跳べるか跳べないか | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

ホップ、ステップ、ジャンプ、肉離れ、が民主党内閣の特徴だが、野田内閣はどうやらジャンプまで行かない雲行きである。

やはり最初のイメージが悪かった。
泥鰌を持ち出したことで野田総理のネーミングが決まってしまった。
跳べない泥鰌。
あまりにもそのものズバリだ。

まあ、自分から自分自身を的確に表現するようなキャラクターを持ち出すものではない。
野田総理を見て、野田総理が泥鰌だなどと思った人はいなかったはずだ。
泥鰌という言葉を聞いて、私は、咄嗟に鯰を思い浮かべた。
いやいやいや。泥鰌じゃなくて鯰ですよ。
そう持ち上げてみたものの、結局は泥鰌に戻ってしまう。
余りにも泥鰌のイメージが勝ち過ぎた。

今さら、いや、私は鰻の方が好きです、などと言っても遅い。
いくら焼いて団扇で煽っても、あの鰻の芳しい匂いは漂ってこない。
物が小さすぎるから割くほどの腹もない。
呑み込むにしても水っぽ過ぎて、しかも砂が混じっているような感じになる。
ちっとも美味しそうではない。

沖縄に行っても何の成果も挙げられないはずだ。
この中途半端な状態で消費税増税法案を出しても通らない。

どうせ出来ない。出来っこない、と思っているから、出来なくとも失望感はそれほど強くないだろう。
口先番長とか、言うだけ番長という綽名は嫌いなようだから野田総理は何らかの手を打つと思うが、さて、いつ、どこで、どんなことが飛び出すのだろうか。

跳べない総理が飛ぶのか。
跳べない泥鰌が跳ぶのか。

普通なら、3月は政変の時期である。