千葉法務大臣は辞任の申し出をすべきではないか | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

法務大臣を民間人の中から選任することは、いいことである。


法曹としての見識が高く、不偏不党の立場を貫いて司法行政の推進を図れる人物。

しかも、いずれ立法府において検討されるべき司法、法務の諸課題について先見性を持って必要な調査研究を事務当局に指示し、かつこれを実質的に主導できる人物。


こういう人物を民間の有識者のなかから選出できるのであれば、私を民間人を法務大臣に選任させてもいいと思っている。


司法法務行政を政治主導で、などと声高に言えば、司法の政治的中立性が侵される結果にもなり、司法法務行政に対する信頼性が大きく損なわれる虞もある。

法の執行は、そもそも厳正中立、公平公正無私でなければならない。


そういう意味では、中途半端な政治家がたいした心構えも、事前の準備も無く、いわば当選回数ごとの回り持ち、あるいは本人の人物識見とはかかわりがない、単なるあてがいの職のようにして司法法務行政のトップにつくことには、私は反対である。

そういう人は、どこの省庁でもトップには相応しくない。


千葉法務大臣は、民主党の参議院議員の中で司法法務行政の長に相応しい適格性を有する法曹有資格者として法務大臣に選任された。

選任された時点では、まさに適格だったと私も思っている。

しかし、参議院議員としての任期を終えられた現時点においても同じように言えるか、と言うと、私はノーと言わざるを得ない。


参議院議員だったから適格とされたので、参議院議員のバッジを外してただの法曹の一人として見れば、そう特別の人材ではない。

むしろ疑問符が付くところが多い。

死刑廃止論者だと思われるが、現行法制の下で法務大臣が確定死刑囚の死刑執行を自分個人の信条で先送りしたり、阻止したりしていたのでは、法務大臣としての職責の放棄であり、法務大臣が自ら法秩序を乱していると言わざるを得ない。


法秩序を自ら率先して乱すような民間人を菅総理があえて選任するか、と聞けば、おそらく菅総理であっても躊躇するのではなかろうか。

私は、この際、けじめをつけるためにも千葉法務大臣は、法務大臣の辞任を表明されるのがいいと思う。

法や法の執行ということに対して私たちはもっと謙虚でなければならないと思うが、如何か。


民主党のためにも、千葉法務大臣はこの際辞任を表明されるべきである。