絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -199ページ目

雑話79「ルノワールのリュウマチ」

晩年のルノワールがリュウマチで不自由になった手で絵を描いていたことは有名です。


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筆を縛りつけた腕で絵を描くルノワール


特に終の棲家となった南仏カーニュのコレット荘に移った頃は、道具を持てないほど変形してしまった腕に絵筆を縛りつけて描いていたそうで、訪れた客たちはまずルノワールのそのような様子に驚き、そんな状態で描いた絵の見事なできばえにさらに驚いたそうです。


息子のジャンによると、ルノワールがリューマチを患うきっかけとなったのは、1897年に母親のアリーヌの生まれ故郷であるエソワで自転車に乗っていて転んだ時の骨折だということです。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール「エソワ近くの風景」1892年


自転車に乗ったルノワールというのも、ちょっとイメージが沸かないのですが、実はその頃の休日の過ごし方は印象派の画家たちがデビュー当時とは違っていました。


彼らがよく描いたボート遊びなどのセーヌ河畔での休日は自転車乗りに取って代わられ、フランスでは20世紀初頭に「自転車ブーム」が席巻しました。


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20世紀初頭のパリの街角

※手前に自転車、遠景に馬車が見えます


不幸にも流行の遊びによって骨折してしまったルノワールですが、当時は骨折の後遺症でリューマチが起こると考えられていたようです。


実際にこの後、ルノワールは度々発作に襲われ、徐々に身体がいうことを利かなくなっていきました。


1902年頃には病状が見た目にも表れ、左眼の神経の部分的な萎縮が目につくようになり、ルノワールの表情はじっと動かぬ感じになりました。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール「自画像」1910年


年とともにルノワールの顔は憔悴をまして、手はひどく縮んで反り返り、とうとう杖を使わなければ、歩けなくなってしまいました。


それでも、ルノワールは決して病気のせいで悲観的になることもなく、絵画の制作意欲も衰えませんでした。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール「水浴する女性」1918年

※亡くなる前年で病状はかなり悪かったと思われますが、これだけの作品を描いています


ルノワールは結局20年以上もリューマチと付き合うことになるのですが、次第に悪化する病状をものともせず、亡くなる当日まで絵を描いていたそうです。


心が折れやすい現代人にとって、彼の物事の捉え方や仕事への取り組み方、そして精神的な強さを是非見習いたいものですね。