3日(月)午前6時31分、能登地方を震源とする最大震度5強の地震がありました。町野町でも、消防や地元の有志、建設会社の方々が早朝から町内を見回ってくださり、倒壊の危険性が高まった建物に規制線を張るなどの対策を行ってくださいました。

 

既に報じられているように東大野地区で建物の倒壊もあったものの、既に避難済みだったため人的被害はありませんでした。それでも、この余震で、地震の脅威が完全に過ぎ去ったわけではないことを、思い知らされました。

 

 

○復旧が進み始めた                            

先日、罹災証明書の被害認定が一部損壊から半壊に上がり、公費解体ができるようになったというメッセージをいただきました。高齢化率の高い町野町では、自力再建が難しい方も多く、公費解体を受けられるようになる意義は非常に大きいのです。

 

地震の被害を受けた住宅 写真提供:町野町の有志の方

 

地震の被害を受けた住宅 写真提供:町野町の有志の方より

 

多くのニュースなどで報じられているように、外観を基準とした一次調査では正確な被害状況がわからないことから二次調査が進められております。

 

外観としては損傷が軽微に見えたとしても、内部は柱が折れるなどして、倒壊の危険が強まっている家屋は、まだまだ多くあります。

 

町野町では、余震が起きたこと、新たに倒壊した家屋が出たことが起因してか、緊急解体が進みはじめました。

 

余震から2日後の6月5日には、電柱から垂れ下がったままだった電線の撤去も始まりました。また、5月28日には環境省より「令和6年能登半島地震によって損壊した家屋等に係る公費解体・撤去に関する申請手続き等の円滑な実施について」の周知がなされました。

 

この周知では、建物性が失われた倒壊家屋等に対して職権滅失登記を実施することで、所有権者等の全員の同意がなくても公費解体・撤去が進められることになりました。これにより、輪島市河井地区の全焼区域の公費解体が急速に進み始めました。危険な場所が少しずつ改善されてきたことで、復旧への兆しが見え始めています。

 

 

〇倒壊家屋、土砂崩れが多数、道路も条件付きで通行可能に          

町野町は倒壊家屋が多く、町野平野を囲む山地では土砂崩れが多数起こっております。通行することができなくなった道もあれば、啓開により、地元の人や工事の方に限りという条件つきで通行が出来る道もあります。

 

輪島市町野町金蔵の仮設道路 写真提供:町野町の有志の方

 

その道も山の斜面は倒木などがまだ折り重なったまま。決して安全とは言い難い状況であることがわかります。それでも、国道249号が大規模崩落で通ることができない今の状況では、公共交通機関も利用する大切な道なのです。

 

町野町では、少しずつ道の舗装が進み始めました。アスファルトが剥げ、段差や砂利だらけの道もまだ多いですが、舗装された道路が出てきたことで、次の順番がここにくるかもしれないという希望が持てるようになってきております。

 

輪島市町野町鈴屋の道路 舗装前(左)舗装後(右) 写真提供:町野町の有志の方

 

町野町は、学区が広いため、中学生は舗装が剥げて砂利だらけの道を自転車通学で毎日通ります。せめて通学路を中心に整備を進めていただけるよう、願っております。

 

 

○長期避難世帯の存在                            

6月20日、能登町の31世帯が、被災者生活再建支援法に基づく「長期避難世帯」に新たに認定されました。能登半島地震での長期避難世帯は輪島市の62世帯、珠洲市の37世帯、津幡町の8世帯と、合わせて4市町で138世帯がこれまでに長期避難世帯として認定されています。町野町では、認定されていないため地名は伏せますが、同等の被害を受けている地区があります。

 

土砂によって流された家が道路向かいの田んぼにまで 写真提供:町野町の有志の方

 

裏山の土砂崩れにより、土砂によって流された家が道路を挟んで向かい側の田んぼにまで到達しています。

 

約3~4mほどの土砂の中に、辛うじて家の屋根を見ることができます。所有者の方は、「ここまでなにもなくなると、あっけにとられて悲しさはない」と仰っていました。

 

なまじ全貌が見えてしまっている倒壊家屋は、どうにか大切なものや思い出の品だけでも取り出そうという気持ちになりますが、ここまで土砂に埋もれてしまっては、公費解体においても解体がなくても土砂と同時に撤去という扱いになるとのことで、もうどうすることもできないことがわかります。これからの梅雨や台風の季節で、こちらの裏山は更なる崩壊の危険性が高まります。

 

家屋の倒壊は、地震だけではなく、雨風でも起こりうる、新たに倒壊しうること、危険がまだ続いていることをどうか知っていただけたらと思います。

 

 

○仮設住宅の完成                              

5月末、町野町に2箇所目となる仮設住宅、「町野町第2団地」198戸が完成しました。車を失った方や、広域避難中の方は避難生活中に自宅や畑の様子を見に行こうにも、その手段が限られており、非常に苦心しておられました。

 

運転のできる家族に頼むにしても、いつでも好きなときにお願いできるわけでもなく、家族の元で避難生活を送っている方でもぎくしゃくし始めているという状況がストレスとなっておりました。

 

仮設住宅への入居がはじまり、自宅にも比較的近い町野町に戻ったことで、これまでの生活どおりとはいかないものの、落ち着きを取り戻された方も多くいらっしゃいます。ある仮設住宅では、プランターを使って家庭菜園で、大葉やバジル、プチトマトなどの栽培を始められる方も増えてきました。元の家の近くの畑に戻るのは今は難しくても、少しでも農作業に触れていたいという工夫が伺えます。

 

仮設住宅 奥にプランターが見える 写真提供:能登の有志の方

 

その一方で、避難生活を続けているのに仮設住宅に入ることが出来ない方の不安や焦りが募っています。それでも、8月までに希望者全員がふるさとに帰れるという言葉を、今は信じるしかありません。

 

 

○今、被災地に必要な「夏物衣類」                          

例年より遅い梅雨入りの前に、真夏の暑さが続いていました。家屋の全壊等で衣類を失った人に衣類を届けようと、輪島市のパン屋さん「くまのおうち(ニューフルカワ)」さんが、夏服の支援を募り、全国から多くの衣服が集まりました。

 

古着は仕分けや保管・管理が非常に難しいのですが、ご支援いただいた全国のみなさまと、くまのおうちさんのご厚意でたくさんの衣服を輪島市と珠洲市の方にお届けできたそうです。

 

古着であっても多くの人が集まったことからもわかるように、本格的な夏を前に、夏物衣類の不足が深刻です。

 

発災時が冬であったため、冬物衣類はかなりのご支援を頂けましたが、季節がうつろった今は、夏物衣類やサンダルなどが圧倒的に不足しています。

 

町野町では、多くの家屋が倒壊し、建っている家も雨漏れがひどく衣類は全滅している方、衣類を取り出そうにも壁や天井が崩れ、家具も薙ぎ倒された状態で片付けが進められず、タンスにまで到達できない方など、事情はさまざまですが、お困りの方がまだまだ多くいらっしゃるのです。

 

商店も地震の被害を受けて閉店しることから、購入する店もありません。どうにかして救い出した服を2、3着で着回しているなど、洗い替えもない方のお声も伺っております。

 

6月23日にはUNIQLOさんが町野町に出張販売にいらしてくれましたが、衣類の全てを買い直すのは、本当に途方もないことだと思います。これは町野町だけではなく、奥能登全体で直面している課題です。

 

 

〇被災者を狙い撃ち・・・続く窃盗被害                   

発災から被災地での窃盗被害が続いています。先日は、家の外に設置していたボイラーが、そっくりそのまま無くなっていました。写真を見て頂ければわかりますが、簡単に持ち出せるようなものではありません。重いものを簡単に運び出せるよう、周到な準備をして被災地に入っていることが伺えます。ボイラーのほか、エアコンの室外機やまだ使う予定のものなどが、無くなったという話も聞いています。被災地を狙い撃ちする悪質な窃盗が今も続いています。危険と隣り合わせで、自宅での生活再建に進もうとする人たちに対して、あまりに酷い仕打ちです。

 

盗まれたボイラー 写真提供:町野町の有志の方

 

 

○紙灯籠メモリアルとホタルの光                       

6月1日、震災復興子ども支援さんと町野復興プロジェクト実行委員会による『紙灯籠メモリアル』が、町野町第1団地前にて行われました。

 

みなさんの思いを込めたメッセージが記された能登窓岩をかたどった紙灯籠に、灯りが点され、黙祷が捧げられました。

 

紙灯籠メモリアル 写真提供:町野町の有志の方

 

紙灯籠の消灯後に現れたホタル 写真提供:町野町の有志の方

 

紙灯籠の消灯後には蛍の光が灯っていて、なんとなく灯火が繋がっているように感じられたと参加された方からお話を伺いました。一周忌の一年目まで、この取組は続きます。本日7月1日も、町野町のみなさんの祈りの時間が設けられます。   

この日だけでも、能登のためにほんの少しだけ祈りの時間を頂ければと思います。

 

MRO北陸放送では、被災地の声を集め続ける藤本さんが見つめる被災地の現状をNEWS DIGで、毎月掲載します。

------------------------------------------------------------------------------------

藤本透 シナリオライター。アプリゲーム『ノラネコと恋の錬金術』メインシナリオライター。『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル』、『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル2』のシナリオ執筆に携わるほか、様々なジャンルでの執筆を手がける。石川県輪島市町野町出身で、石川県を舞台に描かれたアニメ「花咲くいろは」の小説版を執筆。2024年1月1日の能登半島地震発生以降、SNSを通じてふるさとの情報を日々きめ細かく発信している。

 

 

 

 

この記事の中に出てくるボイラーが無くなったのは自分の実家です。

こちらの家屋は解体予定なので別にいいんですが。。。

 

またほかの被害では、

近所の1階部分が潰れた家から2階部分のサッシが全部窓枠ごとなくなっているところもあり、その場でガラスを割ってから持ち去っています。悪質極まりない大胆すぎる犯行ですね。

 

修繕して住もうと思っている家の被害がないことを祈るばかりです(>人<;)

 

 

 

両親は仮設住宅に入居しました。

 

誰にも気を使うことのない「家」がある幸せを感じています!

そして少しづつ荒地だった畑を生き返らせる喜びも噛み締めてますw

収穫した野菜を食べる日を楽しみにしています(^-^)/

 

(お借りしました)