雑話230「ミステリアスな美女の秘密」
歴史を振り返れば、太古の昔から魅力的な美女たちの像が数多く残されています。そうした美女たちは、芸術家の様々な工夫によって生まれてきました。
そんな美人像の中から、19世紀前半の保守派を代表する画家であるドミニク・アングルの「ブロイ公妃」をご紹介しましょう。
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル「ブロイ公妃」1853年
これは、名門ブロイ侯爵家の若き夫人を描いた肖像画です。
彼女は思慮深さと豊かな知性を秘め、その美貌と相まって社交界でも注目の女性だったそうです。
この肖像画でも、他の彼の作品と同様、アングル得意の微妙な陰影のグラデーションによって丸みをもたせた美しい肌や、緻密な描写によって再現された衣服や家具の素材感が見事です。
「ブロイ公妃」の腕とドレス
しかし、ここで注目すべきは、彼女の漂わせるミステリアスな雰囲気です。その秘密は、アングルの使った目の処理にあります。
彼女の顔をよく見ると、左右の視線が微妙にずれていることがわかります。向かって右の目はじっとこちらを見ていますが、左の目は視線が少し左の方に流れています。
「ブロイ公妃」の顔のアップ
もし、右側と同じように左の目玉が正面にあったら、見る者を見返すような強い視線になります。すると、絵の中の女性と目が合いすぎて、長く絵を見たいという気持ちになれません。
左側が鑑賞者に見られる目としたら、右側は見返す目となり、見る→見返される→また見るという循環構造が起こります。
それはまるで、絵の中の美女と鑑賞者が対話をしているかのような効果を生むのです。その効果によって、鑑賞者はこの肖像画に長い時間引き込まれることになるのです。
実は、このテクニックは、他の多くの作品にも使われています。例えば、世界で最も有名な美術作品である、あの「モナ・リザ」の目も左右の視線がずれています。
「モナ・リザ」の顔のアップ
※左の目はまっすぐこちらを見ていますが、右目の視線は右にずれています
こうしたテクニックは他にも色々ありますが、それはまた別の機会にご紹介することにいたしましょう。



