私たちが小さい頃、生きてこられたのは、「育ての親」の祖父母がいたからでした。


祖父は早くに亡くなったので、私の記憶は少ないけれど姉の面倒をよくみてくれていたそうです。



そして祖母は、日々の食事、洗濯、お風呂、そして一緒に寝てくれていました。

生活の全てを支えてくれていた祖母は、私たちにとって「お母さん」そのものでした。


同じ屋根の下に、精神障害を抱える母と、そこから逃げるように趣味に没頭する父はいましたが、心が通い合う時間はほとんどありません。

それどころか、ひとたび母が病気が酷く(躁状態)になれば、家の中は一気に激しい嵐に飲み込まれます。


子供だった私にとって、母が暴れる以上に辛く、恐ろしいことがありました。


それは「育ての親である祖母がいなくなること」です。

母の調子が悪くなると、嫁姑関係の悪化を避けるため、祖母は親戚の家へと預けられてしまいます。


その瞬間、私たち日常を支えていた「柱」が家からポッカリなくなってしまうんです。


祖母がいなくなると、家の中に子供の面倒を見る人がいなくなります。

病気の母は大荒れで自分のことで手一杯。

父もその対応に終われて手一杯。

当たり前だった「ご飯」も「お風呂」も、すべて止まってしまいます。


私たちは、わけもわかからぬまま親戚や近所の家に預けられました。


「お母さん(祖母)」と切り離され、他の家に預けられる。

これから自分たちはどうなるのか。

いつになったら、家に帰れるのか。

その時の不安と恐怖は、幼い私たちの心を押しつぶしそうでした。


「嫁姑問題」という大人の事情の裏で、子供の私たちは、唯一の安心のよりどころを奪われました。

誰にも説明されないまま、生活のすべてを奪われる感覚。


今、あの頃を振り返って思うのは、私たちが求めていたのは豪華なオモチャでも特別なイベントでもなく…。

ただ「祖母がいて、明日も同じように生活ができる」という、当たり前の安心だったということです。


あの頃の小さな私。本当によく不安な日々を耐え抜いたね。