一念発起、日々新たなり、という表題で毎日ブログを綴ってきたが、今年のトリ(取り)はやはり小沢氏に務めてもらおう。
今日、古本屋で大下英治の「一を以って貫くー人間小沢一郎」(講談社文庫)を見つけた。
私の目から見える小沢一郎氏と私以外の人から見える小沢一郎氏の間にどの程度の乖離があるのか、等を客観的に知るには、こういう本がいい。
私のブログのコメント欄に、小沢一郎は革命を行おうとしているのだ、その志の高さが分からないのだ、新聞を読むな、ぐらいのことが書いてあった。
司馬遼太郎の名前を使っておられるから、小沢氏について何か特別の歴史史観の持ち主だと評価されておられるのかも知れないが、寡聞にして私は知らない。
ふーん、小沢氏はどんな革命を起こそうとしているのだろうか、と実は興味を引かれている。
小沢氏が政治改革を旗印にしていたことは知っているが、小選挙区制の導入や政権交代が可能な二大政党制の実現によってどんな社会を実現したいのか、というその先がよく分からないでいる。
吉田松陰は自分が死ぬことで人を育てた、というところがあるが、小沢氏は、今のところ誰も育てていないし、何らかの大義のために自らの命を賭したり、あるいは進んで他人のために犠牲になろうとしているようにも見えない。
私はかつて小沢氏を西郷隆盛になぞらえてみたこともあるが、小沢氏は自分が死地に入ることは嫌がる人のようだから、とても西郷と肩を並べることは出来ない。
勝でも大久保でもなさそうだ。
どうも小沢氏は革命の志士などではなさそうだ、というのが、現時点での私の感想だ。
しかし、ひょっとしたら、私の目が曇っているのかも知れない。
ひょっとしたら、私の耳が塞がっているのかも知れない。
そう思って、改めて皆さんにお伺いしたい。
小沢氏は、本当はどんな人なのか。
小沢氏が革命の志士、維新の志士であるというのなら、是非その証を立てていただきたい。
これが、皆さんへのお願いである。