以前も書きましたが、母が昔通っていた精神科に、今思い出しても…。

「なぜ、あんな先生に…」と複雑な思いが込み上げる医師がいました。


 

家族がどれほど振り回され、ボロボロになっても、母はその医師を変えることを頑なに拒み続けました。


そこには、母の生い立ちが深く関係していたのです。


母は、自分の父(私の祖父)を心から尊敬していました。

祖父はまさに「九州男子」という言葉がぴったりの威厳に満ちた人。

自分が決めたことは絶対で、家族を強引に引っ張っていくタイプでした。



母にとって、威圧的で有無を言わせないその医師の態度は、かつての父の姿をと重なり、どこか「安心感」や「頼もしさ」のように映ってしまったのかもしれません。



今思えば…。

その医師の態度は、病院内でも問題視されていたのでしょう。


入院が必要なほど荒れ狂う母を前に、泣きながら 「入院させてほしい」と懇願する私たち家族に対し、医師は「入院の必要はない」と言い切りました。


そんな様子を見かねた看護師さんが、こっそり私たちに声をかけてくれたこともありました。


「先生を変えてみたらどう?若い先生なら、もっと柔軟に見てくれるわよ」


それでも、私たちは変えることができませんでした。


当時の私たちはあまりに若く、そして  「無知」でした。


この高圧的な先生でさえ、さじを投げるような状態なら、他の誰が母を救ってくれるのか。



もし先生に見放されてしまったら、もう母を診てくれる人はいなくなる。

その恐怖だけが私たちを支配していました。


今ならわかります。

医師は選べるものであり、納得いかなければ変えてもいいのだと。

でも、暗闇の中の一筋の光だと思っていた、あの頃の私たちは、別の道を探す余裕なんてどこにもなかったのです。


後悔というよりは、ただただ…


「あの時、誰も私たちを正しい選択へと導いてくれる大人がいなかった」


という事実が、今も切なく胸に残っています。