秋一番。

実在の人物の中で一番興味深かった男、最後の参謀・瀬島龍三氏が亡くなった。

真夏か真冬が似合う男だった。

昭和の巨星がまた消えた。

瀬島関連の本は何冊か集めてあるので、じっくり読みたい、じっくり書きたいと思っていたのに間に合わなかった。(間に合わなかったと言っても誰も困る人はいないんざますけど^^;。)

享年95歳、老衰。

過酷で濃密な人生を送ったわりには、長く充実した一生だったろうと思う。

ご冥福をお祈り申し上げます。



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沈黙のファイル ☆☆☆☆

瀬島 龍三
大東亜戦争の実相 (PHP文庫)
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91歳の人生論――「本分」を極める生き方とは?
共同通信社社会部
沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫
綱淵 昭三
瀬島龍三の魅力―ビジネス・ステーツマン (1982年)
山崎 豊子
不毛地帯 (1)




  うん、似てるっちゃあ似てる気もする。。。(投石禁止)






トップスターの死は謎に包まれた場合が多い。

また、芸能人に限っては、平均寿命も非常に短いのではないだろうか。


自殺か他殺かはたまた事故死か。

モナコ王妃、グレース・ケリーの死もまた、いまだに謎に包まれている。


今尚、セレブの代表格としての人気は衰えない。

エルメスのケリーバッグは、グレースケリーによって一躍有名になった。
その名のごとく、優雅で知的で気品に溢れたグレース・ケリー。

女優となるべく、女王となるべく生まれついたような美しさ。幸運そのもののシンデレラ。

そんな完璧に見える彼女にもたったひとつの弱点があった。

恋に弱い女。

というと聞こえはいいのだけれど、実際は、男好き、淫乱などのスキャンダルが絶えなかったという。

その噂を裏付けるように、26歳でモナコのレーニエ公と結婚するまでの恋愛遍歴は異常なほど多い。


しかし、文字通り玉の輿のその結婚も、破産寸前の小国モナコを救うための政略結婚だったとも云われている。

<モナコ大公が世継ぎを作らなかった場合、モナコはフランスに併合されるというフランスとの協定があった>

結局、中年を迎えたグレースケリーの身の上には、諸問題が山積していたことも事実。

モナコ公国の広告塔としての立場。

王妃としての義務と責任。

レーニエ公の浮気、不仲。子供たちの放蕩。実家の不幸。

そんな状況の中で、車の運転中に崖から転落して死亡してしまった悲劇の女王。


その死も、重なる家庭問題による自殺説(今でいう欝病だろうか。。。)とか、実は娘のプリンセス、ステファニーが運転していたのだとか、さまざまな憶測が飛んだけれども、真相は謎のままである。


あれほどの地位も名誉も美貌もあったグレースも、けっして幸福な人生とは言いがたかったという事実だけが残った。


ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
裏窓
かたおか みさお, 島村 洋子
まんがグリム童話 (グレース・ケリー愛されたくて)  ←これは絶対読んでみたい!
ジェームズ スパダ, 仙名 紀
グレース・ケリー―プリンセスの素顔
山崎 洋子
「伝説」になった女たち

2007-06-23 11:24:43

過去記事なので、しばらくしたら日付を戻して再公開します。


えっと、本を失くしたため 、「伝説になった女たち 」シリーズの読書感情文はここまでです。

長い間おつきあいくださいまして、ありがとうございました。

続きは、いつか同じ本をみつけたら書くつもりです^^;








樋口一葉と聞けば、即座に「にごりえ」と「たけくらべ」と出てくるのは、義務教育の詰め込み丸暗記方式による輝かしい結果だ。(笑)

五千円札を見たことがない人はめったにいないだろうけれど^^;、樋口一葉の顔と名前を知ってはいても、その作品を実際に全部読んだ人は少ないのではないかしら。
学生が必要に迫られて読まない限り、成人になってから、いそいそと本屋に出かけて、「樋口一葉の「にごりえ」下さ~い♪」とは言わないだろう。(笑)

文語体で書かれた作品は非常に読みにくいけれど、明治時代的な薫りがする文体と、流れるような文章は、古文とはまた違ったノスタルジアがある。

あたくしも学生時代に読んだけれど、内容はほとんど憶えていない^^;。
「にごりえ」は確か,、お女郎さんの話で(これって現代は差別用語とかかしら?)、最後は男の嫉妬で殺されてしまうのだけれど、暗くて哀しい世界の物語の割には、主人公のお力がとてもストイックな印象だった。

樋口一葉自身、とてもストイックな女性だった。


恋よりも生活よりも自分の才能を高めることだけに命を燃やした女。
樋口一葉と文学の師にあたる半井桃水(なからいとうすい)との実らぬ片恋は有名で、彼女の短い人生を一層物哀しく彩った。

美人薄命。

伝説になった女たちの条件として、早世も挙げられるだろう。

煌めく才能も溢れる恋情も成就させないまま、24歳の短い生涯を駆け抜けた、ひとすじの流れ星のような女性だった。





山崎 洋子
「伝説」になった女たち
樋口 一葉
にごりえ・たけくらべ
近藤 富枝, 森 まゆみ
一葉のきもの




2007-06-23 10:26:08
過去記事なので、しばらくしたら日付を戻して再公開します。





与謝野晶子というと、弟に宛てた「君死にたもうことなかれ」という反戦詩が有名だけれども、大胆で官能的な詩を詠みあげたことでも有名である。


やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き

くろ髪の千すじの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる



旧仮名つかいは読みにくいけれど、このレトロ感がなんともいえずにエロティック。
しかし、写真を見る限りでは、地味な印象の女性である。

詩人の先輩である与謝野鉄幹と不倫の末に結ばれたところは、前述の松井須磨子カミーユ・クローデル に似ている。しかし、晶子の場合は鉄幹と正式に結婚して子供を12人も産んでいる。(驚)

どちらかというと女好きで軟派な夫・鉄幹には相当苦労したに違いない。

けれども、その嫉妬の苦悩が晶子の女の情念と情熱と詩の才能を開花させたのかもしれない。

今でこそ、与謝野晶子くらいの活躍ぶりは珍しくもないけれど、明治生まれの女性として、閉ざされた社会の中で、道ならぬ恋を成就させ、5万首とも言われる詩を残し、小説や評論も書き、源氏物語の現代語訳まで出したエネルギーは凄い!

子供を12人も産みながら、夫に対して「恋」し続ける情熱は、並大抵のものではない。
お蔭で、結婚後の鉄幹は、晶子にエネルギーを吸い取られてすっかり影が薄くなってしまったかのようだが、晶子は妻としても鉄幹を懸命に立てて尽くしたらしい。

精力的な人生を送った晶子は、鉄幹の死から7年後、64歳の幸福で充実した生涯を閉じた。
「伝説になった女たち」の中では珍しく、女の人生をとことん全うした稀有な女性である。



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与謝野 晶子
乱れ髪

2007-06-21 09:31:51
過去記事なので、しばらくしたら日付を戻して再公開します。








トゥールーズ・ロートレックの絵と言えば、最近はゴッホやセザンヌなどよりも、気軽な感じで人気がありますね。

つい最近、BSでやっていた映画「赤い風車」
観た方もあるのではないでしょうか?

この作品は1952年アメリカ映画だそうです。


テレビを何気なく観ていたら、巴里の踊り子がカンカンを踊っているシーンで、内心「これはロートレックの絵のパクリやわ!」と思ったら、この映画が当の本人ロートレックの自叙伝的作品だったんですね。(笑)

この映画では、ロートレックが自分の身体障害コンプレックスのために、いつも恋を諦め、相手も自分も傷ついて、だんだん酒に溺れて、ついに若死(享年36歳)してしまう生涯を描いています。

あたくしのイメージでは、ロートレックはもっと明るく無頼なイメージだったのでちょっと残念。

それにしても、ロートレックの絵に出てくる人物にそっくりな人間たち(俳優たち)をよく集めてきたものだと感心しました。特にロートレックと踊り子の恋人マリィはそっくりです!
ただ残念なことに、マリィ役の女優にまったく魅力がありませんでした。

55年も昔の映画だから古典的で致し方ないにしろ、俳優たちの台詞まわしも、泣きたくなるような棒読み的な喋りかた。(泣) 昔はマイクの性能が悪いから、俳優たちは声を張り上げるしかなかったんですよね。
字幕ではなくて、吹き替えだったらもっと良かったと思います。
(それに戸田奈津子大先生の迷訳のおかげで、すっかり字幕トラウマになってしまったあたくし^^;)

それはともかく、この映画はロートレックの生涯を忠実に再現した作品のようで、ロートレックが数学的記憶力に優れていたこと、ムーラン・ルージュやマキシム・ド・パリはロートレックの絵のお蔭で一流店になったこと、ロートレックは、生きているうちにルーブル美術館に収蔵された初めての画家であったことなど、初めて知るエピソードが結構ありました。

そもそも、ロートレックは人間たちを人並外れて醜くことで有名で、映画の中でも、「絵を描いてあげようか」というロートレックに対して、「あんたは醜く描くから嫌だ」みたいな台詞があった気がするけど、その理由は、人間の内面をえぐり出す才能に溢れていたなんて云われてますよね。


おおお、さすがロートレック!


と今までは素直に同感していたんですけど、この映画を観てちょっと考えが変わりました。
人間の内面云々なんていうのは、後世の評論家か誰かがつけた穿った物の見方なのかもしれないと。

ロートレックの絵のモデルたちの醜さは、自分自身の身体を醜いと思っていたコンプレックスの裏返しだったのではないでしょうか。つまり、自己を投影していたか。もしくは、美しい者は描きたくなかったのかもしれないと。。。


「ぼくは都会を描く画家です」

享楽と退廃の画家といわれたトゥールーズ・ロートレック。

この映画はロートレックの光と影の哀しい影の部分を描いています。



関連記事:

ロートレック
ムーランルージュ


ファーストトレーディング
赤い風車
マティアス アルノルト, Matthias Arnold, 真野 宏子
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック