幼い頃から精神障害を抱える母を支えてきた私、そして老々介護
私の高校時代のお話。
双極性障害1型の母、躁状態が酷くなると、家の中は平穏とは程遠い場所になりました。
家は機能不全家族。
そんな私が、今日まで真っ直ぐに歩いてこられたのは、高校時代の友人たちとその親御さんたちが、私を「見捨てなかった」からです。
ある友達のお父さんは、いつもお弁当を持ってこない私にお弁当を作ってくれました。
焼き鮭をほぐし、フワッと握った、「シャケおにぎり」美味しかった!
今でもそれは、世界一美味しいおにぎりです。
ある友達のお母さんは、学校帰りに、私を招き入れてくれ、夕飯をご馳走してくれました。
一緒に料理をさせてくれたりもしました。
当時の私は3食、ほぼ買って食べていました。
私にとって、誰かが自分のためにご飯を用意してくれること、誰かと食卓を囲めることは、当たり前のことではありませんでした。
その一口一口に、どれほど救われたことでしょう。
母が躁状態になり、暴れて、どうしても家にいられなくなった時。
「助けて」と声をあげると、ある友達のお母さんは夜中に車で迎えに来て、私を泊まらせてくれました。
そこから学校へ通わせてもらったこともありました。
「ここは大丈夫だよ」言葉に出さずとも、その行動が私のボロボロだった心を繋ぎ止めてくれました。
今、私自身が子育てを経験してみて、改めて振り返ると、当時の私は、しつけもなっていない、手のかかる「困った子」だったに違いありません。
それでも、皆んな、私を見捨てませんでした。
「大変な家庭な子」としてではなく、一人の「大切な子供」として、そっと手を貸し続けてくれたのです。
今の私があるのは、間違いなくあの時、私を支えてくれた方々のおかげです。
嵐の中にいた私を、温かい光の方へ導いてくれた、あのシャケおにぎりの味。
友達の親達がくれた無償の愛と温かさが、今の土台になっています。
私も、あの時もらった優しさを、誰かに繋いでいけるような人でありたい。
心から感謝を込めて。
本当に本当に、ありがとうございました。

