高原山 -328ページ目

小説  新昆類   (1) 【日経小説大賞応募投稿 第1次予選落選】

第1回日本経済新聞小説大賞応募 2005年12月31日

                      2006年10月18日発表

        【第1次予選落選】

 

 第1次予選落選となりましたので、校正と推敲のうえ、ブログに掲載させていただきます。
458枚の長編ですので、連載というかたちにさせていだだきました。

この小説を、2006年3月21日、朝方、最後の「日々雑感」を更新して、買い物に出かけ、
スーパーマーケットの駐車場で亡くなった
【新じねん】おーるさんに捧げます。

【新じねん】
http://csx.jp/~gabana/index.html

【新じねん保存サイト】
http://oriharu.net/gabana_n/

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■2006/03/23 (木) 追悼、おーるさん

きっこの日記
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20060323

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【おーるさんの最終図解】 安晋会を核とするライブドア浸透相関図 【新じねん・日々雑感】

http://www.asyura2.com/0601/livedoor1/msg/659.html

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           新昆類     


       エピローグ

 追われていた。大人の女に追われていた。女は少年の名前を連呼している。少年は山道
を逃げている。山道は丘の野原に出たが行き止まりだった。下は崖だった。向こうから大
人の女が走ってくる。女は少年を育ててくれた母の姉だった。その叔母を少年は、ばあち
ゃんと呼んでいた。叔母の長い髪は怒髪天のように風に乱舞していた。少年は叔母に追わ
れる理由がわからなかった。優しい叔母が突然、恐ろしい鬼になって、少年を追ってくる
理由がわかならかった。叔母の名前はミツ子と村から呼ばれていた。夢だった。

 増録村にある日、巨大な壁ができた。村の少年たちは里に出ようとよじ登っている。誰
かがボウジボッタッレの仕業だと言った。村は暗黒につつまれていた。いやオカンジメの
仕業だと誰かが言った。村を閉じこめる壁ができたのは、山頂のデイアラ神社、裏外壁と
横の木枠の中に一列の並んで納まっていた神社の刀を盗んだからだと少年は思った。それ
はブリキでつくられた刀だった。山頂は村のこどもたちの遊び場だった。おらたちが村に
呪いを呼びこんだんだべか? 神さまの罰だっぺか? 高くでかい壁ができたのは、おら
たちのせいなんだべか? くりかえし、何度も夢をみた。

 そこからは暗い山道だった。幼児は後ろ髪を引かれるように里をふりかえる。なだらか
な三月の田園、大地が遠くの山並みまで広がっていた。さあ、とミツ子が幼児をうながし
た。急な山道を登る。道の幅は狭かった。樹木の根っこが階段になっていた。だいじょう
か、ミツ子が幼児に声をかける。幼児がうなずく。登りきったところからは、なだらかな
山道が暗い奥へと続いている。陽光は高い樹木の群れ、枝と葉の繁みによって閉ざされて
いる。山は静寂が広がり独特の音を発していた。木と木が話している音だと幼児は思った。
幼児はまだ四歳であったが考えていた。ばあちゃん、おらを連れて何処へ行くんだべか?

 このあいだ里にきて、母ちゃんだよとおらの前に笑顔で立った人のところだんべ、そう
幼児は予測していた。突然、上空で不気味な音がした。枝と枝の間を黒いものが飛んでい
く。猿か、むささびだんべ、そうミツ子が幼児に声をかけた。山に呑まれていく......

 恐怖の信号が幼児のからだに走った。幼児は叔母の手をにぎった。
 
「さあ、行くべ」

 ミツ子は幼児の手を引き、高い杉林、枝と枝の間にある洞窟のような小道を歩き、山を
抜けていった。幼児の名前は泥荒。東から西へと山道は続き、やがて二人の前の向こうに
あふれる光が見えた。まぶしかった。青い空が見えてきた。二人を迎えたのは増録村の情
景だった。


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渡辺 誠
よみがえる縄文人―悠久の時をこえて
大山 元
知ってびっくり!古代日本史と縄文語の謎に迫る
桂樹 佑
縄文土器に刻まれたDNA暗号
及川 征志郎
縄文の風
今村 啓爾
縄文の実像を求めて
佐藤 洋一郎
縄文農耕の世界―DNA分析で何がわかったか
池田 満
縄文人のこころを旅する―ホツマツタヱが書き直す日本古代史
佐藤 真生
縄文魂―文明にすがる人間は救済する価値もない
鈴木 道之助
図録・石器入門事典 (縄文)
佐原 真, 小林 達雄
世界史のなかの縄文―対論
小川 忠博
土の中からでてきたよ
岡村 道雄
縄文の生活誌
池田 満
ホツマ縄文日本のたから
池田 満
『ホツマツタヱ』を読み解く―日本の古代文字が語る縄文時代
橋口 尚武
海を渡った縄文人―縄文時代の交流と交易
梅原 猛, 中上 健次
君は弥生人か縄文人か―梅原日本学講義
佐治 芳彦, 鈴木 旭, 関 裕二, 高橋 良典, 幸 沙代子
日本超古代文明のすべて―「大いなるヤマトの縄文の遺産」を探究する!
太田 龍
縄文日本文明一万五千年史序論
佐々木 高明
縄文文化と日本人―日本基層文化の形成と継承
岡田 康博, NHK青森放送局
縄文都市を掘る―三内丸山から原日本が見える
川野 博之
縄文杉に集まった二十二人の子どもたち
岡村 道雄
縄文の生活誌
久慈 力
『もののけ姫』の秘密―遙かなる縄文の風景
町田 宗鳳
縄文からアイヌへ―感覚的叡知の系譜
笹谷 政子
日本語の起源〈第2部〉続・縄文語
大山 元
古代史料に見る縄文伝承―縄文とアイヌの関係を学際的見地から分析
小林 達雄
縄文人の世界
ネリー ナウマン, Nelly Naumann, 桧枝 陽一郎
生の緒―縄文時代の物質・精神文化
秋元 信夫
石にこめた縄文人の祈り・大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)
白石 浩之
石槍の研究―旧石器時代から縄文時代初頭期にかけて
佐原 真
稲・金属・戦争―弥生
関 裕二
いま蘇る縄文王国の全貌―八世紀大政変に隠された東西日本の合併と破綻
泉 拓良, 西田 泰民
縄文世界の一万年
テレビ東京, 東京12チャンネル=
海を越えた縄文人―日本列島から太平洋ルートで南米まで1万6000キロの壮大な旅
梅原 猛
梅原猛著作集〈6〉日本の深層
百瀬 高子
御柱祭 火と鉄と神と―縄文時代を科学する
楠戸 義昭
神と女の古代
渡辺 仁
縄文土偶と女神信仰
奥成 達, ながた はるみ
昭和こども図鑑―20年代、30年代、40年代の昭和こども誌
石割 平, 円尾 敏郎
日本映画スチール集 東横・東映チャンバラ黄金時代昭和20年代―石割平コレクション
石割 平, 円尾 敏郎
日本映画スチール集 太泉・東横・東映女優篇 昭和20年代―石割平コレクション
石割 平, 円尾 敏郎
日本映画スチール集 大映女優篇 昭和10・20年代―石割平コレクション
西川 隆
「くすり」から見た日本―昭和20年代の原風景と今日
浦原 利穂
終戦直後 大阪の電車―昭和20年代の鉄道風景 浦原利穂写真集
前田 重治
原光景へ―私の精神分析入門
上総 英郎
原初の光景 (1972年)
津野 祐次
光と山気の交響曲(シンフォニー)―信州四季光景
アイ・ヴィー・シー
魔の山
ジェネオン エンタテインメント
ウェールズの山
ジェネオン エンタテインメント
山の郵便配達
エスピーオー
天上の剣-The Legend of ZU-
ビデオメーカー
NHKスペシャル 地球大進化・サウンドトラックDVD 映像と音楽で迫る地球46億年のタイムスリップ
東宝
風林火山
ビデオメーカー
曖昧(猥褻ネット集団 いかせて!!)
NHKエンタープライズ
NHKスペシャル 地球大進化 46億年・人類への旅 第4集 大量絶滅 巨大噴火がほ乳類を生んだ
アイ・ヴィー・シー
嵐が丘
GPミュージアムソフト
嵐が丘
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
嵐が丘
ジェネオン エンタテインメント
嵐が丘 デラックス版
ビクターエンタテインメント
嵐が丘LIVE
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
DVD Station 50 #2 (スタジオ・クラシック・シリーズ)

小説  新昆類  (2)  【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

    1
 
 女と幼児が増録の山に入ったという波動はすぐさま、山全体へ、植物情報体となって伝
えられた。増録の山頂にあるデイアラ神社のイチョウの樹木が小刻みに振動し枝がゆれる。
葉がざわざわと音をたてる。音信は高原山中腹にある寺山修司寺のイチョウの大木に送ら
れた。山の樹木は生命体でもあった。高原山は過去と未来を規定し人間の運命も左右して
いた。そして高原山の畏怖とは古よりの隠された伝承にあった。

「野に伏し、山に伏し、我、木霊と言霊の残響の裂け目より、現れ出ん。役小角(えんの
おずね)五行陰陽道の古来、修験。空と海と山岳よりの密なる教え、修行に司どる寺山の
修司なり。我の修司は豊穣の山より与えられん。「修」「司」より得た霊応、験(しるし)
の力、内密を、親、兄弟といえでも、一切他言してはならぬ。我、山と野の自然智衆、真
言の本と行なり。日、月、火、水、木、金、土の道を陰陽暗黒歩行せん。山と野にて、朝
を迎えん地下人に仏在り。山は豊穣の源泉と源態なり。我、生と死の裂け目、表徴なりて、
恐山と木霊する高原山の寺山にて仏とともに在り」

 近世まで修行を司る下野国山岳修験道の道場、それが高原山の寺山修司寺だった。


 明治元年、古来よりの日本宗教を壊滅崩壊せんと、明治維新政府がイギリス帝国の命令
により、「神仏分離令」を布告した。これにより、修験道は生存の危機に突入した。明治
維新とは、イギリス帝国の工作によって成立した代物だった。坂本龍馬もイギリスの政治
工作員であった。植民地政策を貫徹するイギリス情報機関によって、徳川幕府転覆のプロ
グラムが秘密裏に起動していった。それに乗ったのが岩倉具視だった。岩倉具視の陰謀計
画を実行したのが、テロリスト山県有朋と伊藤博文だった。幕末の孝明天皇と皇太子であ
った睦仁親王は、山県有朋と伊藤博文によって暗殺された。ここで万世一系天皇の血の系
譜は切断されてしまった。明治天皇にすり替わったのは長州の大室寅之祐だった。嘘と欺
瞞を隠蔽するため、大室寅之祐は強権による絶対天皇制の現人神、近代の大帝、近代の神
となった。

 大室寅之祐を睦仁親王に代わる「玉」として長州から連れてきたのが三条実美だった。
三条実美と岩倉具視こそはクーデターによって、長州とともに明治維新革命政府を樹立し、
万世一系の古来よりの天皇、血の系譜を切断した公卿だった。大室寅之祐は天皇の血を継
承していない成り上がり者だった。成り上がり者はおのれの歴史を嘘で記述していく。強
権の明治維新政府が南朝後醍醐天皇系譜を大々的に教育勅語として、国家神道を貫徹した
のは、大室寅之祐を近代の帝、大日本帝国軍の神とするためだった。


 明治、大正、昭和へと日本破壊は計画的に進行し、大日本帝国はイギリス帝国の代理機
関として東アジアの侵略戦争立国になり、強権により支配貫徹された軍隊国家となった。民
衆は強権によって虐殺され、戦争に狩り出され、その結末がヒロシマ・ナガサキへのアメ
リカ軍による原爆投下だった。大室寅之祐王朝は21世紀の現在の「平成」まで続いてい
る。その基礎をつくったのが高原山を支配したテロリスト山県有朋だった。

 高原山の寺山修司寺は、真言宗智山派へ所属することを選択し、山県有朋による高原山
修験道壊滅と高原山支配、明治維新政府の日本破壊、宗教弾圧の近代暗黒時代を生き延び
ることができた。


 悲惨なのは寺院よりも神社だった。強権によって明治元年から、全国の神官は神社から
追放され一掃された。神社を守ろうと追放に抗った神官は、長州黒百人組によって暗殺さ
れた。明治維新政府の大室寅之祐王朝国家神道建設は計画的に江戸時代まであった神社を
潰していった。全国の神官と全国四割の神社が明治維新政府によって消滅させられた。残
された神社には、明治維新政府から派遣された神官が居座った。神社の頂点に明治維新政
府が創設した靖国神社の祖が居座った。その祖こそ大室寅之祐である。

 江戸時代までの神社研究は禁止された。こうして明治に大室寅之祐王朝国家神道は強権
によって成立したのであった。昭和の敗戦後も神社研究はマッカサーによって禁止された。
イギリス帝国が明治維新クーデターによって擁立させた大室寅之祐王朝を第二次大戦後も
日本の象徴として守るためであった。その象徴とは日本破壊だった。

 日本の寺院と神社は徳川幕藩体制によって守られてきた。明治からの近代とは日本破壊
だった。




 はるか遠い昔、高原山には鬼人が住んでいたという。鬼人とは縄文人の蝦夷だった。高
原山は黒曜石の生産地であり工房があった。黒曜石は天然のガラスで、矢尻やナイフへと
加工される。狩猟にはなくてはならない道具だった。高原山の黒曜石は坂東各地や峠を越
え会津地方にまで行き渡っている。

 大和朝廷は坂東各地や下野国に、新羅人、高句麗人を送り込んでいった。
 
 江戸時代に那須湯津上村で発見された那須国造碑には、先祖が公氏という滅んだ中国後漢
王朝の血統にあり、持統三(六八九)年、直韋堤が野国那須評(こおり)の長官に任命され
た、と刻まれている。そして、持統天皇が藤原京に遷都した翌年の文武四(七〇〇)年、
直韋堤が死去し、その子、意斯麻呂が建碑したと彫られている。

 那須湯津上村の百姓が開墾した畑から那須国造碑を発見したという知らせは、領主であっ
た水戸藩主二代目の徳川光圀に上奏された。徳川光圀はただちに那須湯津上村へと馬に乗り
駆けていった。後を追う家臣団。那須国造碑は徳川光圀に衝撃を与えた。徳川光圀はそこで
古来からの声を聞いたのだった。日本古代の文物に光圀は憑依されてしまった。光圀は家来
に那須国造碑の永久保存を命じた。水戸に帰ると徳川光圀は「大日本史」の編纂に傾注して
いった。



 下野国は渡来人国造によって、律令制度が整備されていった。天武二(六七三)年には、
すでに下野薬師寺創建されたとされている。続日本書紀には持統元(六八七)年に新羅人
が朝廷から下野国開墾に送りこまれている記事がある。霊亀二(七一六)年には、下野国
などの高麗人を武蔵国に移し、高麗郡を設置という記事がある。渡来人は国造りの屯田兵
だった。

 日本書紀には景行天皇の項に、武内宿禰による日高見国の蝦夷報告がある。
「武内宿禰東國より還りまゐきて奏言(まう)さく、東夷中、日高見國有り。其の國人男
女並に椎結(かみをあげ)、身を文(もとろ)げて、人と為り勇桿(いさみたけ)し。是
を総べて蝦夷(えみし)と曰ふ。亦土地(くに)沃壌(こ)えて曠し。撃ちて取るべし」

 撃ちて取るべし、それは蝦夷の土地を奪い、そこに渡来人による水田稲作を広げ、土地
を奪われる原住民の抵抗という荒魂を静め、無抵抗な良民とする精神支配の仏教を布教さ
せることであった。水田稲作には労働力が必要である。律令制度とは水田稲作開墾と仏教
布教の国づくりだった。

 原野を開墾し水を土地に流すためには集約労働力としての奴隷が必要だった。水田稲作
開墾とは徹底して人間の労働による自然への造形である。山野と原野を切り開きそこに水
の排水と排出をコントロールするという人工と工作の強靭な意思貫徹である。軍事と造作
の律令制度とは社会主義制度でもあった。坂東と陸奥そして出羽には屯田兵が送り込まれ、
奴隷となった蝦夷は水田稲作開墾の労働力として大和朝廷の支配地へと送り込まれた。ス
ターリンの命令によって住民まるごと遠地へと国替えさせられる、それと類似したことが
展開されていった。

 和銅二(七〇九)年、右大臣藤原不比等の命令で、高原山の鬼人たる蝦夷を退治したの
が、下野国府軍と派遣された大和朝廷軍だった。総大将は下野国造の渡来人下毛野古麻呂
だった。彼は大宝一(七○一)年、「日本」という国号を定めた大宝律令を、藤原不比等
とともに編纂している。彼は天武天皇死後、持統天皇に仕え、藤原不比等の信任あつく、
陸奥国建設の前線基地下野国を統治すると同時に兵部卿に任命され、東国である坂東を律
令制度の要として抑えていた。

 朝廷軍との戦に敗北した高原山の蝦夷は、再び高原山に暮らすことを許されず、下毛野
古麻呂によって帝都に連行され、奈良平城京建設のための奴隷労働の俘虜とされた。帝都
に凱旋した下毛野古麻呂は元明天皇から、式部卿正四位下という、現在でいえば国務大臣
級という高い地位を授かった。しかしまもなく平城京建設を指揮するおり、突然倒れ、病
死してしまった。朝廷内で下毛野古麻呂式部卿の病死は、坂東蝦夷の聖地である高原山の
怨霊に呪われ祟られたという噂が流れた。

 和銅三(七一〇)年、元明天皇が平城京に遷都すると鬼怒一族は、九州、四国や西国の
水田稲作造りの奴隷俘虜として各地国造に引き取られていった。

 蝦夷や隼人の奴隷俘虜労働によって建設された奈良平城宮は、和銅三(七一〇)年から
延暦三(七八四)年までの大和朝廷の帝都となった。奈良は百済語で故郷を意味する、渡
来人の都だった。

 藤原不比等が六十三歳で死去した養老四(七二〇)年、不比等の子、二男の藤原房前は
高原山の怨霊を封鎖するため祈願したという。神亀元年(七二四)年、行基は、鬼怒
一族の荒魂が復活せぬよう、高原山剣が峰の麓に法楽寺を建てた。

 不比等の長女宮子は文武天皇の側室となり聖武天皇を生んだ。若い女に産ませた不比等
の娘、光明子は聖武天皇の妃となった。長男の武智麻呂(南家)、次男の房前(北家)、
三男の宇合(式家)、四男の麻呂(京家)はいずれも朝廷の要職に着いている。

 不比等が死去し、房前が高原山の怨霊封鎖の祈願勤行をした年、九州で隼人の反乱、東
北で蝦夷が反乱した。行基が高原山に法楽寺を建てた年には、東北日高見の蝦夷が再び反
乱をした。藤原不比等の三男藤原宇合が持節大将軍に命ぜられ、坂東から三万人の兵士を
徴用し、朝廷派遣軍は陸奥国建設、蝦夷討伐の前線基地として多賀城を設置した。大和朝
廷の藤原一族は高原山の怨霊を恐れていた。藤原不比等死去の真相は、平城京に潜入して
いた高原山の鬼怒一族による暗殺であったからである。鬼怒一族は平城京建設に奴隷俘虜
として従事していたので、藤原不比等邸の構造を把握していた。

 藤原不比等の死は病死として朝廷内で発表された。







【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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和賀 正樹
大道商人のアジア
宇江 敏勝
熊野修験の森―大峯山脈奥駈け記
沖浦 和光
陰陽師の原像―民衆文化の辺界を歩く
伊矢野 美峰
CDブック 修験道―その教えと秘法
沖浦 和光
幻の漂泊民・サンカ
久保田 展弘
山の宗教―修験道とは何か
有栖川 有栖
山伏地蔵坊の放浪
五木 寛之, 沖浦 和光
辺界の輝き―日本文化の深層をゆく
田中 利典, 正木 晃
はじめての修験道
久保田 展弘
修験の世界―始原の生命宇宙
石川 知彦, 小沢 弘
図説 役行者―修験道と役行者絵巻
沖浦 和光
幻の漂泊民・サンカ
町田 宗鳳
エロスの国・熊野
太田 龍
長州の天皇征伐
小林 久三
軍人宰相列伝―山県有朋から鈴木貫太郎まで三代総理実記
尚友倶楽部山県有朋関係文書編纂委員会
山縣有朋関係文書〈1〉
尚友倶楽部山縣有朋関係文書編纂委員会
山縣有朋関係文書〈2〉
羽生 道英
伊藤博文 近代国家を創り上げた宰相 PHP文庫
斎藤 充功
伊藤博文を撃った男―革命義士安重根の原像
村田 安穂
神仏分離の地方的展開
臼井 史朗
神仏分離の動乱
加治 将一
あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン
アレキサンダー マッケイ, Alexander McKay, 平岡 緑
トーマス・グラバー伝
内藤 初穂
明治建国の洋商 トーマス・B.グラバー始末
楠戸 義昭
もうひとりの蝶々夫人―長崎グラバー邸の女主人ツル
斎藤 忠, 大和久 震平
那須国造碑・侍塚古墳の研究―出土品・関係文書
但野 正弘
黄門様の知恵袋
鈴木 暎一
徳川光圀
山室 建徳
大日本帝国の崩壊
徳川 光圀
大日本史〈第1-16,後付及索引〉 (1928年)
福田 三男
下野古麻呂と藤原不比等
福田 三男
光と風の大地から―下野古麻呂の生涯
高橋 克彦
炎立つ〈弐〉燃える北天
福本 邦雄
炎立つとは―むかし女ありけり
舘野 和己
古代都市平城京の世界
栄原 永遠男
平城京の落日


小説  新昆類  (3) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 不比等死後、不比等の地位だった右大臣になり名実共に政権トップとなった長屋王は、
行基と藤原一族の陰謀におとしめられてしまった。天平一(七二九)年、長屋王は聖武天
皇を呪術で呪ったという嫌疑をかけられ、自決した。不比等の子、光明子が妃から聖武天
皇の皇后となることによって、藤原四兄弟による宮廷での地位は固まり、藤原一族は権力
を把握した。そして藤原一族の陰謀に加担した行基は大和仏教の統帥僧侶へと上昇してい
った。

 東北、出羽国と陸奥国の蝦夷を統治するためには、坂東、下野国の蝦夷反乱は壊滅され
ている必要があった。下野国の北部は陸奥道への入り口であり、ここが安全でなくては、
多賀城に東山道や東海道から万余の軍隊を派兵することはできない。下野国は奥州侵略の
前線基地だった。各村からは家族ごと農民が、蝦夷の領域であった地帯へ、屯田兵として
入植させられていった。蝦夷への遠征のたびに、若い男は兵士として動員され、下野国は
疲弊し、たびたび飢饉に襲われていた。前線基地での百姓反乱は、どんな小さな動きでも
許されなかった。百姓を監視する役割が高句麗・新羅から移植してきた渡来人屯田兵だっ
た。屯田兵によって河川周辺の土地を奪われ、山奥へと蝦夷は追われていった。渡来人に
とって蝦夷は意味不明の不気味な山岳の鬼だった。

 鬼とは古来から日本列島に居住していた縄文人だった。そして朝廷軍の軍神、坂上田村
麻呂のルーツは、「おもいかね」として神話に登場する公孫氏だった。2世紀後半、後漢
の地方官だった公孫度が遼東に国を築く。公孫氏は朝鮮半島まで浸透していくが、やがて
公孫氏は魏に滅ぼされた。逃れた一族は朝鮮半島の南部へとやってきた。そこで伽耶諸国
を創建する。公孫氏は金属の生産と加工に優れた技術を持っていた。さらには軍事技術が
あった。やがて公孫氏は伽耶諸国から日本列島に移住を開始する。そして歴代朝廷軍の主
力勢力となっていった。公孫氏坂上田村麻呂の系譜は、アテルイの反乱から二百五十年後
に勃発した前九年合戦で、安倍貞任、藤原経清ら安倍一族軍を鎮圧した、陸奥守源頼義と
その子八幡太郎義家に流れていた。渡来人系譜源氏の奥州征伐への執着は、源頼朝による
奥州藤原氏平泉炎上によって帰結した。

 雄大な高原山を拝める盆地には木幡神社があった。延暦十四(七九五)年、蝦夷征伐に
向かう坂上田村麻呂によって創建されたという。この地と古代那須国を結ぶ佐久山街道の
豊田には坂上田村麻呂の将軍塚がある。豊田将軍塚は、坂上田村麻呂将軍が宿泊したと伝
えられる、由緒ある場所とされている。そこで坂上田村麻呂は、延暦十四(七九
五)年、鬼怒一族に暗殺されたという異史がある。その伝承によると将軍塚は田村麻呂の
墓であるというのだ。田村麻呂の暗殺に驚愕した朝廷は、田村麻呂の死を隠蔽し、彼の弟
を田村麻呂将軍として祭り上げた。朝廷の自作自演が必要だったのは、東北蝦夷征服
の最後の切り札が田村麻呂将軍であったからである。朝廷軍は東北蝦夷征伐の遠征軍を派
兵するたび敗北していた。この地は東北反乱の蝦夷と切っても切れない関係にあった。木
幡神社には朱色の業火に焼かれ、逃げ惑う鬼たちの地獄絵が本殿の内壁に描かれている。
その鬼こそ高原山の縄文人である鬼怒一族とされている。木幡神社は大和朝廷軍が滅ぼし
た鬼怒一族の怨霊を永遠に封じ込めるための呪術神社とされているが、異史によると木幡
神社も鬼怒一族の社であったというのだ。鬼怒一族は社を未来永劫に残すために、坂上田
村麻呂将軍によって創建されという風説を下野全土に流した。蝦夷の知恵だった。

 前九年の役より二十五年後、頼義の子八幡太郎義家が奥州清原氏の内乱に介入した
のが、後三年の役だった。この後三年の役が東国における源氏の覇権と、武家の頭領と
しての地位を固めた。

 坂上田村麻呂系譜である、源氏の関東、東北支配を許すまじと、奥州アテルイの系譜で
ある安倍一族の反乱に呼応し、高原山鬼怒一族の同盟軍でもある八溝山の蝦夷岩獄一
族は、北坂東蝦夷の部族反乱を八幡太郎義家源氏軍に対して起こした。下野、常陸、奥
州にまたがる山脈こそ八溝山だった。

 鬼怒一族も八溝山に入り、北坂東蝦夷山岳ゲリラ軍の中枢を担ったのだが、源氏の家来
である那須貞信軍の亀裂な謀略によって、八溝山蝦夷軍は鎮圧されてしまった。那須貞信
は相模国から遠征軍を募り、総勢五千の鎮圧軍を形成した。八溝山の蝦夷討伐によって那
須貞信は朝廷から源氏の一党として那須国を与えられた。那須貞信は新興那須家の祖とな
った。

 新興那須氏二代目の那須資道は、八幡太郎義家の家来として、奥州征伐「後三年の役」
に従軍している。新興那須家の「那須国」は、源氏による奥州侵略の要基地となった。

 平家と源氏の「屋島の合戦」で、義経に命じられ、海の小船、平家の女房が持つ扇を射
止めたのが、弓で有名な那須与一。古来よりの那須国を奪った、貞信の系譜である。


 敗北し、屈辱的に殺された八溝山蝦夷軍の大将、岩獄丸は怨霊となった。



 木幡神社には八幡太郎義家が、奥州征伐へ向かう途中、戦勝祈願している。

「鷲の棲む深山には、概ての鳥は棲むものか、同じき源氏と申せども、八幡太郎は恐ろし
や」(白河法皇)

 白河法皇は源氏の頭角を恐れた。八幡太郎義家は白河法皇の陰謀によって、力を削がれ、
孤立化していった。最後は病死した。鬼怒一族の怨霊にやられたのだろうと白河法皇は、
院政の御所で薄く笑ったという。

「下野の高原山、その山が見下ろす里、木幡神社は源氏の軍神、坂上田村麻呂が奥州蝦夷
征伐祈願のため、建てたというが、実はのう……鬼怒一族が建てた怨霊社であるとか、結
界に入った蝦夷討伐の覇者は、復讐の霊に呪われるという、恐ろしや、木幡神社の云われ
をけして源氏に教えてはならぬ、宮廷の公卿にも知らせてはならぬぞえ」

 白河法皇は言葉に出さす自分を戒めた。
 
 鎌倉幕府を開いた源頼朝も那須野が原の狩のおり、先祖ゆかりの木幡神社に祈願したと
いう。その後、源頼朝はある日、相模川から鎌倉への帰途落馬し、御所で死んだ。

「もののふの矢並つくろふ小手の上に霰たばしる那須の篠原」(源実朝)

 兄、頼家が追放されたあとを継ぎ、鎌倉幕府三代将軍になった源実朝も那須が原での狩
のおり、先祖ゆかりの木幡神社に祈願した。

 その後、実朝は、兄頼家の子である公暁に、鶴岡八幡宮の社前で正月拝賀の際暗殺され
た。公暁は、北条義時ら幕臣に実朝が父のかたきであると聞かされていた。兄弟を皆殺し
にした源頼朝の征夷大将軍系譜は消滅した。院政の後鳥羽上皇は、鬼怒一族の怨霊とは恐
ろしや、木幡神社に祈願するたび源氏が死んでいく……鬼怒一族を味方に引き入れなけれ
ばならぬ。かつて朝廷が滅ぼした山の民蝦夷を味方にせねばならぬと胸で誓った。そして
後鳥羽上皇は、今が鎌倉幕府打倒の好機と、京都守護伊賀光季を討ち、執権北条義時追討
の宣旨を発令し承久の乱を起こしたのだが、鎌倉幕府軍に敗退してしまった。後鳥羽上皇
は隠岐に流された。後鳥羽上皇の意思を蘇らせたのが後醍醐天皇だった。

 高原山と八溝山の源氏への怨霊をおそれた鎌倉幕府北条執権は、自らを平氏の出自であ
ると宣言するようになっていた。鎌倉幕府最後の執権である北条高時を裏切ったのが、
源氏の出自である足利尊氏だった。


 奈良時代に高原山から農耕奴隷として西国各地に流された鬼怒一族の末裔は、鎌倉時代
末期になり、後醍醐天皇による北条鎌倉幕府打倒の綸旨に応じ、後醍醐天皇の王子である
大塔宮が指揮する山岳ゲリラ軍に参加し、安芸の山の民である有留一族と共に、みごと北
条鎌倉幕府軍を敗退させる一翼を担った。しかし、山岳ゲリラ軍の将軍である大塔宮は朝
廷内の陰謀により、足利尊氏軍に引き渡され、鎌倉に送られてしまい、足利尊氏の弟であ
る足利直義の命令によって暗殺されてしまった。大塔宮を鎌倉から奪還し、山岳ゲリラ軍
の再建を計画していた鬼怒一族と有留一族は、大塔宮の死により展望を喪失し、西国に帰
還した。やがて朝廷が分裂し後醍醐天皇と足利尊氏の内戦が勃発した。鬼怒一族と有留一
族は吉野の山に入り、今度は楠木正成軍に加わる。しかし楠木正成軍は足利軍に敗れてし
まう。生き残った有留一族は一度四国に逃れ、そこから安芸の故郷に帰還。鬼怒一族は足
利軍による敗軍残党狩りを恐れながら流民となって西国を脱出し、坂東下野北部に向かっ
た。坂上田村麻呂将軍塚があり鬼怒一族の聖地高原山を拝める豊田村を開拓し住み着いた
という。豊田村の東には裏高原山の塩原から箒川が流れていた。箒川は那須国の那珂川へ
と合流する。






【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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上山 春平
埋もれた巨像―国家論の試み
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長屋王家木簡と金石文
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長屋王家木簡の基礎的研究
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平城亰木簡 (2)
深谷 忠記
迷界流転―「長屋王の変」異聞
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火怨―北の燿星アテルイ〈上〉
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火怨―北の燿星アテルイ〈下〉
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蝦夷(エミシ)・アテルイの戦い―大和朝廷を震撼させた
菊池 敬一, 岩手日報社
北天鬼神 アテルイ・田村麻呂伝(3版)
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田村麻呂と阿弖流為(あてるい)―古代国家と東北
菊池 敬一
北天鬼神―阿弖流為・田村麻呂伝
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阿波根昌鴻―その闘いと思想
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伽耶から倭国へ―可也山から見える国
澤田 洋太郎
伽耶は日本のルーツ
尹 錫暁, 兼川 晋
伽耶国と倭地―韓半島南部の古代国家と倭地進出
安里 健
詩的唯物論神髄
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新羅・伽耶社会の起源と成長
湯地 朝雄
政治的芸術―ブレヒト・花田清輝・大西巨人・武井昭夫
湯地 朝雄
戦後文学の出発―野間宏『暗い絵』と大西巨人『精神の氷点』
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戦後史のなかの映画―武井昭夫映画論集
武井 昭夫
層としての学生運動―全学連創成期の思想と行動
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『日本』は伽耶にあった
室伏 志畔
万葉集の向こう側―もうひとつの伽耶
福永 光司
「馬」の文化と「船」の文化―古代日本と中国文化
波多江 英紀
漢王朝・劉一族と邪馬台国
加藤 謙吉
吉士と西漢氏―渡来氏族の実像
東 晋次
後漢時代の政治と社会
久野 美樹, 中森 義宗, 小林 忠, 永井 信一, 青柳 正規
中国の仏教美術―後漢代から元代まで
東 方朔, 葛 洪, 干 宝, 陶 潜, 任 〓@51C0, 王 〓, 羅 汝芳
和刻本漢籍随筆集〈第13集〉 (1974年)
高橋 一起
奥州王。―日本最強の異人種、安倍一族の戦い。
北上川流域の歴史と文化を考える会
平泉の原像―エミシから奥州藤原氏への道
関 幸彦
東北の争乱と奥州合戦―「日本国」の成立
高橋 崇
蝦夷の末裔―前九年・後三年の役の実像
小原 与三郎
陸奥の伝説―前九年の役,後三年の役,平泉藤原氏 (1977年)
入間田 宣夫, 本沢 慎輔
平泉の世界
高橋 崇
奥州藤原氏―平泉の栄華百年
大矢 邦宣
奥州藤原氏五代―みちのくが一つになった時代
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金色堂はなぜ建てられたか―金色堂に眠る首級の謎を解く
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北の平泉、南の琉球 日本の中世〈5〉
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平泉への道―国府多賀城・胆沢鎮守府・平泉藤原氏
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平泉の原像―エミシから奥州藤原氏への道
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後醍醐天皇のすべて
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悲憤の緋縅―大塔宮と神池寺 (1974年)
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元禄太平記 総集編 後編~NHK大河ドラマ
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太平記の謎―なぜ、70年も内戦が続いたのか
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異形の王権
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中世古文書を読み解く―南北朝内乱と九州
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佐々木道誉―南北朝の争乱を操ったバサラ大名
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風の群像―小説・足利尊氏〈上〉
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北畠顕家―足利尊氏が最も恐れた人物
小松 茂美
足利尊氏文書の研究 全4冊セット
河北 騰
足利尊氏人と作品


小説  新昆類  (4-1) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 デイアラ神社には巨大なイチョウの幹がふたつあった。そのイチョウの大木は、北鎌倉
の縁切り寺、東慶寺境内にある後醍醐天皇皇女用堂尼の墓、それを見守るイチョウの銀杏
を、東慶寺の尼僧が広い集め、旅に出て、日本各地の寺院や神社に植えたひとつであると
いう成田村の伝説がある。豊かな田園地帯の成田村は増録村の隣にあった。増録村は豊田
村の人間が、第二次世界大戦後、開墾していった地図には載っていない山に閉ざされた
ちいさな村だった。

 山はひとつの国境でもあった。成田村の子供たちの遊び場は平地の田んぼや畑だった。
誰も山に遊びに入らなかった。デイアラ神社は増録村の子供たちに占有された遊び場とな
っていた。東に那須郡野崎の豊田村、西に塩谷郡矢板の成田村があった。豊田村も成田村
も豊かな田園地帯だった。戦後、豊田村と成田村は町村合併で矢板市に編入された。

 デイアラ神社は成田村の神社だった。成田村には矢板と喜連川を結ぶ街道が通っていた。
成田村と喜連川の河戸村の境付近にに宮田という地点があった。その宮田からデイアラ神
社に登る山道がある。入り口には石の草木塔があった。その草木塔に刻まれた文字から判
別すると、デイアラ神社は、江戸時代の安永九(一七八〇)年十一月に、干支庚子の「二
十三夜供養」とし成田村の女たちによって創建された。女たちが造作した神社なので、掘
っ立て小屋だった。二十三夜供養とは、村の女たちの講でもあり、デイアラ神社は講の場
所でもあった。よく旅の尼僧が宿泊し、講に集まってきた村の女たちに、古来からの言い
伝えや、江戸の様子などを伝えたらしい。

 天明元年(一七八二年)秋が深まり、山が紅葉に染まった日、北鎌倉の東慶寺の尼僧が
デイアラ神社に訪れた。その夜、村の女たちは、尼僧の歓迎に食べ物を持ち寄り、二十三
夜講を開いた。尼僧は村の女たちに、昔の話をした。

 村の女たちが尼僧から聞いたところによると、遥かな昔、高原山の鬼人を、元正天皇の
時代、藤原不比等さまの命令で大和朝廷軍が退治したそうな。しかし、日本書紀が完成し
た年、藤原不比等さまは、平城京に密かに潜入していた高原鬼人である鬼怒一族の毒矢に
よって殺されてしまったそうな。朝廷は大いに悲しんだが、都に潜入していた鬼怒一族は、
坂上田村麻呂将軍さまの先祖である朝廷軍の東漢氏によって、ことごとく捕まり処刑され
たそうな。不比等さま死後、隼人と蝦夷という鬼退治戦争は、朝廷と平城京安泰の柱とな
ったそうな。

 不比等さまの子、藤原房前さまは高原山の怨霊を鎮めるため、平城京の僧を鬼怒一族の
里である高原山に派遣し鬼人の怨霊を封じ込めるための大祈願を勤行したそうな。奥州国
造りの最大拠点たる多賀城(宮城県多賀城市)が完成した七二四年、平城京の僧侶行基さ
まは、高原山周辺に国家仏教と水田稲作を普及させる精神的支配の拠点として
高原山剣ガ峰の麓に法楽寺を造営したそうな。

 寺院と神社は鬼の怨霊を封鎖する霊的結界であると尼僧は村の女たちに話した。そして
寺院と神社を子孫代々至るまで守ることが、家を守る女の勤めです、と説教した。

「どうか、国の安泰祈願のため各地にある寺院・神社の境内に私が育てたイチョウの木
の種を植えておくれ、これが後醍醐天皇皇女用堂尼様の遺言でありました。鬼の怨霊が地
獄から復活しないように、日本各地にあるお寺では早朝から毎日、日本安泰祈願の勤行を
しています。朝廷と仏教こそが日本を毎日、守っているのです。私ども鎌倉の東慶寺の尼
僧は後醍醐天皇皇女さまの遺言を守り、こうして日本各地の寺院と神社の境内に銀杏を植
える旅に出ているのです。また下野国は東慶寺を開山されました北条時宗夫人覚山尼さま
と縁が深い場所でした。どうか、皆々様方、家の安泰は天皇様と仏様が毎日、守っている
と念じていただき、信仰の礎が何処にあるかを、一日に一回は思ってくださいますよう。
生きとし生きるもの、草木、ひとつひとつに神と仏は宿っていますに、皆様方の心のなか
に神と仏は宿っております」

 村の女たちは、月夜の晩の二十三夜講で、ありがたく尼僧の教えを聞いた。
 
「これは後醍醐天皇皇女様の松ヶ岡御所の銀杏です。地に植え、オスとメスの木が生長す
れば銀杏が実り食べられます。明日の朝、食と泊まらせてもらったお礼に、この神社の境
内に植えましょう。どうか大切に育ててください」

 尼僧は村の女たちに言葉を残し、翌朝、行基ゆかりの高原山へと向かっていった。尼僧
の旅の目的は高原山の山岳密教、修験道寺山修司寺の境内に銀杏を植えてくることで
もあった。修験道の聖地高原山は女人禁制だった。
尼僧は後醍醐天皇皇女様松ヶ岡御所の銀杏を山伏に渡し、寺山修司寺の境内に銀杏を
植えてほしいと託し、会津藩へと北をめざし旅立っていった。


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小説  新昆類  (4-2) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】


 デイアラ神社境内に植えられた銀杏は、奇跡的に芽出し、やがてオスとメス、二本のイ
チョウの木となって成長していった。デイアラ神社は泥荒神社と漢字で書く。泥の水田に
つかっての田植えや草取りは、百姓にとってつらく骨がおれる荒い重労働だった。「泥荒」
の意味は労働にあると村人は思っていた。





【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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高木 侃
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刈谷町庄屋留帳〈第5巻〉天明2年(1782)~寛政元年(1789) (1979年)
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宇佐神宮史 史料篇〈巻14〉安土桃山時代2・江戸時代1
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江戸・もうひとつの風景―大江戸寺社繁昌記
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福岡県行橋市近世宗教文化財調査報告書〈その1〉江戸時代の神社石造美術 (1979年)
文化庁歴史的建造物調査研究会
建物の見方・しらべ方―江戸時代の寺院と神社
根本 誠二
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近世青森県農民の生活史 (1978年)
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江戸農民の暮らしと人生―歴史人口学入門
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近世後期の社会と民衆―天明三年~慶応四年、都市・在郷町・農村
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近世山村社会構造の研究
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近世村落の経済構造
松永 靖夫
近世村落の土地と金融
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近世都市近郊農村の研究―大阪地方の農村人口
中山 富広
近世の経済発展と地方社会―芸備地方の都市と農村
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近世農民と家・村・国家―生活史・社会史の視座から
大藤 修
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初期徳川氏の農村支配
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