『MEMORIES 野田岩(東麻布)』 | グルヒロのすすめ

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MEMORIES 野田岩(東麻布)』

山本益博さんが1982年に上梓した「東京 味のグランプリ 200」は、日本で初めて★印ミシュラン方式で、すし、そば、てんぷら、うなぎ、洋食、ラーメンを味のランキング200店を選出した。意外と知らない、興味のない人が多いけれど、日本に於ける食の文化を大きく変えるきっかけを作った本でもあると思う。しかし山本さんは「欠点も取り上げて評価することは、この先の自分にとっても決していいことではなかったですよね」とグルヒロに語ったことがあった。辛口で評価したからこそ「山本益博」という名前が誕生したのだが。しかし、今では真っ当な辛口評論をする人が少ないため、単なる普通の味の店がテレビや雑誌に取り上げられて満席状態になり、常連客に取って代わった外国人を含む新客がめっちゃ美味しい!を連発し完食する😜。

さて、その本の中で「うなぎ」編に★★の評価(最高位は★★★)で『野田岩』が登場する。

山本さん評価の一部をここで抜書きすると“鰻重を注文してその間になに気なく箸袋を見る。「天然鰻のお吸物のきも、またはきも焼に釣針が入っていることがありますのでお気をつけ下さいませ」。いまや天然物はシーズンが限られているのだから、そのシーズンにそのうなぎを注文した客に言えばいいことでこれは嫌味である。”もちろんこの件だけで山本さんは店を評価しているのではない。“本店の仕事は丁寧であり、蒲焼の焼きの仕事は悪くないが、串をぬいたあとの身の崩れが蒲焼をもうひとつ美しいものにしていない。”等々、続くけれど最後に、”客からの注文に応えるだけの実力を持つ店だからこそ記した”と締める。

読者がどのようにとろうと自身の生活にはそれほどの影響を及ぼすとは考え付かないが、箸袋についてのひとことは店側にしてみれば一大事であったに違いない。

後に野田岩のご主人(金本兼次郎さん)が山本さんと連絡をとって、ご両人は得心するまで語り合ったとも山本さんからお話しを伺った。そのとき山本さんがそれまでの鰻蒲焼人生体験で最も感動したのが、野田岩のご主人自らが焼いた天然鰻の鰻蒲であったそうだ。

以前にも書いたけれどグルヒロは1991年5月15日に京都のレストランで山本さんと出会った。その日から山本さんと意気投合して日々、食べ歩いた。同年9月にグルヒロは欧州食べ歩き旅行を山本さんの後ろ盾もあって決行できた。その旅行でスイスのローザンヌ北西部の郊外にあるクリシエ(Crissier)、当時スイスで初めてミシュランの三ツ星を獲得したレストラン『ジラルデ(Girardet)』(三国清三さんも修行をした)で会食をすることになった。ローザンヌ駅でグルヒロ夫婦は山本さんと落ち合い、そのときに山本さんと同行してきた人が、料理研究家の上野万梨子さんと野田岩ご主人の娘さんであった。野田岩さんとはそれ以来のお付き合いになるけれど、欧州帰国後に山本さんが是非とも『野田岩』に出かけましょう!と言うことで、それまでの『野田岩』鰻しか知らないグルヒロはさほど期待もせずに出かけることになった。その夜はこれまで一般客で食事をしていた1階のテーブル席ではなく、2階の客室に呼ばれた。はじめに野田岩のご主人が顔を出して「本日は私が焼かせていただきます」とおっしゃった。お通しに品書きには無い「肝焼き」、天然鰻の「白焼き」、最後に小ぶりの天然鰻を並べて焼いた「いかだ」が登場した。天然鰻の食べごろは春と秋の二通りがあり、この日を境にグルヒロは初めてその旬にのみ賞味できる衝撃的な天然鰻の違いを知ることになる。

グルヒロは小学生の低学年時、広島市内の牛田という町に住んだ。家の近所には広島県西部から広島湾に注ぐ太田川という一級河川が流れている。その河口に出かけると毎年数多くの糸鰻と呼ばれる、糸のように細く小さな稚魚が上流を目指してやって来る。河口の石を取り外すと石の下には15~20センチ弱の鰻が潜んでいた。鰻を食べることに全く興味が無かったグルヒロで、捕獲後は自宅に持ち帰り水槽で飼育していた。今では環境が進んで河原に出かけて糸鰻が登ってくることはないのかもしれない。広島市内といっても強調するほどの田舎ではなかったと思うけれど近所には田んぼがあり、蛙が鳴き、川には天然のハヤやウグイ、山手に行けばイモリ、オタマジャクシやウシガエルなど、行くべき場所に出かければいつでも彼らと出会えた。

それから数十年が過ぎて『野田岩』で天然鰻に出会い、こだわり、賞味するなど果たして想像などしただろうか。野田岩のご主人によると関東の鰻の名産地は利根川の海水と淡水が入り混じる銚子河口、松岸あたりで特に川口より川上へ23里(約90Km)の「シモの鰻」と称する鰻が最上といわれるそうだが、近年では鰻の数も減少し、なによりも鰻を獲る職人が数少ないとも聞いた。

少し寄り道をしたけれど結論から言うと天然鰻を魚のブリに例えると、春は余分な脂を取り除いたあっさりとした味わいで、秋の天然鰻は脂がのって寒ブリのような濃い味わい。つまり2種類の異なった鰻で、ましてや養殖鰻と天然鰻では全く味わいが異なる別ものである。

天然鰻は別物として一般的に普段食べている鰻は養殖物と言われるけれどその中でも国産物は数少なくなり外国産も多いといわれる。この店は国産鰻と思い込んで食べた鰻は外国産鰻だったのかも知れない。今やグルメブームに乗って老舗の店や有名店では常に長蛇の列、中には観光バスがやって来る店まで存在する。

地方で生活されている方からみれば、鰻なんて天然が当たり前だろ、と言われても仕方がない話だけれど。

それでこれから話すことは養殖鰻の話である。「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」といわれてきた鰻の業界がいま大きく変わろうとしている❔ 本当だろうか❔ 熟練の職人は要らず、アルバイトやパートだけで店舗が運営できる鰻重専門店「鰻の成瀬」が出現した。価格は一般的な鰻店舗の半額、アジア圏で養殖されている二ホンウナギを安く仕入れて、注文が入ってボタン一つで鰻を焼くだけで美味しい鰻が出来る機械を導入したそうだ。近い将来は100店舗を達成して、うなぎ業界で世界一のチェーンを目指すという。そんなわけで次回は「鰻の成瀬」に出かけてその感想を述べたいと思う。