市との会話記録 | 約束の場所

約束の場所

生まれつきの視える人



昨夜から今朝にかけて
市との会話の記録





母様、まこと面白き白装束でございますなぁ(笑いながら)神おろしは、現世ではそのような衣を纏われるのでございますね。

(いや違うけど……まぁいっか……記憶の回復はどう??)

記憶?えぇ……ある程度の事なら。

めまぐるしい時の流れの中で、色々をわかってきたつもりにございます。この世の理(ことわり)も、ある程度なら、理解は出来ているつもりでございます。

(そっか……じゃあ色々教えて欲しいかな。私が忘れちゃってる事)

はい……
母様と初めて会ったのは、鳳来寺でございました。
あの寺は少し変わっていて、よく秘密裏に武家の子供達が、隠され預けられた寺でございました。

母様がそこは一番おわかりでありましょう?
そう、あの山には天狗が沢山おりましたから。
こぞって、連れていったのでございます。

(そんなあちこちから集まっていたら、素性がバレたりした時に色々弊害が生まれそうだけど、まぁ暗黙のルールがあったんかな……じゃあ、あとは……私との出会いは?)

母様と私は、不思議なものが視える目を持っておりました。だから、鳳来寺で、出会った瞬間にお互いの事に気づいたのです。

生まれ変わる前は、親子であった事を。
母様と私は、浅井の人間であったのだと、そうお互いの記憶の持ち寄りでわかっていきました。

辻褄が合う度に、これは、御仏の導きにほかならぬと、ふたりで手を合わせたものでございます。

私は、だから母様の事は母様と呼ぶようになったのです。育ててもらったわけでもありませぬ。生みの親でもありませぬ。
でも、生まれ変わる前の母様だった母様は、私にとってたった一人の母上でありました。

生母は、帰蝶(濃姫)だったと兄上(信長)から聞きました。私を産んで暫くして亡くなったと。
とても、私と似ている方だったらしく、いつも見間違えると、そう兄上は申しておりました。

預けられたのは、当時、兄上が家督を継ぐ頃の、色々と波乱のあった頃で、暗殺を防ぐ為だったと聞きましたが、それが本当の理由だったのかは私にはわかりませぬ。。ただ、政略結婚の道具として、だったとは思うております。

兄上からひどい仕打ちを受けた事はありませぬ。
寧ろ、いつも良くしてもらった記憶しかございませぬ。気性は確かに荒く、好き嫌いの激しい方ではございましたが……私には優しい兄上であり、長政様の事もかなり認めておられました。

あの時代では仕方がない事ではございますが、敵味方となった事は仕方がないとしても、織田の血が流れている事に、私は今も尚、誇りに思うております。

話が反れてしまいました……

月日が流れ、私も鳳来寺より織田に戻る事となったのですが……私のこの人とは違う癖が、生活の中で露見していく様になりました。

侍女達は気味悪がり、家臣の数人の耳にも入り、色々と噂話が立ったようでした。

ただ、兄上は逆に風変わりな色々を好む方でしたので、逆に喜び、浅井家への輿入れの画策をしはじめたのです。

浅井家に嫁ぎ、長政様は私をとても大事にして下さいました。小谷城から竹生島をいつも眺め、手を合わせ泰平の世になる事を、いつも祈っておりました。


普段、戦がない時は麓の屋敷で過ごしていて、その傍に徳昌寺があり、私はよくそこで仏様とお話をしておりました。

その頃になると、その癖を隠しながら過ごしておりましたので、浅井で変な噂が立つ事もなかったのですが、それはとても窮屈な心持ちではございました。

そんな折、お忍びで母様が私の元へ訪ねてきて下さいました。私はとても嬉しくて、本来の自分に戻り沢山積もる話を致しました。


その時に、母様からいくつかの夢見の話を伝えられました。今思えば、私の未来の身に起こる事に気付かれた母様が、危険を省みず直接伝えに来てくれたのだと、そう思うております。

その時に、母様は亡くなっても必ずすぐに生まれ変わり、会いに行くからと、私を必ず見つけると、そう約束をして下さいました。

母様が亡くなられたと聞いたのは、それから暫くのちの事でした。
その頃、私のお腹にはややがいて、母様がこのお腹のややとして生まれ変わってくれたらと思いましたが、それは違うというのは、私のこの風変わりな癖でわかりました。

茶々、初、江を産み、この戦乱の世の中で、私はいつも母として幸せに暮らしておりました。
浅井の為に、この娘達を守る為に、ただその為だけに。それは、私が小さい頃に得られなかった家族の絆で、失いたくない宝にございました。

小谷城が落ちて、兄上に長政様は、私と娘達を守って欲しいと伝えられ、兄上もそれを望まれたので、私達は織田に戻る事になりました。

私は、長政様と共に自害する事を望みましたが、長政様は生きて、浅井の血を絶やさないでほしいと、そう私に懇願されました。
私が必ずや、娘達を守ると、浅井の血を後世に残してみせますると、そうハラハラと涙を流しながら伝えていると、気付けば茶々が毅然とした立ち姿で、無言で傍に立っておりました。

娘達が城を脱出し、私も城を出る事になりました。
私を迎えに来たのは勝家でした。
勝家は、私の癖の事をとても気味悪がっていたのは、その昔感じておりました。

「こちらです」と、後をついて行くと、そこは鍛冶をする場所、普段は職人が槍等を作っている場所でございました。

職人もいないその部屋には、鉄を溶かす為の釜があり、その中には燃え盛る炎がありました。

その瞬間、母様から教えられた夢見の話を思い出しました。その夢見は私が燃え盛る炎に包まれるというものでした。
なので、私はてっきり落城の際に燃え盛る炎の中で亡くなるのかもしれないと、それは回避しなければと、道を選択してきたつもりでございました。

長政様からの、織田へ戻りなさいという命も、そこで駄々をこねなかったのは、母様からの忠告を無視し、自分のみならず娘たちの命も無駄にしてはいけないと、そう考えた事も一因にございました。

なので、
目の前のこの鍛冶の炎を見た瞬間、全てを悟りました。
私のこの癖は、家臣達はやはり気味が悪いのだと。それは邪魔な代物なのだと。

今から私はここで、殺されるのだと。




必ず、浅井の血を絶やしはしない。

燃え盛る炎の中で、私はそう心に誓ったのです。