これからの規制改革の方向性 | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

今朝の私のブログでの問題提起をきっかけに、規制の緩和と規制の強化の双方について皆さんの意見交換が進むことを期待していたが、今の様子では福祉の問題、社会保障サービスの方に議論が移りそうだ。

これでは、皆さんで議論を煮詰めていただきたいテーマが後ろに隠れてしまう。


曖昧な設問は、議論を拡散するだけ。

そう反省している。

あらためて問題提起をやり直しておく。


これからの規制改革は、どうあるべきか。

どんなことについて規制改革をすべきか。

規制改革の理念をどこに求めるか。

規制改革の司令塔をどこに求めるか。


そんなことについて皆さんのご意見が欲しい。


規制改革会議が、あらゆる行政について規制改革の観点から見直しの必要を訴えてきた。

構造改革特区、市場化テスト、官民共同入札などなど様々な新しい考え方を取り入れて、行政改革推進の起爆剤となってきた。

事業仕分け、などという考え方もその延長上にある。


私は、基本的にこれらの手法すべてを肯定的に捉えている。


地方分権や道州制、国会議員の定数削減、公務員制度改革もその延長上にある。


私の関心は、行政の肥大化をどうやって防ぐか、にある。


小さな政府、と一口に言う。

しかし、現実には国民は、多くの場合大きな政府を望んでいる。

行政がすべての責任を負うべきだ。

そんな主張が罷り通っている。

主張するのはいいが、しかし、果たして行政はこういった要請に対応できるのだろうか。


そのためのコストはどの程度なのか。

その財源はどうやって調達するのか。

具体的にその仕事は誰が担うのか。

その人材はどこで養成するのか。


こういったことを詰めて考える必要がある。

規制の強化を求める人は、規制強化の実効性をどうやって担保するかについて余り考えておらず、単純に既成の類似制度の類推で物を考えがち。

過剰規制になったり、知り抜けになったり、時には恣意的な運用が可能な制度になったり、と案外問題点が多い。

規制の緩和を求める人は、規制緩和の悪影響については殆ど頭が回らず、一部利益の代弁者で終わっていることも多い。


規制改革は規制緩和ではなく、規制の適正化のはずだが、論者によって受け止め方がまちまちだ。

衆議院選挙が終われば、規制改革のあり方についての議論を一からやり直さなければならなくだろう。

ついては、今のうちから皆さんで問題を掘り下げておいていただきたい。


新政権のスタート時の混乱は、出来るだけ小さく、かつ速やかに解消する必要があるからだ。