誘拐者 読了。
↓誘拐者
私は、通勤時以外にも本を読む機会があって、それが『仕事の休み時間中、近くの図書館に行って読む』というものです。 職場の近くと言っても、実はそれなりに距離があり、往復で30分以上の時間を費やしてしまうので、一日のそこでの読書量はあまり多くはありません。 1冊を、少しずつ、少しずつ、読み進めることになります。
そういった意味では、この 誘拐者 を選んだのは大失敗。
非常に複雑な内容の作品ゆえ、小分けにして時間をかけると、ついていくのが大変になる内容でした。
いや~、私はこの作品の作者、折原一さんの作品が好きなクチですが、それにしてもこの作品は……もの凄く折原一カラーが 強く、濃く 出ている作品でした。
折原一作品を読んだことが無い、という方には まずお勧めできない。
で、私的には、滅茶苦茶面白かった!
折原一さんと言えば、叙述トリックの名手 として知られ、それ故の独特のスタイルを持っています。
・語り部が、章によって変化する
主人公が一人ではない。主人公A、主人公Bが、それぞれの視点で章ごとに物語を語るのです。
これが曲者で、
A,B,A,Bの順で語られるのかと思っていたら、いつの間にか逆になっていたり、別の主人公Cが(Aの振りをしたりして)紛れ込んでいたりするかもしれない。
または、Aがある人物を高田と呼んでいるとして。同じくBも、ある人物を高田と呼んでいるとしましょう。
これが同一人物とは限らない。もしかすると高田ならぬ高木が、Bの前では高田の振りをしていて、Bはそれを知らないまま、だったりするかもしれない。
また、AとBは別人だと思って読んでいたら、もしかしたら同一人物で、Aは現在、Bは10年前の事をAが回想しているだけでA=Bだったりするかもしれない。
とにかく、そういう叙述トリックを仕掛けるのに、この「語り部が章ごとに変化する」というスタイルは実に効果的。
・人称代名詞の使用に数々のテクニックが盛り込まれる
「新也が」とか「葉子が」とか「玉枝が」といった具合に、名前が出ている文章なら安心(?)なのだが、気が付くと「私が」「彼が」「彼女が」という文章に変化しており、「私って、誰のこと? 彼って? 彼女って?」と警戒しなければ、騙されかねない。
それを作者も承知していて、数々の人称代名詞を作中で使用してくる。
・通常の文、手記、日記、回想、新聞記事 等、スタイルを様々に変化させてくる文体
解説によると「多重文体」というテクニックなのだそうで。
読者を幻惑するのに、実に効果的です。
これらが、本作、これでもかっ! とばかりにぶち込まれていて、もう、読んでいて「何が起こっているのか、ストーリーを追う事すら困難になってくる」小説です。
だって、
章ごとに語り部が交代するので、誰が主人公なのかもよく分からない、
人称代名詞を使われると、そもそも語り部が本当は誰なのかもよく分からない、
手記や回想なんて、(語り部の)主観が入りまくっているので、本当の事なのか、妄想が書き込んであるのかすら分からない。
点、ばかリの小説なのです。
ぶつ切りの状態で、「点」ばかりが読者に示され、その点と点をどう結んでいけばどんな「絵」(物語)が浮かび上がってくるのか、全然読めない。
いや本当に(笑)
だって、事件のそもそもの発端を作った(と、ラスト近くで分かる)人物が、かなり後半にならないと登場すらしないし、唐突に出てきて、謎めいた言葉を残し、謎めいた行動をとり、直ぐ殺される(笑)。
延々その調子なのだ。
とにかく、物語の全体像がつかめないままに五百数十ページ、二段組みという長文を読むことになる。
生後わずか4日目の女の赤ちゃんが、誘拐された。 悲嘆にくれる夫婦。
妻は、赤ちゃんを捜しに出て、そのまま行方不明に。
が、残された夫(主人公A) の元へ、しばらくして、犯人から赤ちゃんが返されてくる。家の前に置き去りにされていたその赤ちゃんの元には、犯人しか持ちえないであろう「証拠品」が添えられていた。
が、赤ちゃんが無事に帰ってきたことを夫がいくら世間に訴えても、妻は行方知れずのままであった……。
フリーの記者(主人公B)が、写真週刊誌に売った有名芸能人の熱愛スクープ写真。その写真が載った号が発売されると、後ろに偶然写っていた男の所在を知りたい、という問い合わせが入ってくる。
ふとした偶然も重なり、その写っていた男の所在を知ることとなった彼は、手紙の送り主に返信を送るが……。
やがて彼は、恐るべき連続バラバラ殺人事件に巻き込まれていくこととなる。
暴力をふるう前夫と別れ、現在の伴侶と巡り合ったある女性(主人公C)。籍は入れず、あくまで内縁の夫婦ではあったが、彼女は幸せであった。
が、夫は重い病に蝕まれ、もう長くない命であろうことが予想された。
その夫は、どうやら仕事と称し家を空けていた時、本当は全く別の目的で、何かをしているらしい。
「まだ死ねない」という言葉を残し、病院を抜け出してまで、何かをしようとしている夫。
詮索すまい、と思っていた夫の謎の行動を、彼女は調べ始める。
そして、夫のもう一つの生活拠点を突き止め、その部屋に乗り込んだ彼女は、その浴室で、バラバラに切り刻まれた女性の遺体を発見。
さらに彼女に、復縁を迫る前夫の影が迫る……。
いや本当にね、
このバラバラの話が、どうやったら一つの物語になるのか?
結構、疲れる読書ですよ、これ(笑)。
が、それがラスト、点と点がつながって、一つの物語の全体像が浮かび上がってきたときのカタルシス!
いや~、面白かった。
ラスト、どういう物語だったのか、時系列に並べた年表(?)があり、実にすっきり。
で、その後に、さらなる真実として、ある人物がある殺人事件の真相を……という、仕掛けも効果的。
まぁでも、あまり万人にお勧めは出来ないかな(笑)。
グロい描写のシーンもちょこちょこあるし。