『MEMORIES 福臨門酒家』 | グルヒロのすすめ

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グルヒロのひとりごと

MEMORIES 福臨門酒家』

1973年に『ヌーヴェル・キュイジーヌ(新しい料理)』という言葉がフランスの月刊誌『ゴー・ミヨ』で初めて使われた。「火の入れ加減は浅く、調理の時間を短縮、新鮮な材料を使い、ソースや多量の香料でごまかさない、冷蔵の材料には細心の注意を、いつまでも新鮮ではない、ぜい肉の基になる重いソースは止める、最新の技術を取り入れる、飾り過ぎてはいけない、メニューは簡素に、オリジナルな料理方法を発明せよ」

この新しく掲げたひとつの傾向は、もちろんフランス料理について述べたことであるが、時を刻むごとにフランス料理だけに留まることはなく、それは世界中を駆け巡り、やがて我が日本料理に至るまで幅広く浸透して、「ヌーヴェル・キュイジーヌ」は、次世代の「モダン料理」にまで発展していく。

中国料理も例外ではない。バブル経済が終焉を迎える1989年に香港の名店『福臨門酒家』が東京銀座6丁目に開店をした。化学調味料に頼っていた味の時代から広東料理の伝統を守りながら素材は新鮮であり高価であっても本物志向で挑んだ。

『福臨門酒家』が特にこだわったのは料理の基本となる上湯・ショントン(出汁)である。その香りと甘み(旨み)は最上(高価)の素材から作られたものだ。そして料理人である。つまり素材と出汁と料理人が揃って『福臨門酒家』の料理が作られた。

1991年3月31日、銀座店に出かけた。目的は午後の飲茶である。中国茶を飲みながら、とりどりの点心をゆっくりと時間をかけて味わった。グルヒロが感激した料理のひとつが「フカヒレ入りのスープ餃子(魚翅灌湯鮫)」であった。スープといえど最上級の出汁で味わうカップの中に解した貝柱、その下に存在感のある餃子がひとつ。その餃子を味わった瞬間にフカヒレ繊維の存在が口の中に広がり喉を通過した。あらためて中身のフカヒレを確認すると、まるで春雨のような太さである。これまでのフカヒレといえばソーメンくらいの細さしか記憶にないグルヒロにとって衝撃的な体験であった。他に海老と野菜のギョーザ、えび入りもち米の揚げギョウザ、肉の湯葉包み牡蠣ソース煮、大根もち、ちまき、チャーシュー入りまんじゅうなどをお茶と共に味わい、最後はごま揚げ団子で閉めた。

それから『福臨門酒家』銀座店に出かけることが人生の楽園になって行く。飲茶で数種類楽しんだ後にその日によって主菜かそば、炒飯をいただいた。主菜では出かけるたびに何度かリピートをした「金鶏のカラ揚げ(脆皮炸子鶏)」は、鶏丸一羽のカラ揚げである。外の皮はパリパリという表現がぴったりの香ばしい歯ざわりで、中の肉は程よい柔らかさと旨味である肉汁を保ち、味付けの塩が甘く感じる逸品であった。以前に香港の中国料理店で食べた鳩のカラ揚げに感動して、長い間探し求めていた恋人に巡り合ったような思いだった。それからこれも凄いという表現が当てはまる「鶏肉と柱の炒飯あわびの汁入り」である。『福臨門酒家』でもし夢が叶うなら「極上干しアワビの蒸し煮」や「極上フカヒレの姿煮」、「キヌガサダケのツバメの巣詰め」を心ゆくまで味わうことであった。しかし、しかし・・・そうしたグルヒロにとっては踏み入れたくても踏み込めないような中で、もがき苦しみメニューから発見したひとつが「鶏肉と柱の炒飯あわびの汁入り」であった。あわびの汁入り?それは名前の通り、あわびの汁入りでイタリア風に言えばあわびの汁入りリゾットとでも言えばいいのか、もしかすると単品の「極上干しアワビの蒸し煮」よりもあわびの汁が米に溶けこんだ炒飯のほうが、しみじみさがあったのではないかと思う。別品にビーフンのあわびの汁入りもあった。また比較的廉価なホタテ貝とエノキの煮込みそばも同レベルの美味しさがあった。

『福臨門酒家』を超える料理が出せる店は存在するのか、を考えると行きつくところ本店に行くしかない結論を出した。うまいものとはある意味では恐ろしいことでもある(個人の意見)。それでとりあえず1995年6月26日、銀座店に出かけて支配人に香港九龍店の予約席を取ってもらった。香港には香港店と九龍店の2件が存在した。グルヒロがなぜ九龍店を選んだかは、周りの自称『福臨門酒家』通のような人に香港に行くなら九龍店だと言われ、銀座店のマネージャーからも九龍店をお勧めいたします。とまで言われたからには九龍店しかないのか、と思ったからである。でもグルヒロはもう一軒の香港店にも興味があり予約をいれた。さらに出かける8月13日の直前にも銀座店に出かけて九龍店の再確認をしてもらった。その日に食べた貝柱ときの子、魚の浮袋のとろみスープ、骨付き豚バラ肉のから揚げ、麻婆豆腐、ハムユイ(魚を半発酵して乾燥させた発酵食品)炒飯、デザートにアーモンド風味の白玉入りスープをいただいた。どの料理も旨みが凝縮していた。

一日置いた8月15日、念願の『福臨門酒家』九龍店に出かけた。華やかで活気あふれるKimberley Road(金巴利道)に店はそびえ立っていた。予約したグルヒロだとマネージャーらしき男に伝え席に案内された。さすがに日本人らしき客が多く、店内は満席ではあるが客層レベルが低い感じがした。マネージャーはグルヒロに向かって「今日は一つ私にお任せください」というのでそこまで自信があるならと思い任せた。メニューを聞いているとお勧めはすべて高価な品ばかりである。

まあ、せっかく遠くまでやって来たことだし、旨いなら目をつぶって味わうことにしよう、と思った。初めの品が「茹で塩海老」、量は多いけれど素材が古く匂いが立っている。「紅焼頂裙翅(極上フカヒレの姿煮)」コクの無いスープに下拵えも雑で白く濁ったスープ、「金鶏のカラ揚げ(脆皮炸子鶏)」古い鶏肉で水っぽく油切れも悪い。「キヌガサダケのツバメの巣詰め(竹笙釀官燕)」においても下処理が最悪だ!

他人は信用できないことをつくづく実感した。

一日開けて個人的に予約を入れた香港店に出かける。香港店はその名の通り香港島にあって、こちらは九龍とは対照的に質素な雰囲気がただようJohnston Road(荘士敦道)にひっそりとある。店内は古い建物ではあるが清潔感があった。店内は空席が目立つが、それだけで少なくとも九龍店よりもまともな感じがした。女性のマネージャーがやって来て店のおすすめを選んでくれた。九龍店のように高価な品ではなく、今食べ時の料理を紹介してくれた。とは言っても同じ『福臨門酒家』の系列であるから料理名は同じである。「紅焼頂裙翅(極上フカヒレの姿煮)」には、もやしと黄ニラが添えてある、上品な仕上がり。「鳩の香揚げ」いつも食べている鶏が鳩に変わっただけではあるが、鳩特有の香りにコクがあって皮はパリパリ、中の肉はジューシーである。塩味のさっぱりとした「青菜とふくろ茸の炒め物」、マネージャー推薦の今の季節だからという「黄蟹のボイル」は推薦の如く甘みたっぷりで美味しい。仕上げに「ハムユイ炒飯」とデザートにマンゴープリンをいただいた。ミシュラン方式なら九龍店は★でこちらの香港店は★★というところ、じゃあ銀座店はと聞かれると★★★であった。香港では『福臨門酒家』よりもレベルの高い店が他にもあることを発見した旅であった。

できることならもう一度と願うけれど、だいたい『福臨門酒家』銀座店の上湯と互角に戦える料理を出せる店ってあるのだろうか。グルヒロはいい時代を体験出来て幸せだったと思う。