Oh Sherrie スティーヴ・ペリー | 自然と音楽の森

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洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。

20140812StevePerry

 ◎Oh Sherrie
 ▼Oh,シェリー
 ☆Steve Perry
 ★スティーヴ・ペリー
 released in 1984 from the album STREET TALK
 2014/08/12

 スティーヴ・ペリーのこの曲は、僕と同世代前後の人にはおなじみ。
 
 本題の前に、You-Tube映像問題はまだ解決していませんが、他の方は観られるという貴重なご意見をいただいたのと、間が空きすぎるので記事を上げることにしました。
 PCに詳しい弟はお盆でそろそろ帰省してきます。

 さて、8/3放送の「笑う洋楽展」のお題は「鼻」。
 鼻が極めて特徴的な人の5曲は以下の通り。

・Rod Stewart / Da Ya Think I'm Sexy?
・Steve Perry / Oh, Sherrie
・Ringo Starr / It Don't Come Easy
・Barbra Streisand / Places That Belong To You
・Pete Townshend / Face Dances Part Two

 今回は僕にとってバーブラ・ストライザンド以外はおなじみのメンバーで、珍しくすべて何かのテレビ番組の(口パク)ライヴではなく、公式のプロモーションビデオ(フィルム)でした。
 
 この中から最優秀作品賞に選ばれたのが、スティーヴ・ペリーでした。
 他については、特に言いたいのはありますが(笑)、敢えて触れずに進みます。



 Oh, Sherrieについてみうらじゅん氏が逸話を紹介していました。
 それによれば、この曲はスティーヴの当時の実際の恋人にあてて書いたもので、名前も実際と同じ"Sherrie"、しかもプロモに出ているのもその本人だということ。
 この曲は世に出た頃から知っていますが、その話は初めて聞きました。

 ビデオクリップが始まると、最初は、オペラのシーンでも撮影をしているのか、スティーヴが中世風の服装で、台詞回しが上手くゆかずに何度も失敗して監督に文句を言い始める。
 重たい空気を自ら切り裂くように、スティーヴは"Should've been gone"と大声で歌い出して歌に流れてゆく、というもの。
 
 知らなかった。
 最初にこんな寸劇がついていたんだ。
 いかにも80年代、とみうらさんが言っていたけど、ごもっとも。

 僕はこのビデオクリップをフルで観たことはないのかもしれない。
 家にクリップが入ったDVDやCDはないみたいだし、確かケーブルテレビのMTVでも観た記憶がないか、観たとしても歌の部分だけだったのだろうと。
 
 当時の「ベストヒットUSA」では、歌のサビの部分だけがチャートインしていた間は毎週流れていて、少しずつシーンは違えど歌の中だけだったし。
 でも、「ベストヒットUSA」で初めての時はきっと最初から流れただろうから、僕はその初回を何らかの理由(多分寝ていた)で見逃していたということなのでしょう。

 それにしても、こんなおなじみの曲でも知らなかったなんて、なんだか面白かった。



 Oh, Sherrieですが、僕にとってはなんとも複雑な存在の曲。

 歌としては大好きでよく口ずさむけれど、でも音楽としてみると素直に好きとは言い切れない。
 ある人が見れば嫌いと思うかもしれない、でもヒットした当時を知っているのでなにがしかの思い入れがある。
 自分で編集CD-Rを作る場合は入れないかもしれないけれど、人にいい曲だよねと言われるとちょっと照れ笑いを浮かべながら「はい」と言う。
 なんだろう、こんな曲は珍しい。

 ひとつに、この歌、歌うのがこっぱずかしい。 
 まあ、よく口ずさむと書いたんだけど、ほんとうにサビの8小節だけを気持ちを込めずにさらっと歌うだけ。
 といって僕は気持ちを込めた歌い方はできないですが(笑)。

 その理由が「笑う」を観て氷解しました。

 そうだよね、ほんとうのことを歌っているんだから。

 僕は、作曲者個人が曲に反映され過ぎているものを素直に受け止められない傾向にあります。
 むしろ、モトリー・クルーのように、本当は悪者でも(失礼!)いい曲を書く、というほうが、音楽としては受け入れられやすい。
 なぜなら、音楽を解釈するのは聴き手だからであり、聴き手はあくまでも音楽だけから何かを感じたいからです。
 ちなみに僕は小説でも私小説が大の苦手です。

 じゃあなんでジョン・レノンが好きなんだと言われれば、そういうことが分かる前にジョン・レノン個人を好きになってしまい、そういうものだと思うようになったからにすぎないのです。
 ただ、ジョン・レノンの個人的なことに普遍性を持たせる説得力は天性のものだと思いますが、長くなるので別の機会に。
 
 この曲について、なんてことない、実際に当時のスティーヴ・ペリーの恋人だっただけではなく、ビデオクリップの中でスティーヴは、歌のみならず映像を通して堂々と愛を告白していたのだから、そりゃこっぱずかしくなるわなあ。

 ということは、この曲のビデオクリップは、イメージ映像としてはストレイトに伝わる上質なものといえるのでしょう。
 演技のようで演技ではないスティーヴも、その真っ直ぐさが見る人に伝わったと。

 でもねぇ。

 このビデオクリップ、高校生当時、周りのみんなで笑いものにしていました。
 "holds on"という部分で彼女を抱く仕草をするところを何人かが笑いながら真似ていたし。
 そのうち一人は極めて個性が強かった戸田君だったけど、今頃どこでどうしているのかな。
 
 この曲が笑いたくなるのはもうひとつ、スティーヴ・ペリーだからというのがあるかと。

 ジャーニーは当時は人気絶頂期から少し下り始めた頃だったけど、あのかっこいい音を出すジャーニーの人が、コメディすれすれのことをするなんて、と。

 今は栃木に住んでいる僕の友だちは一時期車でジャーニーばかり聴いていたという人だけど、その彼ですら、この曲はちょっと、と申しておりました。
 その友だちは、メロウな曲、スロウな曲、マイナー調の曲が元来あまり好きではなく、ジャーニーでもWho's Crying Nowのどこがいいんだと言っていたので、この曲が好きになれなかったのは当時からなるほどとは思っていました。
 ちなみに、でもその友だちはやっぱりOpen Armsは大好きで、だからそういう傾向がある、というくらいですが。

 しかし今振り返ると、スティーヴ・ペリーはこの曲のようにもっとメロウな、おとなしい、落ち着いた「歌もの」をやりたかったのでしょうね。
 ジャーニーはスティーヴのソロの前のFRONTIERSから次のRAISED ON RADIOの間が長かったですが、その間に路線を巡る対立があったのは想像に難くありません。

 付け加えると、スティーヴ・ペリーはジャーニーのヴォーカリストとしていまだに最もふさわしい人ではあるけれど、スティーヴ・ペリーらしさは必ずしもジャーニーらしさではない、ということ。
 曲はメロウでも味付けはやはりがっちりとしたロックにしたかった、というのが多分ニール・ショーンの考えなのではないか、と。

 そもそもスティーヴ・ぺリーは後から入った人ですからね。
 バンドなんていろんな考えの人が集まってやるのだから、誰かが、妥協というか、引くというか、周りに譲らなければうまく進んでゆかないのでしょうね。
 ジャーニーの場合は、スティーヴの人気が出過ぎていろいろとぶつかったのでしょうね。



 人前で堂々と自分の気持ちを表明するなんて、歌手なんて人気商売だから、人気商売の特権ではあるけれど、一方ある意味ピエロのようなものなのでしょうね。

 歌われた相手も大変。
 ポールの最初の奥さんの故リンダ・マッカートニーやオノ・ヨーコのように自分も表に出る人であればまだ肝が据わっているでしょうけど(リンダさんは引っ張り出された感がありますが)、そうではない、このシェリーさんのような人は。
 今はどう思っているのか、スティーヴとの仲も含めて、観たくもないかもしれないし、いい思い出と受け入れているかもしれない。
 そのことが今回、気になりました。

 そのシェリーさん、当時の記憶では普通にキュートな女性だと思っていて実際そうだったけれど、でも、白いワンピースに赤いストッキングというのが、アメリカ人のセンスなのかな、ちょっと抵抗がありました。
 まあ、僕の恋人ではないので余計なお世話ですが(笑)。
 彼女は演技を一切していないとみうらさんが指摘し、逆に演技しなかったのがよかったんだろうねと安斎肇さんがフォローしていたのは納得でした。

 それにしても、確かにスティーヴ・ペリーの鼻はものすごい、と今回思いました。
 横から見た時の尖り具合いが、他の鼻が大きい人とは違うところでした。
 


 何であれ、この愛らしい曲がこの世に存在すること、そしてその誕生をリアルタイムで体験できたことは、洋楽好きとしてうれしい限りですね。

 そして、今回、ますます、僕の中では複雑な存在の曲となりました。


 ところで追伸、8/10、8/17とお盆の2週は「笑う洋楽展」の新しい放送がないのが寂しいです・・・