罷免という結論の相当性には疑問があるが、弾劾裁判が機能したこと自体は評価していいだろう | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

弾劾裁判を担当した国会議員の皆さん自身、ご自分たちの権限、権力の大きさに改めてビックリされている頃かも知れない。

まあ、こんなことで社会に向けての発言を躊躇するようなうぶな裁判官がいるかどうかは分からないが、弾劾裁判所の決定には不服申し立てが出来ず、罷免と決定されたら即時法曹資格を失い、裁判官としての退職金も受けられなくなる、などということを聞くと、我が国はよくぞこういう制度を導入していたものだ、と先人たちの知恵に改めて感心する。

これも3権分立の一つの姿である。

罷免された高裁判事はかなり奔放だったようで、その言動は如何にも危うかったが、さて当該高裁判事に罷免に値するほどの一見明白で疑いを入れる余地がないほどの重大な非行があったか、ということになると、どうしても意見が分かれるような部分が多かったと思う。

多分これで一件落着、ということにはならないだろう。

私は、裁判官であっても発言の自由、表現の自由は、その職に抵触しない限り認められるべきであろうという立場にある。
裁判外では一切発言してはならない、などとは思っていない。

この問題は、いずれ法曹界にとっての重大問題の一つになるような気がしてならない。