行政書士 みんみんのblog  

行政書士 みんみんのblog  

  人生は山あり谷あり。冒険の旅。
  みんみんから あなたへ贈るブログ ”Life is simple, full of pleasure"

2000年、16年間の専業主婦生活にピリオドを打ち、独立開業しました。

起業してみると、見るもの聞くもの体験する全てが初めてのことばかり。

夢中で学び、必死に努力した11年間でした。
ようやく軌道にのったところで・・・・突然、今度は、アメリカへ。

夫の渡米に伴い マサチューセッツ州ボストンで暮らしました。

事業を中断して渡った米国での暮らしは、見るもの聞くもの体験するもの全てが初めての世界。

2年4カ月をボストンで過ごし、たっぷり異文化体験した後、帰国いたしました。

帰国後、事業を再開。
毎日、新鮮な気持ちで元気にお仕事しています。

日々の感謝をゆるく綴ります。 ~ あなたの笑顔が私の喜び ~ 





№2079

 

読みたくて読み始めたのではなく、

 

この国の始まりを知ろうと思って探したら、

古事記や日本書紀に辿りつきました。

 

読み始めたら、

その奥深さにすっかり魅了されてしまいました。

 

戦前は国史と呼んだ我が国の歴史。

 

その国史には、

神代の代から始まる物語が書かれていたのに、

 

私が習ったとき

 

国史という言い方ではなく、

  『日本史』 になっていました。

 

『日本史』の教科書では、

 

始まりの物語、その神話の部分が

すっぽり消えてなくなっていました。

戦後、消されました。

 

アメリカで暮らしたとき、

7月4日の独立記念日を盛大に祝う人々や

 

街々に大量に翻る星条旗を見て、

その愛国心に感心したものです。

 

小学生の教科書や子供の絵本には

独立戦争に活躍した

英雄たちの姿がたくさん描かれていましたし、

シティホールには、

 

当時の13植民地の代表らが

 (現在はマサチューセッツ州や

    ニューヨーク州など13の州)

 

『独立宣言』 を採択したときの

大陸会議の大きな絵がかかっていました。

 

かの地でたくさんの留学生にも出会いましたが、

 

大航海時代のポルトガルやスペイン、

オランダ、フランス、イギリスの

植民地となった歴史を持つ国の若者たちは

 

アメリカ同様、

 

みな、自国の話をするときに、

独立記念日のことや、国を率いた英雄たちのこと

自慢げに教えてくれました。

 

ひるがえって私。

 

日本人ですが、

なんとまぁ 我が国の建国史について

ちっとも知りませんでした。

 

それをおかしいとも思っていませんでした。

知らない、ということにすら

気づいていませんでした。

 

なぜ 

2月11日が建国記念日なのか。

 

・・・・・

 

今日

 

狭山市倫理法人会で、機会をいただき、

 

八百万の神々の物語、

神話から始まる、我が国のはじまりの物語

 

を話すことができました。

 

我が国の建国史は、

 

圧政を強いた王朝を倒し

自由を得た物語でもなく、

 

重税を課す宗主国から

独立を果たした物語でもなく、

 

響きの深い、美しい言葉で

伝承されてきた神話から始まる、

天地(あめつち)の物語なのです。

 

未熟者の私が話すなんて

おこがましいと思いながらも、

 

ずっと伝えたくてたまらずにいたこの想いを

語らせていただきました。

 

ご参集くださいました皆様

本当にありがとうございました。

 

 

 

№2078

 

2025年が始まりました。

 

遅くなりましたが、

明けましておめでとうございます。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、

どんな年明けを過ごされましたでしょうか。

 

私は

 

 

1月1日 快晴の東京の街並みを眺めてきました。

 

東京タワーの展望台から(笑)

滅茶苦茶 混んでました。

訪日外国人だらけ。

 

 

東京湾を案外近くに感じました。

 

このタワーの足元

すぐ近くに松本家の菩提寺があるので

実は、お元日にお参りに行ったのです。

 

神谷町の駅をおり

東京タワーに向かって坂道をのぼっていくと

麻布台ヒルズも見えてくるのですが、

元日なのでお休み。

 

でも周辺には外国人旅行客がたくさん歩いていて、

さまざまな言語が飛び交っていました。

 

 

ロシア大使館の前にはいつもながらの

護送車が停まっていて

警備の警官の姿もあり、

 

飯倉交差点のところにある、

下が赤レンガ、上が楕円形の、

特徴的なノアビルディングもいつも通り。

このビルにはフィジー大使館が入っています。

 

静かなお元日の朝に

お墓参りに行こうと思い立ったのは、

実は突然、とっても自由な時間が降ってきたからなのです。

 

いつもなら息子たち一家がやってきて

にぎやかな年末年始。

 

それが、

孫がインフルエンザにかかったため

急遽来られなくなり、

 

結婚して42年目にして

初めて

夫婦水入らずの静かな正月を体験しました。

 

24歳で結婚してからというもの、

義父母が他界するまでは松本の実家でお正月を迎え、

そのあとは、

結婚した息子たちが子を連れて我が家へ泊りに来るようになり、

いつも賑やかで慌ただしい年末年始を送ってきました。

 

孫たちの好きなカニが大量にあるというのに

お重も用意できているというのに

ふいに訪れた静寂。

 

さて、この

夫婦だけのお正月をどう過ごそうかと考えたとき、

 

除夜の鐘を聞きながら地元の神社にお札をお返しにいき

お神酒とおみかんをいただき、

お焚き上げの暖かな火にあたってきました。

 

 

河原で初日の出を拝み、

 

 

 

お墓まいりに行こう、となったのです。

 

 

お元日の東京タワーがあんなに

外国人であふれているとは

本当にびっくりしました。

 

少しゆっくり過ごした後

1月の3日には

川越の喜多院で開催されていた初大師だるま市へも行き、

だるまをいただいてきました。

 

 

2025年

 

皆様にとりましても

ご健康で

幸多い1年となりますよう

お祈り申し上げます。

 

さまざま

大いに楽しみましょう!

 

№2077

 

今年も大変お世話になりました。

 

あっという間に大晦日となりました。

早2024年が過ぎ去ろうとしています。

 

皆様にとって

今年はどんな1年でしたでしょうか。

 

来る2025年が皆様にとって

この世界にとって

どうぞ良き年となりますよう

心からお祈り申し上げます。

 

さて、私のこの1年は

なかなかに変化のあった年でありました。

 

仕事の上では相も変わらず時間に追われ、

土日の休みもなく

走り続けた1年でしたが、

 

こころの奥深いところでは

『神話の世界』に遊んでいたようです。

 

ちょっと長くなりますけれど振り返ってみたいと思います。

 

あ、その前に

一昨日

レ・ミゼラブル(2012年上映のリマスター版)

を観てきました!

以前にも見た映画ながら、

今回改めて深い感動を覚えました。

 

とても長い映画です。

ヴィクトル・ユゴー原作の

ジャン・バルジャンの「あぁ無情」という波乱の人生。

フランス革命前の動乱期の社会情勢を背景に、

一切れのパンを盗んだために囚人となった男の半生を描いた物語です。

感動しました。

 

 

今年、心に残っている映画はもう2つあり、

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』 (ディカプリオ、ロバート・デニーロ)

『プア・シングス 哀れなるものたち』(エマ・ストーン)

です。

 

キラーズオブザフラワームーンは

マーティン・スコセッシ監督の作品で

1920年代のオクラホマ州の実話が基になっています。

石油を掘り当てて裕福になったアメリカ先住民族が

白人に目をつけられ次々に殺されるという、実話を基にしたストーリー。

 

プア・シングスはエマ・ストーンが圧巻でした。

胎児の脳を移植され、よみがえった女性の数奇な体験。

エロティックでグロテスクな場面も多々あり、

気持ち良い映画ではないものの、深く感じるものがありました。

 

さて、今年の振り返り。

いってみまーす。

 

いろいろあって、

飛行機にも 新幹線にもよく乗りました。

 

 

 

いつも時間に追われてフーフー言ってました(笑)

 

でも

行きたいところへいつでも

安全に移動できる幸せを

実感した1年でもありました。

 

仕事でも、

プライベートでも

事件が次々に勃発しました。あせる

 

89歳の一人暮らしの母が詐欺被害にあったり、

(犯人は捕まったもののさまざまな手続きに翻弄されました)

また私自身、仕事中に

普通に歩道を歩いていたら

突然の強風にあおられて車道の上に舞いあがり、

落ちて怪我、という珍事件もありました。

(幸い車にひかれませんでした!)

事務所の中ですっ転んで、肩を打撲したりもしました。

 

楽しいこともありました。

 

3度目の訪問になる台湾へは、

台北ではなく南端の高雄(カオシュン)を訪れ

 

お世話になっている先生や物流会社の方たちと

 

名目は物流視察 (笑)ながら、

美味しいものを満喫し、とても楽しい旅行となりました。

 

 

円山大飯店(グランドホテル)

 

外観もお部屋の中も素敵でした。

 

 

高雄港は、台湾を代表する港湾。

東アジアの国際ハブ港です。

 

船で半島に渡りました。

 

 

国内旅行では、

夫と山歩きを楽しんだ九州旅行について

夏のブログに書きましたが、

 

古事記の舞台となった高千穂を訪れることができ、

いまだ神話の中にいるようで

まだそのワクワク感が止まりません。

 

今年はなぜだか

神社へ『呼ばれてる』感じがあり、

 

友人たちと ミニドライブがてら

たくさんの神社を訪れたことも良い想い出となりました。

 

一番不思議だったのが、富士吉田にある不二阿祖山太神宮。

(ふじあそやまだいじんぐう)

 

 

この変わった形の三角形の鳥居の下に立つと

宇宙の氣が身体に入る、とのこと。

 

私には 宇宙の氣はとても感じられませんでしたが、

そもそも

この年齢になってから

一緒に神社へ行こう、と誘ってくれる新しい友人たちが出来たことも不思議ですし、

 

彼女たちと一緒に自然の中に行けたことも嬉しくて、

すでにして不思議は起きている、という感覚でした。

 

宮司さんの話も面白く、

(古事記に富士山は一度も出てきませんが、

富士山麓にはかつて富士王朝が栄えていたのだという話)

 

富士古文書、宮下文書、竹内文書など、

 

さまざま古文書について語る人もいて、

歴史の真実については知る由もありませんが、

度重なる富士山の噴火により、

焼失衰退していった文化があったやもしれないとも思います。

 

実は、この不二阿祖山太神宮の『御神田』で採れた、

1袋の籾(もみ)をいただいたことがきっかけで、

今年はバケツ稲作を体験しました。

 

ベランダにバケツを置き、水を張り

バケツ水田をこしらえて、そこで稲作をしてみました。

 

 発芽した籾

 

すくすくと育ち

 

 

穂ができて頭をたれてきたら、

刈り取って干し、

 

収穫!

 

 

 

友人たちは仲間で畑を借り、無農薬で本物の米作りをしているのですが、

私はベランダのバケツ水田で稲作を体験してみました。

 

採れた籾の一部を世界平和運動のために神社へ送り、

残りを自宅でいただきました。

 

宮中祭祀で、お田植祭や新嘗祭が行われるのは、

秋の収穫まで神様にお守りいただく、という

民の『在り方』『生き方』の

根本につながる儀礼なのだと改めて実感したことでした。

 

実は、昨今

私の食生活は大きく変わってきていて、

考え方も大分変わってきました。

 

このいただいた命(身体)を何に使うか、

使っているか、はとても大切なことです。

そして

その前に

健康な体を維持すること。日々メンテナンスすること。

 

それは

食べるもの (日々排出するもの)に気を遣うことなんだと

今さら気づいたのです。

 

何を体に入れてよいのか、

何をとらないか、

無意識に生きない、ことが大事。

 

そんな人に多く出会うようになったのも不思議のひとつなんですが、

影響を大きく受けました。

 

自分を振り返ってみると、

 

私は今まで、

忙しければお昼を平気で抜いてしまったり、

お腹がすくとドカ食いしたり、

 

コンビニで

何気なしにおにぎりやお弁当、スイーツを買っていました。

どんな油であげてあるかなどに頓着したこともなく、

フライドポテトやポテトチップスなど

少しの疑問も抱かず食してきましたけれど、

 

気づいてみれば、

我が国の豊かな食マーケットには

どれほどたくさんの添加物があふれていることでしょう。

 

農薬まみれの野菜、甘い菓子類、食用油、乳製品等々。

これらがいかに身体に悪いかを知ってしまうと、

 

便利でたくさんの食材にあふれたスーパーマーケットへ行っても、

安心して買えるものはごくわずかでしかないと

びっくりします。

 

遠くで生産された珍しいものも味わえ、

持ちもよく、

大量に生産されて安価な価格で入手しやすくなるなど

メリットもありますが、

現代生活の豊かさの陰には、

私たちの健康を蝕む大きなデメリットもあるのです。

 

病気になったら治療をする、の前に

 

病気にならない食生活を心がけ、

代謝をよくして免疫力をつける、

そんなことが

自分を大切に扱う、とても大事なことなのだ、と

思うようになりました。

 

不思議なことに

体重はそんなに変化していないのに、

食生活を変えたら、

洋服のサイズが9号から7号になりました。

 

66歳の私です。

今更、シルエットがシュッとなるなんて自分でもすごく驚きました!

 

普段の体温も一度上がりました。

 

平熱が5度5分という冷えた身体をしていましたが、

内臓も冷えていたのでしょう。

夏でも汗をかかないから便利、なんて

とんでもないことを思ったりしていましたが、

代謝が悪かったのです。

今では少し動くだけで汗が出ます。

平熱も36度6分が普通になりました。

 

玄米食に変えたからなのか、

少しだけ運動をするようになったからなのか

(筋肉をつけたいと思っていますが、まだまだ)

食事を変えたらまず身体が変化した、ということに我ながら驚きました。

 

ひとは変わるんだなぁと思いました。

身体も。考え方も。取捨選択の行動も。

 

あれ、稲作の話から食事のことに話がそれてしまいましたが、

神社の話の続き。

 

神奈川県の寒川神社に八方除けのお札をもらいに

仲良し友人たちと出かけたとき、

この渾天儀(地球儀みたいなのを龍が守っている)を見て、

龍の爪が5本あることに気づき

(爪の数が多いほど神格があがります)

 

以来、神獣とされる架空の動物、龍にも惹かれるようになりました。

なぜ、龍なの? と。

 

 

 

神話とか

神獣とか

何を象徴しているのでしょうか。

面白いです。

 

 

面白いものといえば、

 

7月に昆虫に関する特別展を見てきました。

こちらも面白かったです。

 

瑠璃色の美しい蝶や

 

どっちが前だかわからない、おかしな恰好の幼虫。

 

 

 

家のそばに山椒の木があり、

アゲハ蝶の幼虫の旺盛な食欲をこの夏 見ていたのですが、

 

あの美しいアゲハ蝶の、子供時代がこんな格好。

面白い、と思います。

 

あぁ、

余計なことをダラダラと書いてしまいました。

 

今年一番の私のビッグニュース

最初に書くべきでした!

 

4番目の孫が誕生しました!!

 

次男一家に中学3年を筆頭に男の子が3人いて、

ばぁばの私はとても幸せなのですが、

 

昨年長男がようやっと結婚し、

この12月に女の子が生まれました。

姫の誕生です。

 

神様、ありがとうございます。

ばぁばは、来年もがんばります!

 

 

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

 

2076

 

霧島連山の高千穂峰 と 

宮崎県の高千穂峡、

 

それぞれ『高千穂』と

名前がついていますが、

 

距離にして 結構離れています。

 

車で3時間ほどかけて移動しなければなりません。

 

でも、

行ってみたくて あせる

宮崎に一泊してきました。

 

 

天岩戸(あまのいわと)神社は

神話の舞台となったところです

 

 

 

まずは東本宮に参拝し、

 

次いで西本宮へ行き、

 

その後、河原に沿って小道を下っていき

洞窟の中にある天安河原神社(あまのやすかわら神社)

 

古事記では

〈 あめのやすのかは 〉と記されている場所

 

へ向かいました。

 

 

神話では、

 

イザナギが川で禊(みそぎ)をしたときに、

 

左目から天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、

右目からは月夜見尊(ツクヨミ)が、

そうして鼻から

須佐之男命(スサノオノミコト)がお生まれになったとあります。

 

なぜイザナギが禊をしたか、も有名な話ですが、

その話はまた今度にして

 

このとき、

 

天照大御神は日をつかさどる太陽神として生まれ、

父であるイザナギから

高天原を治めるよう言い渡されます。

 

月夜見尊(ツクヨミ)は夜を

 

須佐之男命 (スサノオ) は海原を

 

治めるよう言われました。

 

それなのに、

泣き虫スサノオノミコトは

(後にヤマタノオロチを退治する勇者になるのですが)

 

よい大人になっても

 

『母 (イザナミ)が死んでしまった、

会いたい、会いたい、恋しい、恋しい』と

泣きわめき、

 

ちっとも海原を治める仕事を果たしません。

 

それでついに 天を追放されることとなりました。

 

お別れの挨拶をしに

姉である天照大御神の元を尋ねるのですが、

 

泣き虫のくせに暴れん坊でもあったスサノオノミコトは

そこで、田んぼのあぜを壊したり

機織り小屋に馬を投げ入れたりします。

 

スサノオの乱暴は、ただの乱暴ではなく、

勝ちさび(勝佐備)というもので

『あめのやすかは』で光を得たための 思い上がり だったのですが、

 

とはいうものの、

あまりに度々の狼藉に

とうとう、天照大御神さまは岩戸の中にお隠れになります。

 

太陽の神様が岩戸の中にに隠れてしまったため、

世の中が真っ暗になってしまった、

というくだりです。

 

さあ大変。

高天原は闇に覆われてしまいます。

 

困ってしまった八百万神(やおよろず)の神々は

集まって一計をはかり、

 

アメのうずめに舞を踊らせ、

皆でにぎやかに祝いの宴を催します。

 

何事かと外の様子を見たくなった天照大御神が

薄く岩戸を開けたところを

手をつかんでぐいと引っ張りだした、という伝説です。

 

そして世界に光が戻った、という話。

 

実はこの物語、

とてもとても深い諭(さとし)が含まれています。

 

天照大御神は

スサノオの乱暴に怒って姿を隠したのではなく、

 

「みかしこみ」をされて

(じっと考える みつめる 責任を引き受ける 反省をする)

 

『 天岩屋戸(あまのいわやと)を開きて

刺し籠り座しましき(さしこもりましましき 』

 

と古事記には書かれています。

 

覚悟のおこもりだったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよ高千穂神社です↓

 

 

それから

高千穂峡。
 
実はこの高千穂峡でボートに乗り、
滝を下から見上げてみたかったのですが、
 
前夜の地震で、ボートは禁止になってしまいました。
 
美しく迫力ある真名井(まない)の滝

 

 

 

滝からの帰り道でみつけたアオダイショウ

 

「蛇を見ると、縁起がいいと言うからね」と

教えてもらいました。そうなん? 

 

 
 

 

水がきれいで、山に囲まれ、自然豊かな国。

 

それが 私たちの国であることに

こころから感謝いたします ニコニコ

 

また

天原(たかまのはら)に対して

現し国(うつしくに)と呼ばれる私たちの世界。

 

本当の仕事を行うときには、

天安河(あめのやすのかは)を見つけ、

 

その中に入って

禊をしなければならない、

『安河』は〝命の河”  ”光の河”でもあって、

〈 あめのやすのかは 〉と一つになれば、

絶対安心の境地にはいる、と書かれています。

 

実は現し国にも安河はあり、

 

この安河の見えない人には、

本当の仕事 (結び ムスビ)はできない、のだそう。

 

絶対安心の境地に入ることのできる  かは (河)とは

一体 何なのでしょう。

 

 

2075

 

霧島連峰に登る前日、

霧島神宮におまいりしました。

 

 

霧島神宮というのは、

火山の噴火などで何度も焼け、

 

焼失するたびに

社殿の位置を移し 再建した、という歴史があります。

 

うがった見方をしがちな私は、

 

火 (炎) の連想から、

 

祖神であるところのニニギノミコトが

妻のコノハナサクヤ姫を疑ったため、

コノハナサクヤ姫は出産のとき

 

産屋に火を放ち、

火の中で無事に出産し身の潔白を証した、

 

という物語などを

 

なんとな~く、思い出したりしました。

 

以前あった元宮(もとみや)の跡地ということで

 

山頂近くに、古宮址(こぐうし)と呼ばれる小さな祠がありましたが、

 

あんなに山の上の方にあったのでは、

火山が噴火したとき火にのまれて燃え落ちた、というのも

容易に想像でき、なぜ、

あのような場所に元宮を建てたのだろうと不思議に思いました。

 

それにしても神殿の歴史としては

まれにみるほどの度々の焼失でしたので、

 

何とはなく〝霧島神宮” には、火にまつわる因縁があるのでは、

なんて・・・思ってしまいました。

 

 

 

 

 

日光東照宮を思い出すような

絢爛華美な朱塗りの本殿でした。

 

 

ご祭神がどの神様なのか、

などということには普段興味を惹かれないのに、

この旅においては、 しっかり目を通しました。

 

 

ふむふむ ご祭神がニニギノミコト 

(天照皇大神の孫ですね だから天孫)

 

その曾孫であるカムヤマトイワレヒコノミコトが 

神武天皇 

即ち わが国の初代天皇 となり、

 

この血統がず~っと現代まで続き、そして

 

124代  昭和天皇

125代  上皇陛下

126代  今上陛下

 

となっている、のです。そう書いてあります!

 

神話に始まるこの国の歴史、

実在した天皇は誰で、物語上の天皇は誰なのか、など

興味はつきませんが、ともかくも、

こんなにも続く皇位継承の流れの中で

 

今上天皇(令和天皇)が即位されたとき、

126代目を受け継ぐ覚悟はいかばかりであったろうと、

 

神代(かみよ)の時代からの流れの長さと

天皇が神事、祭儀を務められることの意味を考えると

何やら心打たれるものがあり、

万感の思いを味わいました。

 

 

さて

次は、いよいよ鹿児島県から宮崎県へ場所を移動して

 

高千穂神社、天岩戸神社、天安河原神社と回ります。

絶景の高千穂峡へ

と思ってワクワクしていたら、

 

夜、震度4の地震が起きました。

 

2074

 

高千穂峰(たかちほのみね)は、

 

古事記や日本書紀に登場する、

『天孫降臨の地』とされています。

 

天孫とは何か、

降臨とは何か

 

日本神話はとても面白く、

 

神々が住まう高天原(たかまがはら)から

天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて、

その孫であるニニギノミコトが

日向(ひゅうが)の高千穂の峰に降り立ち、

 

葦原中国(あしはらのなかつくに 日本の祖)

を治めることになった、とあります。

 

その子孫 神武天皇が初代天皇となり、

 

紀元前640年 (紀元前!)

 

我が国が建国されたのです。

 

 

初代神武天皇から今上天皇まで実に126代続いています。

 

2024年の今年は、

皇歴でいえば 皇記2664年。

こんなにも 長く長く続いている 我が国なのです。

 

しかも その始まりが、

 自由を求めて独立戦争を戦い抜いて独立した、とか

 革命を起こして王政を倒した、とか

 新天地を開拓した、というのではなくて、

高天原から神様がおりてきて、というところから始まるという、

何とも不思議な国の始まりなのです。

 

天地開闢(てんちかいびゃく)といって、

何もない混沌の中から、

初めに

天之御中主(あめのみなかぬし)さまが宇宙神として出現します。

天地創造の物語にも似て、

ひとり神が幾柱もあらわれ (神様は1柱、2柱と数えます)

やがて男神(おがみ)女神(めがみ)が現れ、

イザナギ、イザナミの神によって

国生み、

神生み、が行われ

月や夜や山や火や川、自然、が作られていきます。

 

神話の世界が、国の歴史のはじまりとなっているのです。

 

この話を始めると止まらなくなるのでもうやめます 笑

 

高千穂峰は、

従って 信仰の山であり、修行の山なのです。

 

頂上

 

 

登山道の入口 

 

 

 

 

 

 

 

 

春であったなら、

可憐なミヤマキリシマ (可憐なつつじが有名)で

周囲一面ピンク色の花畑になるところ、

夏山なので緑一色でした。

 

 

 

 

岩場が多くてすべりやすく、

何度もバランスを崩し、転びそうになりました。

 

 

頂上には天の逆鉾(あまのさかほこ)が突き刺さっています。

レプリカだそうですが。

 

 

所説いろいろあって、

ニニギノミコトが突き立てたとも、

坂本龍馬がこの天逆鉾を抜いた、などとも言われています。

 

天逆鉾は、霧島東神社の社宝でもあるとのことで、

宮司さんから聞いた話では、

大勢の山伏の修行の山だったそうな。

 

頂上の岩には

『天孫ニニギノミコト降臨の霊峰』と記されていました。

 

 

この登山の途中、

『埼玉から来た』と説明したら、

とても多くの登山愛好家の方々と仲良くさせていただきました。

遠くからよく来た、という歓迎を受け、

なぜか、全然知らない人のグループに呼ばれたりして

一緒に記念撮影の輪の中に入れてもらいました。

 

霧島火山群は、周辺に山々が連なりお勧めの山がいっぱい、だそう。

いろんな山の説明を受けたのも楽しく、

 

山好きなおじさん、おばさん、若い人たち、

みんな いい笑顔でした。

 

パリ五輪 真っ最中ですね。

悲喜こもごも感動の毎日ですが、皆さま

お元気でいらっしゃいますか?

 

私は、夏生まれですので、

先日 お誕生日を迎えました。

 

美しいお花や素敵なプレゼント、たくさんのメッセージもいただき、

本当にありがとうございました (^^)/

 

なんという幸せ者なんだろう、とつくづく思います。

心からお礼申し上げます!

 

お陰さまにて

元気に66歳を迎え (キャー 爆  笑爆  笑爆  笑 キャー)

 

相変わらずワーカーホリックな毎日ながら、

 

 

お誕生日を山で楽しむため、

思い切って仕事を脇に置き、夫と一緒に 九州へ行ってきました!

 

羽田から鹿児島空港まで飛び、

レンタカーを借りて 鹿児島県と宮崎県の県境まで走り、

 

九州 霧島連峰の最高峰、

 

 韓国岳 (からくにだけ)

 高千穂峰 (たかちほのみね)

 

の2座を2日に分けて登りました。 

 

 

えびの高原から出発すると、

最初に見えたのは、硫黄岳からもくもくとあがる煙。

 

汗だくで韓国岳の山頂を目指して登りました。

 

翌日登攀する予定の高千穂峰を眺めながら、

まずは韓国岳の頂上目指して。

 

 

 

火山群の山々なので、

登り始めは緑美しい樹木林の中を歩いていくものの、

やがてガレ場の急登になります。

 

お天気に恵まれ、

頂上からは桜島がよく見えました。

 

薩摩半島の最南端にある開聞岳(かいもんだけ)までも見え、

絶景でした。

 

左奥が開聞岳。 右手が桜島。

 

 

 

 

大浪池(おおなみいけ)もきれいに見えました。

 

 

 

 

とりあえず韓国岳の写真だけですが、

高千穂峰登山の写真も載せたいです~。

高千穂峰は、韓国岳よりもさらに過酷な火山岩の山でした。

 

時間あればアップしますね。

 

初日は霧島神宮などを観光し、

2日目 韓国岳、

3日目 高千穂峰

と登山を楽しみ、4日目は宮崎へ移動して

 

 高千穂神社

 天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)

・・・天照大御神が天の岩戸に隠れたという神話にちなんだ地

 高千穂峡

 

を味わい、熊本空港から羽田へ戻ってくるという、

結構ハードなスケジュールでした

 

 

実は、

日本について 何だかいろいろとよく考えるようになってきたこの頃、

 

日本国史や古事記の世界に猛烈に惹かれるようになりました。

 

特に神話からつながるわが国の始まりの始まりの物語。

そこに書かれている、美しくて深い言葉には

えもいえぬ感動を覚えます。

 

我が国は、

『うしはく』(争いに勝ち統治する)の国ではなく

『しらす』(民を守り統治する)の国ぞ、というくだりがあります。

天照大御神さまが、国ゆずりを迫る場面です。

 

私たちは日本の神話をどれほど知っていただろうか、と思います。

 

知れば知るほど、

天孫降臨の地と呼ばれている高千穂の山に行ってみたくなったというわけ です。

 

というわけで、

 〝古事記に記された『天孫降臨』の地を味わいめぐる旅”

という、夏休み旅行になったのでした。笑

 

ちょっと早目の、

とても素敵な夏休み。

 

少し長くなりますけれど、

ひさびさにブログを書いてみたくなり、

続きの高千穂峰登山と

高千穂の神々のお社をめぐる話も、 時間あれば綴ってみようと思っています。

 

酷暑続く毎日ですが、皆さまもご健康をお気をつけて

この夏を楽しんでくださいませ。

 


 

№2072

 

本日は、倫理法人会で講話をさせていただきました。

 

ご参集いただきました皆さま

ありがとうございました!

 

倫理法人会に入会してから、

嘘偽りなく、自分の気持ちを素直に言葉に出す、と決めました。

 

未熟者ではあっても、

恥ずかしくはあっても、

 

あるいは鼻につくと嫌われることがあっても。

 

 

 

勇気のいることではありますが、

 

自分のこの想い、

この考え、を

言葉にして伝えていこうと思うようになりました。

 

 

ボストンから帰国して早10年。

 

「ではの神」になってはいけないから、と

  ボストン『では』・・・

  アメリカ『では』・・・

といった話をするのを自分に禁じてきましたが、

 

 

実は日本を離れたからこそ、自分の中に見えてきた想いがありました。

 

 

民族とは

国とは

時代とは

歴史とは

 

日本という国について考えること、知ること、

感じること、味わうこと

をとても大切に思ってきました。

 

私自身が、自分の無知に気づいた日から、

ずっとずっと秘してきた想いを

今日は、正直に話させていただきました。

 

皆さま

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

№2071

 

8月8日。

こんなに酷暑が続いているのに、すでにして

立秋。

 

さて、わたしは

 

朝6時半から

ホテルで、モーニングセミナー。

 

本日は私が講話をさせていただきました。

 

お集りいただきました皆さま、誠にありがとうございました。

 

自分のことを赤裸々に語るのは

 

ちょっと恥ずかしかったよ。

 

 

№2070

 

今年もまたお誕生日が巡ってきました。

 

7月28日は私の誕生日でした。

 

たくさんの方から

元気の出る素敵なお祝いメッセージをいただきました。

 

プレゼントもいっぱい頂戴し、

本当にほんとうに、ありがとうございましたドキドキ

 

いつのまにか

高齢者になっちゃいましたけど、

 

今後とも何卒よろしくお付き合いの程

お願い申し上げます。

 

幸せだな 私。

 

Thank you guys!I'm so happy.