もう一つの私の気持ち…。

母を新しい施設訪問医の精神科の初診へ連れて行きました。

新しい先生はとても温かく、親身になって話を聞いてくださる方で、その点では本当にホッとしました。

病院を新しくするのって、それだけで本当にエネルギーがいることだから…。


でも、それと同時に、私の心には別の大きな嵐が吹き荒れていました。

初診にあたって、これまでの経緯を書類に書いたり、先生に説明したりするために、どうしても「昔のこと」を掘り起こさなければなりませんでした。

母の病院だから、母の出来事を話す。

私の出来事を話すわけではないけれど、思い出してしまいます…。



母が躁状態の酷いときに、私たち子供にどんなことをしてきたか。

虐待、育児放棄。

そして、病気の母のケア。

思い出すだけで、今も胸が締め付けられるような記憶。


それなのに…。

当の本人である母は、その当時の記憶がすっぽりと抜け落ちています。

躁状態が酷く、脳のメーターが振り切れてしまっていたから、仕方のないことなのかもしれません。

母はいつだって「自分は被害者」として生き、周りの環境を責め続けています。

「病気だったから、精神状態が酷かったから、仕方のないこと」

世間はそう言うかもしれない。

でも、そんなの、私には通じません。

だって、母が忘れてしまったその記憶に、私は今もなお、振り回され、傷つき続けているのだから。



子供の頃、逃げ場なんてどこにもありませんでした。

家族のことでどれだけ辛い経験をしても、外に話せる場所なんてなかった。

それどころか、周りの大人からは「お母さんは大変な時期だから、あなたが支えてあげてね」なんて言われたりする。

でも、誰も私のことは支えてくれませんでした。

子供なのに、大人の顔色をうかがって、大人を支えて、無理やり大人にならざるを得なかった。

母にとっては「病気のせいで覚えていない過去」かもしれない。

でも私にとっては…

「今も血を流し続けているリアルな傷」です。

今日、親身になってくれる先生に出会えたことは、母にとっては救いだったと思います。

だけど、過去をほじくられて…。

平然とした母の横顔を見て…。

私の心の中の「小さな私」が、どうしても叫ばずにはいられませんでした。



「病気だからって、なかったことにしないで」

「私は、今でもずっと痛いんだよ」と。


今日は、そんな心の奥底にある、誰にも言えなかった独り言…。

吐き出させてくれて、ありがとうございました。

今夜は自分をたくさん労って、ゆっくり休もうと思います。