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ぐわっぱのできるかな

考えたことや表現したいこと、活動の履歴。

だるいだるいと言っていたら、のどと熱がやってきてふらふらになりました…。今日になってようやく調子がよくなってきたので、扇風機を買いに行きました。でもやっぱりなんだか熱っぽいのは、部屋が暑いせいなのでしょうか…?新生活のせいなのか、最近ずっと調子がよくありません。これからはもっとしっかり栄養をとろうと思います。

ちなみに扇風機ですが、組み立ての説明書が非常に適当で、いじっているうちに早速部品を一部壊してしまいました…。大勢に影響のない部分でよかったです。危うく、「安物買いの銭失い」になるところでした。

なんだかだるい今日この頃です。パンケーキを作ろうとしたら、ベーキングパウダーを買い忘れたことに気付き、結局断念しました…。たぶん新鮮な野菜をたくさん食べるのがよいのでしょうが、なかなか食べ切るのが難しそうで迷っています。やっぱりフルーツトマトかなあ…。
というわけで、クラシック音楽について語ってみたいと思います。改めてインターネット上を徘徊してみると、同じようなことをなさっている方は本当に多いですね。皆さんの愛が伝わってきます。



J-POPにはAメロ、Bメロ、サビ、Cメロという「一般的な構成」がありますが、クラシック音楽でそれにあたるのは「ソナタ形式」です。

私がとにかくこれを説明したいと思っているのには、もちろん理由があります。まず、ほとんどの曲(の、だいたい最初の楽章)はソナタ形式で書かれています。なので、この構成が聴いていてわかるようになると、途中で「いつまで続くのかわからない」という迷子状態はだいぶなくなると思います。また、「ソナタ形式に準拠しつつ、いかにして曲としてのオリジナリティーを出すか」は作曲家の腕の見せ所のひとつでもあります。なので、ソナタ形式を知っていると、作曲家ごとの違いに気づきやすくなるかもしれません。最後に、ソナタ形式(と、それに対応した言葉)がわかっていると、「この曲のこの部分が好き!」と人に伝えやすくなります。そういうわけで、ソナタ形式だけは、知っていて損はないことだと私は思っています!


…と大見得を切ってみましたが、やっぱり説明しづらいものです。他の方の紹介を見ても、皆さん結構苦労しているようにお見受けします。ですが、言い訳をしても始まらないので、なんとか紹介してみる次第です。

ソナタ形式は、3部構成です:

1、提示部
2、展開部
3、再現部

多くの場合、再現部の後にさらに結尾部(コーダ)がつきますが、基本的には上に挙げた3つです。

たぶんわかりやすいのではないかと思うのは、「交響曲第5番 朝ごはん」という曲です(ベートーベンの「運命」の1楽章に、歌詞をつけたものです):
YouTubeで見つけたもの

ニコニコ動画で見つけたもの

(リンクは切れているかもしれませんが、好きな人は多いと思うので、検索したら見つかると思います。)

私にとってのこの曲の面白さは、「歌詞の内容と曲の構造とが、そこそこ対応している」ということです。きっと面白がって作ったらそうなったのでしょうが、それでも、同じように作ったであろう他の曲と比べても、完成度が違うと思います。

それはそれとして、3部(+コーダ)の構成は、以下のようになります:

(1) 提示部
「主題(テーマ)」と呼ばれる、基本となるメロディー・フレーズを(たぶん)わかりやすく出してくる場所です。2種類出してくる場合が多く、「第一主題」「第二主題」などと呼ばれます。「朝ごはん」の場合で言うと、「朝ごはん」「混ぜごはん」といったフレーズが「第一主題」、「おかず何ですか」の後から出てくるのが第二主題になります。

とくに、第一主題と第二主題を対照的なメロディーにすることでメリハリをつけるのが、ソナタ形式の「王道」のようです。「運命」のメロディーでいうと、第一主題がリズム感を前面に出しているのに対して、第二主題は流れるようなメロディー感を重視しているように私は感じています。「朝ごはん」の場合、「ごはん」と「おかず」という観点で、二つの主題が対立されています。

最後に、提示部の基本は「オチがつく」ということです。説明しづらいのですが…端的に言うと、提示部と次の展開部との間には、「そこで終わってもメロディーとしておかしくないような『区切り』がある」ということです。「朝ごはん」の場合、「白ごはん、決めたわ、白ごはん!」という形で一段落しています。

「最後に」といいながらあと1点付け加えますが…「王道」のソナタ形式では、提示部は2回繰り返されて演奏することが多いです(本当は、かなり多くのソナタ形式の曲で、楽譜の提示部に繰り返し記号がついています)。おそらく、主題を明確に印象づけるためだと思います。
「朝ごはん」では繰り返されていませんが、「運命」あたりなら、演奏会でも繰り返されて演奏されることが多いと思います。たださすがに冗長になってしまうのか、作曲された時代が下れば下るほど、たとえ繰り返し記号があっても提示部を繰り返さない演奏が多いです。

(2) 展開部
提示部で出してきた主題を色々に組み替えて、さまざまな側面から堪能する、という趣旨の部分、だと私は思っています。基本的に全ての旋律が主題から派生したものになっているはずなので、「どこに主題が隠れているか」を探すのが私の一つの楽しみです。

色々な曲に共通する特徴のひとつは、「展開部の最初は提示部とよく似ている」という点です。これは、最初の方は元の状態に近い主題が演奏されるはずなので、当然と言えば当然です。「朝ごはん」の場合は、「松茸ごはん」のフレーズがそれに当たります。

もう一つの特徴は、多くの場合「第一主題だけが展開される」という点です。実際「朝ごはん」でも、「松茸ごはん」についてはこれでもかと考察していますが、対立項である「おかず」については全く触れられません。「展開部」としての性格は、「松茸ごはん、という強力な対立候補について、あれこれ思い悩む」という形で表現されています。

(3) 再現部
ひととおり主題を展開し終わったあと、もとの主題を改めて演奏するのが再現部です。個人的には、展開部で色々に展開していたところからどのように再現部に戻ってくるかが、聴いていて一番楽しいところです。「朝ごはん」で言うと、「白ごはん」「松茸ごはん」がひたすら拮抗して繰り返される局面から、最終的に「松茸ごはん」で意見が統一される、という形で第一主題の再現部に戻ってきます。

再現部でよく指摘されるもう一つの特徴は、第一主題と第二主題の対立関係が、提示部に比べて和らげられる、という点です。ヘーゲルで言うところのアウフヘーベン的な側面になります。「朝ごはん」では、もともと「おかず」だけ触れられていた第二主題で「二人で半分こ」という歩み寄った形の内容が入っています。さらに「ゴージャス」という部分が「朝の定食のおかず」という部分と「松茸ごはん」の両方にかかるようになる…というふうに読むと確かに「再現部」としての性格を表しているようではありますが、そういうふうに捉えるのは深読みし過ぎなようにも思います。いずれにせよ、このように二つの主題がより近づいて、最後の結尾部に向かって盛り上がっていくわけです。

(3') 結尾部
最後のオチに持っていく部分です。ベートーベン以降は、けっこうな長さを持っていることが多いです。私の解釈では、「ちょっと待てー」以降が「朝ごはん」の結尾部になります。すったもんだしているうちに、最終的に「昼ごはん」になってしまう、というオチは、個人的に結構好きです。


長くなりましたが、まとめると、ソナタ形式はこういう形式です:

1、提示部で主題を出してくる(繰り返すこともある)
2、展開部で主題を色々に展開する
3、再現部で改めて主題を持ってきて
3'、結尾部でオチをつける


要は、「こういう主題を料理すると、こんな音楽ができますよ」ということを、うまくプレゼンテーションするための形式なのだと思います。

そういうわけで、「どういう主題を用意するか」「主題をどう展開していくか」が作曲家の個性になり、「この曲での主題の展開の仕方をどういうふうに見せるか」が演奏家の力量になるわけですが、それはまた別の機会に取り上げられたらよいなと思います。