昨日、表記のオペラを観てまいりました。Hさんはご都合が付かず、私ひとりで伺いました。

フルーツサンドで腹ごしらえをし、いざ出陣。



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   G.プッチーニ:《トスカ》
 指揮:ミケーレ・マリオッティ
 演出・美術:フランコ・ゼッフィレッリ

フローリア・トスカ(有名な歌姫、カヴァラドッシの恋人、自決)ソニア・ヨンチェヴァ(Sop)
マリオ・カヴァラドッシ(美形の画家でトスカの恋人、処刑)ヴィットリオ・グリゴーロ(Ten)
ヴィッテリオ・スカルピア男爵(トスカに邪悪な心を抱いているローマ市の警視総監、トスカに刺し殺される)ロマン・ブルデンコ(Br)
堂守(教会の番人)ドメニコ・ニライアンニ(Br)
チェ―ザレ・アンジェロッティ(脱獄した政治犯、前ローマ共和国の執政官、自決)ルティアーノ・レオーニ(B・Br)
スポレッタ(スカルピアの副官、密偵)サヴェリオ・フィオーレ(Ten)
シャルローネ(スカルピアの忠臣、憲兵)リオ・ポール・シャロット(B・Br)
看守ファビオ・ティナッリ(B・Br)
牧童末光朔大(B・Sop)
 合唱:ローマ歌劇場合唱団
 管弦楽:ローマ歌劇場交響楽団
 児童合唱:NHK東京児童合唱団

 舞台美術:アドルフ・ホーエンシュタイン
 合唱監督:チーロ・ヴィスコ
 衣装:アンナ・ビアジョッティ
 照明:マルコ・フィリベック
 再演演出:マルコ・ガンディーニ
 舞台美術補:カルロ・チェントラヴィーニャ

 全3幕/イタリア語上演・字幕付/上演時間:約3時間(25分休憩2回を含む)

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《トスカ》は2017年2月、東京文化会館 大ホールの二期会公演<指揮:ダニエーレ・ルスティオーニさん、演出:アレッサンドロ・タレヴィさん、キャスト:木下 美穂子さん、樋口達哉さん、今井俊輔さん、長谷川 寛さん、米谷毅彦さん、坂本貴輝さん、増原英也さん、清水宏樹さん、合唱:二期会合唱団、児童合唱:NHK東京児童合唱団、管弦楽:東京都交響楽団、他>以来。

2018年9月の東京文化会館オペラBOX《トスカ》ハイライト上演<指揮:須藤桂司さん、演出:粟國 淳さん、キャスト:上田純子さん、宮里直樹さん、須藤慎吾さん、ヴィタリ・ユシュマノフさん、鈴木俊介さん、高橋洋介さん、久保田 真澄さん、清水理恵さん。プレトーク:朝岡 聡さん、ピアノ:高橋裕子さん、他>も印象深かったです。

ローマ歌劇場公演は2018年9月、東京文化会館大ホールの《マノン・レスコー》<指揮:ドナート・レンツェッティさん、演出:キアラ・ムーティさん、キャスト:クリスティーネ・オポライスさん、アレッサンドロ・ルオンゴさん、グレゴリー・クンデさん、マウリツィオ・ムラーロさん、アレッサンドロ・リベラトーレさん、ヴィンチェンツォ・サントーロさん、ガイア・ペトローネさん、アンドレア・ジョヴァンニーニさん、ジャンルーカ・フローリスさん、カルロ・マリンヴェルノさん、ロレンツォ・グランテさん、合唱:ローマ歌劇場合唱団、管弦楽:ローマ歌劇場管弦楽団、他>以来。

来日オペラは昨年11月、東京文化会館大ホールのハンガリー国立歌劇場公演《魔笛》<指揮:ヤノーシュ・コヴァーチさん、演出:ミクローシュ・シネタールさん、キャスト:イシュトヴァーン・コヴァーチさん、ゲルゲイ・ウイヴァーリさん、アンドレア・ロストさん、ルチェ・カンコヴァーさん、チャバ・シャーンドル、ジョーフィア・ナジさん、ヤーノシュ・セレコヴァ―ンさん、ナターリア・トゥズニクさん、ルチア・メジュシ=シュワルツさん、アンドレア・メナートさん、管弦楽:ハンガリー国立歌劇場管弦楽団、合唱団:ハンガリー国立歌劇場合唱団、他>に続いてです。

東京文化会館 大ホールは昨年8月、第20回東京音楽コンクール声楽部門本選<出場者:黒田祐貴さん(Br)、前川健生さん(Ten)、川越未晴さん(Sop)、池内 響さん(Br)、指揮:園田 隆一郎さん、管弦楽:東京フィルハーミニー交響楽団>に続いて。

ここからが本題です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ローマ歌劇場の前身であるコスタンツィ劇場は、1900年1月14日に《トスカ》が初演された劇場として有名で、トスカの公演と巨匠フランコ・ゼッフィレッリ(1923-2019:生誕100年)による演出は、ローマ歌劇場にとって伝家の宝刀と言えるでしょう。

2017年の二期会《トスカ》公演は、ローマ歌劇場との提携公演で1900年初演時の舞台美術が再現されました。今回どういった舞台装置になるか楽しみにしてまいりましたが、その豪華さに圧倒されました。まるで宗教画を観ているよう.。o○素晴らしいですトレビアン

昨今二期会や藤原、来日オペラのプロダクツも、舞台転換なしの八百屋舞台であったり、無機質な建物が舞台中央にぽつんと設えられているだけといったケースが目立ち、それでは本来荘麗に展開される舞踏会といったシーンも、四畳半的雰囲気で盛り上がりに欠けます。豪華な舞台美術がキモの《トスカ》では殊更。

今般第1幕では聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の内部を、石や漆喰細工一つひとつまで忠実に再現。第2幕のフェルネーゼ宮殿(重厚な内装の警視総監室)、第3幕のサンタンジェロ城も何処も隙なく再現されているとのことです。フロアも大理石風(第1幕)、落ち着いた木質系(第2幕)、無機質な石材系(第3幕)といった凝りよう。

主役のビッグネームふたりに注目。

ヨンチェヴァさん(トスカ役:1981年生まれ)は初聴きでした。昨年7月のリサイタルに続いて今回が2度目の来日で、オペラ公演としては初。ビロードのような感触で深いお声、優れた節回し、喜怒哀楽を深掘りする表現力。

神への嘆願(この辺りは多くの日本人にとって縁遠い部分)、自分に対する理不尽な運命の仕打ちを嘆く♪第2幕<歌に生き、愛に生き>♪の緊迫感は尋常でなく、鼓動が伝わってくるようでした。

この大アリア、内容は平たく言えば「神さま、何でやねん?」(殿さまキングスの「なみだの操」とも趣が異なります)。泣き崩れんばかりのパフォーマンスに、こちらも不覚の涙を禁じ得ませんでした。

押しも押されぬ世界の歌姫、素晴らしかったです。匂うような色香を感じました。

ヨンチェヴァ女史は、プラシド・ドミンゴ主催の国際コンクール「オペラリア」で優勝したのが28歳だったというから意外に遅咲きのようです。

グリゴーロさん(カヴァラドッシ役:1977年生まれ)は親日家で、調べたところ2015年の初来日以来、今回が9度目(オペラ公演としては先のパレルモ・マッシモ劇場に続いて3度目)の来日です。日本人ファンも多そう。

グリゴーロさんも初聴きでしたが、登壇した途端、会場を席巻する千両役者の趣。最初から乗り乗りムード。しかし演奏は精緻、細部にわたって彫琢され、♪第1幕<妙なる調和>♪では晴れ晴れと朗々とした歌い振り、♪第3幕<星は光りぬ>♪では甘い思い出と、絶望感に打ちひしがれる慟哭のパフォーマンスが見事でした。

本国での評判はいまいちとも伺っていましたが、世界的トップテノールは、張る一方ではなく巧みに強弱をつけた歌いぶりといい、モノが違うといった圧倒的印象を残しました。

18歳の時に《トスカ》の牧童の役でパヴァロッティと共演し、23歳でスカラ座に出演した最も若いテノールとして記録を更新したというのは、よく知られています。ちなみに新国オペラソリスト最年少記録も確か23歳で、テノール時代の藤木大地さんだったと記憶しております。

ブルデンコさん(スカルピア男爵役)は、ドラマティックな歌唱と迫真の演技が光りました。出てくる人、出てくる人、みな大声揃い。豊かな声量は来日オペラソリストにとってデフォと言えそうです。185㎝はあろうかと思える堂々たる体躯。アンジェロッティ役を始め他のソリストも6フィーター揃い、豪華な舞台装置に負けないスケールを感じます。

スカルピア男爵は単に女性の体が目的です。上品な言い方をさせて貰えば“エロおやじ”です。皆さんの周りにそういう男性いらっしゃいませんか?大丈夫ですか?「ダンディーで如何にも品のいい紳士」というのが一番危ないもじ

バリトンの歌手から「スカルピアを演りたい」という声をよく聞きます。俗にバスは何とかと申しますが、何故そんなエッチで邪悪な役に惹かれるのか?

第1幕で、聖歌隊の歌声と華麗なオーケストレーションによる荘厳な響きをバックに展開される圧倒的大スペクタクル...ドン・ジョヴァンニや魔笛のパパゲーノでは味わうことができない!答えはこれでしょうね。

演出は、言われていた通りオーソドックス、王道を行くもので安心して観てられました。

トスカが♪<歌に生き、愛に生き>♪を演奏している間、スカルピアがそれをどう思いながら聴いているのか、いつも興味があります。今回は暖炉の前に佇んで、右手にワイングラス、左手は椅子の背もたれに片肘ついて、暖炉の炎をじって見つめてました(きっと、あれで焼肉焼いたら美味しそう、なんてものではなく「正直、たまってまんねん」←スルーして下さい)。

トスカが偶然、殺傷道具になりそうなナイフを見つけたシーンで、一瞬たじろぎ半歩ほど後ずさりします。「私は今、大変なことをしようと考えている」敬虔なカトリック教徒であるトスカに、殺人(神様からの授かりものである命を断ってしまう)という大罪意識が芽生えたのだと思います。

これも第2幕(拷問シーンがある)、字幕に「拷問官」という言葉が出てきて、こんな官職名があるのかと、ビックル10本一気飲みしました!(名刺に広域指定暴力団○○組と書かれているようなもの)

指揮のミケーレ・マリオッティさん(1979年生まれ)は、昨年11月にローマ歌劇場新音楽監督に就任。同年代のダニエーレ・ルスティオーニ(1983年生まれ、2014年初来日、2017年二期会《トスカ》を指揮)、アンドレア・バッティストーニ(1987年生まれ、ご存じ2012年以来たびたび来日)と共に"イタリア若手指揮者三羽がらす"と称されていた凄い方で、2011年以来2度目の来日です。

状況に則した棒を的確に振ってました。感傷的に、ときに恐ろし気に。オケも合唱もそれに丁寧に応えてました。

指揮、オケ、合唱が歌劇場専属でワンチーム。寄せ集めではないので、お互い歌い回しを心得ていて、専属オケはオペラの表現を知り尽くしているのでしょう、合唱も良く仕上がってました。

ローマ歌劇場2023~2024年シーズン《トスカ》は、この日本公演でしか演らない(しかもゼッフィレッリ版「トスカ」は、本国での上演も含め15年ぶりだ)そうで、今回トスカを観られてとてもラッキーでした。

第3幕冒頭で、カヴァラドッシの処刑を前にして、牧童の歌声とともに夜明け前に打ち鳴らされる教会の鐘の音の響きが、胸を打ちました。何でも今回、1900年初演時と同じ楽器(教会の鐘の音を再現するためにつくられチューブラーベルという楽器)が使われたそうです。

プッチーニが求めた、そして指揮者マリオッティがリハーサルの最後の最後までこだわりをみせていたという、響き音譜(園田 隆一郎氏も、《トスカ》では、この教会の鐘の音のシーンが最も印象的だと何処で述べておられました)。

スタンディングオベーションが見られたカーテンコールは(客席はほぼ満席と言えるほどの盛況ぶり)、サービス精神旺盛なグリゴーリさんの独壇場でした。

最後横一列に並んで、手をつなぎあって客席からの拍手に応えるというのが一般的ですが、彼はその前から万歳三唱?や、大ジャンプを繰り返してました。

端っこで遠慮がちにしていた末光君(牧童役)を中央(主役の定位置)に引っ張りだしの、ヨンチェヴァさんに強烈にハグしの、いつ果てるともなく?続くパフォーマンスに、次は何が飛び出すか…と期待して客席に残るお客さまが多ございました。私は次の予定があったので適当な所で切り上げました。

彼は2019年、ROH日本公演のカーテンコールの際の思慮を欠いた言動(共演ダンサーのはりぼての腹部に触れ、それに抗議した共演者の一人と、その場でひと悶着あり)が、セクハラ行為と認定され、セクハラ問題に厳しい英米(ROH、MET)の劇場から現在締め出しを食っているとのことです。

いま改めて思うのは、生の歌に優るものはないということです。現在はDVD(ブルーレイ)、テレビ、映画館(ライブビューイング)に加えウェブ配信でもオペラ公演を観れたりする時代ですが、いずれの媒体も生の音ではありません。機械では拾えない、再現できない音の拡がりを味わえるのはオペラ会場でしかありません。

音楽をヘッドホンとかイヤホンでしか聴くことのない人たちに、どうやって会場に足を運んでもらうか(主婦の「今晩のおかずを何にするか」と並ぶ永遠の命題です)...欧米でもオペラの集客力は、かなり落ちてきていると伺っています。今日に至るまで100年、200年かたちを変えないで生き残ってきたものが、この先もこのまま残って行くという保証はありません。

「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは変化に最もよく適応したものである」〔註〕これはダーウィンが言ったとされてますが、正しくはそうでなくて、ダーウィン研究家である米国の経営学者レオン・メギンソンが言い出しっぺで、それを他者が引用を重ねるうち少しずつ変化して、最後にダーウィンの言葉として誤って伝えられるに至ったということです。

~ローマ歌劇場公演《トスカ》番外編~に続きます・・・