前回の「べき」の、続きのような形で。
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「べき」で自分を縛り付けないと
安心して眠りにつけなかったのは
むき出しの自分を見たくなかったから
大声で「べき」を叫ぶのは
いつも中心に立っている人で
僕は教室のすみっこで
頭の中で「べき」を唱え続けた
まるでお守りのようにして
そんなふうに凝り固まって
一体誰に認めてほしいの?
弱音を吐き続ける自分と
それを貶し続ける自分とで
いたちごっこを続けていては
外に目を向けることはできないよ
自分を隅っこにおいやって
自分じゃないものを中心にすえて
どうやって楽になる気でいたの?
僕には僕がいるだけだ
答えを示す神様はいない
過ちを赦す仏様もいない
僕に声を上げる自由があって
声を聴いてくれるかもしれない人が、いるかもしれないという
それだけだ
中心はここだ
僕が言葉を発するこの場所が
僕の中心だ
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一気呵成にかいてしまえば、やはりこんなものでしょうか。
外に、というかぶっちゃけ、他の人の言葉に根拠を求めずに書くと、ここまで楽だったんですね。忘れてました。
まあ、できあがったものは、詩というには堅苦しくて、論文というには厳密でないような、そんな代物ですが。
お目汚しになれば。