フェニックスたち | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

内柴に続いて北島康介選手が金メダルに輝いた。


4年前のアテネで金メダルを取って頂点に立った選手が、その後しばらく勝てなくなった。

内柴選手はアテネオリンピックの後は負けてばかりだったという。

北島選手はアテネで2冠に輝いた後は虚脱感に苦しみ、体調を崩してライバルのハンセン選手に連戦連敗だったという。

その二人が見事に復活を果たしたのである。


これこそが、フェニックス=不死鳥である。


安倍前総理は、昨年の参議院選挙の大敗の後、懸命に自民党の復活を目指して悪戦苦闘したが、結局体調を崩し、退陣に追い込まれた。

その後を受けて登場したのが、現在の福田総理である。


私は、福田総理がフェニックスになるのではないか、と密かに思っている。


誰もが復活を信じないときに、復活への道筋を作ったのは、内柴選手の場合は、「勝ってくるといっておきながら負け続けた。ウソつきおやじになりたくない。」「頑張っている姿を息子に見てもらおう。」との父親としての思いだったようだ。


北島選手の場合は、「前向きに考えよう。チャレンジしていこう。」

そういう思いだったようである。

北島選手は、アテネ以降オフには水泳教室を開き、子供に頑張る大切さを伝えていたようだ。

「世界で戦うためには、泳ぐだけではだめ。子供から応援されると、頑張らなければ、となる。」


子供達に自分の頑張っている姿を見せよう、という親としての思い。

子供達に頑張ることの大切さを伝えようとする思い。

そして、子供達の応援。

こういったものが、偉大な選手達を復活させる原動力になったようだ。


福田総理は、危機的な状況にある日本の舵取りの手をどうにか離さないで、ようやく今日を迎えた。

しかし、福田内閣は、依然として崖っぷち内閣、背水の陣内閣である。

こんな厳しい局面で、自民党の立て直しや日本の再生などという難しい問題を引き受けるのは遠慮したいところだ。

それを福田総理は泰然として引き受け、淡々とこなしてきた。

どんなに腐されても、挫けない。

支持率がどんなに下がろうとも、一喜一憂しない。


マスコミは、なぜその理由を探ろうとしないのかしら。


福田総理は、史上最低の支持率、参議院選挙敗北必至と言われ、一部では、自民党消滅の危機を迎えているとまで囁かれていた森内閣で官房長官を務めていた。

福田総理が内閣の支持率に一喜一憂しないのは、森内閣から小泉内閣への移行の舞台回しを務め、奇跡の自民党復活劇を演出した張本人の一人だから。

私はそう見ている。


小泉純一郎という天才かつ奇人と言われる政治家を表舞台に引っ張り出し、森内閣に続いて小泉内閣の官房長官を務めた。

森総理と小泉総理では政治家のタイプが180度異なる。

そのいずれの内閣でも、要役の官房長官が務まるのが福田総理である。


支持率が1桁台の森内閣と、80パーセントを超える支持率を獲得した小泉内閣。

その二つの内閣の官房長官だった。

福田総理が内閣の支持率の変動などに動じないのは、自ら自民党の危機を突破してきたからであろう。

私はそう思っている。


福田総理の長男の方が勤務されていた会社を辞められて、福田事務所の秘書になられたと聞く。

いよいよ正念場を迎える福田総理にとって、これほど心強い応援はないはずだ。


「頑張ることの大切さを伝えたい。」

フェニックスを生み出すのは、そういう熱い思いである。