就職氷河期、心身障害者ですが伝えたいこと、言いたいこと、雑学的なものも -7ページ目

就職氷河期、心身障害者ですが伝えたいこと、言いたいこと、雑学的なものも

専門学校卒、就職氷河期で初就職に失敗、
現在「双極性障害Ⅱ型」「心臓機能障害」を抱えつつ、
心身障害者。その立場から世の中に伝えたいことを中心に書きます。不定期です。

ブログ久しぶりに投稿します。

読みにくい部分などありましたらゴメンナサイ。

 

(前説)

今回のテーマ「車同士の事故にあった、精神手帳持ってる僕のメンタルへの警察、保険会社の心のケアは?」

について書きたいと思います。

まだ世間的に「障がい者」に対する対応が遅れてると思い書く事にしました。

 

車の普通免許を所持して10数年、ベテランドライバーと言われる年齢でもあります。

ただ免許所持して長い間、自家用車を通勤や買い物で利用してると、事故の経験も何回かありました。

 

そこで車同士の事故に関する、心のケアについて書きたいと思います。

 

僕は精神障害(いわゆる躁うつ病)の2j級の精神障害者手帳、去年心臓のオペ、人工弁と人工血管のオペをして身体障害者1級の手帳を持ってます、車には障害者マークのステッカーを貼ってます。

ただ車を改造しているわけではないので、運転免許証には限定などの記入はされてません。

 

 

(本題)前おきが長くなりましたが、本題に入ります。

これは僕の経験談や知人から聞いた話を元に構成してます。

 

 

車同士の事故の加害、被害にあった場合の警察、車の保険会社の対応については、経験された方はわかると思いますので、後書きとして書きます。

 

 

事故が起きて、110番して警察を呼び、到着したら免許証、車検証、自賠責保険、任意保険の内容、事故の状況について事情聴取されます。任意保険の会社にも連絡します、保険会社からも怪我や事故の状況は聞かれます。

大雑把に書けばこんなとこかも知れません。

 

警察、保険会社に連絡して警察が来ても事務的なものです。

身体的な怪我が一番重要なポイントかもしれません。

 

ただ心のケアはしてくれません。

警察にも保険会社にも。

警察は直接、現場に来てくれます。

保険会社の人とは直接会うことはありませんでした。

電話と書面によるやりとりだけです。自動車保険のCMのように現場に担当者が来てくれるという場合は、ある中古車販売店の人に聞いたら、ああいうのオプションで、ほぼ先ほど書いたように、電話と書面のやり取りだけで終わると聞きました。

 

健常者の方ならまた別の心の状態になると思いますが、病状によると思いますが、精神障害者の手帳を持ってる状態の人にとってはメンタルの回復は、事故があった瞬間からパニックになる場合もあります。僕もパニックに成りかけました、また一人暮らし。幸い頼れる人は親、

 

また心療内科に通院してて、そこの担当の先生、相談支援員、週2回、訪問看護に来てくださってる方に支えてもらってるので少し守られてる環境ではあるかも知れません。

 

ただ、僕のような支えてくれる方があまりいないような方の場合、心のケアをしてくれる人がいないと、心のケア、不安定は大変だと思います。

 

まだまだ世間的、一般的というか、まだまだ障がい者の

対するケア、理解、認知に対する動きが、やっと始まったばかりのような気もします。

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

ご意見などありましたら、お待ちしてます。

この内容の訂正もさせて頂きます。

編集途中ですが、アップします。

早くアップしなきゃと思って書き始めて2ヶ月、

近いうちに編集し直すのでざっくり読んでいただけるといいです、

 

このページに来てくださってありがとうございます。

 

毎回ですが、誤字脱字、読みにくかったらごめんなさい。

 

タイトル「2代目ワンコの49日が過ぎて

 

ということで今回は書きたいと思います。

なかなかまとまらなかったけど今日まとめ書き終えます。読みにくかったらすいません。

 

少しだけ気持ちが冷静になってきたけどまだまだだまだショボーン

でも書き残しておかなきゃと思って時間はかかったけど書きますね。

 

ワンコの名前は「みるきぃ」2代目ワンコ2代目。

トイプードルとマルチーズのミックスの男の子。誕生日はこどもの日。


2019年4月1日エイプリルフールという日に病死ということで亡くなりました、享年8年と11ヶ月。あと1ヶ月で9歳の誕生日を迎える前でした。亡くなった病名は:僧坊弁不全閉鎖症、

 

病気発覚後は、こんな寝込んでしまったり、散歩いけたりと波があった。

実家には父しかいなく、僕のほうは別居、


その日の夕方から21時までの2時間ほどSHOWROOMで22回目の料理配信をしてました。

配信を終え料理の写真を撮り、後片付けしながら料理を食べながらほっとしていました。

21時20分頃、実家に一人で住んでる父親から、スマホに電話がかかってきました。父はネットをしてないので音声通話のみ。

普段の父は、21時は父親がワンコと寝る準備してるころ。

なのでこの時間には父から電話がなることはほぼありません。なので僕のスマホに父のガラケーからの着信で、SR終えて一息ついてていたのでビクッとしました、父からの電話「おい、たか(僕の名前)、みる(ワンコノ名前)動かんぞ、すぐこっち来い」と。父の声はパニックになってました、

 

僕は実家から少し離れたアパートに一人暮らしをしてました。

初代ワンコノもお世話になったペット葬儀社。

 

初代ワンコとの葬儀の違いは、個別立会い、同じ火葬場所ではあったのですが、初代のときには「自宅に持ち帰る骨拾いをできなかったこと。

先日なくなったワンコにはお寺、ワンコが育った実家、僕の住んでるアパート用と3つ受け取りました。

 

こどもの日で10歳の誕生日を迎える予定だった「マルチーズとトイプードルのミックスの男の子。

初代ワンコは実家のご近所から譲りうけ、2代目はペットショップから来ました。

 

 

 

死んだ母と結婚して出て行った妹が、ペットショップから連れてきました(買ってきたという言葉は使いたくないので)

初代ワンコは17年という生涯を老衰ということで天国に行きました。

病気が発覚したのは亡くなる1年ほど前のフェラリアの予防接種のときかな?

その頃別居してました。

その病気を僕が知ったのは実家に週2回の定期で行ってた時、

実家の父から病気のことを伝えられました。

電話で知ったわけではなく、実家訪問のとき知りました。

実家とアパートの距離は車で15分だけどね。

 


 

心臓の僧坊弁不全閉鎖症という診断を受けて、それから父がワンコに心臓の薬をあげる朝夕の生活が始まりました。

餌に粒状の薬2錠と半分の薬。

すごく苦い薬だと先生が話していました。

 

粒状の餌に薬を混ぜても、薬だけ吐き出す。

ワンコが大好きなパンに挟んだり。

 

ワンコも薬が苦いのは最初に口にしたときに知識として記憶してる。

だから拒否反応はします。

パンに挟んで丸めてオヤツのように与えても、パンとは明らかに違う苦い薬の味。

 

 

父が先生や病院の先生、看護師さんに薬の飲ませ方を相談しました。

 

他のワンコも薬は嫌がる、どうやったら上手く薬を飲ませれるかは飼い主さんは苦労してるようです。


 

 

ペットの僕はその頃、母と結婚して出て行った妹は実家にいなく、父と僕、2代目ワンコ。水槽には熱帯魚のグッピーとトーマシーと言う魚、石巻貝、水草という家族構成。ワンコがくる2日前に父親が突然水槽を買ってきて、魚飼うぞって。熱帯魚のグッピーを4匹連れてきました。

その翌日に2代目ワンコが自宅にやってきました当時、生後6ヶ月くらい。

 

でも僕が飼いたいといって家にきたわけではなかったのです。

初代ワンコが泣くなって2年くらいでした。家族みんながペットロスでした。


 

でも一軒屋で父と二人の生活になってから、父のドアを閉める音、声の大きさにビビリ始める生活が始まりました。

それから数ヵ月後、

 

事前に父に定期通院に僕がついていって、先生に詳しくワンコの状態を聞きに行くと話したら、

父は薬とかそんなこと聞かなくていいなどと。

 

 

亡くなる半年経たないくらい前に、僕自身がワンコと心臓の状態を一緒に聞きに診察に。どんな薬を飲んでいるか、オペはできないのか?

CTやレントゲンを見たいからワンコと一緒に病院にいきました。


 

 


 

2代目ワンコが来ると知ったのは来る前日。

あるペットショップから来るとのことで前日にお店にいきその子と初対面。

 

死んだ母m妹が家に連れてきました。

その子は目の周りが赤くなってて、まだまだ子供らっしいなーと。

片手に乗る体の大きさ、体重、

 

でもその時に家庭事情、僕との距離感が変化すると思いませんでした。;

 

実家にワンコがきて、熱帯魚もきて、2年くらい父母、妹と数十年住んでる一軒やで暮らしていました。

 

その後母たぶんが死に、妹が結婚、父と人間二人、2代目ワンコ

、熱帯魚たち。

30年前くらいに建てられた一軒やなので、2階にトイレはない、ドアは薄い、洋室のドアを閉めても、ドアの隙間から風、音も聞こえる。

家中に響き。

 

父が高齢で退職、僕が精神障害者ということで、定職になかなかつけず。

 

僕がメンタルの不調で家にいるとき、父ともめて、母親方のおじさんに相談。

おじさんやおばさんと僕、父親の会議で、おじさんかが打開策を。

 

今、T(僕)が収入的に厳しい状況だから、父に家賃の補助を出してもらって年金とあわせて一人暮らしをして一旦距離を置くというアイデア。

父からの援助額は月5万円とのことでまとまりました。

 

実家まで車で15分、すぐ行ける距離だけど。

僕自身の心身の状態や、仕事状況なのですが。それまで実家にいるときは自分の2階の部屋にこもり、父がいない間にそっとシャワーを浴びたり、ワンコと過ごしたり、

父がいるときは、部屋にこもり、いない間に昔一人暮らしで浸かってた20年前の冷蔵庫を納屋から出してそこに食料を保管したり、パン用のトースターでアルミホイルをしいてウインナーを焼いたり、家にある下水穴に水道用のゴムホースをかってきてそれで汚水を流したり。

便の時はバケツに済ませていない間にトイレに流す。水道はペットボトルに持って保管したり、勝手口にある水道に4分岐できるものをネットショップで購入して取り付けたり。

もう静かにいることしかできなかった。」

 

ワンコに合えるのは父がいない間、夜父が寝てからなど、めっちゃ一緒にいたいのに、見た目距離は近いのに、

実際あう距離心の距離は遠かった・

①まず最初にペットロスについて少し書いておこうと思います。

ペットを飼育という考え方がありましたが、時代と共に、今は「家族動物」と言われるようにもなりました。

動物と人間と言う関係と考え方に変化してきてます。

 

昔は犬猫に「ネコマンマ」と言われた人間の残飯(食べ残し)を餌としてあげてました。

しかし今は、そのような餌を与える方は少ないと思います。

今はペット用の餌を購入して与えたり、

 

精神の病気を抱えてるので、担当の先生に話したら、

 

「ペットロス」は普通の人で1年。ただし精神の病を抱えてる人はそれ以上になる場合もあると。

こんにちわ。久しぶりの投稿です。入院日記はなかなか記入進んでないですすいません。

(乱文、誤字などありましたらすいません)

 

今回取り上げようと思ったのが「月刊○○、週刊○○。

創刊号は○○円ってやつです。(僕は出版関係、書店関係、メディア関係などの仕事はしていません、一般消費者です)

 

3つほどの出版社が発行してます。一番最初にそのようなのを始めたのがディア○○さんかと。

僕もあれは毎週だったか毎月だったか「クラシックCD」を毎回買ってました。

購入し続けて30号くらいで購入をやめました。

 

創刊号は安いけど2号からは通常価格になります。創刊号を買ったらその後も買いたくなる。

 

これは男性の性格である収集することも狙いだと思います。

男性が集めたくなりそうな本が多いような気がします。

 

最近は女性向けのものも発売されてます。

 

 

1、新しく出版されたものではわからないですが、

2、過去に発売され数年たってまた創刊号から

発売を始めるものもあります。

 

創刊号からあと何号集めれば完成完了するんだろ?」って思いませんか?

 

2、の場合だと過去の発売された号数を調べることができます。

 

 

ただ1、だとわからないですよね。

 

出版物によって何号まであるか、創刊号と通常価格の差の金額も2号が発売されないとわからない場合もあります。

 

 

いろいろ書いてますが、一番いいたいことは「創刊号+通常価格×揃える号数」。

 

以前発売されているシリーズのトータルの金額を見ると

「ええええええ」ってなることがあります。

 

創刊号を購入される場合は、過去に発売された同じシリーズだったら最終号までの号数、

新たなシリーズを購入される場合は、部品など集めるシリーズだったら、

よく検討のうえ創刊号についてる部品から考えてどれくらいで最終号になるか。

合計金額は幾らくらいになるか考えた上で購入されることをお勧めします。