d48s これは禁忌の書である。

前回紹介した「日本怪奇小説傑作集1」 に収録されている村上槐多「悪魔の舌」

見たことも聞いた事もない作家だなあ。

まず初めに、冒頭の紹介文に興味を惹かれた。


<むらやま・かいた

明治29年から大正8年まで、24年間の短い生涯を思うがままに生きた。(略)
そのフォービズム風の熱情的な画風で天才画家の名をほしいままにしながら、放浪、デカダンス、病苦のうちに没した。(略)著者の熱狂的な性格がよく表われた怪奇小説史上の名作で、読後に強烈な残像が刻まれるような作品である。>

村山槐多は、画家や詩人としての方が有名らしいが、小説「悪魔の舌」も彼の生きざま同様、有り余る熱情がほとばしる作品になっている。


それは、こんな場面から始まる。。。

ある青年が友人・金子鋭吉からの奇妙な電報を受け取り、謎解きのような電文を頼りに出かけてみると、そこで金子は自殺していた。

ある青年と金子との出会いは変わった出会いだった。

青年は、ある魁偉な面をした巨大な唇を持った男が食事をしている様に見蕩れていた。

<すっくと立ち上がって彼は怒鳴った。

「おい君は何故そうじろじろと俺の顔ばかり見るんだい」

「うん、どうもすまなかった。」

「人にじろじろ見られるのは兎に角気持ちが善くないからな」>

こうして彼らは友達になった。


複雑な家庭環境

人目を惹く魁偉な容貌

虚弱な身体

そして、世にも恐ろしい嗜癖


ここで語られている金子鋭吉は、多分に著者・村山槐多の投影であると思われる。

そして、最後の一文が妙に白々しく哀しい。


<悪魔の顔と云うのは、おそらく詩人の幻想に過ぎまい。>



文体は全く違うものの、どこか江戸川乱歩のような不気味さを想像させる作品である。

いや、20ページにも満たない短篇小説ながら、与えられる衝撃は彼でなければ書けないものだったのかもしれない。

夭逝の狂気。
非常に惜しい才能だった。



☆☆☆☆☆
紀田 順一郎, 東 雅夫
日本怪奇小説傑作集1 b-blue

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いまや、アメブロ<本・書評・文学>部門の可愛いマスコット♪

あ、違った。(笑)

大御所「手当たり次第の本棚」 のとらさんの書評を読んで以来、夜も眠れず昼寝しながら、ずっと気になっていた本。


これは、地味ながら凄い本ですよ。


「日本怪奇小説傑作集」は、全三巻で構成されるそうですが(現在第二巻まで発売中)、第一巻がカバーするのは、明治35年から昭和10年までに発表された17篇を収蔵。


この時期は、歴史的にも文学的にも非常に密度の濃い時期でもあり、目次の錚々たる作家連を見ただけで、眩暈を起こしそうな興奮^^! 
怪奇小説ファンではなくても、いいから読みなさい!(笑)

小泉八雲、泉鏡花、夏目漱石、森鴎外、村山槐太、谷崎潤一郎、大泉黒石、芥川龍之介、内田百聞、田中貢太郎、室生犀星、岡本綺堂、江戸川乱歩、大仏次郎、川端康成、夢野久作、佐藤春夫。


美味しいワインを手にいれた時のように興奮してしまい、まずは本を撫で回し、ためつすがめつ勿体なくてなかなか読めない。(笑)

本読みにとっては、本を読むよりも、好きな本を手に入れた時の悦びに優るものはない^^;。


まず感心したのは、各作家の紹介文である。

使い古されたコマーシャル的ななおざりな紹介ではなく、紀田順一郎、東雅夫自身の言葉できちんと書かれている。

そこには、文芸作品や作家への深い愛情が感じられる。

もちろん、まえがきもあとがきも楽しく読ませていただいた。


<なお、収録作品のなかに、現在の目から見ると、穏当を欠く表現が見られるものがあるが、古典として評価されている作品であり、執筆当時の時代を反映した著者独自の世界を構築しているものとの観点から、原文のままとした。>


こういう表記は、近年、義務のように多々見られる。

では、穏当を欠いた表現がないはずの現在は、どうしてこれほど荒んでしまったのだろう。。。

世の中も、人も味気ないなあ。


というわけで、長くなりましたので、内容については、ゆっくりじっくり味わいながら書かせて頂きます^^♪


☆☆☆☆☆

紀田 順一郎, 東 雅夫
日本怪奇小説傑作集1 b-blue



関連記事:
悪魔の舌 ☆☆☆☆☆
nelson  あたくしのしうとめだす♪ は、ときどきビデオを送ってくださる。

「家族団欒の時間にこのビデオでも観てね♪」と、墨の香も残る見事な達筆でしたためられてはいるが、たぶん、 「私の可愛い息子はぐたちゃんに虐められてないやろか?((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル」という心配がミエミエである^^;。

で、今回送ってくださったビデオは、「美女ありき」

しうとめだす♪は、いくつになられても夢見る少女で、美しく華やかでロマンチック系が大好きでなのでおじゃる。
そして、お可哀想に、こういう女性に限って荒くれ息子ばかり3人いたりする。(ぐた夫は幼少の頃から宝塚歌劇団を見せられたらしい。でもよくぞ道から外れずにここまでマッチョに育ってくれました!)で、ぐたのように恐竜や怪獣やSpawn大好き人間には娘しか生まれなかったり。。。

あれ?映画の感想を書くつもりだったのに。(汗)



「美女ありき」(1940年制作)

ヴィヴィアン・リー&ローレンス・オリビエ夫妻が演じた名作です。

ストーリーはオリビエ扮する隻腕のイギリス海軍ネルソン提督と、イタリア駐在イギリス大使夫人エマ夫人(ヴィヴィアン・リー)との不倫物語なのですが、不倫というより悲恋という方がしっくりするような美しくも哀しい恋物語。


この映画が撮られた当時、ヴィヴィアン・リー&ローレンス・オリビエ夫妻は、実生活においても、W不倫の末に結ばれて、幸せの絶頂期だったとか。

さすが、ヴィヴィアン・リーは、悲恋を演じれば天下一。これほど、哀しみの似合う女優も珍しいかもしれません。


冒頭では、落ちぶれて浮浪者のようになったエマが、華やかに暮らしていた昔を回想するシーンから始まります。


美女というのは、怒ったり泣いたり不貞腐れたり、どんな表情をしても美しい。

そして、どんな格好をしていても美しいんですね!(羨)


恋物語だけではなく、当時のヨーロッパ情勢や海戦シーン(これは良かった!)を盛り込み、豪華絢爛。特にの主人公エマのゴージャスさには圧倒されます。これが純天然色(つまりカラー)だったら!とため息が出ちゃうけど、モノクロにしてこの美しさ。
「若い人にも見て欲しい」という、しうとめだす♪のお気持ちが、とてもよくわかりました!

ひとつだけ気になるのは「美女ありき」という邦題。なんだかな~。(笑)

原題の「Lady Hamilton(ハミルトン夫人)」じゃなくてもいいけど、何とかならなかったのかしらね^^;。


アイ・ヴィー・シー
美女ありき

ローレンス オリヴィエ, 小田島 雄志
一俳優の告白―ローレンス・オリヴィエ自伝


編集後記
ちなみに、ぐた夫人は、今晩、もっこりした寝巻きにぐた夫の靴下を穿いている(暖)。
ちったあ、エマを見習って、なんてこたあ思いませんわ。
美女ならともかくも。。。(号泣)
b-red

ip6

ひさびさの伊集院静である。

人がまだ、木や水や風と話ができた、

あの頃の、12人の少女の物語。

13枚の絵とファンタジックなギャラリー短編集。


画・福山小夜

というところに目を奪われた。


懐かしい。

福山小夜が描くような、

まあるくていろっぽいおんなになりたいものだ。

若い頃、本気でそう思っていた。(笑)


彼女はいま、イラストレーターではなくて、画家なんだ。

自分が大人になった分、彼女の絵も大人になった。


美しく透き通るような言葉で、綴られていく言葉。

あれ?と少し違和感を感じたのは、伊集院静の作家デビュー前の作品だったせいなのか。


大人の男と大人の女が描いた、

おとなのための絵本です。


おとなになってしまった、少女たちへ。。。


☆☆☆

伊集院 静, 福山 小夜
空の画廊 b-blue


http://blog.oricon.co.jp/guruguru/

最近、あちこちで偶然にも出くわしてしまう「メメント・モリ~死を想え」
いや、メメント・モリというよりは、藤原新也

こういう出会い方はよくある。

運命の出会い?

そんな大袈裟なものではないはずなのに。。。


実際のところ、彼の本も音楽も写真も見たことが無かった。

興味もあまり、無い。

好みでも、ない。


ところが、彼からこぼれ落ちる言葉は胸を突き刺す。

そして、どうしても心を捉えて離さない言葉ある。


<その景色を見て、私の髑髏がほほえむのを感じました。>

嵌まりたくない感性が、またひとり、ここに佇む。

藤原新也、60歳。

死を想うひと。


藤原 新也
メメント・モリ

*ごめんなさ~い! この本は読んでいません^^;。
 読んだ方はぜひ感想くださいね♪ b-blue