雑話211「モローとルオー展①」
12月10日(火)まで、東京新橋のパナソニック汐留ミュージアムで開催されていました「モローとルオー 聖なるものの継承と変容 展」に行ってきました。
フランス象徴主義の巨匠ギュスターヴ・モローと、20世紀最大の宗教画家と呼ばれるジョルジュ・ルオーは生涯を通じて師弟関係にありました。
今展では、モローとルオーの芸術的関係を「ギュスターヴ・モローのアトリエ」「裸体表現」「聖なる表現」「マティエールと色彩」の4つのセクションに分け、選び抜かれた作品により探求しています。
二人の芸術世界と心の交流の軌跡をたどりながら、モローの芸術性がどのようにルオーのマティエールや色彩へと継承され変容するかを見ていきましょう。
◆セクション1 ギュスターヴ・モローのアトリエ
ギュスターヴ・モロー「ユピテルとセメレ」
※ユピテルは神々を支配する最高神
人間の姿で人間の女性、セメレと交わったユピテルは、正体を明かすように迫られ、雷火をまとった神の姿で現れるが、セメレは雷光に焼かれて死んでしまう
ステンドグラス職人の徒弟だったルオーは、19歳の時に国立美術学校に入学し、そこで生涯の師となるモローに出会います。
ルオーは、モローの教育により古代美術への愛情を育み、「レンブラントの再来」と学校で称賛され、暗く神秘的な手法で宗教から題材を得た作品を次々にサロンに出品しました。
下の絵は、ルオーが芸術コンクールの最高峰であるローマ賞の最終選考で提出した作品です。
ジョルジュ・ルオー「石臼を回すサムスン」1893年
サムソンは旧約聖書に登場する人物で、怪力の持ち主として有名でした。ここでは、敵対するペリシテ人の策略に落ちたサムソンが、目をえぐられて、牢で粉をひかされている場面が描かれています。
ルオーは結局受賞することはありませんでしたが、美術学校を退学した後も、モローを「最高の指導者であり偉大なる父」として、師の伝えた基本事項-マティエールの研究、構図に対する感受性、自然に基づくことの大切さなど-を制作上の重要なテーマとしていきます。
◆セクション2 裸体表現
19世紀の国立美術学校の教授法において、裸体画は基本であり、裸体画に取り組むことはすなわち人体の正確なフォルムを把握することでした。
モローは歴史的テーマの作品で、美しさで男を陶酔させ破滅に追いやる「宿命の女(ファム・ファタル)を裸体で描いています。
ギュスターヴ・モロー「メッサリーナ」
※ローマ皇帝クラウディウスの皇妃だったメッサリーナは、自らの性欲を満たすために、ローマの下賤な売春宿に売春婦として出入りしていたといわれています。そこで、彼女の名「メッサリーナ」は、「強欲」や「冷淡」の代名詞として使われたそうです。
彼が深く打ち込んだ「サロメ」はもちろんのこと、ローマ皇帝の妻で、娼婦でもある「メッサリーナ」はそうした官能性を湛えた女性の代表でしょう。
しかし、モローは単にエロスを強調するために彼女たちを描いたのではなく、ここでは「死につながる放埒」という教訓的理念を、乳白色の肌を見せる皇后に象徴させているのです。
一方、美術学校退学後のルオーは、歴史画とは関係なく裸体を描き、次第に裸体は「娼婦」という同時代的テーマへと変容していきます。
ジョルジュ・ルオー「後ろ姿の裸婦」1919-29年
1900年代のルオーの重要なテーマであった「娼婦」は、モローにはなかった近代的画題ですが、そうした作品の図像や抑制された暗示的色彩には、師モローの影響が見て取れます。
<次週に続く>




