昭和の日に昭和を想う | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

みどりの日よりは、はるかにいい。

今日は、昭和の日である。
昭和の日と改めてから今年で5年目にあたる。
天皇誕生日をみどりの日と改めたときは、国民の祝日が実にいい加減なものだという思いがしたが、昭和の日とすることによって少しだけ国民の祝日の意味合いが増してきた。

私は4月28日から5月5日までを日本の近代の歴史を学ぶ歴史週間にしたらいい、と提唱したことがあるが、今日が昭和の日となったことでどうやらマスコミもその気になってきたようだ。
今朝の読売と産経の社説に昭和の日の意義がきちんと説かれており、読売はこれから暫くの間昭和特集を組むそうだ。

平成の時代に生まれた人たちがもう成人に達しているのだから、昭和のことを語ろうとする私たちは如何にも懐古趣味に陥っているように思われるかも知れないが、激動の昭和を生き抜いてきた私たちは多分、今の時代よりもかなり濃い、時代の空気を吸ってきたように思う。

昭和の日は、日本の歩んできた道を振り返り、さらにこれから進むべき道を見定める大事な分岐点になる。

今日、国民の祝日に関わらず開催されている衆議院の予算員会が、どうやらその分岐点になったようだ。

菅内閣総理大臣や海江田経済産業大臣の答弁は、いかにも無難な答弁に終始し、政府として守りに入っていることが明らかだった。
すべては霞が関の官僚の振り付け通り。この日本の危機をどのようにして乗り越えていくかという、ビジョンなり政治家の覚悟が殆ど窺えなかった。
一方の石破氏には、国としてのあるべき姿を切々と訴える、政治指導者・国家指導者の趣が自然と滲み出ていたように思う。

変化の兆しが今日の予算委員会の質疑に端的に顕われた、と言ったら言い過ぎだろうか。