「山中人事労務オフィス」のブログ

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「山中人事労務オフィス」のブログです。

社会保険労務士として、サラリーマン時代の経験もふまえて、ブログに書かせていただきます!

先日、運転中にラジオを聴いておりました。

するとラジオから「年齢を重ねて丸くなる人がいる一方で、どんどんわがままになる人もいるが、わがままになる人には同じような特徴がある。」との話が流れてきました。

 

なかなか興味深いのでしっかりと聴いておきました!

「年齢を重ねてどんどんわがままになる人」は、次のような人とのことです。

 

①固執するタイプ

昔はこうだった、自分のやり方はこうだ。時代が変わっているのに、いつまでも固執する、つまり柔軟ではない人

 

②孤独な人

会社を引退し、友人も少ない。孤独でさみしい分、他者にかまってもらいたい、心配されたいという思いが強い人

 

③自己顕示欲が強い人

自分はやれる、まだまだできると見せたがる、強がる。実は本質は弱い人だが、決して弱点を他者に見せられない人

 

数年前に亡くなりましたが、私の父親がわりとこのようなタイプでしたので、とても納得できました。

 

とはいえ、自分も知らず知らずのうちに、このようになる可能性もあります。

わがままになればなるほど、周囲の人は自分から離れていきますので、より一層孤独化してしまうわけです。

それはそれで構わないと思う人は良いでしょうが、私はそれは避けたいです。(笑)

 

ですから、自己対策としては・・・、

 

①たまには時代の先端のものを見聞きする。使ってみる。最新の歌手の曲等も聴いてみる。

 

②趣味の世界、仲間をよりいっそう広げる。深める。

 

③自分の弱い部分をさらけ出し、より良い関係を構築する一助とする。

 

ということをやっていければなぁと思っています。

自分にとって、①が難しい・・・・。でもやっていこう!

 

皆さまはいかがでしょうか?

一度自己分析をされても面白いのではないかと思います!

3年ぶりに一般の観客を入れて開催された夏の高校野球は仙台育英の優勝で幕を閉じました。史上初めて東北地方の高校が優勝したということもあり、印象に残った大会だったと思います。

 

ところで、私の自宅の近所にあるホテル「ナカスミカダン」には毎年山口県の代表校が宿泊します。今年は下関国際高校でした。

 

決勝戦で仙台育英には敗れたものの、春の優勝校の大阪桐蔭、準優勝校の近江に勝っての見事な準優勝でしたね。

 

その下関国際高校の坂原監督ですが、準優勝したということもあって、多くの記事に苦労を重ねてきたこれまでのエピソードが取り上げられていました。

 

以下、日刊スポーツの記事の引用(抜粋)です。

 

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物語は1通の手紙から始まった。「給料はいりませんから、野球の指導をさせてください」。それは下関国際の校長室にある日、突然届いた。差出人は「坂原秀尚」。「こんな人がいるのか?」。当時校長で現理事長の武田種雄氏(73)は言った。前代未聞の展開で、下関国際野球部の歴史は動いた。

 

 坂原氏は広島国際学院高-広島国際学院大を経て、社会人ワイテックで5年間プレー。その後は下関市にある東亜大で教員免許の取得を目指した。その東亜大の近くにある高校が下関国際だった。当時、グラウンドには雑草が繁茂して、道具も散乱していた。部員も数えるほどで、まともな練習はしていなかった。不祥事で監督も不在。見かねた坂原氏が立て直しを志願した。

 

 手紙を出した時、坂原氏はまだ教員免許がなかった。学校側も教員として採用はできない。それでも武田校長は熱意を買った。校務技師や付属幼稚園のバスの運転手を頼み、“アルバイト”をしながら野球部の指導を依頼した。そして05年8月に正式に監督へ就任。拾ってくれた武田校長に、坂原監督は何度も頭を下げた。

 

 鬼軍曹となり、徹底的に部員を鍛えた。「弱者が強者に勝つ」。無名選手だった現役時代からの座右の銘を胸に、学校や武田校長への恩返しを誓っていた。ある日、私立の強豪校から監督就任の依頼があった。待遇は当時の給料の2倍だった。何度も口説かれたが、武田校長の前でハッキリと断った。「武田先生や子供たちを甲子園に連れていく。だから行きません」。

 

 だから苦難を乗り越えてきた。無名の弱小校と冷やかされる日々。お金もなかった。地域の餅つき大会に部員と参加してはお金を稼ぎ、遠征費やスピードガンの購入にあてた。辞めていく部員には、朝迎えにいって引き留めた。「3年間やることの大切さを感じてほしい」。猛吹雪の中、一緒にランニングに付き合う冬を何度も過ごしてきた。武田理事長は「うそ偽りは1つもない。本当に映画のような物語なんです」と言う。

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現代版のスクールウォーズのようなお話ですよね。

 

決勝戦で負けた後、ベンチの前で整列している生徒ひとり一人の肩をポンと叩いて、何か声を掛けていた姿がテレビに映っていました。

「この舞台に連れて来てくれてありがとう」とひとり一人に伝えていたとのことです。

私は何十年もマニアのように高校野球を観てきましたが、こんなことをされた監督を見たことはありませんでした。

人間味を感じられるとても良いシーンでしたので、思わずもらい泣きをしてしまいました。

 

最後に、下関国際が大阪桐蔭に勝ったあとの勝利監督インタビューで印象に残ったコメントを記載しておきます。

 

「今年のメンバーは3年生が中心ですが、入学してきた時から甲子園の準々決勝を超えることを掲げて日々練習てきました。準々決勝では必ず強い学校と当たる、その強い相手として最も想定できるのが大阪桐蔭さんだという話も常にしてきました。甲子園の準々決勝で大阪桐蔭さんと戦えるというのは、彼らがずっと目標にしてきたことでしたが、ひるむことなく立ち向かっていくことができました。本当に選手たちが頼もしかったです」

 

志の高い目標を設定し、日々それに向かって努力を重ねることがいかに大切であるかが凝縮されたコメントだと思いました。

野球だけでなく、人生そのものにも大いに通じることですよね。

今回、下関国際からたくさんの学びの機会をいただきました。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

(写真の説明:下関国際の宿泊先に掲げられた校名ボードに、たくさんの応援メッセージが張られていました。「準優勝おめでとう」のボードを見て涙。涙もろくなったものです・・・。)

猛暑が続いていますね。

 

昼夜を問わず、エアコンのお世話になっていますが、数十年前、学生の頃は、寝るときは扇風機でしのいでいた(しのげていた)ことを思い出します。

日本の気温は当時よりも確実に上がっているのでしょうね。

 

さて、こんな真夏ですが、私は11月に富山マラソン(3年ぶりのフルマラソン)を控えているので、そろそろランニング練習を再開しております。

この7月下旬も、休日の午前中に、山方面の坂道をゆっくりと走って、足づくりに励んでいました。

 

この2年ほど、コロナ禍ということと、膝の調子も思わしくないということで、ほとんど走っておらず、ウォーキングだけでした。

ですので、走るということ自体なかなかのしんどさです。水分をたくさんとって、熱中症にならないように家の近くを慎重に走っています。

しかしこの暑さですので、1時間も走ると汗だくで終了!となっています。

 

一方、走ったとはしんどいですが、心地よい気分になります。

 

完走のためには、まだまだこれからの練習の継続が必要ですが、目標を設定して、それに向かって努力するということはとても楽しい!ということを3年ぶりに実感しています。

 

本番まで3ヶ月ありますので、しっかりと走りこみたいと思います。

また経過をご報告させていただく予定です。

 

皆様も、猛暑の中でも体調をうまく整えていただければと思います。

2022年6月4日、83歳の世界最高齢で、ヨットによる単独無寄港の太平洋横断という大偉業を達成した海洋冒険家の堀江謙一さん。

アメリカから日本への距離は約8500キロ。たった1人で69日間の航海だったそうです。

 

先日、テレビで堀江さんのインタビューを観ましたが、受け応えが凛としていて、身体もシャキッとしていて、本当に83歳なのかと目を疑いました。まさに海の鉄人です!

 

なお、今回の航海で乗った「マーメードⅢ号」というヨットですが、最新の計器類が搭載されています。これらのIT系の電子機器を巧みに使いこなす姿にびっくりしました。

 

ちなみに、航海中の食事は主にカロリーメイト、レトルトカレー、缶詰、お菓子など。

大好物のあたたかいカレーを朝ごはんに食べて、その日1日がんばるぞ!という気合を入れていたそうです。

 

健康の秘訣ですが、特に決まった運動は何もしたことがないそうで、散歩くらいとのこと。

規則正しい生活を守り、食生活では暴飲暴食をしない、を心掛けてきたそうです。

 

そして、「航海のパワーはどこからくるのか?」という質問には以下のように回答されていました。

 

・何よりも強い目的意識を強く持つこと。

・そして、1日でこれだけの距離を進まなければならないという目標をたてるのだが、それを日々コツコツと達成することが楽しかった。これが日々のパワーになっていた。

・逆に言うと、目標を持って進むこと以外に楽しいことがあるのか?と思う。

・一生挑戦者であり続け、目標に向かってチャレンジしたい。

・まだまだ若輩者だが、大器晩成を目指します。

 

どの言葉も、胸にズシンと響きました。

 

インタビューの最後に堀江さんは「目標をもってチャレンジすることがいかに素晴らしいことかを伝えて行きたい」とおっしゃっていました。

 

海の鉄人の今後の挑戦が楽しみであるとともに、自分も目標をもって頑張らなければ!という気持ちになりました。

以前、この場で話題にあげさせていただいた「ギネス認定総務社員」の玉置泰子さん(92歳)。

 

今も大阪のネジの専門商社「サンコーインダストリー」に勤務されていますが、本を出版されたようです。(「92歳 総務課長の教え」という本です。)

 

本を出される直前の玉置泰子さんに関する記事に目を通しましたが、やはり玉置泰子さんのモノの考え方や習慣はとても参考になる!と改めて感じました。

 

その内容の1つが「後工程を考えながら仕事をする」ということです。

 

玉置泰子さんは、以下のように語っておられます。

 

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「どんな仕事でも、相手の気持ちを配慮することは大事です。営業部なら取引先の気持ちを、社内のスタッフ部門なら社員の気持ちをくみとるでしょうし、自分の仕事の後工程を担う人のことを考えて、自分の仕事をこなすことも大事です。」

 

「自分の仕事が遅れてしまうと、後工程の仕事をする人に時間的に負担をかけてしまう。そう考えれば、自分勝手に物事を進めたり、自己満足に終止したりすることを避けられるでしょう。」

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これを読んで、「そんなことは当たり前だ。」と言う人もおられるかもしれませんが、きちんと実践し習慣化するのがいかに難しいことか、それは皆さんでしたらご経験の中から感じていることではないでしょうか。

 

この「後工程を考えながら仕事をする」ことがきちんとできている社員は社内でも社外でも評価が高まるでしょうし、きちんとできている会社は顧客に選ばれる続けることでしょう。

 

「上司にいわれたから、とりあえず仕方なしにやっておく。」、「顧客にいわれたから、とりあえず仕方なしにやっておく。」という受け身姿勢・思考では、そのうち何も期待されなくなってしまうかもしれません。

 

社員に「後工程のことを考えて仕事を進めていくことの大切さと難しさ」を理解させることも、大きな社内教育テーマの1つでしょう。

 

そんな玉置泰子さんは今92歳という年齢ですが、まだまだお元気に働いていらっしゃることがすごいことです。更に、上記のような意識の高さを継続されていることにも驚かされます!

私のような若輩者はこれからも一層の努力を重ねなければならないと痛感させられます。

 

何はともあれ、玉置泰子さんの本を読んでみようと思います!

 

先日、漫画家の藤子不二雄Aさん(安孫子素雄さん)が死去されました。88歳でした。
ちなみにコンビを組んでいた藤子・F・不二雄さん(藤本弘さん)は平成8年に62歳で亡くなられています。

私は小学生のころからの藤子不二雄マニアでして、今でもたまにマンガを読み返します。
藤子不二雄の聖地を巡礼したいがために、彼らが小学生の頃に出会った思い出の地である富山県高岡市をスタートする富山マラソン(フルマラソン)をこれまで2回完走しています。
そして、マラソン前後には1~2泊して、周辺にある記念館等を訪れるのです。

「藤子不二雄」という名前は2人で1人のコンビ名です。昭和62年に円満にコンビを解消するまで、この名前で次々と世にヒット作品を出しました。

藤子不二雄Aさんの代表作は、怪物くん、忍者ハットリくん、プロゴルファー猿、笑うセールスマン、まんが道など。
藤子・F・不二雄さんの代表作は、ドラえもん、パーマン、キテレツ大百科、ジャングル黒べえ、21エモンなど。

2人のヒット作品はこれら以外にも多くあり、全て挙げることが難しいくらいです。

実は「コンビ」と言っても、2人で合作したものは「オバケのQ太郎」などわずか数作品のみで、あとは各々が自分の作品をコンビ名の「藤子不二雄」で発表していました。
ですから、よく読んでみると、画風も違いますし、ストーリーなどの趣向も違うことがわかります。

私生活も真逆だったといいます。
藤子Aさんは社交的で毎日飲み歩くのが大好きなタイプでしたが、藤子Fさんはもの静かで1人で居るのが好きなタイプでした。
藤子スタジオ(彼らの当時の会社)でも、アシスタントとわいわいがやがや作業するのが藤子Aさんで、アシスタントが何をしたらいいのかとまどうほど言葉が少ないのが藤子Fさんだったと言われています。

案外この真逆さが、長くコンビを続け、かつヒット作品を生み出せた理由かもしれませんね。

全く私個人の意見で恐縮ですが、藤子Aさんは「奇才」、藤子Fさんは「天才」であると思っています。
藤子Aさんの作品は児童向けのものであってもどこか「暗・陰」の部分が見え隠れし、ましてや大人向けの作品は「笑うセールスマン」に代表されるように、とてもシュールなものが多いです。社会の中の裏の部分にスポットを当てて漫画化する、まさに奇才であると感じます。

一方、藤子Fさんの児童向け作品は「ドラえもん」に代表されるように明るく楽しいものが多く、そのアイデア・展開の発想力は唯一無二のものです。また、大人向けの作品も多く残されており、起承転結のメリハリ・インパクト、そして流れるようなペンタッチを含めて、どれをとっても天才と感じます。

2人はお互いを励まし合い、高め合いながら、また漫画家を夢見る若者が集まった場所「トキワ荘」で赤塚不二夫氏、石ノ森章太郎氏らと切磋琢磨し、実力を高めていきました。
日本が今アニメ大国、マンガ大国と言われる礎を築いたのが彼らであり、また彼らにとって「神様」の存在だった手塚治虫氏であったことは間違いありません。

今回の訃報を聞き、今年の11月に開催される富山マラソンのエントリーを決めました。
私にとって、約3年ぶりのマラソン。最近は膝の調子も良くはなく、ここ半年はウォーキングしかしておらず、完走できるかどうかも不安です。
しかし、自分にとって節目である50回目のフルマラソン完走をこの富山マラソンで成し遂げることには何か意味があるのではないかと思っています。
サブ4での完走を目指して練習をがんばろうと思います。

 

少し前になりますが、任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)生みの親(開発リーダー)である上村雅之さんが、2021年12月6日に78歳で逝去されました。

 

上村氏は1943年生まれ、1971年に任天堂に入社。

同社の技術責任者として、ファミコン、ディスクシステム、スーパーファミコンなどの開発に携わりました。

その後、2004年からは立命館大学へ招かれ、教鞭を取るとともに、2021年に立命館大学ゲーム研究センター研究顧問に就任されていました。

 

ファミコンは1983年に発売されて以降、世界での累計販売台数が6000万台を超える記録的なヒットとなり社会現象にもなりました。

まさに上村氏は、日本のゲーム機産業のパイオニアであり、日本のゲーム産業を世界にリードするまでに育て上げた第一人者と言えます。

 

ファミコン開発の苦労話を読みましたが、ソフトウェア開発、ファミコンの部品・材料の安定的な調達(半導体等)、コスト削減(販売価格を極力抑えたい)、生産体制(協力会社)の確立などの諸課題を抱えながらも、なんとかファミコンを世に送り出しました。

 

任天堂の社内には「テレビゲームは流行しない」、「販売価格が高い」、「ゲームウォッチで十分。この商品は売れない」という冷めた意見が多かったとのことですが、あまり期待されなかった分、干渉もされず、自分たちの信じる方向で自由に開発を進めることができたことが良かったということでした。

 

そんな上村氏ですが、仕事の成功のためには過度のプロフェッショナル化を防止し、「常に素人の気持ちで居ること」が大切であると説いています。

 

素人の気持ちを忘れると、(プロフェッショナル化しすぎると、)自分の考えに固執してしまう、他の意見を聞かなくなってしまう、参考となりそうな別分野を見逃してしまう、新しい発想ができなくなる、といったことになりかねないからです。

 

「自分でこれだと信じすぎてしまったら、逆に他のおもしろさを見過ごしてしまう。他が見えなくなるからあかん。」とのことです。

 

素人の気持ちを忘れることの弊害を説いている上村氏のこの言葉は、とても参考になりました。

私も根っからのファミコン愛好家でしたので、またファミコンで遊びたいと思いました!

2022年の冬季北京オリンピックの女子カーリングで、見事に銀メダルに輝いた日本代表チーム ロコ・ソラーレ。

 

5名のメンバーの中でもひと際声が大きく、ことばが優しく、表情が豊かで、画面越しにも強いプラスのオーラが出ている選手、それが吉田知那美選手だと思います。

これほどプラスのオーラが出ていると、どの会社の採用面接を受けても「合格」となるのではないかと思います。(笑)

 

そんな吉田知那美選手ですが、決勝戦で敗れたあと、次のようなことをコメントしています。

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なぜ私達がカーリングをやっているのかという根底のところ、この競技が好きでこのチームが好きだからということ。

なので、まず一番に自分達が「楽しむ」ということを絶対に忘れてはいけないと、このオリンピックを通して再確認しました。

苦しい舞台を「楽しむ」ことは覚悟がいるのでそれだけは大切にしていきたいと思っています。

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このコメントを読んだとき、あの笑顔、プラスの言葉などは、全て楽しむための「覚悟」から生まれているものだということを知りました。

 

私は趣味でフルマラソンをたくさん走りましたが、その道中、沿道で声を出して応援してくださる方々にはできるだけ笑顔で応えるようにしています。

その理由は大きく2つあります。

1つは、「苦しいときこそ笑顔を出しておくことで、疲れも忘れられる。」、もう1つは、「応援していただいていることへの感謝の気持ちを表す。」です。

 

ですから、私は勝手に、ロコ・ソラーレチームの笑顔も、同様の理由と思っていました。

 

しかし、前述のような「覚悟」が背景にあるということでした。適切な言葉がみつかりませんが、とにかくすごいプレッシャーの中で、最終的にあの笑顔に行きついたのだろうと思います。

 

最後に、約1年前(オリンピック代表選考予選の直前)の吉田選手のコメントを紹介します。

 

「もちろん、ずっと勝ち続けることはできません。当然、負けた時はものすごく悔しいです。でも、結果論ですけれど、私たちは大きく成長する前にしっかり負けて、悔しい思いをしているんですよね。大きく成長する前に、しっかり負けて、悔しい思いをしている。」

 

今、コロナ禍で、また先の見えにくい状況で、経営的にも気持ち的にも苦しいことが多い会社も少なくないと思います。

そんな中で、カーリング女子チームに勇気をもらった人も多いのではないでしょうか。

 

とても清々しい気持ちにさせてくれたカーリング女子チームですので、今後も応援したいです。

 

先日、車で移動中にラジオを聞いていたとき、瞬間的に発生する「怒り」を抑えるための「アンガーマネジメント」(怒りの感情のコントロール)について、ラジオから流れてきました。

 

アンガーマネジメント自体は、近年わりと広まっている概念であり、皆様もご存じのことと思います。

 

アンガーとは怒りのことです。

仕事中、家庭内、運転中などで、何かイラっとしたことが起こった際、自分を忘れて、急激に怒りが高まることは人間ならば誰しも経験していることではないでしょうか。

 

職場で部下に対して大声で怒ってしまう。家で我が子に必要以上に声を荒げてしまう。といったことがそうでしょうし、最近問題となっている「あおり運転」をしてしまうのも、このケースの1つかもしれません。

 

激しく怒った後は、おそらく大抵の人は、「もっと冷静に対処すべきだったかもしれない」と、後悔・反省しているのではないでしょうか。

怒り自体が問題というよりも、うまくコントロールできないことで暴走してしまい、トラブルが起きてしまうことが問題なのです。

 

アンガーマネジメントにおいて、最も有名な対処方法が「6秒ルール」です。

 

怒りを感じたとき、何も行動せず発言せずに、6秒間だけ時間を経過させるというものです。

突発的な怒りは6秒ほどで収まるそうです。

怒りを感じているときに、勢いにまかせて行動や発言をすると、怒りが何倍にもなり、なかなか冷静になることができません。

そのため、怒りのピークの間は何もせずに、6秒数えると良いというものです。

 

その他に、「深呼吸する」、「いったんその場から離れる」、「○○すべきという自分の価値観を変える」といった対処法もあるようです。

 

色々試してみると良いでしょうが、私がそのラジオで聞いたのは、

①まず、筒(細長い水筒)のようなものを想像する。

②怒りを感じたとき、その筒の中に、水のように「怒り」が入っていくものとする。

③筒のどれくらいまで水が(怒りが)たまっているかを頭の中で想像(測定)する。

というものです。

 

6秒ルールがあるとはいえ、人はなかなかその6秒が待てず、怒りを瞬間的に出してしまうものです。

そんなとき、上記の「筒想像法」をルーティーン化しておくと、何かイラっとしたときは常に水筒を思い描き、冷静に自分の怒りを概念化(計測化)できますし、そうしている間に6秒くらい経ってしまうものです。

 

良い方法だなと思いましたので、それを聞いて以降、数回試しましたが、なかなかGOODです!

仕事中、家庭内、運転中などで、冷静に対処できる可能性がかなり高まるのではないかと感じています。

 

筒の中にどれくらい水が(怒りが)たまったかを考えるだけですので、皆さまも一度試してみてはいかがでしょうか?

新年あけましておめでとうございます。

 

振り返りますと、令和2年(2020年)と令和3年(2021年)は、結果としてコロナに振り回された2年間でしたね。

そろそろ落ち着きを取り戻したいと切に願います。

 

そんな振り回される日々でしたが、マイナスなことだらけとも言えません。

考え方を変えると、コロナのおかげで既存の枠組みが少しずつ変化し、無駄の削減、仕事の柔軟化・効率化の促進といったプラス面もたくさんありそうです。

 

仕事の電子化、在宅勤務・時差出勤推進、リモート会議の定着、儀式的な慣例イベントの廃止といったことは、コロナが無ければなかなか進まなかったのではないかと思います。

 

物事には、良い面・悪い面の両面がありますので、その片方だけを見てあわてて一喜一憂しないとうことも、このコロナ禍のおかげで学ぶことができています。

 

今日、たまたま移動中にラジオを聴いていると、「一般社団法人日本ほめる達人協会」(通称「ほめ達」)の代表が、褒めるということについて語っていました。

 

それによりますと、部下に対して(褒めずに)指摘ばかりだと、「上司に見張られている」となってしまい、組織としてのヤル気の減退に繋がりかねないとのこと。

つまり、褒めることは、相手のためというよりも、巡りめぐって、自分の人間関係のやりやすさを高めることになるということなのです。

 

褒めるスキルは数多くあるそうですが、ラジオで紹介していたスキルの1つとして、「短所」を長所表現で言い換えるということがあるそうです。

例えば、

・気が弱い → やさしい、人の気持ちがよくわかる

・ケチ → やりくり上手、経済観念がしっかりしている

・決断力がない → 柔軟性がある、人の意見をよく聞くことができる

というように、考えることができるようになっていれば、マネージメントのツールとしてうまく使えるということでしょう。

 

さきほど、物事には良い面・悪い面の両面があると申し上げましたが、この長所と短所はその代表のようなものですね。

一方向のみではなく、バランスよく両方からの視点で見るように心がけたいと思います。

 

コロナはまだまだ予断を許さない状況です。難しい状況だからこそ、別の視点から「多くの学びがある。良い経験をさせてもらっている。」ということをモチベーションとして、前向きに考えて進んでいきたいと思います。

 

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。