STAY HOME
静かな時間ですね。
わたしはふだんから参拝以外では外に出ることがないので、自分の生活自体はなにも変わりませんが、
街の様子が変わり、お店の様子がかわりました。
まだ、コロナにかかったという人にも、検査をしたという人にもあっていないし、知人がそうなったという話も聞いていません。
ニュースで数字をみるだけです。
でも、緊急事態宣言後に、仕事を失ったり、お店を休業せざるをえなくなったり、もしくは休業することもできずに解除までを踏ん張って待っていらっしゃる方にはたくさん出会いました。
今の世は、経済もまた、生命に直結しています。
経済も、今の人の世では、エネルギーの循環なのです。
お金は、血液と同じです。お金を使うという行為が、心臓のはたらきになるのでしょうか。
うか。
今の世では、経済の循環によって生きている人がたくさんいらっしゃるので、経済という循環が止まると生命を落とします。
コロナの感染によって人が亡くなることと同様、コロナによる深刻な病のひとつです。
しかも、コロナウィルスと違い、経済という循環は、人の手によってコントロールされています。
一般的な病気の治療の場合、血液が足りなくなれば、輸血をします。
血液が流れるように、循環させます。
この問題が起きてから、いろんなことがありました。
そして、わたしのまわりは今、あたらしい循環がはじまってきています。
新型コロナウイルスを、親しくさせていただいているある方は、
神カ多光路成有意留主(シンカタコロナウイルス)とお手紙に書いてくださいましたが、
わたしも、わたしたちがいつも振り回されて自分自身の内なる神から遠ざけている原因の外の世界(経済活動)が止まったおかげで、多くの人が、本当に大切なこと、本当は不本意だったことに気づき、自分の真実に向かいはじめたとかんじています。
自分が信じていたものが、本当はどうだったのか。
自分がコミットしていたものが、自分にコミットしてくれていたのか、そうでないのか。
わたしは、コロナのおかげで、たくさんの人の愛を受け取りました。
紙マスクをたった一度も買えずにいたわたしに、手作りマスクを贈ってくれたり、
コロナ自粛で行けなくなってしまった加計呂麻島からは、あたたかなお手紙と黒糖
お友達のご実家からは買い物にいけず料理もできないわたしに温めるだけで食べられるお魚。
ご近所さんからも大きなボンタンをもらったり、野菜や果物もたくさんいただきました。
夫を亡くしてひとりでさびしかろうと、参拝の途中でみかける人が、手を振ってくれたり、三密NGのなか、ポンポン、と肩を叩いてくれたり、電話をもらったり。
引っ越しの手伝いも、普段だったら忙しくてできない人たちがたくさん手伝ってくれました。
こんなに人のあたたかさに触れることができたのも、コロナで時間が止まったおかげだなって思います。
わたしたちは、普段は絶対に止めることができない経済活動を、このコロナウイルスの出現によって止めることができました。
それは、多くの人たちの尊い犠牲の上にです。
立ち止まって、自分のあり方を振り返るチャンスをもらったのです。
だからこそ、今、この止まった時間に、「何をする」かを考えるのではなく、
「どうあるか」について、考えてみませんか。
そして、今目の前にいるあなたの隣人に、少しだけ、愛をなげかけてみませんか。