◎MIND GAMES
マインド・ゲームス(ヌートピア宣言)
John Lennon
ジョン・レノン
released in 1973
CD-0445 2013/10/9
10月9日はジョン・レノンの誕生日
今年で73歳、になっていたはず
ジョンおめでとう!
ジョン・レノンの、ビートルズ解散後の、スタジオ録音の新曲が含まれたアルバムとしては4作目。
この前がライヴを含んだ変則的な2枚組でした。
このアルバムは、僕が中高生の頃は世間の評価があまり高くなく、ジョン・レノンが好きな人だから聴ける、でも少々地味だ、みたいな言われ方をしていました。
だから、と評論家のせいにしていますが(笑)、僕はこのアルバム、二十歳を過ぎて、CDで初めて聴きました。
でも、初めて聴いて、こんなにもいいのは予想外でした。
つくづく、評論家の言うことを鵜呑みにしてはいけない、と・・・
まあ、その頃はもう僕の中でジョンへの信心みたいなものが固まっていたので素直に受け入れられたのかもですが。
なんといっても曲がみな素晴らしい。
歌が基本の僕としてはすんなりと心の奥まで入ってきました。
ここでのジョンの音楽は楽観的な雰囲気、悪く言えば緩い。
ヨーコさんとの生活が刺激から安定に変わってきたと感じていた時期なのかな。
しかし、皮肉にも、この後でジョンとヨーコは別居することになり、ジョンは家を飛び出し、「失われた週末」が始まるのでした。
お互いに安定よりは刺激の人間だったのかもしれない。
このアルバムは、ギターのデヴィッド・スピノザ、サックスのマイケル・ブレッカーそしておなじみジム・ケルトナーといったニューヨークのミュージシャンを迎えて録音しています。
でも、このアルバムがいまいち評価が高くなかったのは、ジョン・レノンにこのサウンドは合わないと感じた人が多かったのかな。
前作までは身内で固めたバンドらしいサウンドでしたが、いきなりプロの音を身にまとって出て来たことに違和感があった。
しかも、ジョンの力唱型のヴォーカルスタイルが、都会風のこじゃれた音に合わない感じもしないでもないし。
まあ、ジョンだって最新のサウンドには気持ちが動かされたでしょうし、ニューヨークに移り住んでその音楽に刺激を受けないわけがない。
ジョンも、悪く言えば節操がないんだけど、やりたいと思ったことを素直にやれる実行力があるのはさすがというか。
でも、ロックの魅力のひとつは、自分と異質なものを受け入れた上でぎこちなく表現することだから、このアルバムの違和感は、すなわち、ロック本来の魅力だと言えるのではないか。
このアルバムは、だからこそ面白い。
音楽の世界においてあれだけのものを作り上げておきながら、新たにぎこちないものを作ってしまったジョン・レノンという人が。
ポール・マッカートニーが自分の道を進んでいたのとは対照的。
でも、ジョンにとってはそうすることが自然だったのでしょう。
曲も、ヒットソングが並んでいるというよりは、ちょっとしたスケッチ、しかし中身の濃いスケッチが並んでいるといった趣きがあります。
曲はすべてジョン・レノンが作曲しています。
1曲目Mind Games
この曲には例のジョン自身によるコメントがあります。
いつもの『プレイボーイ・インタビュー』から引用しますが、引用者は適宜表記変更及び改行を施しています。
JL:この曲はもともと"Make Love Not War"と呼ばれていた。
でも今じゃもう口にできないほど陳腐な言葉になってしまった。
だから、僕は同じ意味のメッセージを別の言葉で書いたんだ。
"Mind games, mind guerrilla"ってね。
Imagineなんかと同じだよ。
これはいい演奏さ。
いつ聞いてもこのサウンドはいいな。
ぼくたちが60年代にずっと言い続けてきたこと-ラヴ・アンド・ピースをその言葉を使わないで表現しただけのことだ。
ラヴ・アンド・ピースなんてもうジョークになっちゃったものね。
GB:この曲は僕もほんとうに好きです。
ジョンの曲で好きな10曲を選ぶと必ず入るし、ジョンの歌の中でも僕が何気なく口ずさむことが極めて多い1曲でもあります。
ジョンはサウンドがいいなと言っていますが、ほんとうにそう。
地平線を前にした暖かい日の夜明け、というイメージ、僕には。
まあそれはジャケットのイメージを引きずっているのですが。
イントロからずっと流れるジョンの短いスライド奏法のギターが、まるで鐘の音のように鳴り響き続けている。
鐘の音は祈りの音、ジョンのメッセージが音でも巧く表されている。
"Love is the answer""Yes is the answer"というのは、ジョンがほんとうに訴えたかったことをこれ以上ないほど簡潔にかつ深く表したくだりで感動します。
もっともっと注目されて欲しい曲ですね(もう既に今は昔と違ってかなり注目されているのかもしれないけれど)。
2曲目Tight A$
アメリカ移住を機にアメリカをおちょくってみた曲名。
"Tight as ..."と歌っていくのでこのA$は「アズ」と読むのでしょうけど、僕は普段は日本語で「タイトエードル」と言ってしまう(笑)。
ジョンがファンキーな響きの音楽が好きだったことが分かる
ファンキーなギターの音が心地よい、これはスピノザかな。
そしてペダルスティールギターが気持ちよく鳴っている。
ギターの間奏もいい、いかにもプロの仕事という響きですね。
この曲のジョンのコメントは英語版に載っているので紹介します。
なお、英語版のものは以降も引用者が翻訳しています。
JL:ゴミ箱行きの曲さ。
こんな感じの曲をやってみたかっただけ。
テックス・メックスのサウンドだね、今ならありふれているけれど、その頃はまだあまり多くの人がそれをやってはいなかったな。>
GB:あ、そうですか・・・(笑)。
ただ、誰それより先にやったということにジョンはこだわっていて、その自信の片りんはのぞくことができます。
3曲目Aisumasen (I'm Sorry)
「あいすません、ヨーコさぁん」
正しくは「あいすみません」でしょうけど、英語圏の人には「みま」と続くのが発音しにくいのでしょうね。
むしろ「あいすんません」のほうが言いやすかったのでは。
でもそれだと日本語としてはちょっとおかしい。
単純に音に合わせて母音をひとつ削ったのかもしれない。
いずれにせよ完全な日本語ではないのは、日本人がすぐそばにいたのにどうして、と思ってしまう。
ちょっとだけヨーコさんに抵抗したかったのかな(笑)。
まあ、気持ちは伝わるからいいんだけど。
ジョンがブルーズが好きなことが分かる、ジョン流に崩したブルーズ。
ピアノの「ポロロッン」という音がGodを彷彿とさせるのは、早くもジョンは自分自身を茶化しているのか。
「ジョンの魂」の頃の苦悩から抜け出したということを認めた上で世の中に言いたかったのかもしれない。
いずれにせよこの頃は心は穏やかだったようですね。
そして、ヨーコさんにすっかりひれ伏しているというか・・・
Mind Gamesにも「愛とは降伏することだ」という歌詞もあるし。
いややはなんとも、という感じもしないでもないですが。
4曲目One Day (At A Time)
先ずは英語版からの引用。
JL:これは人生に対する考え方さ。
どのように生きてゆくかということ。
ファルセットで最後まで歌うのはヨーコのアイディアだ。
GB:この曲は好きみたいですね、というかいつものジョンらしい曲。
裏声で歌う抒情的な曲だけど、ジョンの歌い方には切なさ、哀愁、虚しさ、といったものがほとんど感じられない。
だから切迫感を出すためにファルセットにしたら、と。
この曲は最初に聴いて、すごくいい曲だと思いました。
ところで、この曲が面白いのは、2番の2'18"の部分。
1番では"Good for you too"と歌うところに女声コーラスが被り、2番でもそうなると思いきやジョンは"Good for us too"と歌いコーラスはそのままなので、歌とコーラスが違うことを言っている。
つくづく、突き詰めないで作った緩いアルバムだな、と。
でも、失敗だったら録り直すだろうに、そうしなかったのは、間違うことが意図的だったのか、意図的に残したのか、それとも、ヴォーカルがこれ以上いいのが録れなかったので仕方なく、か。
なんて考えるのは楽しい、だから緩い音楽もいい(笑)。
この曲はエルトン・ジョンがカヴァーしていますが、むしろエルトンの色に合っているかもしれない。
5曲目Bring On The Lucy (Freeda People)
レゲェが流行ってたんだな、ロックを席巻してたんだなって。
ジョン自身もこの後Do You Wanna Danceを録音するけれど、面白いのは、ジョンの2曲とレッド・ツェッペリンのD'yer Ma'ker「ジャメイカー」のサウンドプロダクションが似ていること。
ロックでレゲェ、まだまだ創生期で幅が狭かったのかな。
最初に話して呼びかけるのも、仲間意識を出そうとしているように感じる。
これもスライド奏法のギターが縦横無尽に駆け巡るのが気持ちいい。
ただ、この能天気ともいえる明るい曲の中で"Stop killing!"と叫ぶのが、はっとさせられる。
でもこれも、型にはまらない平和のアピールと受け取れます。
"Lucy"って何、なんて野暮なことは言いっこなし(笑)。
ただ、もうジョンの後だけど、アフリカで発見された原人の化石に"Lucy"と名付けられたので、今では僕はそれも思い出します。
6曲目Nutopian International Anthem
このアルバムは最初は「ヌートピア宣言」と邦題がついていました。
ヌードみたい、とか、ヌートリアみたい、とか思いましたが(笑)、今はその邦題は帯の復刻などでしか使われていないようです。
さて、この「曲」は6秒間の無音。
Wikipediaによれば、ヨーコさん曰く、その6秒の間に頭に思い浮かんだ曲が「ヌートピア宣言」のテーマ曲なのだそうで。
うまいですね、だって、ヨーコさんの前衛芸術をジョンのアルバムに違和感なく取り入れて「聴かせて」いるのだから。
しかしこれ、LPであればA面の最後だから、この「曲」が終わるとレコードの針が上がって円盤が止まるわけですが、僕はCDで初めて聴いたので、ただ曲と曲の間が長いだけなのだと・・・
いや、CDを聴く前からこの「曲」が無音であるのは知っていたけれど、なんとなく終わってしまっていました。
CDの弊害でしょうかね、でも仕方ない。
7曲目Intuition
唸るというよりはうめき声のような強烈なベースから始まるこの曲、どことなくフレンチポップのような響き、と僕はずっと思っていますが、それがどうしてかは分からない。
確かに当時はミシェル・ポルナレフが流行っていたようだけど、どうもこれは、影響を受けたというよりは、たまたまのような気が。
この曲もジョンの声は曲に対して多少重たすぎる気がするけれど、内容が内容なだけに軽いポップスとはまた違う、そこがいいともいえる。
曲も、サビの最後"Intuition takes you anywhere"という部分が、とってつけたように急に明るくなるのがジョンにしては珍しく詰めが甘い気がするんだけど、でも時にはそういうのもいい。
なんせ「本能」で作っているのだし、基本の歌メロがとってもいいから。
「本能」という曲をジョンが作ったのは、やっぱり、と思ったものです。
引用した部分の歌詞も含蓄があってジョンらしい。
この曲では高音がためらいながら踊るピアノソロがよくて、どの曲にも演奏で聴きどころがあるのがさすがはプロの仕事。
1曲目の次に僕がこの中で好きな曲はこれです。
8曲目Out The Blue
この曲も英語版から。
JL:これまたただのラヴソングさ、何も意味はない。
GB:でも、ただのラヴソングもまたいいじゃないですか(笑)。
これは「突然に」という意味ですが、普通は"of"が入るようで、ジョンへのインタビュアーも"Of"を入れてジョンに聞いています。
僕がこれをCDで初めて聴いた頃ちょうどデビー・ギブソンがOut Of The Blueをヒットさせてもいましたが、ということは、"of"を抜くのはジョン独自の表現なのかもしれない。
この曲は、ジョンに余裕がない時に録音するともっと切迫感があって「名曲度」が上がったかもしれない。
惜しいというか、でもそう感じさせるところがこのアルバムの作りが緩い、ということなのでしょう。
そうなんです、ジョンの音楽は、聴き手がいろいろ思うことがある、つけいる隙があるからこそいいのだと思います。
もちろん僕は、ジョンもポールもどちらも好き。
僕は、こういう音楽が好き、というよりは、個性を楽しむほうだから。
この曲は低音を微妙に歪ませたピアノソロが刺さるようで印象的。
"Like a U.F.O. you came to me"というくだり、当時UFOが流行っていたようで、それを見逃さないのはさすがにジョン。
9曲目Only People
この曲にもジョンの言葉が。
JL:これはひとつの歌としては失敗作だね。
僕はいいラインを思いついたけど、それをまともな形にするだけの言葉が思いつかなかった。
GB:そういわれればこの曲には強引さがありますね。
言っていることも(バカみたいに)シンプルな言葉だし。
ジョンのヴォーカルも強すぎる、力がこもり過ぎているし。
ただ、1作目2作目にはない無邪気にはほっとするものがあります。
ところで、このアルバムはベースが目立つ曲が多くて、そこも僕が大好きな部分ですね。
10曲目I Know (I Know)
ジョンの言葉。
JL:これまた何もない曲さ。
GB:先ほどからジョンの言葉を読んでいると、このアルバムは1曲目と4曲目以外はあまり気に入っていないのかな。
緩いのがいい、と僕はほんとうにそう思うんだけど、でもジョンとしてはほんとうはもっとしゃきっとしたかったのかな。
僕のようなことをいうと怒られるかもしれない・・・
イントロのギターがI've Got A Feelingと同じで、よほど気に入ったフレーズなのでしょうね。
歌詞には"It's getting better all the time"などと出てくるし、何もない割には聴きどころがある曲。
雰囲気的にはカントリーっぽさがあります。
ところで、このアルバムは()がついた曲が多いですね。
言いたいことをうまくまとめ切れなかったのかもしれない。
11曲目You Are Here
ジョンの言葉がもう1曲。
JL:バラードの伝統にのっとりつつラテン風にやってみた曲。
GB:優しい曲が続く。
スライドギターがいい。
ラテン風にやってみた、というからには、やっぱりジョンは音楽に対してセンスが鋭敏で、かつ自分でもやってみようという意気が強かったことがあらためて分かります。
それにしても、ジョンの優しい曲が持つ人の心を包み込むような感触は、ほんと、ジョン・レノンが好きでよかったなあ、と。
歌詞に"Tokio"と出てくるのは無条件でうれしい(笑)。
12曲目Meat City
僕がいつもいう「ロックの照れ隠し」、前の曲で優しさを見せてしまったところで威勢のいい曲で大見得を切ってしまう。
いきなり"Well"と大声で叫んで叫ばれたからには。
ちなみに"Well"はジョンの歌の中での口癖ですね。
ファンキーなロックンロールをアルバム最後に持ってきましたが、でもこの曲は最初、ジョンもこんな曲をやるんだと少々驚きました。
音楽的にもこのファンキーさに驚かされたのですが、それ以上になんというか、品がないですよね、「肉の街」なんて。
品がないというか、ジョンは食べ物に対しては妙にストイックだけど、でもこれは欲望を包み隠さず、不意に表れてしまっている感じが。
でも、『マジカル・ミステリー・ツアー』でスコップを持って食べ物をテーブルに「くべる」給仕をやっていたのはジョンだった。
しかしそれはポールのアイディアで、ジョンは食べることに対してストイックだからこそあのシーンが印象に残ったのでしょう。
映画『フェリーニのローマ』の最初の部分で、とにかく食べるシーンがあって、それも思い出した。
それはともかく、AメロからBメロに移る辺りのリズムが崩れるのはジョンの仲間だけではできなかったのではないか、という最後までプロの技を聴かせてくれるアルバム。
ギターの音が不自然に硬いのも生々しい。
"People are dancing like there's no tomorrow"というくだりもやっぱりジョン・レノンらしくて素晴らしい。
なんだかんだで爽快な気分にさせられる曲で終わります。
あらためてじっくりと聴くと、歌詞がとにかく素晴らしい。
この部分に関しては、ポピュラー音楽の世界では、いまだにジョン・レノンに並び称される人はいないと思います。
ここまで書いてきてこういうのもなんですが、僕はやっぱり「あばたもえくぼ」という人間かな。
断っておきますが、僕がここで書いたことはすべて、自分の気持ちには正直に書いています。
だからほんとうに大好きですよ、このアルバムは。
でも、ジョン・レノンが特に好きではない人がこれを聴くと果たしてどう感じらるのか、書いていて急に気になってきました。
音楽に人の意見は関係な、自分の好き嫌いでいいのでしょうけど、しかし一方、人と音楽の話をするのも楽しいわけで。
でも、そう思わせる作品を作ってしまったジョン・レノンこそが人がどう思うかを割と気にしていたのかもしれない、とインタビューを読む度に思いますね。
さて、今年は慌ただしく過ごしていて、ジョンの誕生日になんとか間に合ったという感じです。
もっとも、時差があるので、英国や米国の時間では、まだまだ余裕で10月9日ですが(笑)。