◎ATLANTIC CROSSING
▼アトランティック・クロッシング
☆Rod Stewart
★ロッド・スチュワート
released in 1975
CD-0423 2013/7/6
新作がなかなか良かったロッド・スチュワート、今回はソロ名義6枚目のスタジオアルバム。
「ロ」ッドで6枚目で6日はちょうどいい、か(笑)。
このアルバムと自作は、特別盤2枚組も出ており、今回はそれを聴きながらの記事です。
ロッド・スチュワート。
ジェフ・ベック・グループからフェイシズを経てソロになり大スターとなって今に至る。
なんだかとっても簡単な略歴ですが、ここで脇道にそれると大変なことになるので(笑)。
このアルバムは、タイトルが示す通り、英国の「酔いどれ」シンガーだったロッドが、アメリカに本格的に進出することを決め(既にMaggie MayをビルボードNO.1に送り込んではいましたが)、まさに大西洋を渡り、レコード会社をWarnerに移籍して本格的にアメリカで録音したアルバム。
ジャケットも、きらびやかなロッドが大股で大西洋をまたぐイラストという子どもでも分かりやすいもの。
僕は、このアルバムの存在は高校生の頃に知りましたが、これほど分かりやすいアルバムタイトルとコンセプトも珍しく、ああ、エンターテイメントとはこういうものなのかな、と思いました。
今、僕は「コンセプト」と書きましたが、いわゆる「コンセプトアルバム」のそれとは違い、ロッドの「状況」が音に反映されている、といったところいです。
このアルバムは、ソウル大好きのロッドが、かねてから切望していたサザン・ソウルの本拠地メンフィスのマスル・ショールズにて録音されたものが中心となっています。
フェイシズでもロックンロールとフォーク・トラッド色をうまい感じでミックスしていい味を出していたロッドにとっては、次のステップへ向けた「冒険作」でもあるでしょう。
僕がこのアルバムを初めて聴いたのは大学時代でしたが、当時はたまたま、オーティス・レディングの(Sittin' On) The Dock Of The Bayをマイケル・ボルトンがカヴァーして大ヒットさせた頃で、ボルトンのそのシングルCDを買って繰り返し聴き、少ししてオーティスのオリジナルも買って聴いたという頃でした。
ロッドのこのアルバムには、その曲をオーティスと共作したギターのスティーヴ・クロッパーが在籍していたメンフィスのハウスバンド、ブッカー・T・&・ジ・MGズのMGズのメンバーが参加しています(全曲ではありません)。
つまり、スティーヴ・クロッパー(Gt)、ドナルド・ダック・ダン(Bs)、アル・ジャクソン(Ds)の3人。
しかし。
僕は5年前からソウルを真剣に聴き始めましたが、それまでは、なんだかすごい人たちが参加しているみたいだなあ、くらいにしか思っておらず、これが「マスル・ショールズ」で録音された意味とありがたさがまるで分かっていませんでした。
すごいことなんですよ、これは!
しかもそれを英国の片田舎から来た白人歌手がやってしまうなんて、この年になってようやく分かってきたような気がしています。
このアルバムを当時初めて聴いた感想を書くと。
「なんかぎこちなくて妙な響きのアルバムだなあ」
今回は、リイシュー盤のブックレットに目を通しながら記事を書き進めていますが、それを読む限り、ロッドは、このアルバムに「自らのルーツを求める」という確固たる大きなテーマや理想を持って臨んでいたことが伝わってきます。
プロデューサーは、当時すでに伝説の人であり「レイラをプロデュースした男」でもあるトム・ダウドが務めていますが、先ずはそこからしてロッドにとっては大きな野望の第一歩でした。
このアルバムは、ロッドがフェイシズのメンバーからまったく離れた初めてのアルバムでもあるのですが、実は、最初はフェイシズのメンバーと演奏することも考えたようです。
しかし、演奏を聴いたトムとロッドは、残念ながら、ロッドの「ルーツを求める」テーマにフェイシズはフィットしないことを感じました。
そんな折り、MGズの都合がついたのでトムが声をかけたところ、彼らは喜んで演奏を引き受け、この「夢の競演」は実現した、というわけ。
ロッドも含めみんな酒好きで、話は早かった、というよりも、話すよりも飲んで演奏した結果かもしれないですが(笑)。
しかし、僕が「ぎこちなくて妙」と感じたのは、実はそこにあるのです。
なんぜ、いきなり「本物」のソウルのバンドをバックにやってしまったのだから。
「本物」が好きな人から見ると、このロッド・スチュワートという若僧(当時)は、なんとも無謀で、身の程知らずで、まあ言い方は悪いですが、ちょっと売れたからといっていい気になって立場を利用して夢を強引に実現させてしまった・・・という感じでしょうか。
ロックという音楽は、同じぎこちないのであっても、下手でもいいからとにかく自分たちで演奏して自分たちの色で表現することが重要なのでしょう。
だから、例えばローリング・ストーンズのEXILE ON MAIN ST.は、アメリカ音楽に大胆に挑んだ上であんなにも評価されるのだろうと思います、もちろんストーンズが下手とはいわない。
しかしロッドは、いきなり「本物」をバックにやってしまった・・・
「身も蓋もない」というところでしょうか。
まあしかし、「臆面もなく」何事もやるのがロッド・スチュワートという人の特徴だから、これはこれでロッドらしいともいえるのでしょう。
でも、このアルバムは、その「無謀さ」こそが魅力です。
無謀、身の程知らずというのは、つまりは「挑戦者」であるからで、その「挑戦者」としての姿勢は充分以上にロックであり、ロッドの「ぎこちなさ」「無鉄砲さ」は、それまでとは違うかたちのロックとしてのカッコよさとして映ってきます。
敢えてそんな無謀なことをしたからこそ、今までにない魅力が発せられたのでしょう。
フェイシズと共演しなかったのは、単にレコード会社の問題なのかもしれないですが、人は、前に進む際には思い切ったことをするのも必要ということを、このアルバムからは学べるのではないか、とも。
仮にもし、ほんとにフェイシズがやっていれば、きっとそれらしいアルバムには仕上がったでしょうけど、ロッドがこれほどまでに大きな存在にはならなかったかもしれません、歴史のifですが。
何より、仲間から離れて単身アメリカに臨んだところが英雄的でかっこいいですよね。
なお、このアルバムは、MG's以外にも、「バングラデシュ」に出ていた他ジョン・レノンの飲み友達でもあったジェシ・エド・デイヴィス、バーバンク系の名スタジオミュージシャンのリー・スクラーといった名うての名手がバックを務めていて、酔いどれバンドとはまるで違う音を聴かせてくれます。
こうして、ロッドの音楽の幅が広がってゆくことになりました。
このアルバムは、1曲目から5曲目のLPのA面が"Fast Half"、6から10曲目のLPのB面が"Slow Half"と各面毎に色づけされており、これはいい試みだと思います。
ロッドはこれが気に入ったのか、次作でも、A面とB面が逆ですが、同じ仕掛けをしています。
1曲目Three Time Loser
やはりこの粘つきは「本物」だなあと。
ロッドもいきなりシャウトしつつ、もわっとした歌い方で、歌ではもう最初からロッドの世界を展開しています。
ロッドの場合、ソウルが好きで歌い方も影響を受けていますが、でも、フィーリングとしてはまるで黒っぽさがなく、それが「ぎこちなさ」と感じる部分かもしれません。
最初のつかみはいい。
なおこの曲はロッドひとりで書いているのもポイント高い。
新作の記事でも書きましたが、ロッドの曲はひねりや展開があまりない代わりに、いい意味での予定調和的な分かりやすさが特徴で、ここもサビへの入り方が自然に流れて行きます。
2曲目Alright For An Hour
この曲を最初に聴いた時にはっきりと、南部の粘つくリズム感にロッドはあまりフィットしていない、と感じました。
でも、繰り返しになりますが、そのフィットしていないところが逆に、この曲を魅力的にしていると思います。
繰り返し、ロッドの曲は割と単純ですが、いい曲だなあ、以上の魅力がこの場合はそのぎこちなさであるから。
この曲は大好きで、若い頃に最初に聴いて、既に知っていた3曲以外ではこれが、好きかどうかというよりは違う意味で最も印象に残ったくらいですから。
なおこの曲はジェシ・エド・デイヴィスとの共作で、だから演奏にも参加していると思われますが、残念ながらブックレットには、どの曲が誰という詳しいクレジットがなく、デイヴィスについては言及すらほとんどないので、彼が他にどれに参加しているかは分かりませんでした。
3曲目All In THe Name Of Rock 'N' Roll
タイトルはロックンロール、だけどソウル、のりがよければ名前なんてどちらでもいい。
リズムセクションとブラスが低音で迫りくる感覚は、僕がそれまで聴いていたロックにはない「本物」の感覚、いまだにこれはゾクゾクしますね。
ロッドもこの演奏で歌えることがうれしかったに違いない。
ブラスだけが置いて行かれたように残るエンディングが面白い。
余談ですが、モトリー・クルーにAll In The Name Of...という曲がありますが、歌の中では...の一部をRock 'N' Rollと歌っています。
4曲目Drift Away
ドビー・グレイという人がヒットさせた古い曲のカヴァー。
この曲はすぐに大好きになりました。
Fast Halfの中では最もテンポが遅い曲で、骨太の演奏にダイナミックなロッドのヴォーカルがうまくのり、ちょっとしたバラード風の仕上がりになっています。
特に最後のほうの演奏がブレイクした中でロッドが扇情的に歌うのは、ほんとにカッコいい。
この曲は、リンゴ・スターが1998年の隠れた名盤VERTICAL MAYでカヴァーしていますが、それを聴いて、あれ、どこかで聴いた曲だなと思いつつ、2日くらい経って突然、ロッドの声とともに頭の中に浮かんできて思い出した、なんてことがありました。
5曲目Stone Cold Sober
この曲はまさにロッドらしいシンプルなロックンロールで、ここにきてバックとの息もぴったり、歌と演奏のなじみもよく、素晴らしいノリとグルーヴ感を見せてくれます。
ロッドとスティーヴ・クロッパーの共作で、ロッドも好きだけど、クロッパーも大好きだからこういう曲が世の中にあることはうれしいですね。
でもこれ、素面="Sober"の時に出来たのか、そうではなくて・・・
フェイシズ時代のロッドの魅力を、新たなバックで上手く再現した佳曲。
6曲目I Don't Want To Talk About It
"Slow Half"の最初から名曲が出てきます。
ロッドのカバーが名曲として今に聴き継がれていますが、元々はクレイジー・ホースの曲。
これを作曲し歌っているダニー・ウィットンは1972年に29歳で亡くなっており、ロッドがこれを取り上げたのは哀悼の意も込めていたのかもしれない。
アコースティックギターとロッドのヴォーカルがひたすら美しい。
オリジナルも悪くない、とてもいいのですが、名曲という言葉にふさわしいのはやはりロッドの演奏のほうではないかと。
アコースティックギターによるアルペジオの名曲としても筆頭格でしょうね。
7曲目It's Not The Spotlight
続いて優しい響きのアコースティック・ギターによる曲は、バリー・ゴールドバーグとジェリー・ゴフィンのカヴァー、渋い。
こういうバラードはやっぱり、ロッド、うまいですね、完全に自分の歌にしています。
間奏にはマンドリンが入りますが、ロッドはマンドリンが好きですね、Mandolin Windという曲もあるくらいに。
8曲目This Old Heart Of Mine
モータウンの名ソングライティングチームのホランド=ドジャー=ホランドの名曲で、アイズリー・ブラザースがヒットさせた曲。
オリジナルではアップテンポで楽しげな曲を、ロッドは思いっきりスローにしてバラードに仕上げていますが、これがまた、名曲に新たな命を吹き込んだかのよう。
「本気でバラードを歌ったロッド・スチュワートはすごい」と言ったピーター・バラカンさんが、元々好きだったこの曲をバラードに仕上げたのはいいアイディアで大好きだと、辛口の彼にしては手放しでほめていました。
でも、僕はこの曲は、1989年のボックスセットSTORYTELLERにおいて、オリジナルのロナルド・アイズリーとデュエットしたアップテンポのバージョンで先に知り、それがロッドでも五指に入るくらい大好きな曲となったので、後にこちらを聴いて、最初は少しがっかりした覚えがあります。
でも、今はもちろんこちらはこちらで大好きだし、いろんな意味でこのアルバムらしさが出ていると思います。
なおこの曲は、ブックレットによれば、アル・グリーンのリズムセクションがバックを務めているそうで、マスル・ショールズではなくてもやはりサザン・ソウルにこだわりたかったのでしょうね。
9曲目Still Love You
B面ではロッドが書いた曲はこれだけですが、これがまたじわっとしみてくる佳曲で、ロッドのヴォーカルが繰り広げるドラマに酔いしれる曲。
いや、さっきは「単純」だなんて書いたけど、ロッドはやっぱりソングライターとしても優れていますね。
エンディングの部分の
そして、気持ちが盛り上がったところで次の曲へ。
10曲目Sailing
いまさら何を言う必要もない名曲、名カヴァー。
元々はサザーランド・ブラザースの曲ですが、この曲がいかにもロッドらしいと感じるのは、曲がとにかくシンプルで同じ部分を繰り返すだけ、しかしその曲こそがきわめて印象的で歌メロが素晴らしいからでしょう。
僕から弟くらいまでの世代なら、洋楽を少しでも聴く人はほとんどの人が知っているというくらいに日本でも知名度が高い曲。
名曲とはまさにこういう曲のことを言う、永遠の名曲。
ところで、この曲のイントロのアルペジオですが、ギターで音を拾って弾いてみても、なんだかしっくりとこない。
アコスティックギターの名曲を集めて楽譜付きで紹介したムック(雑誌)でもそのことに触れられていますが、どうやら多重録音しているのではないか、とのことでした。
個人的にはやっぱり歌詞に"bird"が出てくるのが、気持ちが入るなあ(笑)。
なお、今回のリイシュー盤は、Disc1が本編、Disc2がボーナスマテリアルですが、本編の最後にもう1曲付け加えられています。
11曲目Skye Boat Song
スコットランドのバグパイプによるトラッド風の曲。
このセッションの合間に録音された曲で、1976年にシングルとしてリリースされたもの。
この曲は明らかにアルバムの流れからすると異質ですが、Sailingの後に入っていると、イメージがつながって広がってゆき、これはいいと思いました。
ただし、あくまでもSailingとのつながりだけで、アルバムの中にあるとやっぱりかなり印象が違い、LPには入れなくて正解だと思います。
ただ、逆に、そのような曲をロッドはここにわざわざ入れたのは、アメリカに渡っても心はずっとスコットランドにあった、といいたいのかもしれません。
さらに今回この特別盤で初めてお披露目されたアウトテイク3曲にも触れます。
Disc2
1曲目To Love Somebody
ビー・ジーズの名曲中の名曲。
これはジャニス・ジョプリンもカヴァーしていたのですが、ビー・ジーズのフォーク時代の曲はカヴァーが多く、ヴォーカリストにとっては彼らの曲は歌ってみたくなるのでしょうかね。
2曲目Holy Cow
リー・ドーシーのヒット曲でアラン・トゥーサンの曲、そしてロック界ではザ・バンドのMOONDOG MATINEEでのカヴァーが知られています。
ロッドもそれらしくとろく歌っているけれど、正直、ロッドには合わないかな。
ここに取り上げる3曲は、MG'sのメンバーとの顔合わせの際にリハーサルを兼ねて演奏されたもので、それなら納得ではあるけれど。
3曲目Return To Sender
最後はメンフィスということで、エルヴィス・プレスリーからも1曲。
ロッドがエルヴィスを歌ったのは初めて聴いた、と思ったらジェフ・ベック・グループ時代にJailhouse Rockを歌っていたか。
ところで、MGズとのこの3曲は、アル・ジャクソンがこの後急死してしまったため(殺害されたという)、アル・ジャクスンと演奏した最後の人間がロッドではないかといわれているのだそうです。
このアルバムは、僕が10代の頃は、「ロッドは好きです、アトランティックをクロッシングする前までは・・・」「ロッド・スチュワートはアトランティックをクロッシングしてからつまらなくなった」、などとよく言われていました。
今でもそうなのかもしれない。
当時はそんなものかな、と思ったけれど、自分で聴くと、その言葉では切り捨てられてしまった部分がよく分かりました。
ブルー・アイド・ソウル、という音楽があります。
ロッド・スチュワートは一般にはブルー・アイド・ソウルとは目されていないようで、ウィキペディアのページでも「代表的な」アーティストの中に名前はありません。
ロッドは、ソウルの真似をするのではなく、ソウルを聴いた時に感じる心地よさ、歌のうまさを、あくまでも自分なりに表現しようとした人であり、その姿勢はロック以外の何物でもないからです。
ブルー・アイド・ソウルもロックの一部だといわれればそうかもですが、もっと根源的なロック音楽という意味において。
そのことは、このアルバムを聴けば一発で分かります。
そして、挑戦っすることの勇ましさとその意味、といったものも、このアルバムの魅力のひとつとなっています。
そういう意味では、つまらなくても(笑)、ロック史に残る名盤といっていい、と僕は信じています。
しかし、これを聴いて、ロッド自身よりも、ソウルをもっと聴きたくなってしまった(笑)。
だけど、ロッドこそがソウルの魅力に気づかされるヒントを与えてくれた人だから、ロッドも悪い気はしない、と、勝手ながら思いたいです(笑)。