YOU SHOULD BE SO LUCKY ベンモント・テンチ | 自然と音楽の森

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洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。


20140318BenmontTench


◎YOU SHOULD BE SO LUCKY

▼ユー・シュッド・ビー・ソー・ラッキー

☆Benmont Tench

★ベンモント・テンチ

released in 2014


 ベンモント・テンチ。

 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのキーボード奏者。 

 ソロアルバムが出るという情報を昨秋にFacebookで知り、2月のリリースを心待ちにしていました。

 今回はそのアルバムの話です。


 ベンモント・テンチは本名、Benjamin Montgomery "Benmont" Tench。

 なるほど、"Benmont"という変わった名前は、ファーストネームとミドルネームの頭をとってくっつけた造語なのですね。

 彼は1953年9月7日、マイアミ州ゲインズヴィル生まれ。

 幼少時代からクラシックピアノを弾き人前で演奏していましたが、ビートルズを聴いて心変わり、同じようにロックキッズだったトム・ペティと地元で知り合ったのが11歳の頃。

 つまり2人は幼なじみというわけですね、とまあこれはWikipediaからの情報。


 彼について語らなければならないのは、ほぼ毎年誰かのアルバムに呼ばれて演奏していること。

 ワーカホリックじゃないかと心配になるほど僕が買うCDではほんとうによく名前を見ますが、彼はミュージシャンの間で人気が高いのでしょう。

 実際、ピアノもハモンドオルガンも聴かせる人です。


 アルバムを聴いて感じたこと。

 音楽の「楽」の部分をよく知っている人だなあ。

 とにかく楽しい音。


 それはきっと、まず自分自身が楽しんだ上でないと、聴く人も楽しくさせられない、という姿勢があるのではないかと。

 他のアーティストに引く手数多なのは、呼ぶ側も彼と演奏すると音楽の本来の楽しさを再発見できるからではないか。

 エンターティメント性とはまた違う、もっと根源的な、人付き合いの中での人に楽しんでもらおうという姿勢が伝わってきます。

 彼は、実際に話してみると、多少斜に構え、皮肉交じりのユーモアを連発しながら話を進めそうな人に見えます。
 でも根っこの部分は暖かく、話が面白い人。
 まあ、僕が話す機会はないでしょうけど。

 ベンモントはトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズでは基本的には歌わないですが、ここでは歌っています。

 正直、歌手としてお金を取れるかというと、そうでもないかな。

 上手い下手ではなく、声がいいかどうかともまた違う、「商品」としての声の強さがない、という意味で、あくまでも商売としてどうかという観点で言っています、念のため。

 ごく身近にそのいい例がいますよね、トム・ペティ。

 あのつまようじを歯に挟んだまま歌うような歌い方、だみ声できれいな声ではないけれど、でも歌手としてトップクラスの人気があります(少なくともアメリカでは)。

 ただ、全体的に落ち着いた、インパクトよりはじっくりと何度も聴いてこそというこの音楽では、むしろベンモントのおとなしい声が飽きないし合っていると思います。 


 ところで声について余談、僕がこれを聴いていたところに帰宅した弟が、誰を聴いているのだと聞いてきました。

 ベンモント・テンチだと答えると、弟は、そうかどうりでトム・ペティに似ていると思った、と言いました。

 そうですね、トムのソフトな歌い方がずっと続いている感じかもしれない。

 その後弟は、同じバンドの人はどうして声も似るのだろう、と呟きました。

 なるほど、そういえばキース・リチャーズとロン・ウッドも似ているし、ピーター・ガブリエルとフィル・コリンズもそうだな。

 もちろんすべてじゃないけれど、とまあ余談でした。


 このアルバムはブルーノートから出ています。

 言わずと知れたジャズ系のレーベルで、ノラ・ジョーンズはデビューからそうですが、他にもヴァン・モリソンやブライアン・ウィルソンなど、ポップス・ロック系の人の作品も時々出しています。


 現在のブルーノートの社長はドン・ウォズです、僕も最近知ったのですが。

 ドン・ウォズは1980年代後半から90年代にかけて時代に合った華やかでしっかりと響く音で人気を博したプロデューサーであり、自身もウォズ(・ノット・ウォズ)というプロジェクトでWalk The Dinasaurなどのヒットを飛ばしました。

 ベンモント・テンチのこのアルバムはそれほどジャズっぽい響きではないのですが、でも、ロックから飛び出してR&Bの良さを伝えるアコースティックな響きの音楽という解釈で聴くと、ブルーノートであることが納得です。

 さすがは社長、うまいところに目をつけた。

 僕自身、ブルーノート・レーベルが大好きなので、家に届いたCDを見た瞬間、付加価値が増大しました。

 ジャケット写真がいかにもブルーノートという雰囲気ですよね。

 

 そのドン・ウォズは過半の曲でベースを弾いて彼を支えています。

 曲は、カヴァー2曲以外はすべてベンモント・テンチがひとりで書いています。



 1曲目Today I Took Your Picture Down

 窓の外の屋根から滴り落ちる雨のようなピアノの音で静かにアルバムが幕を開ける。

 いきなり別れる曲からというのが、やはり一筋縄ではいかない人なのだ、と。

 この曲では彼の声の「弱さ」があるからこその抒情性だと感じます。

 曲の流れも70年代から80年代によくあったポップなスタイルで、最初から安心して気持ちが入ってゆくのを感じます。


 2曲目Veronica Said

 「ジャーン」とギターが派手になって2曲目で元気になる。

 「ジャッジャジャラララ」というギターのバッキングのリフには胸が小躍りする。

 雨が上がり、傘を持たずに少々胸を張りながらどこかに向かう、そんな響きかな。

 でも、張り切り過ぎないようにしないと(笑)。

 サビでふわっと盛り上がる歌メロも含め、古臭い響きのロックはほっとします、そしてうれしい。


 3曲目Ecor Rouge

 いかにもブルーノートから出ている音楽らしい、つまりはジャズの雰囲気があるインストゥロメンタル曲。

 ベンモントのピアノが風に揺られています。


 4曲目Hannah

 おお、女性は2人目だ・・・

 ぼそっとささやくように歌う静かな曲。

 2人寄り添って歩いているのだから、大きな声で歌う必要もないでしょう。

 この先どうなるか、明るくも暗くもとれるのが興味深いところ。

 オルガンの間奏で少し丘が来るけれど、大きなことが起こらないうちにすぱっと終わる。


 5曲目Blonde Girl, Blue Dress

 この曲のゲストはトム・ペティとリンゴ・スター。

 いや、うれしい、やっぱり参加していたか。

 トムは幼なじみだから言うに及ばず、リンゴも1980年代後半以降トムたちと親交を深めていますからね。

 曲自体がトム・ペティらしいと感じます。

 それにしても、もしかして歩いている間に他の女性を見てこれを歌ったのかな。

 その女性が背が高くて清楚でりりしい人だったことを想像させるおとなしい音。

 

 6曲目You Should Be So Lucky

 アップテンポのファンキーなリズムでぐいぐいと引っ張ってゆく表題曲、クライマックスといえるでしょう。

 曲のイメージはナット・アダレイのWork Songに歌詞がついたもの、ですね。

 ゲストはライアン・アダムス、シェリル・クロウなどいろんなところで客演しているのを聴いているけれど、実はまだその人自身を聴いたことはない。

 だから彼がいるからどうというのは分からないけれど、アルバムでいちばん元気な曲であるのは若さゆえかな。

 でもコーラスのつけかたがやっぱりいかにもトム・ペティと感じてしまう。

 思わず体が動いてしまう曲。

 7曲目Corrina, Corrina

 トラディショナルをボブ・ディランがアレンジした曲で、ブックレットにそう記されているのでディランの曲といっていいでしょう。

 FREEWHEELIN' BOB DYLAN収録。

 ボズ・スキャッグスもロッド・スチュワートも昨年のアルバムで歌っていたけれど(ロッドはボーナストラック扱い)、何かこの曲が注目されるようなことがあったのかな。

 偶然だとすれば、お互いに知って驚いたでしょうね。

 いや、知らないかも・・・なんて寂しいことは言わない。

 ギターの音色が、秋、黄色い落ち葉が風で舞い落ちてくるイメージ。

 黄色い葉というとイチョウになるのでしょうか、でも僕はイタヤカエデを思い浮かべました。

 そう、このアルバムは全体的に秋のイメージかもしれない。 

 春先に聴くと想像や思い出の世界になりますが、春先に出て聴き込んで、夏の間はお休みして、秋にまた聴くとぐっとよく響いてくるでしょう。


 

 8曲目Dogwood

 犬も木もベンモントも大好きな僕にはうれしい曲名。

 "Dogwood"とは「ミズキ」「ハナミズキ」、ハナミズキは僕の周りにはないけれど、ミズキは枝が赤くて上向きに伸びる縁起のいいあれですね。

 ボサノヴァ風の洒落た曲で、Bメロの女声コーラスが効いています。

 気持ちが自然と楽しくなりますね。


 

 9曲目Like The Sun (Michoacan)

 12弦ギターが軽やかに鳴る、これぞバーズ直系トム・ペティの音。
 聴いた瞬間、頬の筋肉が緩んで、涙腺も緩みそうな自分に気づきました。

 でも、ほんとうに声をトムに変えると100%トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズといった曲でうれしいことこの上ない。

 ベンモントはもちろん、トムのコンサートでやるとすごく盛り上がりそう、と妄想が始まっております(笑)。

 僕が選ぶこのアルバムのベストチューンはこれですね。



 10曲目Wobbles

 "wobble"は「よろめく」という意味で、なるほど、立っているけれどどことなく頼りない、そんな響き。

 インストゥロメンタル曲が3曲目とここ10曲目に配置されていますが、おそらく彼は、12曲を6曲6曲のLPA面B面と分けて流れを組み立てていると、これがここにあることで想像しました。

 いい流れです。

 これはラテンっぽい雰囲気。



 11曲目Why Don't You Quit Leavin' Me Alone

 独白調の曲においては、彼のあまり強くない声がほんとうに歌に寄り添っていますね。

 老人が過去を振り返る映画のシーンにとてもよく合いそう。

 でも、「一人にするのをやめて」と訴えるこの曲、そういう状況では深刻すぎるかも。

 ということを、少し強く歌ったところで声が揺らぐことから感じました。

 懇願するのでもなく、祈るでもない、不安だけどなるべくそれを表したくない、心にしみる曲ですね。

 
 

 12曲目Duquesne Whistle

 最後にこの曲が聴こえてきた時の僕のうれしさといったら。

 少し前に記事(こちら) を上げたボブ・ディランの好きな12曲の中にこれを選んでいましたが、そうかやはりこの曲が大好きな人がいたんだ、しかも尊敬するミュージシャンが。

 ラグタイム風の軽くて洒落た雰囲気、このスウィング感、映画『スティング』を思い出します。

 ディランもこのアレンジは気に入ると思う、コンサートでこのアレンジで歌ってくれないかな(笑)。

 前の曲が重たすぎて、このまま終わらせてはいけないという思いからか、弾けた曲がアルバムの最後にあるのはほっとします。




 最初は敢えて書かなかったのですが、言ってしまえばこれは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの音なのです。

 同じ人がやっているのだからそうなるのは当たり前かもしれないけれど、これを聴いて、バンドの中で彼が作った曲は結構多く、重要な役割を果たしてきていたことがあらためて分かりました。


 歌メロが意外といい、ということも感じました。

 もう少し趣味性が出たものを想像していたのですが、歌として普通の曲が多い。

 ベンモントの声は、「歌う」というよりは「口ずさむ」のによく合います。

 僕の場合は人前でもカラオケでも歌わないので、そのことでかえって親しみを覚えます。


 音楽としてのインパクトの大きさよりも、2回、3回と聴き進めるうちに良さが分かる、その典型的なアルバムかな。

 まあ、本人も大ヒットは狙っていないでしょうから、そこは安心して聴くことができます。

 好きな人なら、赤ワインでもあけながら、珈琲であればモカのブラック、そんな雰囲気の音楽かな。

 僕は悲しいことに普通に聴いていますが、でも、車よりは家、そんな響きの音楽です。


 いずれにせよ、いい音楽を聴いているんだなあ、という実感にひたれる1枚ですね。


 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの来日公演を願ってやまない人間ですが、その前に、ベンモント・テンチが小さな会場でコンサートもいいなあ。

 札幌には絶対に来ないだろうから、それはぜひ東京で行きたい。

 そこでTP&HBsの曲もたくさん歌ってほしい。

 と、結局はコンサートの妄想につながるのでした(笑)。