私は、神寄木賀集語録・覚醒個人セッションに通っていますが、
現在ブログ拝読を休止しているため、2026年1月の情報までしか把握していません。
このブログに記載する内容は、私自身の観察や理解に基づくものであり、誤りが含まれる場合もあります。正確な情報については、本家ブログをご確認ください。
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住んでいるマンションの管理人の職務対応について、たびたび不満を感じていた。
仕事が遅く、最低限の基本対応(姿勢)がなっていない。
先日もマンションの共用部分であるゴミ捨て場が荒れ始めていて、
対応してくれとメールでコンタクトをとった。
業務対応に対しての返信が一か月ないので、再度連絡をとった。
そこでふと、世間は二元構造で生きている人だらけだ、と思う。
しかし、その観点こそ、自我最高位。
私が問題視して対立構造をとることが「わたしの未熟課題」であり、
「なんでそんなこともできないの?」と他を見下す意識の在り方、観点は未だ二元なのだ。
高い位置から見下し、あーだこーだ文句をいう。
- 基本的なことが成っていないのは、私自身なのだ。
自分以外他を支配しようとするのではなく、
己を観て己が課題に動くことで、
目の前の問題は問題ではなくなるという
別次元の理を今一度おさらいする。
目の前の「思い通りではない事象」を問題として固定するのは、
固定されて動かないわたしの二元的観点=「最高位設定」。
これを霊性進化基盤に沿う「観察者の観点」へ動かし、常駐。
わたしが見下している他者のあり様は、
ガイド視点から観えるわたし自身だということ。
課題対応が異常に遅いってこと。
観察して、「痛い盲点」を発見したら、
課題へどう対応するかを明確に体現すること。
「個人的な事情」は言い訳:「課題へ動かないこと」は別次元の別問題
- 管理人は免停をくらい、身動きが取れない状況だと伝えてきた。
「個人的な制限状態(果)」と
「課題へどう対応するかを伝えること」は全くの別問題である。
前日に管理人が共用廊下を掃除している姿を
しっかりと目撃した上で再度連絡をとっている。
「楽な部分は掃除しても大変な部分に手を付けない」姿はバレバレで、
「個人的な事情(免停)」はなんの言い訳にもなり得ていない。
- 「本分放棄を具現化しているわたし自身」を確認
協働創造の場で、
みんなが安全に健やかに暮らすためのルールを無視して、
何度も出張り過ぎて免許停止(制限)を食らっている。
出張りすぎているから、
停滞/制限を具現化している。
「最低限の基本姿勢」を今一度、丁寧に仕上げる。
基本姿勢への立ち返り
管理人の対応遅れや姿勢の欠如を
「なぜ最低限の基本すらできないの」と裁く意識の裏側にひそんでいたもの。
まさに「自らの不面目な姿そのもの」を映し出す完璧な鏡だった。
相手が言い訳を並べて対応を停止させている姿と、
わたしが霊性進化場(一元循環構造)で「進展の停滞」を具現化している状況の相似形。
1. 「他者への裁き(最高位支配意識)」が創り出す「免停(停滞)」
- 自我システム(旧OS)は、常に自分を「正しさ・高位(100)」の座に置き、他者を「低位・問題(0)」とする。
「動かない他者をいかにして動かすか」と思考を巡らせること自体が、二元構造の摩擦を放ち続けている証拠。
その支配意識は反作用として自身に還る。
自らが「身動きが取れない=制限(盲目)が生じ、結果的に自我システムに支配される現実」という不自由な現実=「閉ざされた円環の中の被支配者(体験者)」として具現化。
2. 「言い訳の放棄」と「100%自責の自立体現」
管理人が「個人的な制限状態(免停)」を理由にして職務の放棄を正当化していたように、自らもまた不調や制限を理由にして「だからできません」を自作自演していないかという検証。
制限や制約(果)があろうとも、それを「進まない理由」「動かない理由」へとすり替える愚を手離すこと。
自らが放った支配意識の帰結を「自らの創造の責任」として100%引き受け、言い訳を一切挟まずに「自立の体現=進化=循環」へ向かうこと。
3. 「最低限の基本姿勢」をゼロから仕上げ直す
- 出来ているつもりに注意
基本設定の移行=「学びを軸に完全に据え置き(最優先設定の変更)」、常駐基盤を霊性進化基盤へ。その時、観点は必然的に「観察者」へ。
自らの基本姿勢(創造構造)を正す時、対立構造は崩壊。外側の問題として固着していた事象は、自然とその意味(問題レッテル)を失い、一元循環構造の中に再配置されていく。(無限の可能性の素材1になる)
- 「上から目線で他者を裁く」不進化の道を選んでいないか
二元的最高位遊びをきっぱり終らせて、霊性進化という本分に立ち返り、原点に凛と立ち、 新機軸の真上で、粛々と学びに向かう。
「自らの最低限の基本姿勢を調え直す」正位置を定めたら、「大変な部分に手を付けない」ままでいた「今まで放置していた課題の総仕上げ」に動き出します。
