抜きがたい差別意識で史実を歪めたくない | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

関東大震災の際の流言蜚語のように、とんでもない時に潜在的な差別意識が首をもたげてきてとんでもない行動を惹起することがある。

朝鮮半島出身の人たちに対するいわれなき差別意識が社会の底辺で様々な事件を引き起こしていたのではないかと思う。
私は朝鮮半島の問題を考える時は、伊藤博文や後藤新平のことを思ってしまう。

台湾や朝鮮を日本が統治した時代に、当時の政治の中枢にいた人たちはどんな思いで統治にあたっていただろうか、ということを慮りながら、出来るだけ日本人のいい特性を描き出そうとしてつい綺麗ごとを書いてしまう。

多分、真実はもっとおどろおどろしいものだったろう。
一面的な叙述ではとても語りきれない様々な事実があったのだと思う。

戦時における慰安婦問題の項で皆さんから大変重要な指摘を沢山頂戴した。
淡々と事実を並べていけば、日本だけが一方的に非難されるべき問題ではないことが分かってくるはずだ。
もっとも、世界のどの国でも抱えている問題だと言っても、それで免責されるような問題でもない。
決して言い募り、あるいは声高に言い立てるような問題でもない。

この種の議論は苦手だから、これまではこの問題には深入りしなかった。
しかし、フリーな立場に立って見ると、本当のことは本当だと言っておかないと如何にも日本人だけが悪かった、ということになりかねない。

表現の善し悪し、発言のTPOなど色々考えなければならないが、この問題に火が付いた以上、なんとかほどほどの結論を導き出しておかなければならない。
注意しなければならないのは、この問題は極めてセンシティブな問題で、どんな取り上げ方をしても当事者を傷つけることがあるということだ。

後10年待つことだ。
70年前のことを過去の歴史として淡々と語れるようになるには、後10年は必要だ。

そして、言葉はくれぐれも選ぶべきだ。
おぞましい差別用語は、決して使わないことだ。