雑話268「セザンヌと妻 その謎めいた関係」
セザンヌは、リンゴなどの静物やサント・ヴィクトワール山などの風景を描いたことでよく知られていますが、実は多くの人物画も描いています。
その中でも最も多く描かれたのが、妻のオルタンス・フィケです。
ポール・セザンヌ「赤い肘掛け椅子の上のセザンヌ夫人」1877年頃
20年以上にも渡って描かれてきた彼女の肖像画を見ると、どれも同じように、大きな目、真一文字に結ばれた口、丸く束ねられた髪の、年齢不詳で気難しい顔をした女性として描かれています。
数多くの肖像画が描かれたにもかかわらず、美術界では、これまでセザンヌの芸術におけるオルタンスの重要性はほとんど無視されてきました。
それは、セザンヌが長い間オルタンスとの関係を秘密にしていたことが一因でした。
ポール・セザンヌ「温室の中のセザンヌ夫人」1891年
1869年にパリの美術学校でセザンヌと出会ったオルタンスは、そこで彼のモデルとなりました。
その後、恋愛関係に発展した二人には、1872年に長男のポールが誕生します。
しかし、疑り深い父親に愛人ができたことを知られないようにするために、1886年に結婚するまで、彼らは別々に暮らしていたのです。
肖像画がそっけなく描かれていることもあり、この事実がオルタンスを重要でない不在の妻として、美術史において軽く扱われる原因になったのです。
愛想のない顔で描かれたオルタンスの肖像画には、セザンヌの思い入れが見られないとされてきました。
ポール・セザンヌ「赤いドレスを着たセザンヌ夫人」1888-90年
ところが、2009年発行のスーザン・シドラウスカスの著書がきっかけとなって、オルタンスのミューズとしての重要な役割が見直されることになりました。
セザンヌの距離を置くような描き方は、彼が肖像画を正確な似顔絵以上のものとして、造形的な試みを実践した結果なのです。
実際には、妻を描いた肖像画の中には、ロマンチックで官能的な傾向がみられるものもあり、彼が妻の肖像画に思い入れがないという指摘は当てはまりません。
ポール・セザンヌ「セザンヌ夫人とアジサイ」1885年頃
後半の作品では、オルタンスがまるで崇拝物のように扱われ、造形的な反復や、わずかに変化をつけることに焦点をあてていることが判ります。
オルタンスに対する親しみが、セザンヌに新たな構図と色のニュアンスの探求を可能にしたのです。
ふたりの関係が一般的なものでなかったとしても、彼らの間には強烈なエネルギーがありました。
その力がセザンヌの作品に、さらなる高みをもたらしたといえるでしょう。



