際どい、本当の話をしている | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

お休みされていた方が目を醒まされたようだ。

しかしまだ、目を覚ます、までには至っていない。


際どい表現で小沢氏の強制起訴の議決についての問題の所在を示したら、早速反応が返ってきた。


検察審査会の起訴相当の再議決などそっちのけでの、批判である。

漠然とした表現で自浄努力を民主党の関係者に求めたのに、末端におられる小沢氏の支持者の方々はすぐ過剰反応して、批判者攻撃だけに終始してしまう。


これでは進歩がない。


よくよく読めば、小沢氏側としてどう対処すればいいのか、本当の争点はどうなるのか、ということについての私のヒントが読み取れるはずなのに、裏読みも斜め読みも出来ない一本気の方なのだろう。

こういう人が表面的な字面に拘泥して、延々と持論を展開し、まさにこれから議論を深めるべき大事な議論の論点を逸らしたり、拡散させたりしてしまう。


折角大事な問題点を指摘された新しい読者の方がおられるのだから、しばらくの間はその方の疑問にとことんお付き合いしておいた方が有益なはずだが、非難中傷の数が多ければ多いほど相手の言論をねじ伏せることが出来る、と錯覚して、一人で多数回のコメント投稿をされる。

ああ、お止めになったらいいのになあ。

そう思って、その方のコメントを削除したうえ、コメント公開承認制に戻しておく。


現時点で小沢氏の問題について一番批判的な立場から記事を書いているのは私だと思うので、当然小沢氏の信者の皆さんは私のブログなど目にしたくないはずである。

それなら見るのをお止めになればいいのに、つい見てしまう、ということか。

嫌い嫌いも好きの内、と言うから、私にはありがたいことだが、余計な茶々が入って議論が散漫になるのは面白くない。


私にも、時間があるようでいて、段々時間が無くなっていくのが分かる。

限られた時間を有効に使いたいと思う。

私も、日本も。