TATTOOED MILLIONAIRE ブルース・ディッキンソン | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森-May09BruceDickinsonTM


◎TATTOOED MILLIONAIRE

▼タトゥード・ミリオネヤ

☆Bruce Dickinson

★ブルース・ディッキンソン

released in 1990

CD-0402 2013/5/9


 アイアン・メイデン2代目(と4代目、一応)のヴォーカリストであるブルース・ディッキンソン初のソロアルバム。

 メイデンの8枚目のアルバムの前に出ています。


 今回は、ストーム・ソーガソン氏追悼ミニ特集第2弾として、これを選びました。

 アルバムのアートワークはしかしST氏ではありません。

 ST氏の仕事であるなら、もっとイメージに富んだものになるはず。

 ただ、タトゥー関係で日本の浮世絵らしき絵が目立つところに描かれているのは、日本人としては無条件でうれしいですね。


 アルバムのスリーヴは違うけれど、この中の2曲でST氏がビデオクリップの監督をしています。

 僕はそのことを、はるかさんのBLOGの記事で知りました。

 正しくは、見たことはあるのに気づいていなかった、というべきですが・・・

 表題曲であるTattooed MillionaireとかのAll The Young Dudesがその2曲。
 早速、家にあるDVDを観ました。


 Tattooed Millionaireは、公園の池の潜水艦の中からブルースが潜望鏡で世の中を眺めるというもので、最初からもうSTワールド全開。

 しかも、ST氏やヒプノシスの過去の作品のパロディが随所に散りばめられており、ピンク・フロイドのWISH YOU WERE HEREの帽子のおじさんがたくさん出てきたり、レインボーのDIFFICULT TO CUREのジャケットの難しそうな顔の医師が出てきたり。

 笑える、いろんな意味で、楽しい、しかも曲の風刺の精神がパロディとぴったり合っている。

 このアルバムでもうひとつうれしいのは、確証はないのですが、途中のシーンが、ビートルズが『マジカル・ミステリー・ツアー』でレースのシーンなどを収録した飛行場じゃないかな、ということ。

 違ったらごめんなさいですが、それに空港なんてどこも同じような風景かもしれないし。
 面白いので何度も観ているうちに、このアルバムの記事を上げなければ、と思うに至りました。


 All The Young Dudes、曲については後詳述、こちらは一転して、言われなければST氏とは分からないかな、実際僕もこちらは割と見慣れていたので意外でした。

 モノクロで、ディッキンソンが不良青年(中年?)仲間を集めて廃屋でロックをやるというモチーフで、街中を歩くディッキンソンにひとりずつ加わって並んで歩くのは西部劇のイメージか。

 唯一、ST氏らしいと思ったのは、2番のヴァースのところ、女性が2人画面の手前で横顔で見つめ合い、その顔と顔の隙間の向こうからブルースが歩いてくるシーンかな。

 それにしてもこのビデオクリップで僕がおかしいのは、ヤニック・ガーズの顔、そのビデオから20年以上経った今でもほとんど変わっていないこと。

 老け顔だったんだなあ、でもだから余計に"Young"という言葉とのミスマッチ感覚が面白い。

 ヤニック・ガーズは、プレイヤーとしてではなくキャラクターとして、僕がすべてのギタリストでいちばん好きな人ですが、そんなヤニック、やっぱり間奏のところでギターを弾き始めるとかっこいい。

 白のストラトでローズウッド指板のものを弾いていて、多分今も使っているギターだと思うけれど、でも当時はまだピックアップをハムバッキングに変えておらずオリジナルのシングルコイルだ、と、弟が目ざとく見つけて言いました。

 ヤニックは、このアルバムでブルースと仲良くなり、ちょうどメイデンの前作の後でエイドリアン・スミスが脱退していたこともあり、8作目からメイデンのメンバーとして加わります。

  

 これらのビデオクリップはYou-Tubeなどで観られると思い、ご興味があるかたはぜひ観てください。



 アルバムの話。


 バンドのメンバーがソロアルバムを出すと、その人のバンドにおける役割がよく分かりますよね。

 曲を書く人であれば、バンドのあの曲はこの人だったんだと思ったり、逆にバンドのあの曲のイメージそのままだ、となったり。


 ロックバンドのヴォーカリストは、古いロックンロールの影響を強く受けている人が結構いますよね。

 ロバート・プラントはエルヴィスのフリークだし、イアン・ギランはLucilleがコンサートの定番、フレディ・マーキュリーも「愛という名の欲望」を作ったりと。

 一方でギタリストはブルーズメンの影響を受ける。

 当たり前なのでしょうけれど、ブルース・ディッキンソンもそんなひとりであり、ヘヴィメタルだからといって色眼鏡で見られては困る、というのが僕の思い。


 そんなブルースのこのアルバムは、とにかく至ってシンプルなロックンロールアルバムとなっています。

 

 メイデンの場合はスティーヴ・ハリスがすごい人だから、誰が書いてもその素材を発展させてメイデンらしく聴かせている。

 メイデンでもロックンロール系の曲はあるけれど、このブルースのソロを最初に聴いた頃は、未消化な部分を感じていたのは否めない。

 どうしてもメイデンと比べてしまうわけだけれど、ブルースにしてみれば比べられたくはないでしょうね、メイデンとは違うことをやりたくて作ったに違いないから。


 ただ、ディッキンソンがメイデンに戻ってから聴き直すと、これはこれで素晴らしいロックンロールアルバムだと気づき、大好きになりました。

 おそらく、ブルース・ディッキンソンという稀代のヴォーカリストが晴れてメイデンに戻ったことでほっとしたことからそう思ったのだと自己分析します。

 ソロアーティストとしては弱いけれど、メイデンのひとりであるなら安心して聴ける、というか。

 

 このアルバムは、メイデンを聴いたことがない人でも、ロックンロール系が好きであれば気に入るのではないかな。

 ディッキンソンもソロを重ねる中で少し複雑なことをしてゆくのですが、最初のこれは、単純にロックンロールにこだわってみた潔さが爽快な響きです。


 だからアイアン・メイデン的な雰囲気は薄く、当時の流行りのヘヴィメタル的な音を出しています。

 その点では、先日記事にしたキッスのCRAZY NIGHTSと同じ流れにあるといえるのでしょう。

 逆を言えば、メイデンは当時は孤高のサウンドだったこともあらためて見えてくるのですが。


 曲は、カヴァーと最後を除いて、ブルース・ディッキンソンとヤニック・ガーズが共作。

 ブルースが息の合う刺激的な相手を見つけた、さらにそれがのちのメイデンの楽曲の充実につながった、それもこのアルバムの意味が大きいところでしょう。



 1曲目Son Of A Gun

 スロウテンポの重たいギターのアルペジオで始まる、ブルージーな響きの英国ハードロックにはよくあるタイプの曲。

 だからメイデンっぽいともいえるんだけど、最初から重たくて暗いこれはちょっとはったり効かせ過ぎと思わなくもない。

 最後まで聴き通すと、そのメイデンらしさが逆にこの中では異質な響きであることが分かってきます。

 ところでこれ、"Ride on you son of a gun"というサビが字余りだといつも思う。

 一方、そこで慌てるように歌うのが効果的といえるのかもしれないけれど。

 ヤニックのギターはやっぱりいい響き。


 2曲目Tattooed Millionaire

 と思ったところ2曲目でいきなり雰囲気が変わり、表題曲は軽快なギターリフで始まる明快なロックンロール。

 ブルース・ディッキンソンは拝金主義を皮肉った曲をよく書いていて、これもそのひとつ。

 でも、とにかく軽快で爽快な明るいロックンロールでそのような歌詞というのは、なかなか結び付かない。

 しかも、「入れ墨をした百万長者」というのは、ロックスターのイメージであり、ということはブルースが自身のことも皮肉っている。

 それを、強面で笑顔を見せずにしかし全体をユーモアで覆いながら歌いきってしまう、これはそんなブルースの真骨頂ともいえるでしょう。

 くどいようだけど、ほんとうにサビの歌メロが印象的、これはその上どこをとっても歌メロがいい。

 名曲、というと怒られるかもしれない、HR/HM系の中心部からは離れているけれど、存在感のある曲だと思います。

 多分、もっと見直されてもいい、という状況にある曲ではないかと。


 3曲目Born In '58

 アコースティックギターのアルペジオで始まる間の多いサウンド、アメリカンロック風の曲。

 80年代のヒットチャートはこんな曲が多かったなあ、と思うとうれしくもなり、少し照れくさくもなる。

 この曲はサビ一発勝負ではなく全体の流れで聴かせるタイプで、特にBメロでマイナー調になり歌メロが少し裏に入り込むのがいい。

 ブルースは実際に1958年生まれ、ノスタルジックな響きこれは、メイデンとはもっとも遠い曲。

 少なくともメイデンのコンサートで歌うと違和感大有り(笑)。

 そういえば、ブルース・ディッキンソンのソロコンサートも観てみたい。

 もちろんその場合、ギタリストはヤニック・ガーズで。


 4曲目Hell On Wheels

 刺さり込むギターリフ、これはもろAC/DC。

 FEAR OF THE DARK(記事こちら )のThe ApparitionとWeekend Warriorを足して2で割ったような曲だけど、どちらもヤニック・ガーズがスティーヴ・ハリスと共作した曲で、ということはヤニックがAC/DCが好きなのか。

 このアルバムの現行盤のボーナスディスクには、当時録音したAC/DCのSin Cityをカヴァーしていますが、スタジオテイクとライヴテイクがあるほどの気に入りよう。

 なんだか楽しいうちに曲は終わる。


 5曲目Gypsy Road

 またまたアコースティックギターのアルペジオで始まる、アメリカンロック王道路線。

 バッド・カンパニーのFeel Like Making Loveに似た雰囲気で、ということは英国人がやるアメリカンロックのスタイルということか。

 アイアン・メイデンの人というイメージで接すると、ここまでやるか、という感じがしないでもない。
 しかし僕はアメリカンロック人間だから、ブルースもアメリカンロックが意外と好きなんだと分かってほっとするものがあります。

 そしてブルースは、しっとりと聴かせる歌も意外とうまいんだな、と。

 ヤニックも間奏ではスライドギター的な演奏を聴かせてくれて、芸が細かい曲ともいえるでしょう。


 6曲目Dive! Dive! Dive!

 元気一発、ある意味笑ってしまう単純明快な曲。

 多分、このタイトルで明るいロックンロールといえば、誰でも曲のイメージがすぐに頭に浮かんでくるのでは、というくらい(笑)。

 ♪だいぶ だいぶ だいぶ って、夢の中にも出てきそう。

 でもこの元気、盛り上げようという気持ちがブルースのステージでのパフォーマンスにつながってゆくのでしょうね。

 実際にダイヴするかもしれない、ブルースが客に向かって、そして客が会場で。

 ただ、このアルバムで気になるところがあるとすれば、ブルースが高音を押しつぶしたような声で歌うことかな。

 それが当時のスタイルだったことは、3月に出た当時のライヴMADE IN ENGLAND(記事こちら )でも分かるのですが。

 

 7曲目All The Young Dudes

 おなじみ、デヴィッド・ボウイが書いたモット・ザ・フープルの名曲。 

 最初にこれを聴いた時は、やはりというか、メイデンとのイメージの違いに驚きました。

 こんなよく知られた曲を臆面もなく歌うよなあ、と思ったり。

 でも、ブルースにはこの曲は合っていますね、特にサビでタイトルを歌う部分で声を張り上げるところなど。

 ところでブルースは、1970年代前半までの曲が結構好きなようで、このアルバムのボーナスディスクではディープ・パープルのBlack Nightもライヴでやっているし、メイデンでは、レッド・ツェッペリンのCommunication BreakdownやフリーのI'm A Moverも録音しています。

 とはいえメイデンのそれらはシングルB面用であり、アルバムで聴くことはなく。

 だからこのアルバムは、メイデンだけでは見えにくい彼らの音楽的背景を見せてくれているという点で、メイデンを超えたロックファンとしてもうれしいですね。

 すいません、ボウイやモット・ザ・フープルのファンのみなさん、今の僕には、All The Young Dudesといえばブルース・ディッキンソンです・・・(笑)。

 

 8曲目Lickin' The Gun 

 短絡的と言われるでしょうけど、ガンズ&ローゼズを彷彿とさせる音作り。

 ギターリフが明るくてお喋りな人の語り口みたいで、ブルースもマシンガントークを展開。

 これはAメロがタイトルの言葉が出てくる歌、Bメロはラップ的で、Aメロのほうが印象的というのは、単純なようで曲に幅を持たせようとしているのが分かります。

 

 9曲目Zulu Lulu

 ほとんど駄洒落ともいえる音遊びで、意味などどうでもよさそう。

 ここまで来るともうブルースとヤニックの悪乗りみたいに感じなくもない(笑)。

 アルバムの最後に向けて突っ走る、ひたすら明るく楽しいロックンロール。


 10曲目No Lies

 最後も盛り上がる明るい曲、これがロックンロールアルバムであると高らかに宣言して終わる。

 一度音が止んでまた始まるのは、もう少しロックンロールをしていたかったという思い残しかな(笑)。

 "No lies, no angels, no heaven"というサビはそのままブルースの、そしてメイデンのキーワードであり、これはメイデンの明るい曲のスタイル。

 アメリカンロックはもちろん、前の2曲ですらメイデンでそれはやりすぎだろという感じですが、この曲はメイデンの枠の中にぎりぎり収まっている。

 つまり、結局はメイデンに戻って終わるのが興味深い。

 しかし、そう聴いてしまうと、この曲は、アンディ・カーという人が弾くベースの響きが弱く、あらためてスティーヴ・ハリスの偉大さを感じてしまう。

 まあしかし、そんな小さなこと(というのはスティーヴに失礼だけど)にこだわらず、楽しいロックンロールを聴いたなあと満足すればそれでいい。

  

 

 なお、ボーナスディスクには、「エルム街の悪夢5:ザ・ドリーム・チャイルド」のテーマ曲として発表されたBring Your Daughter...To The Slaughterのオリジナル・サウンドトラック・ヴァージョンが収録されています。

 その曲のメイデンのヴァージョンは件の8作目に収められていますが、意外なことにというか、それはメイデンにとって初の全英No.1に輝いた曲でもあります。



 ところで。

 ブルース・ディッキンソンと新加入のヤニック・ガーズは ここで得た生のロックンロールの感触を本家アイアン・メイデンに持ち込みすぎた結果、メイデンの8作目NO PRAYER FOR THE DYINGは、失敗作とは言わないけれど、ファンクラブのアルバム人気投票をするといつも最下位、という中途半端なアルバムになってしまいました。

 化学反応を起こすにはメイデンの基盤が強固過ぎ、時間がかかったのかな。

 メイデンはその次に、傑作FEAR OF THE DARKを生み出しますが、その後ブルースは一時脱退。

 このアルバムは、ブルースが暴走し始めてしまうきっかけだった、という見方もできるかもしれない。


 でもそれは、ブルースがメイデンに復帰したからこそ言えるわけであり、もし復帰していなかったら、このアルバムも闇に消え去っていたかもしれません。

 ブルースもソロ時代は、そこそこ以上にいいアルバムは作るけれど、もがき苦しんでいた様子も見て取れるし。


 結局のところ、今となっては、メイデンのブルースがやりたいことをやってみたアルバム、として聴くと、いろいろな思いが交錯して楽しく聴けるのではないかと思います。

 まあ、ファンとしては、それでよかったのですが。

 僕だって、ディッキンソンがメイデンに戻っていなければ、このアルバムを今聴いていたかどうか分からないし。


 と書いて、そんなことが仮想すらできない、彼がメイデンに戻るのは必定だったんだなと。


 ただしもちろん、このアルバム、運よく音だけから入って気に入ったかたがいらっしゃるとすれば、それはとても幸せな音楽の出会いだったに違いない、というくらいの出来の作品ではあります。


 ともあれ、ロックンロールはいつの時代でも楽しい、という基本中の基本を思い出させてくれるアルバムです。