高原山 -340ページ目

小説  新昆類  (40)  【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

  今の矢板~喜連川線の街道はアスファルト道路を乗用車が疾走するばかりで、バス路線
は廃止されている。昔はジャリ道が田園を貫いている道路だった。向こうから犬を連れ赤
い服を着た年配の肥えた婦人がやってきた。小堀建設産業が宅地造成した家の人間だった。
田舎の人間は犬を連れて散歩などしない。都会から移り住んだ女だった。泥荒は犬をなぜ
てやった。犬は喜んで尻尾をふっている。いい犬ですね、と泥荒は犬の主人にほめてやっ
た。年配の女は笑顔になり、今日は天気がいいですね、と無防備な姿で云った。空は群青
の日本晴れだったが、一筋の飛行機雲が見えた。ケムトレイルだと泥荒は判断した。こん
なところにも米軍は日本国民の身体抵抗力を弱めるためインフルエンザ物質を空から散布
している。日本は今もアメリカの占領地だった。西には高原山が雄大にそびえていた。何
をしに来たんですか? と無防備な女が聞いてきたので泥荒は写真を撮りに歩いているん
ですと答えた。女は笑顔だが不審のまなざしを隠さず、犬を連れて田園の舗装道路を歩い
ていった。

 三叉路の宮田から増録に入る山道はもうなかった。泥荒にとって増録の山に入るのは小
学生以来だった。泥荒はしかたがなく造成された家に向かった。家の横に舗装された増録
に入る道路があった。道路から泥荒は十二月の山の中に入っていった。山頂をめざしそこ
から峰伝いに歩いて行けばデイアラ神社があるはずだった。小屋のトタン屋根が見えてき
た。あれだと泥荒は確信した。藪を押しのけ泥荒はそこにたどり着いた。デイアラ神社だ
った。社である小屋の前はちいさな広場で高く広いイチョウの幹が相対で空にそびえてい
た。広場から細い坂道が街道に下りているが何年も誰もおまいりに来た形跡はなかった。
坂道の途中に鳥居があった。そこから古い注連縄が釣られていた。縄は雨風に侵食されそ
うとうに古くなっていた。参拝する細い坂道の両脇には高い杉の木が空に枝をつんざし呼
吸していた。空を仰ぐとき杉の枝に高貴な精神の営みがあった。植物情報体は山の精神を
守っていた。そこに精神史の記憶が現有していた。泥荒は坂道を降り成田村の街道からの
入り口のところにやってきた。入り口は笹で覆われていたが石があった。そこには「安永
九年干支庚子二十三夜供養」という文字が刻まれていた。泥荒は再び参拝の坂道を登り鳥
居の下で膝をおり正座をした。小屋の社殿に向かって頭を地につけ、お参りをした。

「帰ってまりました」

 泥荒の腹から胸にその音声なき言葉が響き渡り、脳波から言葉は社へと波動していった。
相対するイチョウの枝葉が風に踊り音をたてた。杉の枝からひとすじの陽光がそそいでい
る。植物情報体は何も云わなかったがひたすらデイアラ神社を守っていた。その品格ある
記憶の重力に泥荒は感覚の観応によって圧倒されていた。ここに日本があった。古の日本
があった。そして泥荒は鬼怒一族と有留一族の部族であった。その力によってようやくこ
の増録の山を矢板の土建会社から買い戻したのであった。

 泥荒は立ち上がり社殿の小屋の左側から再び山の藪の中に入った。そして先ほどの舗装
してある道に出る。そこを下ると増録のちいさな田畑の盆地が見えてきた。田畑は作蔵さ
んの田んぼだった。その手前に竹の林があり、竹の前には廃残物が落ちていた。泥荒の祖
父である寛の隠居屋敷の跡だった。昔、泥荒もここに住んでいたのだ。しばらく泥荒はお
の原点に立ち尽くしていた。廃墟の匂いは湿っていた。廃残物が四十六年前の記憶を呼び
戻す。泥荒の家族がこの原点から矢板の町に去ったのは、泥荒が小学三年の二月だった。
矢板の町の貸し長屋に引っ越してから一週間ほどたって、泥荒は兄と母に連れられ豊田小
学校に転校の挨拶にいった。級友が鉛筆をプレゼントしてくれた。泥荒はその暖かさが嬉
しかった。冬将軍の二月ほど人の暖かい春の灯火が感じられことを泥荒は始めて学んだ。
豊田小学校でクラスの仲間から学んだことが泥荒の原点となった。優しさである。

 宅地造成された家の方から土建屋の作業服を着た男が歩いてきた。

 小堀建設産業の人間だった。この山はすでに真知子の山として登記されているにもかか
わらずこの山に入っているのは、木を切り出す盗賊に来たのであろうと泥荒は判断した。
大不況のなか地方はすでに盗賊経済に突入していた。農協の倉庫からは大量の米俵が盗ま
れ、農家の倉庫からは農耕機械がまるごと盗まれていた。油断はできないと泥荒は思った。
牧歌的な田園の共同体はすでに崩壊し人心は荒廃していた。誰もが動物のハイエナのごと
く他人の財産を狙っていた。泥荒は小堀建設産業の人間にデジタルカメラを向け、風景を
撮るようにシャッターを切った。デジタルカメラの電子音が耳に響く。小堀建設産業の人
間は舗装された道路を引き返していった。

 田んぼの向こうに見える作蔵さんの家は昔と変わらなかった。作蔵さんの家の年配の女
の人がこちらを不審そうに見ていたので、泥荒は農道をまっすぐに歩き作蔵さんの家のと
ころまでやってきた。

「昔、増録に住んでいた泥荒です」

 泥荒が挨拶すると女の人はああと四十年前を思い出してくれた。彼女は作蔵さんの長男
の嫁さんだった。まもなく作蔵さんの長男であるノリオさんがやってきた。小柄なノリオ
さんはもう七十歳になっていた。作蔵さんとその奥さんはもう亡くなっていた。泥荒が子
供の頃よく遊んだひとつ年が上のマサちゃんは家の裏にある離れのプレハブ小屋に住んで
いた。ノリオさんの奥さんは起きているかどうかわからないと云った。いつも昼ごろ起き
だすとのことだった。マサちゃんの小屋の前に行くとマサちゃんが戸を開け顔をだした。
マサちゃんの顔は作蔵さんに似ていた。増録の子供たちが小学校に行き、まだ入学前でひ
とり増録に残された泥荒を相手にいつも遊んでくれたのが作蔵さんだった。遊び場は作蔵
さんの家の庭だった。マサちゃんはただニコニコなつかしそうに笑っていた。増録のガキ
大将だったマサちゃんの兄であるミノちゃんは、今、矢板の町の市営住宅に住んでいると
のことだった。

 泥荒はマサちゃんと別れ、子供の頃、豊田小学校へ通っていた道を歩いていった。とき
おり山の中に入り、山の状態を調べた。高原山の別荘に帰ったら、渡辺寛之と真知子に報
告しなくてならなかった。しかし山の調査は一日だけでは無理であった。今日は山道のみ
を確認すればいいだろうと泥荒は判断した。渡辺寛之が進めている新昆類のグレードアッ
プ、新昆類の野生化のためには、高原山に大々的に放すことはできない。高原山は観光地
化され、有留源一郎が山縣農場から買収した山地の隣は栃木県が管理する「県民の森」だ
った。そして高原山は矢板市の職員がそのつど管理のために入っている。まだ新昆類が行
政の人間に見つかってはならなかった。そこでこの増録の山が新昆類の野生化のための牧
場として決定されたのである。その新昆類家畜牧場計画の現場責任者こそ泥荒だった。

 泥荒は再び作蔵さんの家に行く東側の脇道まで戻った。そこから豊田にある廣次の家に
行く山道に入る。この山道は泥荒が四歳のときミツ子に連れられ、初めて増録に来た山道
であった。ミツ子と廣次は七十年代初期に亡くなった。真知子が購入した山は増録から成
田への西側の山であり、この増録から豊田への東側の山は他人の山である。その山は豊田
の人間がまだ持っていたが、いずれここも買収できれば、新昆類家畜牧場はより広大に展
開できると泥荒は判断した。静寂でなだらかな細い山道だった。そこから急な坂を下ると
広大な田園風景の豊田が見えてきた。

 泥荒はその昔、四歳まで世話になった廣次の家に寄ってみた。廣次の家に、廣次の娘で
あるトモちゃんの婿に佐久山から入ったカツトシさんがひとり住んでいた。カツトシさん
は泥荒に上がれとすすめ、お茶を出してくれた。廣次の家は寛の長男が継いだマサシの家
を本宅と呼んでいた。その本宅のマサシが一家皆殺し銃殺事件を昨年起こしたのである。

「本宅があんな事件を起こしてしまってなぁ……テレビで豊田も有名になってしまった、
ハハッハ……おら、外にも出ずひっそりと暮らしているだよ。おらもう八十歳だんべ……
女房のトモエも二十年前に死んでしまってなぁ……長男のトシオは十年前にトラックで交
通事故を起こして死んでしまったし…トシオの借金一千万がおらの肩にのしかかってきた
っぺ……おら、やっとこさ、その借金、払い終わったとこだんべ……おらの人生、何もい
いことながったんべよぉ……しかしよぉ、おらぁ、土地だけは意地でも売らなかった。百
姓が田んぼや山を売れば地獄に落ちる……本宅がいい見本だんべ……それにしても本宅の
マサシさんは何であんな事件起こしてしまったんだんべ……」

 カツトシさんは、お茶をすすりながら話した。カツトシさんの楽しみは嫁いだ長女のヨ
リコと次女のキミコが子供を連れて帰って来てくれることだった。泥荒は今来た山道、増
録の西側から豊田にかけての山の所有者を教えてくれと聞こうとしたが、いきなりそれは
まずいと判断し、聞くのをやめた。その代わり、どうも子供の頃はお世話になりましたと
頭を深く下げ感謝の礼をした。カツトシさんは笑顔だったが、何故、泥荒が突然訪問して
きたのか不審の目をしていた。カツトシさんは八十歳には思えぬほど意志力がみなぎり身
体からは垂直の背骨を感じさせた。泥荒はこれからカツトシさんの家族の墓参りをして矢
板に帰りますと云って、玄関を後にした。そしてふと、あの山の一部の所有者にカツトシ
さんもなっているかもしれない思った。

 廣次のあとを継いだカツトシさんの家から泥荒は北へと歩いていった。豊田集落を北から
南へと貫く道路だった。太陽が昇る東側を見ると田園のなかに那須与一を祀った湯泉神社
があった。湯泉神社は那須国の神社だった。新しく建て替えられたばかりだった。泥荒の父
ノブの兄であるマサシの家は没落し壊滅していったが、この集落は金を持ってると泥荒は判
断した。金がなければ神社など新装できない。空を見上げると、米軍によるケムトレイル見
えた。飛行機雲を出しながら高原山の方向に銀色の米軍C135空軍機が飛んでいく。そし
てひとすじの飛行機雲は拡散していく。インフルエンザを引き起こしてしまう物質を散布し
ているのである。明日の朝にはその物質がこの豊田にも落ちてくるだろう。そして人はイン
セルエンザ風邪にかかってしまうのある。まずやられるのは朝、歩いて登校する子供たちだ
った。そしてインフルエンザは子供から親に伝染していく。どんな田舎の空であろうとそこ
は米軍の制空権にあり、米軍は好きなように物質を散布し、好きなように実験しているので
ある。実験対象のモルモットは日本人でった。日本人は日本列島という牧場に飼われた家畜
でもあった。

 三叉路だった。西への道は集落の寺である浄光院への小道だった。三叉路の角には昔、
高い半鐘があったが今はない。北側にある家は泥荒の幼馴染の家だった。豊田小学校から
の帰り、よくこの家に寄り遊んだ記憶がよみがえった。さらにこの家の近くの家に、小学
二年のとき、ノート代にあと五円足りなくて借りに行ったことがある。その朝、泥荒はノ
ートを買う金が足りなくて、増録からミツ子に頼もうと廣次の家にやってきた。ミツ子は
いなかった。ノート代は二十円した。手元には十五円しかなかった。廣次の家にミツ子は
いなかった。しかたがなく泥荒は豊田小学校への道を歩いていった。そのとき向こうに女
の人が見えたのである。その家は三叉路の手前の奥にあった。ちいさい家だった。

「すいません。ノートを買うのにあと五円足りないんです。貸してくれませんか?」

 泥荒は一生懸命に頼んだのである。泥荒はノート代のことしか考えていなかった。やが
てミツ子がやってきた。女の人はほら来たよといってミツ子が向こうから来たことを教え
てくれた。ミツ子は泥荒を廣次の家の近くまで連れていった。風を遮る杉の木が立ってい
た。ミツはここで待っていろと泥荒に云った。ミツ子は廣次の家から戻り二十円を泥荒の
手に渡した。哀れと悲しみのミツ子の表情があった。記憶は重力でもあった。

 泥荒は冷たい人間だった。ミツ子が死んだのは昭和四十九(一九七四)年三月五日だっ
た。そのとき矢板にいてシャープの下請けの電器製造会社に勤めていた泥荒は、母テルと
一緒に廣次の家まで、親戚の人の車に乗せられ通夜に行った。次の日は葬式だった。お茶
を飲んでいるとき、泥荒は廣次に「おまえは冷たい人間だ」と言われたのである。泥荒は
ミツ子が入院しているときに見舞いに行かなかったからである。子供の頃はあんなにもお
まえのめんどうをみたのに、おまえは成長してからミツ子に冷たかった。何の恩返しもし
なかったと、そう廣次は泥荒に言おうとしたのである。泥荒は頭を垂れるしかなかった。
廣次はミツの後を追うようにしてその年の十一月二十五日に亡くなった。

 泥荒は浄光院の門をくぐり、山に隣接した高台にある墓場まで歩いていった。そして廣
次の家の墓を探した。廣次の家の墓はそこにあった。線香を持っていなかったので泥荒は
寺で分けてもらおうと思い、寺の玄関から、すいませんと声をかけた。出てきたのは美し
い二十歳くらいの乙女だった。お参りに来たのですが線香がなくて……すいませんが少し
分けてもらえませんでしょうか? と、ていねいに娘に頼んだ。娘はこころよく線香を持
ってきてくれた。泥荒ていねいに頭を下げ、そして水桶に水を入れ、廣次の家の墓を洗い、
線香を燃やした。いままでこれなくてすいませんでした。お許しくださいと墓の前で手を
合わせた。墓には廣次とミツ子そしてカツトシさんの妻トモエさんとカツトシさんの長男で
あるトシオちゃんの名前が刻まれていた。

 泥荒は水桶を寺の設定場所に戻し、再度、寺の玄関ですいませんと声をかけた。娘が出
てきた。お坊さんにあいさつをして帰りたいのですがと頼むと、娘は部屋の奥におとうさ
んと呼びかけた。寺の裏から住職が普段着で下駄をはいて出てきた。住職は泥荒の兄であ
るトモユキの同級生だった。トモユキちゃんは元気ですかとなつかしく嬉しそうに住職が
聞いてきたので、泥荒は兄は元気にやっていますと答えた。それからありがとうございま
したと住職に礼を言って御辞儀をして浄光院を後にした。

 次に泥荒が向かうところは、マサシの家だった。マサシの家は浄光院入り口の三叉路に
戻りそこから豊田小学校方向の北に歩いていくとそこにマサシの家の入り口の道があった。
家は山を背にした西側である。道の東側は佐久山に行く街道沿いの西豊田まで田んぼが広
大に続いていた。ここは関東平野の最北端でもあった。マサシの家には誰も住んでいなか
った。廃墟である。この家を新築したのはミツ子と廣次が死んだ年だった。以前はもっと
奥にある百年もたったからぶき屋根の古い江戸末期の農家だったが、そこを打ち壊し、西
豊田集落の南北を貫く道路の近くに屋敷をかまえた。庭の中央で泥荒は屋敷を見ながら立
ち尽くしていた。十二月の風が廃墟に舞っていた。山と田畑をすべて売った屋敷には、そ
して誰もいなくなった。

 泥荒は舗装された道路に戻り、すこし北に歩いた四つ角から農道に入り、かつてノブの
実家で、マサシによって取り壊された寛の家の跡地から山に向かったが昔あった道はすで
になかった。寛の家の跡地は小堀建設産業の資材置き場になって重機があった。マサシは
山のみならず平地も小堀建設産業に売ってしまっていたのである。平地と山の境界には不
気味な樹木が白い枯葉をつけていた。真知子が小堀建設産業から買収したのは増録の山の
みであって、ここらは小堀建設産業の私有地のままだった。

 泥荒は道なき山の中に藪をかきわけ入っていった。登っていくと、馬頭観音の石碑があ
るところまで来た。ここから東に降りていけば豊田小学校に向かう道にでる。その道は西
豊田集落を南北に貫いている幹線道路である。太陽が沈む西へ行けばちいさな盆地の増録
の集落に出る。豊田に出る下り坂の北側には祠があった。そして村人の墓場も山にあった。
馬頭観音の石碑は山の頂点にあった。

 そこは日向山と呼ばれていた。南にすこし登ると、昔、ノブとテルが畑に開墾した場所
に降りられるがそこはもう畑ではなく、ここも小堀建設産業の資材置き場であの重機が置
いてあった。マサシが死んだ場所である。泥荒はそこに立ち尽くすと右手をかざし念仏を
唱えた。マサシとその家族への鎮魂である。日向山には誰もいなかった。増録への山道を
降りていくと電磁波のうなる音が聞こえてきた。北側の山の中に携帯電話の電波中継鉄塔
があった。電磁波を発している場所が近くにあることは新昆類が山で野生化するのに都合
がよかった。増録の山で電磁波実験が出来るからである。増録の山で電磁波を出しても、
空を管理している米軍は、その電磁波の出所がこの携帯電話の電波中継鉄塔からであると
錯覚してくれるだろう。真知子が買収した山の周辺もよく調査することが泥荒の仕事でも
あった。しかし今日は昔あった山道が現在どうなっているかを調べるのが目的だった。山
道を調査するのも一日だけでは無理だと泥荒は判断した。すでに午後四時になっていた。
泥荒は増録への山道を急いで下っていった。

 「父よ、何故あなたは狂ったのだ」ふと泥荒の脳裏に父ノブの面影がよぎった。父が発
狂したのは調布の都営住宅に住んでいた頃だった。調布飛行場の爆音が、ノブが勤めたい
た大田区大森の軍需工場への米軍B29による空爆、その無惨な工場壊滅の記憶を呼び出
したのだろうか。ノブはそのとき助かったが、一緒に集団就職で野崎尋常小学校から就職
した同級生は死んでしまった。昭和二十(一九四五)年一月にノブのところに陸軍宇都宮
連隊へ入隊しなければならない赤紙がきた。ノブは工場の従業員に送られ郷里へと同級生
より一足先に帰った。そして宇都宮連隊に入隊した。

 その年の四月十五日~十六日、京浜工業地帯へのB29による大空襲があった。それは
米軍第二十一爆撃機集団司令部一九四五年四月十四日付作戦命令第五号による空爆だった。
米軍の攻撃目標のひとつは第九十・十七-三六〇一区(現・大田区大森町・平和島付近)
東京市街第二地域でそこは米軍第七三航空団が担当した。

 その日は川崎も空爆された。軍需産業を数多く抱える京浜地区は米軍の空爆によって壊
滅されてしまった。ノブは宇都宮連隊に入隊していたゆえに、京浜地区への大空襲からま
ぬがれことができた。終戦になりノブは宇都宮連隊の解散によって豊田に帰郷した。そし
てすぐ、大森の軍需工場で死んだ級友の線香をあげにいった。そのとき冷たい視線をノブ
は家族から浴びた。

「おめぇだけぇ生き残りやがって、ちくしょう、このくたばりぞこない野郎」

 鬼の顔でノブに石を投げる老婆がいた。その夏の日からノブは豊田で無口になり、ただ
ニコニコ笑って、自己主張しないごまかす人間になった。ノブにとって戦時中より戦争が
終わってからの方が世間様は地獄だと思った。そしてすぐ占領軍指令による農地解放令が
やってきた。ノブは地主の家から没落の家に住むことになった。ノブの父である寛と母で
あるトキは昔の地主だった頃の繁栄を暗い囲炉裏でなつかしむ人間となった。自ら農作業
をあまりしたことがなく働くことが嫌いな地主階級はひたすら戦後、没落し世の中に遅れ
ていくしかなかった。それでもノブの実家は山を持っていたが、それもマサシが売り、と
うとう田畑まで全部売ってしまったのである。今、ノブが産まれた本宅は廃墟となり、そ
して誰もいなくなった。

 ノブが死んだのは横浜市瀬谷区にある横浜相原病院だった。死因は心室細動、慢性硬膜
下水腫。ノブは横浜市港南区にある日野病院の精神病棟から転送され、横浜相原病院で息
をひきとったのは平成八(一九九六)年六月十六日午後0時三分だった。泥荒はそのとき
イタリアのミラノへ昆虫研究のため渡辺寛之と一緒に行っていたので臨終には会えなかっ
た。兄のトモユキとヨシヒコがノブの最後に立ち会った。ミラノの街で食事をしていたと
き、歯が欠けた。そのとき泥荒はノブが死んだと思った。泥荒がミラノから成田空港に降
りたとき、すでにノブの葬式は終わっていた。おれは冷たい人間だとあらためて泥荒は自
分を認識した。ノブは七十一歳であの世にいった。ノブは人生の半分を精神病院で過ごし
た。発病したのは第二次世界大戦が終戦しやってきた意味不明の戦後だった。精神史の敗
北をノブは人生において受苦し、身体の牢獄から世間様の転移を見てきたのである。発狂
してきたのは精神病棟の外側の世界であったのかもしれない。人はかろうじてバランス感
覚でおのれの精神を保持しているに過ぎない壊れ者としての人間である。おのれを発狂世
界の日常で制御するバランス感覚が失った人間は精神病棟へ送還されていく。これが市民
社会の秘密だった。

 先月の十一月、泥荒は母テルに会いにいった。テルは八十六歳になっていた。テルは埼
玉県比企郡にある森林公園近くの病院に躁うつ病患者として入院していた。入院費は自分
の年金でまかなっていた。テルは矢板にいたとき、南に行けば運が開けるとよく言ってい
た。しかしここも南の海はなかった。父の治之助、母のサヨの故郷である広島からここは
あまりにも遠かった。泥荒が有留一族と鬼怒一族の構成員になったのも、祖母のサヨが広
島市の山である鎌倉寺山、その麓の村である有留で産まれ育ったからもしれないと、泥荒
は血の継承と運命を感じる。

 病院に面会に行くと、車椅子に乗せられたテルは若い看護婦に付き添われ、精神病棟の
面会室までやってきた。看護婦がどの息子さんと聞くとテルは右手の指を三本突き出した。
泥荒が三男の息子であることを指で表示したのである。テルの脳回路はまだ鮮明だったが
言葉は一言も出さなかった。唇は固く結んだままだった。テルは目を見開いて泥荒の顔を
見る。動物的本能の母の臭覚でテルは泥荒の表情と身体から現在の生活状態の情報を感覚
で読もうとしていた。テルは泥荒が何かおそろしいことを企てているのではないかと知覚
した。看護婦は、帰るとき声をかけて下さいと面会室から出て行った。面会は決まりで三
十分間だった。

「母ちゃんがここを出るから、おまえがこの病院に残れ」

 テルは歯が抜け固く閉ざしてきた唇を動かしゆっくりと断固した決意の言葉を発した。
さすがは困難を切り開きながら家族を生存させてきた母の動物的生命力と精神力であると
泥荒はテルを見た。テルはまっすぐなまなざしで泥荒を見定めている。泥荒はニガ笑いを
して話を切り替えた。

「おふくろ、いいか、百歳まで生き抜くんだぞ」

 泥荒は両手十本の指を広げテルに云った。そしてテルの左手を握った。テルが強く握り
返す。今度はテルの右手を握り、あいた手でさすってやった。テルの表情がなごんできた。
母と息子に会話する話題はなかった。泥荒は三年前に妹のジュンコが四十六歳でガンで死
んだことはまだテルに告げられなかった。ジュンコはテルの娘だった。ジュンコが死んだ
ことを動物的本能で知覚したテルは三年前から言葉を忘れたかのように唇を固く閉ざした。
それじゃぁ、また来るから、がんばってねと泥荒はテルのまなざしに何回も別れを告げ、
精神病棟の扉の外に出た。泥荒にできることは二ヵ月に一回、テルに会いに来ることだっ
た。

 泥荒は病院の駐車場に置いてあった自転車に乗った。その自転車は東武東上線の森林公
園駅から乗ってきたレンタル自転車だった。自転車が大きな道路に出ると左右は田園風景
だった。風はそれほど冷たくはなかった。風景に十一月の意味があった。今度は右折して
車が多い道路を疾走していく。左側のちいさな丘に神社があった。次の四つ角を左折する
と右側に骨川中学校が見えてきた。そしてまた自転車で走る。泥荒は汗ばんできた。大き
な道路に出る。そこを横断すると森林公園の入り口がある。そこからは駅までサイクリン
グコースだった。ところどころに平和をモチーフにした家族の像が立っている。そして空
を見上げると、埼玉県森林公園の上空には、米軍無人ヒューマノイド飛行機によるウィル
ス散布、ケムトレイルの飛行機雲が生成していた。泥荒は日本列島の植物にウィルスを蓄
積するのが、あのケムトレイルの目的ではないかと判断した。在日米軍は、米国軍産複合
体と国防省によって開発された新機種を、ケムトレイル実験のために投入し、日本列島上
空を自由自在に飛行させている。日本国民は牧場に飼われた実験動物とされていた。

 日本でガン死亡率がトップなのは、在日米軍機によるウィルス散布であった。それを日
本政府とマスゴミはタバコ喫煙に原因があると日本国民を洗脳している。「喫煙撲滅」を
世界で展開している世界保健機構もイルミナティ機関だった。春の花粉症もスギの花粉に
原因があるのでなく、真犯人は米軍機によるウィルス散布、ケムトレイルだった。日本ば
かりでなく、世界各地でケムトレイルは軍事作戦として展開されていた。

 鳥ウィルスの発生は米国宇宙軍によるケムトレイルが原因だった。すでに米国宇宙軍は
気象兵器、地震兵器を開発成功させ実験していた。フリーメーソンが上部機構に浸透した
フリーメーソン中国政府も、有人宇宙船「神船」を成功させ、2010年までに中国宇宙
軍を創設しようとしている。そして日本を裏で管理コントロールするのは、マフィア暗黒
王となったフリーメーソン池田大作だった。世界は全面展開として2015年体制に向か
っていた。重要なのは一点だった。その一点こそ、「もうひとつの日本」である鬼怒一族
と有留一族の人知れぬ事業の営みだった。一点を防衛できぬ者は、世界管理機構によって
人間牧場で飼育される屠所の群れになるはずだった。飼育された人間は日常に疑問を持た
ない。携帯電話と結合、見えない電磁波の鎖につながれ、飼育された人間こそ、世界牧場
の現代人だった。そして今、縄文以来の日本の野と山、森が米国宇宙軍によるウィルス散
布によって死滅しようとしていた。山岳修験道は防衛として復活するだろうか……

 「ハハの国としての海と山」
 米国宇宙軍と2010年に創設される中国宇宙軍に抵抗できるのは、ただ一点だった。
縄文の思想による昆虫情報体、「新昆類」だと泥荒は確信している。

「野に伏し、山に伏し、我、新昆類とともに在り」

 泥荒は事業成功への強い自覚をもった。


【第1回日本経済新聞小説大賞 第1次予選落選】

今森 光彦
世界昆虫記
日高 敏隆, 片岡 照男, 柴田 保彦, 伊藤 ふくお
ちいさないきもの―くらしとかいかた
長谷川 哲雄
昆虫図鑑―みぢかな虫たちのくらし
久生 十蘭, 日下 三蔵
怪奇探偵小説傑作選〈3〉久生十蘭集―ハムレット
天野 幸弘
発掘 日本の原像―旧石器から弥生時代まで
NHKスペシャル「日本人」プロジェクト
NHKスペシャル 日本人はるかな旅〈第5巻〉そして“日本人”が生まれた
渡辺 誠
よみがえる縄文人―悠久の時をこえて
E.バートレット カー, E.Bartlett Kerr, 大谷 勲
東京大空襲―B29から見た三月十日の真実
すみだ郷土文化資料館
あの日を忘れない―描かれた東京大空襲
森川 寿美子, 早乙女 勝元
東京大空襲60年 母の記録―敦子よ涼子よ輝一よ
桐生 隆史
旧葛西橋回想の記―東京大空襲鎮魂歌

小説  新昆類  (41)  【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

    エピローグ
     

 十二月の山道を歩いていた泥荒はテルのまなざしの意味をかんがえていた。やがて山道
は南北に走るちいさな盆地に出た。山に囲まれた増録のちいさな田園風景である。道はこ
こで二手に分かれる。ひとつは西側で今は消却された昔の寛の隠居屋敷への道で、道沿い
に誰も使用していない別荘が二軒建っている。小堀建設産業が建設し売りに出した別荘だ
が買い手はいなかった。もうひとつの道は東側で、亡くなった作蔵さんの長男であるノリ
オさんの家に至り、喜連川の河戸へと続く道だった。泥荒の原体験こそこの増録の開墾さ
れた田んぼとそれを囲む森林だった。田んぼは稲刈りが終わる秋、一面に野草の花が咲い
た。その花畑で子供たちは遊んだ。山に入ると植物の豊穣の海だった。台風が過ぎた山は
雷によって木が裂かれていた。山のくぼ地には大雨によって湖が出来ていた。人は自然か
ら学習していった。貧しかったが素朴で美しいものがかつての里山にはあった。変貌した
のは人間とその環境だった。

 泥荒は東側の道を歩いていった。ノリオさんの家の脇を通るのだが庭にはノリオさんの
奥さんがこちらを不審の目で見ている。おそらく泥荒が財産を盗む人間であると判断して
いることは泥荒にも感じてくる。増録は本宅のマサシが山を売ってから開発業者に荒らさ
れてきた。それで警戒の糸を張り巡らせているのだ。泥荒はお辞儀をしてまっすぐに歩い
ていった。やがて左側の山沿いに西豊田集落の共同茅場が見えてきた。ここは屋根をふく
茅を育てていた場所だったが、いま茅の屋根の農家はほとんど皆無となっている。右側に
は泥荒の遠い親戚の農家と田んぼがあった。やがて泥荒は三叉路に出た。直線をそのまま
行けば喜連川の河戸へと至り、左折すれば西豊田へと至る道だった。泥荒は河戸への道を
歩いていく。田園風景の田んぼには東京電力が首都圏に電気を送る送電線の鉄塔が東京に
向かって並んで建っている。冬の太陽は沈みかけている。河戸の商店である加藤雑貨店の
四つ角に着いたのは午後五時近くになっていた。子供の頃、泥荒は増録からこの加藤雑貨
店にテルにいわれ味噌や醤油、塩などの買い物に来たことが何度もあった。加藤雑貨店が
今でも店をやっていることに泥荒には感銘した。記憶の店は現有していた。

 そこから泥荒は矢板へ至る道へと右折した。右側の山に加茂神社があった。ここが増録
から河戸に至る山並みの南端となる。泥荒はその山を囲む道を歩いてきたことになる。加
茂神社は大きな神社だった。石段の前には神社を守る人家の小屋があった。泥荒は石段を
登り社殿に参拝してみた。社殿の裏から山の頂へと続く細い山道が残存している。社殿の
境内から下がった東側の場所に神輿が奉納されている社があった。しかし戸は風によって
壊れ、神輿のところに倒れている。長いこと修復もされていないのは、祭りが途絶えたか
らであろう。泥荒は加茂神社の石段を降り、人家の小屋に明かりがついているので窓から
声をかけてみた。窓から顔を出したのは一人暮らしの老いた男であった。人の良い顔をし
ていた。この老人とは知合いになっていた方がいいだろうと泥荒は判断した。山のことが
いろいろ聞けるからである。

「神社の写真を撮りに来ました。旦那さんもひとつ撮らせてもらっていいですか?」

 老人は愛想よく、うなづいたので泥荒は老人の顔をデジタルカメラで撮った。
 
「写真コンクールに入賞しましたら、お知らせしますので」

 老人はあぁと云って笑った。また写真を撮りにきますのでと云って泥荒は老人に頭を下
げた。これでまたここに来る理由ができた。泥荒は加茂神社の入り口から再び道路に戻り
矢板方向に歩き始めた。車のみが道路を疾走している。ここを歩いて行けば再度、昔あっ
たバス停留場の宮田へと至る。道は山を囲み回り込む形だった。その増録に続く山にはち
いさな神社の鳥居がいくつ道路から見えた。猿田彦の神社もあった。泥荒はそれらの神社
をくまなく時間をかけて観察した。そして社の風景をデジタル写真で撮る。後で分析する
ためだった。増録から河戸へと南北に伸びるこの山の一帯がいかなる時間の場所であるの
かを解析するには、まずいかなる神社が山にあるのか? それを知ることが始まりだった。
鬼怒一族と有留一族が手に入れた増録の山の領域を新昆類家畜牧場にするためには、接続
する一帯の山並みを六面体から多角的に調査する必要があった。それが泥荒の仕事だった。

 河戸から歩いてきた泥荒は増録に入る三叉路の角にある宮田の近くまで来ると、もはや
誰にも見分けがつかないだろう笹に覆われたデイアラ神社の入り口に立った。そして頭を
下げ礼をした。この山の一体は神社がたくさんある霊的ゾーンでもあった。ゾーンは絶望
する者だけを通すという言葉を泥荒は思い出していた。山の生態系がゾーンなのだと泥荒
は確信した。かつて高原山を追われた鬼怒一族が住んでいた場所だったからであろう……
高原山と増録の山、その植物情報体は今でも交信していると泥荒は体に感じた。そのとき
山の頂の上空にふたつの火の玉が飛んでいるのを泥荒は見た。子供の頃、増録で見た火の
玉を泥荒は思い出した。夜、火の玉は作蔵さんの家の上空を飛んでいた。あれは夏休みだ
った。夜、増録の子供たちが蛍狩りをしていたとき、火の玉は山から田んぼの上空に現れ
作蔵さんの家の上空を旋回し、そしてまた山の方向に消えていった。泥荒は声を出して火
の玉の行方を追っていた。

 あれも夏だった。寛の隠居屋敷の奥にある泥荒の貧しい家族の部屋で寝ていると、開け
てあった雨戸から、ちいさなふたつの火の玉が入ってきた。泥荒は恐怖に震え、ふとんを
頭からかけ、すこしだけ顔を出し、その火の玉の動きをおそるおそる見ていた。泥荒の他
は家族のみんながいびきをかき寝ていた。ふたつの火の玉はやがて雨戸の外に出て行った。
それから泥荒は眠ってしまった。朝、目覚めるとそこは山の中だった。泥荒は自分が何故
ここに寝ているのか理解不能だった。おそらく兄たちがいたずらをして泥荒が寝ていると
き、ここまで部屋からかついできて、置き去りにしたのだろうと泥荒は思った。そこは寛
の隠居屋敷の奥からまっすぐに伸びた細い山道沿いの場所だった。泥荒は朝もやのなかを
家族が寝ている家まで歩いて帰った。裸足だった。寛の隠居屋敷その奥に住む家族の部屋
の雨戸は開けてあった。そこから泥荒は中に入ると自分の寝床に入りまた眠ったのである。
それは意味不明の体験だった。泥荒は火の玉の導くまま連れてこられ、山の中で鬼怒一族
の記憶装置を体の中にインプットされたのかもしれなかった。それから泥荒は山の中で眠
るのが好きになった。泥荒は豊田小学校に入学しても一年生からよく学校をずる休みして
昼間は山の中で過ごした。学校は山だった。山をひとり歩き山のゆるやかな草の上でひと
り眠るのだった。泥荒は間違いなく山に憑依された子供だった。そして泥荒は山の神の声
が動物的本能で聞こえる人間となった。

 もう一度だけ、もう一度だけデイアラ神社にお参りをしていこうと、泥荒は夜の帳が下
りる奥の細道を登った。木で造られた鳥居をくぐり社の前で拍手をひとつ打った。音は増
録の山に浸透していく。礼をして下を振り返ると成田の田園風景が夕暮れの濃紺に染まり、
人家のちいさい灯りが見えた。時間は午後六時になっていた。泥荒は今日の調査はここま
でだと判断した。次回はここから北の成田へと接続している山の領域を調査する必要があ
った。山道を確認しそして神社を確認する、デイアラ神社から山の頂にそって南側の河戸
方向の山中も調査しなくてならない。今日の歩きは外形をなぞったに過ぎなかった。時間
はたっぷりとあると泥荒は山から三叉路の宮田まで降りていき、アスファルト道路から成
田の田園地帯を見回した。前方の矢板方向の山はゴルフ場になっている。泥荒は矢板の町
の方向、太陽が沈んだ西へと歩き出した。車が何台もスピードを上げて疾走していた。泥
荒にとって調査とは歩行だった。乗用車に依存した文明は没落すると泥荒は確信していた。

 泥荒の歩行は2015年体制への準備だった。新昆類は増録の山で野生化し、やがて日
本列島の山中に棲息していくだろう。弥生人に復讐する縄文人の荒魂は新昆類に託された
昆虫情報体の羽根にあった。羽根は世界を昆虫の交通関係として構築していくエネルギー
だった。羽根は植物情報体の豊饒の海で育っていく。それが山の中身だった。鬼怒一族と
有留一族が進行させている新昆類の事業こそは、もうひとつの日本でもあった。二十一世
紀に縄文の血を継承し、山岳修験道の鬼怒一族と有留一族が、今なお生存していることに
ひとつの奇蹟があった。泥荒はひたすら高原山をめざし夜の中を夜に溶けて夜を歩いてい
った。2015年に実修実証の朝はやってくるはずだった。

 欺瞞を強権によって貫徹した大室寅之祐明治天皇王朝のラストエンペラーは……
2015年体制へのオリエンテーションこそ新昆類だった。

 新しい朝は、明治より古い朝の継承でもあった。

「さあ、行くべ」

 ミツ子の声が泥荒を不安に満ちた未来への歩行へと励ました。



 平成十八年、十二月二十九日、有留源一郎と史彦は鎌倉寺山を出発した。鎌倉寺山の森
林からラフォーと猿の群れが見送っていた。史彦は高原山でディアラフォーと対面するは
ずだった。史彦の阿頼耶識はラフォーによって訓練されていた。意識下の意識、そこにも
うひとつの日本があった。高原山で史彦が「でぃあらふぉー」と叫ぶとき、間違いなく、

2015年体制は記憶の重力となって、猿人類の地球マトリックス、その母体が船となって
WINDOWSから見える異史は記述されていく。そして寺山の修司は現在進行形だった。



                                     (了)

四百字詰換算 458枚

【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】

41回に分割しアップロードさせていただくことになりました。

2007年度秋、応募投稿締め切りの
第2回日本経済新聞小説大賞への応募投稿めざして、新作を構想中であります。

日本文芸界の創造的破壊を試みるのは、第1回日経小説大賞応募者の圧倒的
多数であった50歳代~60歳代の男性です。

第1回敗退から再び、第2回応募へと挑戦し、1千万円を奪い取りましょう。
いつまでも女どもに負けてはいられません……

日本文芸界の創造的破壊に挑戦できるのは、われわれ
50歳代~60歳代の野生化した動物化した男たちです。

おのれのきんたまを握りながら、書いていきましょう。
孤独のなか、文が出てくるまで、耐えがたき耐え、
偲びがたきを偲び、持久戦争として構え、一文一行へと進んでまいりましょう。

「出来る 出来る やる気があれば 必ず出来る」
「この小説をラストシーンまでもって走り続け、必ず、エピローグのピリオドを打つ」

刻苦奮闘の精神で書いていきましょう。

机の前で考え込みうなってばかりいると、体が肥満になり
健康を害しますので、散歩へ行き、体操をしましょう。

書いていると胸を圧迫し、呼吸が浅くなってしまいます。
三十分間に1回は外に出て、新鮮な空気を吸い、深呼吸しましょう。

酸素を取り入れなければ、思考が働きません。
小説はほんとんど時間をかけた思考労働の産物であります。

気合を入れて、1時間に1回は大声を出しましょう。

とにかく書いていきましょう。がんばりましょう。

読んでいただき、ありがとうございました。

この小説を、2006年3月21日、朝方、スーパーマーケットの駐車場で亡くなった
【新じねん】おーるさんに捧げます。

【新じねん】
http://csx.jp/~gabana/index.html

【新じねん保存サイト】
http://oriharu.net/gabana_n/

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阿修羅より転載

大室寅之祐近代国民言語に抗する「実践と場所」--マルクス主義の日本的土着化
http://www.asyura2.com/0610/bd46/msg/369.html
投稿者 竹中半兵衛 日時 2006 年 10 月 29 日 11:04:20:

(回答先: イギリス大帝国の傀儡、日本帝国の現人神、大室寅之祐近代国民言語に抗する「実践と場所」 投稿者 愚民党 日時 2006 年 10 月 28 日 18:21:17)

>日本文芸界の創造的破壊に挑戦できるのは、われわれ50歳代~60歳代の野生化した動物化した男たちです。

いやあ立派な決意だす。その意気で日本の文芸界さ新風ば送りこむべす。
芸術家が文化理論戦線の一部ば構成して、しかも理論的には退廃の一途だ。
何たる脱イデオロギー。

団塊世代がたくらむのは、革命めざして立ち上がったにもかかわらず、70年安保で挫折すたおのれとの苦しい戦いさ終止符ば打つこと。サラリーマンさなってもう卒業だかんね。人生の卒業ではねぐて疎外労働とのお別れだ。そのごに待ってる地獄のような年金生活。サラリーマンやってたぐらいまだ生きるんだよ、まだ。年金は反比例のスライドだべ。蛇の生殺しだべ。モーレツに働いたごほうびがこれだ。やっぱすい、こんだけ大量の世代がいつまでも生き残るってことは、こりゃなんかあるぜ、おっしゃるとおりだ、愚民党さあ。大量の読者が待ってるぜ。

みながみな日和ったわけではねえはずだす。優秀な活動家が一級公務員さなったすい、大企業の重役までなってるだが、それでもおらみてな乞食と会うし、むがすに戻ってパンツずらすてきんたまにぎりあって喜び合う。んで腹ばようぐ見るんだ、黒くなってねえか。んで、黒くねえかわりに膨らんでる。みな腹さ一物もってっるってわけだ。みなおらより読書家だ。

町内のそこいらじゅうさ年寄りが佃煮のごとく溢れる。なぜか政治づいてる。
楽しみだにゃ。

読者が待ってるのは愚民党さんの意気込みの入った小説だべ。

「実践と場所」はクロカンの代表作だなす。マルクス主義哲学ば日本的土壌さどのように定着さすべきかば示す名作だべ。んだから、日本の「民俗」ばようく研究してるし、その研究態度・方法は本署の底に唯物史観が貫かれてる、いわば唯物論的民俗学だな。
おらもクロカンが死んでから買ったんだ。読みたくてもカネがねぐて、そのうちよむべって思ってたら、死んだって聞いたもんで、大慌てで買ってきたんだ。

その前に「社会の弁証法」ば買って読み直してる最中だすよ。これはむがすのシャタン(社・探、「社会観の探求」)の改版なんだども、何十年かぶりに読み直してるわけだす。

サラリーマン時代で哲学書はストップすてたもんで、老人パワーの原点ば再確立(あるいは新たにスタート)するために、今度はていねいに読んでる。「実践と場所」はまさすく哲学の「場」でありそれは「現在」だと思う。つまりおらの生きている社会だべす。愚民党さんが現在小説の中さ対象化すようとすてる現実だべな。

ただすい、小説ば書くときは、社会ば分析した上で小説ば書くっつうのは手法上は間違いだな。んだらばそれは社会科学の領域であり、論文とすての産物だ。すると、小説の中味は論文の例証に終わる。作者も例証さこれ勤めるために、登場人物が動かねぐなるんだべ。んで、分析できねげればそれで小説は終わりとなる、あとが書けねぐなんのよ。フィクションであれ、作家の直感が大事だ。その上で描かれた内容が活き活きとすた人間や社会が描かれているならば、すぐれた作品となんだべつ。これは「社会の弁証法」さ書かれてる。

だとすても、この国家独占資本主義のもとで疎外された人間の社会ばリアルに描き出す小説ができあがることば期待すてっかんね、おらは。

あえて言わせてもらえば、実践とは哲学実的践も含んでいるがんね。この苦闘の伝わらねえ作品なんて、読んだだけ時間の無駄だ。「蟹工船」「夜明け前」ば超えた小説ば望む。

忠告だすが、おらのこの欲望さしばられねえように、まい進してけろ。
基本はあくまで言語表現だ。丸山健二だよ。校正校正校正、改稿改稿改稿。忘れねで。

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藤臣 柊子, 辰宮 太一
開運!神社めぐり
江原 啓之
江原啓之神紀行 1 伊勢・熊野・奈良 スピリチュアル・サンクチュアリシリーズ
山田 雅晴
神社ヒーリング―神仏との上手な霊的お付き合い法と最新開運法
松浦 昭次
宮大工千年の「手と技」―語りつぎたい、木を生かす日本人の知恵
高桑 信一
山の仕事、山の暮らし
J.ドナルド ウォルターズ, J.Donald Walters, 山村 宜子
自分を見失いそうなとき読む本―心の声が聞こえますか
山村 レイコ
朝霧高原―風と暮らす
新世紀エヴァンゲリオンPHOTO FILE 02 ADAM―2015年の戦士たち
本木 洋子, 茂手木 千晶
いま、地球の子どもたちは―2015年への伝言〈3〉よごれた水をのむ子どもたち(保健・医療)
eve 2015年の女神たち―新世紀エヴァンゲリオンPHOTO FILE
早稲田大学商学部産業経営研究会
経済成長の持続可能性~2015年の日本経済
日本貿易会「2015年アジア」特別研究会
2015年アジアの未来―混迷か、持続的発展か
清水 三郎
2015年 日本
NTT技術予測研究会, 立川 敬二
2015年の情報通信技術―次世代ITの未来ビジョン
宇江 敏勝
熊野修験の森―大峯山脈奥駈け記
伊矢野 美峰
CDブック 修験道―その教えと秘法
久保田 展弘
山の宗教―修験道とは何か
役行者霊蹟札所会
役行者霊蹟札所巡礼
細川 了海
山伏があなたの人生に喝!!
田中 利典, 正木 晃
はじめての修験道
藤田 庄市
熊野、修験の道を往く―「大峯奥駈」完全踏破
アーサー・C・クラーク, 沼沢 洽治
地球幼年期の終わり
ジェームス・F・ルール, 瀬戸口 烈司
地球大図鑑 EARTH

安倍総理誕生で江島市政暴走   【安倍戦争内閣スキャンダル】 安倍実兄企業に155億円落札

安倍総理誕生で江島市政暴走  下関の自殺者10年間で500人 【安倍戦争内閣スキャンダル】安倍実兄企業に155億円落札 
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/967.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 10 月 28 日 18:45:04:

【長周新聞】

安倍総理誕生で江島市政暴走

下関の自殺者10年間で500人

              安倍実兄企業に155億円落札   2006年10月25日付


 安倍内閣は “対米屈従の戦争をはじめる内閣” という性格をあらわしている。内政ではどんなことをするのか。そのモデルとなり、もっともわかりやすく示しているのは、安倍氏の地元である下関の江島代理市政である。江島市政は安倍総理が誕生すると、天下を取ったような気になって恥知らずな暴走を始めている。江島氏の選挙本部をつとめた人物や安倍氏の叔父関連のみずほ銀行がかかわるあるかぽーと開発の強行をはかるとともに、155億円の血税を投じる社会教育複合施設を地元業者を排除して安倍氏の実兄が中国支社長をする三菱商事に決めた。このような市政運営をしたのでは、食えなくなる市民が増え、自殺する市民が増え、下関が荒廃しきったものになるのはわかり切ったことである。人が死ぬことがわかっていることをやる政治は殺人政治である。安倍代理市政が支配する下関では、まさに「死の商人」のような市民殺し政治が横行するにいたっている。これを改めさせるのは市民の死活要求であるが、それだけではなく全国への下関市民の責任である。

 実態は土地投機の利権・あるかぽーと計画等

 安倍総理誕生後にあわただしく動いたのは、既設の文化会館、婦人会館、中央公民館を取り壊してつくるという社会教育複合施設(20年間で総事業費155億円)である。初めから三菱商事が取ることに決まっていると語られていたが、今月中旬、地元の原弘産グループを排除して、安倍首相の兄・安倍寛信氏が中国支社長をやる三菱商事グループに落札させた。安倍首相の実兄がからむと、ふつうの神経では遠慮するところ、逆に縁故優先をやるというのであるから、相当の独裁者ぶりである。

 ピンハネするだけで丸投げするほかない商事会社に建築事業をやらせることも異常だが、入札額は地元勢が10億円も安いのに、江島市長は高い方を選んだ。地元企業グループは公文書公開と法的手段も辞さないとしているが、江島市長は落札金額や審査内容を伏せ続けている。

 155億円の社会教育複合施設の建設計画は、今年に入って突如として浮上したもので、解体される文化会館は数1000万円で外壁を補修したばかりだった。これは昨年9月に新博物館建設(105億円)が白紙撤回に追い込まれたあと、何でもいいから相当額の事業をやれという調子で決まったものである。しかも設計から建設、管理運営すべてを1企業体に丸投げする。新博物館も今度の複合施設も、落札した企業体のコンサルタントに佐藤総合計画が入って、あらたに外資のジェイコムが加わり、始めからできレースとなったことも似通っていた。

 江島市長が安倍総理誕生に勢いづいて躍起になり始めたのが、関門海峡に面した下関の1等地あるかぽーとを自分の選挙の会計責任者をした人物が社長をやる実態の乏しい会社に、二束三文で売り飛ばし、貸し出して、デタラメな326万人という広島から福岡まで買い物に来ると想定した大型商業施設をつくらせようとしていることである。

 安倍総理確実との報道が強まるなかで、反対する自治会長に、市の顧問弁護士が業者の代理人となって脅迫文書を送り、市民の反対集会に集まったのが200人と聞くと、イベント会社を雇い利害がかかわる関係業者を集め、サクラの学生に発言させ、「500人の地元住民の賛成集会」と偽って、議会が色めき立つというインチキを始めた。

 最近では、中央地区自治連合会の自治会長宅に港湾局が「いく」と連絡して、ドアを開けたら江島市長本人がいたという、各自治会長の切り崩しに江島市長が直接に回り始めるという熱の入れようである。そして暴露されたのは、商工会議所に提出している店舗面積は通路などをのぞいた売り場面積だけという偽造計算書であった。うさんくさい詐欺まがいのことを江島市長がセールスマンになって推進しているのである。

 この計画にも、安倍首相の叔父である西村正雄氏(8月に死去)が持ち株会社の会長をつとめたみずほ銀行がメインバンクとして関係しており、総事業費135億円をかけ延床面積4万平方㍍の複合型商業施設をつくろうというのである。そして江島市政は、2万5000平方㍍のうち、8000平方㍍は1平方㍍当り6・5万円の郊外宅地並みのたたき売りをして、残り1万5000平方㍍は周辺施設と比べて半額の1平方㍍当り月額3500円で貸そうというのである。予定地は景観の美しい関門海峡沿いであり、実態は土地投機の利権だと見られている。

 市庁舎やJR駅建設計画も・終わらぬ利権事業

 こうしたインチキな利権事業は、いま始まったことではない。し尿処理場建設は、橋梁談合事件に次ぐ談合事件として全国的に摘発されたが、肝心の下関の官製談合は闇に葬られた。安倍氏が官房長官になり総理候補となると、警察も税務署もだまり込みを決めるのだ。し尿処理計画は初め60数億円、その後42億円、最後の落札価格は28億円となったが、排除された業者は20億円以下でできるといっていた。できるだけ高値を江島市長が選ぼうとするのである。

 奥山清掃工場やリサイクルプラザでは安倍氏の出身企業である神戸製鋼が独り占めをした。安倍氏が82年まで在職していた神戸製鋼所九州支社には、105億円の奥山工場ゴミ焼却炉(2000年)、60億円の、リサイクルプラザ(2001年)に加えて、毎年の管理運営や、オーバーホールなど含め、約200億円を受注させてきた。ごみ処理施設にしては不当に豪華で高価すぎるもので、しかもリサイクルプラザは橋梁談合を上回る落札率100%だった。神戸製鋼には土木・建設の技術はなく下請に丸投げしピンハネをするばかりで、現場に入った業者はさんざんに買いたたかれたうえ、だまされて倒産する業者も出るなどすさまじい状態となった。

 そしてこのような事業はこれで終わらない。200億円もかける市庁舎建設をもくろんでおり、JRの駅を連続して市が建設する計画もある。

 潰されていく下関 深刻な建設業・地元業者絞め殺す

 こんなことをさせていたら下関はつぶれてしまうというのが市民の切実な声となっている。

 まず深刻になっているのが建設業者である。10月には、老舗建築会社の栢野建設が、12億円の負債をかかえて山口地裁下関支部に民事再生法適用を申請した。経営者が蒸発した河久電工や蔦工務店(アクアテック)に続くもので、年末にかけて連鎖倒産などまだ拍車がかかると深刻に受け止められている。下関の代表的な中小企業であった中野書店も大型店の圧力でつぶれた。

 下関市の公共事業発注は、2000年ごろは1500件前後あったが、5年間で4割減となった。2002年8月から全国2番目で導入された電子入札によるダンピング入札政策で、地元業者はたたき合いに放りこまれた。首つりや夜逃げが起きると、わかっていて導入した殺人制度である。昨年4月から9月まで発注された公共事業178件(総額87億4000万円)のうち、地元中小業者が受注する500万円以上から2000万円以下の工事100件(総額は約9億円)の平均落札率は83・6%で、70%以下が25件にのぼり、なかには51・5%の工事まで出た。

 下関では仕事がないのだ。地元の企業が仕事がなく、働くものが食えない状態にあるのに、市政は下関の血税を使って市外の大手企業にばかり大型事業を回し、その資金も市内に還流させない政策をとっているのである。地元の業者は絞め殺しのダンピング政策で、自分らの関係する企業は親方日の丸のつかみ取り政策である。安倍・江島市政の競争原理、市場原理というのは大インチキなのだ。

 生活保護や離婚増える一方・食潰される市民生活

 このような大型利権事業の横行は、市民を搾り取り、さんざんに疲弊させることによって成り立っている。「百姓とゴマの油は絞れば絞るほど出るものなり」という徳川幕府の上をいくやり方で、要するに市民を絞るだけ絞った上に、利権をむさぼっているのである。

 地元企業はつぎつぎになぎ倒されて、労働者は職がなくてさまよい、仕事があっても食っていけない。工事現場で1日汗水流して働いても1万円に満たず、それも毎日あるわけではなく、代行タクシーや製造業などかけもちで働いて生活を成り立たせる状態である。

 下関市はすでに普通会計の公債費が1425億円で市民1人当りで毎年4万9000円の借金返済をしている。人口30万~40万人の類似都市と比べて、1人当りで1万1895円も多く負担している。財政の弾力性を示す経常収支比率は、04年、05年と90%で赤信号が灯っており、財政破たんのがけっぷちに立たされている。市財政の破たんは市民に押しかぶせられる。年寄りからも税金を上げ、ゴミ袋は有料化し、医療も介護も受けられないようにし、学校は用紙代からトイレットペーパー代まで父母から徴収し、壁ははがれ落ち、トイレは壊れたままの老朽校舎を放置。

 下関市内で経済的や病気などを理由に自殺した人は、10年間で500人をこえた。2004年は63人で、働きざかりの50代の男性が11人で2割近くを占めた。自殺者は、96年の39人から、10年で1・6倍増えている。交通事故の死者が22人だからその3倍の自殺者が出ている。心疾患の死亡率が全国平均より四割高いことも、隠れた自殺者といわれている。

 下関市の2004年度の生活保護は、人口1000人当りの保護人員が19・4人で、全国平均10人の2倍だった。この10年間で増え続けており、世帯数でも過去3年間は3000世帯をこえている。離婚は2004年で610件にのぼり、人口1000人当りの数を示す離婚率は2・49で、全国平均2・15、県内平均1・98から2割前後も多く、10年間で急増している。同年の婚姻届は1286件であり、その半数が離婚していることになる。旧市内で1年間に生まれた赤ちゃんの数は、人口25万人(2003年調べ)でわずか1912人に落ち込んだ。出生率7・7人は全国平均8・8人を下回り、山口県の48市町村の平均8・1にも満たなかった。就学援助の受給率は33・2%(2004年度)で、3人に1人の子どもが援助を受け、全国平均の2・5倍となっている。市民生活がさんざんに食いつぶされているのである。

 安倍晋三氏はすべての人の予想を超えて総理大臣になったが、そのために下関は死体累累の「万骨の山」になっている。総裁になる資金づくりのために、下関の利権事業で抜き取りをやってきたのではないか、の疑問は市民のだれもが持つようになっている。

 外資誘致まで企む・意識的な殺人政治 下関を特区に選定

 来年度予算編成の会合の席上で12日、江島市長は「外国企業の誘致等に前向きに取り組む自治体に対する地方交付税の支援措置等が検討されていることには注視していく必要がある」とのべた。市内の地元業者をなぎ倒すのが、外資に下関を売り飛ばすためなのだ。地元はさんざんにつぶされて、大いばりの外国人に市民がひざまずく状態が目標とされていると見るならいまのやり方も納得できる。

 米大使館の2003年対日投資イニシアティブでは、積極的に外資誘致につとめる自治体5地域を定め、大阪、広島などと合わせ北九州・下関を選定した。①外国企業のスピーディーな進出を求めて、行政手続きの見直し。②外国企業が日本国内で合併するさい、子会社をつうじて完全子会社化することを可能とする。教育および医療サービスの外国投資など、公共サービス分野への民間参入拡大。③雇用・生活環境をかえることで、「日本においてより柔軟な労働市場を形成することが、外国からの投資を誘致する重要な鍵になる」と主張。働くものが食えない状態にするのは、外資に気に入られるためである。

 市内でもゴルフ場が米投資会社のゴールドマンサックスに買収されて騒がせたが、今度は、公共施設の社会教育複合施設にも外資のジェイコムが入り、大量株所有するモルガン・スタンレーやリーマン・ブラザーズなど欧米投資会社が、ハゲタカ軍団として郷土を食いつぶすことになる。神戸製鋼所や三菱商事はその露払いとして、地元業者をのきなみつぶす役割と見られるのである。

 安倍政府は自治体倒産法制の整備をおこなっており、水道事業や保育園、病院事業などを民間に切り売りさせる計画が進められている。いわば中南米のアルゼンチンやチリのように、外資や民間企業が水道事業を買収したため、水道料がつり上げられて、市民はまともに使えなくなったり、イギリスで起こった公立学校や病院の民営化で、子どもや患者の追い出しがやられたことを覚悟しなければいけない。

 江島市政が最近やった特徴的なことは、大型店乱立政策で困っている唐戸やグリーンモールなどの商店街に対して、駐車違反取り締まりの特別地域に指定したうえに、その地域にある市営駐車場を30分無料を廃止し有料化したことである。商店街はわざとでもつぶすという意図で市政を運営しているのである。

 こんな市政をやっていたら、市民の自殺者が増えることははっきりしていることである。借金まみれになった中小業者がそうであり、生活できなくなった年寄りが餓死したり自殺したりするのが増えるのも明らかである。若い世代も結婚もできないが、結婚しても崩壊し悲しい事件が増えることも予想される。はっきりしていることは、安倍代理の江島下関市政は、そんなことをやっていったら市民が死ぬのをわかっていてやっていることであり、それは意識的な殺人政治である。

 市民徹底して抑圧 デタラメ横行構図・安倍事務所が頂点

 どうしてこんなデタラメな市政がやられているのか。それは選挙をやっても、市民に嫌われても安倍事務所に認められれば当選するという構造ができているからである。下関には民主主義などは格好の上でもなくなってしまっており、あるのは安倍事務所の独裁、市民制裁の専制政治である。北朝鮮のことなどいっている場合ではないのだ。

 江島市長の初当選は詐欺であった。反自民を装って人人を結集し、裏では安倍事務所と連携して、当選したら、反自民の協力者を切って捨てた。2度目は、亀田氏と古賀氏の3者対抗となったが、安倍事務所は古賀氏を誹謗中傷するビラを配らせたりした。それをやった暴力団側が対価を払わない安倍氏に対して安倍氏の自宅、事務所を放火する事件が起きたほどであった。古賀陣営は警察からも出入りをマークされ、落選後は、母体の日東建設が前年に40数件あった市の受注をゼロにされ、倒産に追い込まれた。民主党で安倍氏の対抗者になると見なしたら力でつぶしてしまうのだ。そして、1期の選挙で協力し裏切られた業者が対抗馬を推すと、それらの業者を入札から排除し絞め殺すという異常な攻撃となった。

 昨年の市長選では、市民は対抗した中尾氏を推したが、安倍事務所は連合の松原氏を出して批判票を分散させるなどの手を使った。それで旧市内では中尾氏より少なく、合併したばかりで事情がわからない郡部を安倍、林派が動員してかろうじて当選させた。下関の選挙では、謀略じみた仕かけが働き、安倍支配が重くのしかかっているのである。

 選挙で対抗馬が出るのは、相当のたたきつぶし攻撃を乗り越える力を要する。そして、もう一方の林芳正参院議員の側がサンデン企業の利権に預かるためにすっかり隷属下に入って対抗要素にもならない。大きな公共施設やし尿処理場などが建つと、管理運営や空調設備のガス化などの利権のおすそわけにあずかっている。

 下関では公明党が中央で与党になるはるか前から安倍派で行動してきた。また三菱などの組合である連合がいつも安倍支持で動く関係になってきた。自民党の地元は郷土つぶしの政治に怒るがこれらの、公明、連合などが安倍氏陣営の子飼いとなって動く関係ができている。

 そして市議会は、暴走を続ける江島市政にたいしてチェックする機能はとうになくなっている。サンデンの利権で飼われている小浜氏が10数年も議長をやり、議会支配をやっている。そして議員は、市民を代表するものというものの考え方はとうの昔になくなってしまい、年収1000万円プラスアルファーをあてがわれた議員生活者、働かずに遊んで暮らせて、その上に威張っておれる社会の寄生虫、遊民と化している。

 制裁をされているのは市民・全国典型の下関

 安倍首相は朝鮮に対して制裁をやり戦争を始める内閣になろうとしている。下関は佐世保港とともに臨検をする港に指定されている。江島市長が熱心なのが、米軍艦が入港すれば花束を持って歓迎に行き、テロ訓練は全国率先して実施する。北朝鮮の核実験に際しては、休日に部長連中を緊急招集して有事即応の会議をさせる。その場でやりようもない「情報収集」をせよとハッパをかけるという全国トップの戦争体制づくりのパフォーマンスをやる状態である。そして内政は「死の商人」的なつかみ取り商法の奨励である。

 こうして下関は安倍事務所を頂点とする市民抑圧の構造ができている。それをはねのけなければ市民の活路はない関係になっている。そして安倍代理市政は、市民を搾って自殺者が出てもかまわぬという殺人政治をやり、対抗するものはたたきつぶすという専制政治である。さんざんに制裁されているのは市民の方なのだ。このような野蛮な政治を国政の場でやることになる。このような下関市政のありようを変えることは全国への責任である。市民は黙って絞め殺されるわけにはいかない。この抑圧構造をうち破るのは市民大衆の行動しかない。来年2月に予定される市議選は、安倍・江島市政の飼い犬ではなく、その横暴とたたかって郷土と市民の利益を守る市民の力を強める機会となる。


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【安倍戦争内閣スキャンダル】 耐震偽造、ライブドア事件の黒幕、安倍晋三「安晋会」の闇 【新じねん

【安倍戦争内閣スキャンダル】 耐震偽造、ライブドア事件の黒幕、安倍晋三「安晋会」の闇 【新じねん・日々雑感】 最終図解 http://csx.jp/~gabana/Zaakan/hibi0603/hibi-niisi-060317.htm #安晋会を核とするライブドア浸透相関図 06/03/17 (金) 参考】<記事紹介>『安倍晋三氏 怪異な人脈」(『アエラ』)---ストレイ・ドッグより 2006.03.13 <記事紹介>『安倍晋三氏 怪異な人脈」(『アエラ』)   いま発売中の『アエラ』(3・20増大号。朝日新聞社)が6ページ使って安倍晋三官房長官の特集をやっている。 タイトルの「怪異な人脈」が何を指しているかといえば、謎の後援会「安晋会」、安倍氏も信者と見られる「慧光塾」(ただし、記事では「E塾」となっている)という神かがり的な経営コンサルタント、それにエイチ・アイ・エスの澤田秀雄氏が理事長を務める「日本ビジネス協会」(本紙では別の団体・日本ベンチャー協議会を指摘)を指している。 本紙でもこうした関係についてこれまで触れて来たが、この記事には初めて知った事実がいくつもあった。 1,ホテル・マンショングループ「アパ」の元谷外志雄社長は「安晋会」副会長である。 2,エイチ・アイ・エスの澤田氏も「安晋会」のメンバーである(ただし、『週刊ポスト』が以前、自殺したとされる野口英昭エイチ・エス証券元副社長が「安晋会」幹事だったと指摘)。 3,「安晋会」を実際、運営しているのは「ゴールネット」(記事中はG社)の杉山敏隆社長(同S氏)で、同社を本年中に上場させるつもり。その際の主幹事証券は、澤田氏が社長で、野口氏が副社長だったエイチ・エス証券である。 http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2006/03/post_d81c.html 2006.01.31 安倍官房長官と、渦中の「安晋会」代表が同席したワインの会の写真  情報提供があり、本紙が注目する安倍晋三官房長官と、「安晋会」代表の杉山敏隆氏が同じ「日本を語るワインの会」なるものに出席し、その掲載誌が存在することが判明した。 この会を主宰しているのは、全国でホテルやマンション経営を行っている「アパグループ」(東京都港区)を率いる元谷外志雄代表夫婦の模様。 この掲載誌が出た会は、05年10月に開催されたから、つい最近のことだ。 アパグループは月刊で広報誌を出しており、そのなかに収録されている。 http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2006/01/post_909a_1.html 情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ) 【私的めもらんだむ】 ○11時冷たい雨が降ってます・・・私の心にも雨が・・・冷たい雨が降ってます・・・猫がにゃあにゃあ鳴いてます・・・私の心も鳴いてます・・・にゃあにゃあ私が鳴いてます・・・云うべき言葉を失った・・・にゃあにゃあ私が泣いてます・・・私は猫になりました・・・人間の言葉が理解できない・・・猫になりました・・・ って、そんなわけない散文詩でした。元気・・・出さなくっちゃ・・・ ○13時半冷たい風が吹いてます・・・元請社長がベースを引き取っていきました・・・私の愛しいベースちゃん・・・みんなに可愛がってもらうんだよ・・・さようなら・・・もう二度と会えないんだね・・・初めて来たときは顔面凸凹だらけの、おまえだった・・・それを丹念に化粧して、肌はスベスベのピ~カビカに仕上げたんだ・・・こんなに綺麗にしてくれて、ありがとうって・・・云ってるみたいで嬉しかったよ・・・嫁ぎ先は訊かない・・・ただ、冷たい風の吹く中を、運ばれていくおまえを、いつまでもいつまでも見守っていた私のことを・・・どうか忘れないで欲しい。 風よ、風・・・どうしてそんなに荒れ狂う・・・心の中まで冷たい風を吹き込んでくれるな・・・俺には今やさしい心、あったかい心だけが必要なんだ・・・それでないと、死んでしまいそうになるんだ・・・お願いだから風よ、風・・・今度は春を伴って、俺の凍える心を溶かしてほしい・・・ ○15時半午後あたりから太陽が顔を覗かせてきた。暗雲一転して快晴・・・今日の天気のように人の心も変われるものならどんなにいいだろう。陰鬱な苦悩も一瞬にして吹き払われ、何処までも青く澄んだ大空が展開する・・・そして太陽の光は虹色に分散して、キラキラ輝きながら頭上に降り注ぐんだ。その中を泳ぐようにして人の魂が昇華していく。ここでオーケストラ・・・荘厳にして魂に浸透していくような旋律、それに呼応共鳴する幾多の楽器の音色・・・人の心の多様性そのままに彩られ・・・集合と分散を繰り返し・・・流れていく・・・そして光の中へ・・・それは決して眼を傷めないやさしい光だ・・・いや、もはや人は光と融合し、、光そのものとなって発光する。全ての制約から解き放たれる無数の魂・・・その歓喜は一瞬にして個々の魂を貫き波動拡散していく・・・そんな世界のことを夢想している。 「終わらないメリーゴーランド」 作・風のウイン(windy・way) ・・・かくして空腹が現実を呼び戻す。即席ラーメン、有ったかな? ○20時半責任の持てない書き込み・・・酔っ払ってま~す。しがない零細企業の愚痴・・・軽んじられてるのは承知でくこれを書いている。云わば虫けらの主張だ。って云いながら書く内容を忘れている・・・どうしようもねぇなあ・・・俺みてぃに干されている連中に・・・一言・・・少なくとも生きていようや・・・巨悪を追求することすら権利がないヘタレだと・・・言われてもだな・・・生まれてこの方世の中ワナだらけってこと・・・ ↑なに云ってんだか自分でも分からぬ書き込み・・・いま翌日の5時。この書き込み、記念に残そう。さっきソーメン食べた。麺が細いのですぐ食べられる。貧乏同志諸君にオススメ・・・昨夜は片っ端から同業者に電話した。仕事ないか?と・・・結果、全滅・・・不景気は不滅だ。 http://csx.jp/~gabana/Zaakan/hibi0603/hibi-niisi-060317.htm #安晋会を核とするライブドア浸透相関図 【新じねん】 http://csx.jp/~gabana/index.html
収録時間:105分
レンタル開始日:2003-12-24

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『ディープ・ブルー・ナイト』のペ・チャンホが監督、『イルマーレ』のイ・ジョンジェ主演によるサスペンスアクション。朝鮮戦争時期を舞台に、捕虜の脱走を手助けに使っていた暗号“黒水仙”が、一組の男女の運命を(詳細こちら
収録時間:116分
レンタル開始日:2004-06-30

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朝鮮戦争停戦50周年を記念して制作されたTVドラマ。韓国人の青年ジャーナリストと、日本でも話題となった喜び組こと“北朝鮮美女応援団”の一員が、禁断の恋に落ちていく。しかし、ふたりの前には、目では見えない国(詳細こちら
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レンタル開始日:2004-11-05

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レンタル開始日:2005-11-23

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レンタル開始日:2003-10-24

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収録時間:98分
レンタル開始日:2004-12-10

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収録時間:107分
レンタル開始日:2004-11-26

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レンタル開始日:2004-12-22

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安倍政府に金と肉弾を要求 破綻露呈するブッシュ政府  【長周新聞】

阿修羅より転載


安倍政府に金と肉弾を要求 破綻露呈するブッシュ政府  【長周新聞】
http://www.asyura2.com/0610/war85/msg/918.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 10 月 21 日 15:27:29:

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安倍政府に金と肉弾を要求

            破綻露呈するブッシュ政府   2006年10月2日付


 ブッシュ米政府が「テロ撲滅」を掲げてやったアフガニスタンとイラクでの侵略戦争は、すでに4000億㌦余りの戦費を投入、2900人余りの米兵の戦死者を出した。両国ともに反米武装勢力の抵抗斗争が大きく発展するなかで、米軍はじめ外国侵略軍の兵員不足が深刻になり、際限ない戦費支出がアメリカの財政赤字を激増させている。そんななか、米情報機関のデータをもとにした「国家情報評価(NIE)」が漏えいし、反米を掲げたジハード(聖戦)が世界に拡散したとした。「対テロ戦争で米国も世界もより安全になった」としたブッシュの言い分が覆され、アメリカ支配層のなかでもブッシュ批判が噴出、醜い責任のなすくりあいをやっている。このブッシュ政府の破たんが、安倍政府を登場させ、対日要求をしている根拠となっている。

 イラクでもアフガンでも窮地

 イラクには現在、14万7000人の米兵が駐留しているが、首都バグダッドの米軍司令部や米大使館、かいらい政府のある地域の安全すら守れなくなっている。米中央軍のアビゼイド司令官は「内戦の激化」を理由に米軍の現状維持を求めていたが、先日そのウソも暴露され、実は米軍への直接武力攻撃が日に日に強まっていることが明らかにされた。

 イラク占領当初には、米軍13万8000人と英国以下36カ国計2万8000人の多国籍軍が駐留していた。だが、ブッシュ政府のイラク戦争のウソがあばかれ、各国で即時撤兵世論が高まるなかで、スペイン、イタリア、ウクライナ、オランダなど1000人規模の派兵をしていた国が相次いで撤退、英国も削減を始めた。

 反米抵抗勢力の矢面に立たされた米軍は、予備役や州兵動員、部隊交代期間の延長、さらに民間軍事会社要員や囚人部隊で補充してきたが、それも限界となった。最近でも、陸軍部隊の1部の帰国を1カ月ほど先延ばしし、交代する部隊の派遣を同程度の期間前倒しすることで数1000人単位の一時増員をはかるなど、苦肉の策をとっている。

 深刻なのは新兵募集がままならなくなったことである。この1年、米軍は新兵3万人を募集するとしてきたが、陸軍は募集目標の86%、予備役陸軍は79%を達成したにすぎなかった。昨年、陸軍は新兵8万人の募集で退役する老兵と交代させようとしたが、失敗した。若者のあいだでは、イラク派遣米兵の戦傷者が急増しているため、応募者が服役後に保証される大学への無料入学も1つしかない命にはかえられないという声が強まった。

 現在、イラク戦場に2万人近くの婦人兵士が派遣されているが、すでに数10人が戦死、数100人が負傷、多くが退役を求めている。婦人兵士の全体に占める比率は過去4年間に減りつづけている。

 黒人は米軍で23%を占めており、人口比の2倍を占めていたが、ここ数年新兵応募率が減少している。5年前には応募率23・5%だったのが、「9・11テロ事件」後は下がりつづけて、現在では14%未満となった。黒人のあいだで、「不正義の戦争」に反対する空気が高まったことと、黒人や有色人種は第1線の兵士や下級指揮官にされ、死亡率が白人より多いことが普通だったからである。

 新兵募集も行き詰まり

 新兵募集が行き詰まったため、ブッシュ政府は2003年から2つの民間会社と募集契約を結び、1万5000人を集めた。新兵1人を獲得すれば5700㌦の報酬をやるという取引である。最近では、連邦最高裁に大学が連邦資金援助とひきかえに、軍部の募集要員が校内に入って勧誘できるとの判決まで出させている。

 アフガニスタンでも、旧タリバンなど反米抵抗勢力が力を増すなかで、米軍とNATO軍4万人で対応できなくなり、NATO軍最高司令官が8000人増派を要求している。だが、欧州部隊でポーランドとルーマニアが応じただけで、ほかは渋っている。シラク仏大統領は、NATO軍はタリバン勢力などの「掃討」作戦に参加すべきでないと公言している。

 他方、戦費の際限ない増額もアメリカやNATO諸国に、重大な負担となっている。アメリカでは、イラクでの毎月の戦費は約60億㌦、アフガンのそれは約10億㌦にのぼり、水害やその他災害に使う予算の15倍となっている。

 米議会は9月29日、07会計年度(06年10月~07年9月)の国防予算約4480億㌦(約50兆8600億円)を通過させた。このうちイラク、アフガン向け戦費の700億㌦は半年分で来春には補正予算が組まれる見通しだ。イラクなどの戦争遂行のための支出は累計で5000億㌦を突破することとなる。国民の反発をかわすため、この国防歳出法案に「イラクでの恒久的駐留」につながる軍事施設建設への予算執行を認めない条項を盛り込まざるをえなかった。

 ライス米国務長官は9月26日、安倍内閣発足にふれて、5月の米軍再編合意によって「同盟の質を根本から変え、同盟を現代化した」と語りイラク、アフガンの対テロ戦への協力について「強化された防衛責任を日本は遂行している」とのべた。2000年に、対日戦略文書「アーミテージ・レポート」を発表した前国務副長官アーミテージは、10月に発表する同「レポート2」でアメリカとの情報共有の促進や外洋での海軍戦力強化を進言するといっている。

 「同盟の現代化」とは、米軍指揮下で自衛隊を海外にいつでも派遣できるようにするという日米両軍の統合であろう。「強化された防衛責任」とは、安倍内閣がインド洋への自衛隊派遣やイラクでの航空自衛隊による輸送業務継続を評価したものであろう。安倍首相が公約した憲法改悪や集団的自衛権行使は、危機に立つアメリカの要求にこたえるものである。米軍再編に3兆円を出すことや、インド洋の米海軍に油を無償で補給するのも、アメリカがやっていけなくなっているからである。安倍新政府は、危機に立つブッシュ政府にたいして、カネと肉弾を提供することを最大使命としている。それは、ブッシュ政府とともに野たれ死にすることを意味している。



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<HR>

ジェームズ マン, James Mann, 渡辺 昭夫
ウルカヌスの群像―ブッシュ政権とイラク戦争
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イラク戦争―元国連大量破壊兵器査察官スコット・リッターの証言 ブッシュ政権が隠したい事実
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G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力―共和党の分析
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