3か月前に女川を訪問した時は、あちこちに瓦礫の山がうず高く積まれており、まるで瓦礫の壁の中を走っているような感じだったが、この3か月余りで女川はその姿をガラッと変えていた。
女川は、復旧から復興に急速にギアチェンジしている。
町全体にそういう気が漲ってきているような印象であった。
今月27日に訪問した女川トレーラーハウス宿泊村の「エルファロ」はスペイン語で「灯」とか「灯台」という意味だそうだ。
町長、議長はじめ町議会議員の方々、さらには商工会関係者の方々が多数出席されていたから、町ぐるみで町の復興に取り掛かっておられることがよく分かる。
女川町の中心部が壊滅的な被害を受けたことは全国的に知られていると思う。
未だにコンクリート造りの4階建て、5階建ての建物が横倒しになっている様子が目の前に広がっているのだから、如何に津波被害の大きさが想像を絶するものであったか分かるというものだ。
町の中心部のすべての建物が津波で流されたり、破壊された。
そういう惨状の中で、奇跡的にこの写真にある海難遭難者慰霊塔が残ったという。
3年前に建立されたものである。
記念碑は壊れたが、慰霊塔は残った。
女川復興のシンボルになるのだと思う。
1メートル20センチ余り沈下した埠頭の岸壁近くにこの慰霊塔が建っている。
まるで女川復興の灯台のような形をしているではないか。