最近、実家に行くたびに、どうしても目がいってしまう、ある「変化」があります。

それは、父の身なりです。

これまでの私の父といえば、とにかくオシャレに気を使う人でした。


出かける前には必ずドライヤーを丁寧にかけて、スプレーで髪をピシッと固めてセット。

外出用の服はちゃんとお気に入りが決まっていて、いつも綺麗なシャツやポロシャツに、お気に入りのジーンズを合わせて格好よく着こなす。

それが私の知っている「いつものお父さん」でした。


ところが最近、そのオシャレな父の姿を見かけることが、だんだんと減ってきたのです。



いつの間にか、ジーンズだったズボンは履きやすいジャージになり。

綺麗なシャツの代わりに、畑の農作業用だったボロボロのシャツを普段から着るようになり。

あれだけこだわっていた髪も、セットせずにそのままにしていることが増えてきました。

最初は、「その方が体が楽なのかな?」と思っていました。

でも、実家での探し物が増えたり、片付けが難しくなってきた今の父を見ていると、ふと思うのです。

「楽だから」だけじゃなくて、もう、そこまで自分の身なりに気を配るだけの『エネルギー』が、今の父には残っていないのかもしれないな、と。

正直に言うと、なんだか無性に寂しいです。



あんなにシャキッとしていて、こだわりがあって、格好よかったお父さん。

その父が、少しずつ、少しずつ、自分のこだわりを手放して小さくなっていくような気がして、胸の奥がキュッと切なくなります。

「お父さんも、やっぱり歳をとったんだな〜」

頭では分かっているはずのその事実が、ジャージのズボンやセットされていない髪を通して、ダイレクトに心に染みてくるのです。

これまで長年、母の介護を最前線で背負い、自分のことは二の次、三の次でボロボロになるまで踏ん張ってきてくれたお父さんです。

オシャレをする気力が湧かないくらい、本当は心も体もクタクタだったのかもしれません。

お父さん、これからはのんびり過ごそうね。