◎ARGUS
▼百眼の巨人アーガス
☆Wishbone Ash
★ウィッシュボーン・アッシュ
released in 1972
CD-0401 2013/5/6
はじめに。
ストーム・ソーガソン Storm Thorgersonが亡くなりました。
日本では「トーガソン」とも表記されますが、STはヒプノシス時代にピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンなど数多くのアルバムのアートワークを手がけ、ロックのLPスリーヴをアートの域にまで高めた最大の功労者であり、ヒプノシスの後もソロで素晴らしい仕事を続けてきました。
僕は、STが手がけているというだけでCDを買ったことがあるくらい、音楽以上の付加価値を楽しんでいたひとりですが、彼が闘病中だったことは知らなくて、急な訃報にショックを受けました。
謹んで、哀悼の意を表するものであります。
今回と次回は、STがアートワークを手がけたアルバムのミニ特集ということで。
まずはウィッシュボーン・アッシュ。
これはヒプノシス時代の作品です。
そうですね、作品、という言葉を自然と使いたくなりますね。
◇
ロックを聴くようになってもう長い僕ですが、聴く前から、「これは絶対に大好きになるに違いない」と確信するアルバムに時々出会います。
ぱっと思い浮かぶものを例として挙げると、ニール・ヤングのAFTER THE GOLD RUSH、キンクスのVILLAGE GREEN PRESERVATION SOCIETY、グランド・ファンクのWE'RE AN AMERICAN BAND、ジェスロ・タルのSONGS FROM THE WOOD、そしてLYNYRD SKYNYRDなどなど。
定評があることも関係するだろうけど、でも、世の中では名盤と言われていても自分には合わないアルバムも少なくない中、何がそうさせるのか、自分でもよく分からない。
直感、としか言いようがないのかな。
今回のこのウィッシュボーン・アッシュのARGUSもまさにその例。
ウィッシュボーン・アッシュを聴くきっかけは、アイアン・メイデンでした。
メイデンの中心人物であるスティーヴ・ハリスが、あるインタビューで好きなバンドを挙げていた中に、ウィッシュボーン・アッシュの名前もあったのです。
彼らのギターワークにはウィッシュボーン・アッシュの影響があるのだという。
ウィッシュボーン・アッシュは当時、名前だけは知っていたけれど聴いたことはなく、すぐにCDを買おうとAmazonで調べたところ、まったくもって不思議な偶然の巡り合わせ、今回紹介するこの30周年記念リマスター盤がリリースされるという情報に接し、それが出るのを待って買いました。
余談ですが、スティーヴ・ハリスが好きなバンドは他に、ピーター・ガブリエル時代のジェネシス、ジェスロ・タルということで、なるほど、単なるヘヴィメタルに収まっていない彼ららしいと思わせるものがありますね。
さて、CD、いざ買って聴くと・・・
すごい、予想していたよりもはるかにすごい!
音楽的にはブリティッシュ・ブルーズ・ロックの流れにあり、ギターの音の当たりも強くがつんと来るタイプの音楽だけど、英国トラッド系の影響も感じられ、歌メロは親しみやすく、音の響きからすると意外なほどにポップな印象を受けます。
ロリー・ギャラガーとジェスロ・タルの間くらいという感じかな。
いずれにせよ、音的には僕のロックのど真ん中でした。
「百眼の巨人アーガス」なる仰々しい邦題がついているように、ひとつのコンセプト・アルバムとなっています。
そのコンセプトは「戦い」。
1曲目で朝起きて、2曲目で世界のちょっとした異変に気づき、3曲目は最初はのんきに構えていたところ、4曲目で王様が来ることになる。
5曲目で身近な自然ともしばしお別れ、6曲目で男は戦士となり、しかし最後7曲目で男は剣を捨てる。
という物語であると解釈出来ます。
これを聴くと、レッド・ツェッペリンのBattle Of EvermoreやAchilles Last Stand、映画ではメル・ギブソンの『ブレイヴ・ハート』など、一連の英国の戦記ものが思い出されます。
アイアン・メイデンもそういえば戦場にテーマをとった曲が多いですね。
聴き終わってあらためてこのジャケットを見ると、見事に内容を1枚の写真でダイジェストしています。
アートワークはロック史の名作といっていいもので、「ジャケット買い」しても大成功するアルバムに違いない。
なお、これが『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのモデルだというのは、単なる噂話ではないかと・・・(笑)。
緊張感が高い、というのは、コンセプトアルバムには重要だと考えます。
このアルバムは、身を切るような緊張感と、すぐ隣にあるはずの安らぎの間で揺れる心を抒情的に描き出したもの、と、僕は受け止めています。
ウィッシュボーン・アッシュのこのアルバムでのメンバーは、スティーヴ・アプトン(ds)、マーティン・ターナー(Bs)、アンディ・パウエル(Gt)、テッド・ターナー(Gt)の4人、ヴォーカルはメインがマーティンです。
1曲目Time Was
朝をイメージさせる明るいトラッド風の曲、アコースティックギターのアルペジオでスタート。
このギターの音が、強くて大きいんです。
大きいのはミキシングなどで処理できることだと思いますが、強い音は、ピッキングがしっかりしていないと出せません。
最初に聴いてまず、その音の強さに驚き、美しい音色に感動しました。
組曲になっており、やがて曲はテンポアップしてエレクトリック中心となる。
印象的なギターリフが出て繰り返され、でも、軽やかさ爽やかさは失われない曲となっていきます。
アップになったところのリズム感、ノリのよさもいい。
途中で一瞬だけマイナー調に変わるの部分があるものの、この曲ではそれが一瞬だけで終わり、また元の明るく元気な曲に戻ります。
ただ、その一瞬の暗い部分が、一度聴き終ってみると、実はこの壮大なアルバムのダイジェストのほんの一部であることに後から気づかされる、いわば伏線を張っているのがうまい。
最後のギターバトルの盛り上がりも最高にいい。
2曲目Sometime World
軽やかに盛り上がったところで、突然の雷雨に打たれたかのようなずっしりと重たいブルージーな曲へと変わります。
イントロのとろけるようなギターの音からして、もうノックアウト。
曲自体も憂いを帯びた歌メロを感傷的に歌いこなし、ブリティッシュハードの世界に浸りきれます。
後半、唸りを上げながら旋律を奏でるベースに導かれてテンポアップし、クロストークのヴォーカルにギターが絡んでいくスリリングさ、まさにハードロックの世界をぐいぐいと押し進めています。
3曲目Blowin' Free
強引にいえばクロスビー・スティルズ&ナッシュ風ハードロック。
シングルヒットし、その通り、ポップで親しみやすい曲で、イントロから入るシンコペーションが気持ちをのせてくれる。
ああ、ちなみに僕はシンコペーションが結構好きです(笑)。
美しさとノリが両立した佳曲。
よく聴くと、ベースの音の出し方に、スティーヴ・ハリスが影響を受けた部分があるのかな、という感じもしてきます。
しかし、明るいのはここまで。
4曲目The King Will Come
曲が始まるまだかなり長い余白があり、静かに曲が始まる。
前の曲がまるで嘘だったかのようにマイナー調に転じ、感傷的というよりはやるせないヴォーカルとコーラス、そしてサビの歌メロがとにかく印象的。
感傷的な歌をまるでいたぶるかのように動き回るギターがまた素晴らしく、イントロのギターフレーズは口ずさんでしまうくらい。
ギターソロも、ともすればやりすぎてくどくなりそうなところを、まだまだ聴いていたいと思わせる演奏になっていて、ツインギターの醍醐味を味わえる充実した曲。
5曲目Leaf And Stream
叙情的な美しさに浸る感動的な曲。
Find myself beside the stream of empty fall
Like a leaf it's falling to the ground
落ち葉を歌いこんで秋を感じさせるのが日本人には特に訴えるものが大きい。
イントロは、印象的な旋律があるわけでもない、ただのギターのアルペジオで始まるんだけど、ギターの音をしっかりと美しく聴かせることに執心していることがうかがわれ、ただのアルペジオ以上に心を奪われます。
黙って集中して聴いていると、ほんと、ギターの音に引きずり込まれて別の世界に行ってしまうのでは、そんな不思議な感覚に囚われます。
ヴォーカルのマーティ、地声がそもそも哀愁を帯びた響きを持っていて、歌詞の行間も表し切っているような味があります。
あまりに気持ちが入りすぎると、「ああ、俺って生きていていいんだろうか?」とすら思ってしまう(笑)。
時空を超えた存在のような曲で、映画の回想のシーンなどにはうってつけの曲でしょう。
僕が選ぶこのアルバムのベストチューンはこれ。
そして、自然観察が好きな者としていえば、自然を抒情的に読み込んだものでは、すべてのロックの楽曲の中でも特筆すべき、とりわけ愛着がある曲でもあります。
6曲目Warrior
イメージは踏襲され、哀愁を帯びつつも力強いギターのカッティングで曲は幕を開け、そこに扇情的なギターのフレーズが絡みまくります。
男は農具を捨ててこの地を去り、武器を手に取って闘うしかない。
この状態にまで来ると、虚しい、無情、寂寥感、いろいろな感情が理性を超えて襲ってくるのでしょうけど、それがほんとにうまく表現されています。
煽るようなサビがぐぐっと胸に迫ってきて、泣ける曲ですね、
こんな曲はめったにない。
メイデンばかり引き合いに出していますが、僕がメイデンでいちばん好きな曲Afraid To Shoot Strangersにもつながる大作風の曲。
7曲目Throw Down THe Sword
前の曲の終わりの音がそのまま残る中で最後の曲が始まる。
悲しげなマーチングドラムに導かれ、曲が徐々に盛り上がり、最後はもう無情の嵐に巻き込まれるような世界。
やっぱり、ヴォーカルの声自体が、この世界を表現するのには、これ以上はないという効果を上げています。
最後に大作2曲を並べたところが、このアルバムのすごさであり、圧倒されたままアルバムが終わります。
この30周年記念盤には、当時のプロモーション用EPに収録されていた3曲のライヴの曲が収録されています。
8曲目Jail Bait
9曲目The Pilgrim
10曲目Phoenix
これがまたすごくて、おまけ以上の価値があり、あれだけの大作を聴かせてくれて、もっと聴きたいという渇望をアンコールとして満たしてくれる、このライヴの効果は大きいですね。
しかも、曲名を見ると、8曲目で戦争が終わって捕らえられ、9曲目で解放された後に巡礼に向かい、10曲目で不死鳥のごとく蘇る、と、拡大解釈かもしれないけれど、物語がつながっているのがまた素晴らしい。
ボーナストラックは良し悪しの面があるけれど、これは完全にうまく回っています。
なお、最初にCD化された際には、シングルB面曲だったNo Easy Roadが収録されました。
僕はそのCDも買ったのですが、正直、その曲はただの明るいポップソングで、いかにもB面といった趣き、下手をすればせっかくのアルバムの世界を壊してしまうような曲で、がっかりしました・・・
30周年記念盤には収録されていないのも納得です。
現行の廉価盤は30周年記念盤に準拠したもので、しかしとなるとこの曲が今は聴けないのは、それはそれで価値があるのか。
とにかく素晴らしいアルバム。
ギターワークにはただただ圧倒されるばかり。
このコンセプトは、ギターワークを最高のかたちで生かしていて、いわば相乗効果がこのアルバムをさらなる高みに揚げています。
「至宝」と呼ぶにふさわしいアルバムであり、「究極のギターアルバム」のひとつですね。
ところが、実は。
僕はまだ、ウィッシュボーン・アッシュのアルバムは、これ1枚しか聴いたことがありません。
1枚しか聴いてないのに偉そうに語るなと言われそうですが、彼らについては、他のアルバムもきっといいに違いないという「確信」があるので、敢えてこのような書き方をしました。
余談というか、僕の愛読書だった渋谷陽一のロック名盤を紹介した文庫本でも、取り上げていたのはこれではないアルバムでした。
ちなみに、なぜまだこれ1枚しか聴いていないかというと、至極簡単、他のアルバムはまだリマスター盤が出ていないからです。
少し前に、何枚かがデラックス・エディションで出るという情報があり、HMVにも出たのですが、何かがあってそれが中止になってしまい、以降も動きがないようで、残念でなりません。
国内盤紙ジャケットではリマスターを謳っているのですが、基本的に輸入盤を集めたい人間なので、躊躇しています(いました)。
高いですからね、特にSHM-CDともなると。
こうなったら仕方ない、リマスター盤じゃないのを買うかな。
しかし、非リマスター盤を買わないもうひとつの理由があるのです。
これだけ素晴らしく気に入っていてまだ僕が聴いていないバンドというのが、もうそろそろ少なくなってきていて、だから未開拓のバンドも幾つか、楽しみとして残しておきたいのです。
「資源の枯渇を防ぎたい」、そんな、ちょっと切ない気持があるのでした(笑)。
ともあれ、このアルバムは、ギター好きにはマストアイテム、と断言します。