OLD SOCK エリック・クラプトン | 自然と音楽の森

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◎OLD SOCK

▼オールド・ソック

☆Eric Clapton

★エリック・クラプトン

released in 2013

CD-0399 2013/5/1


 エリック・クラプトンの新譜を今日は取り上げます。


 今回は、既成のカヴァー曲が中心、新曲は2曲あるけれど自らがペンを取った曲ではなく、つまりはすべて他人の曲を歌ったアルバムということになります。


 新譜は出てすぐに買ってはいたものの、最初の頃はあまり気持ちが入ってゆかなかった。

 もしかして俺ってエリック・クラプトンがほんとは好きじゃないのか、単にビートルズに参加しているというだけで好きと言っていただけなのか、とすら思いました。


 でも、なんとなくかけていたところ、なんとなくいいと思うようになり、10日ほど前から漸く普通にほぼ毎日聴くようになり、記事にたどり着きました。


 あくまでも感覚的なものとして簡単にいえば、1970年代レイドバック路線を音だけ今風にしたといった響きかな。

 最初は気持ちが入らなかったのは、もう少しがつんとした響きが欲しかったのだと。


 ふと思った。

 エリック・クラプトンはもしかしてロックなんかやりたくなかったんじゃないか、と。

 

 若い頃からブルーズを中心にスタンダードやジャズ的なことをやりたかったんだけど、不幸にも1960年代のロック隆盛期に音楽活動を始めてしまい、ビートルズなんぞと仲良くなってしまうなんて余計なこともあって、気がつくとロックの時代の寵児に祭り上げられた。

 ロックをやらざるを得ない立場や状況に置かれてしまい、自らの意志では抜け出す術が見つからなくなくなり、身の破滅の危機すら迎えてしまった。

 幸いにしてそこから立ち直り、自分にやれることはとにかくやってゆこうと自分に思わせることで、ロックミュージシャンとしての活動をしてゆくことになった。

 それが意外と長く続いてしまい、今に至り、漸く趣味的な音楽ができるようになってきた。

 

 などと考えましたが、でも、その考えが浮かんであらためて聴き進めてゆくと、この緩さは自分なりに納得がゆきました。


 納得したということは、いいアルバムと思えるようになった。

 ロックではない、ブルーズにこだわらずフォークやジャズやスタンダード的なことをやるというのは、今のエリックらしさでもあり、かつ、生来のエリックらしさなのだろうと。

 

 そこまできて、やっぱりエリック・クラプトンというミュージシャンが好きなのだと、こちらも自分なりに納得。



 1曲目Further On Down The Road

 タジ・マハールとジェシ・エド・デイヴィスの曲からスタート。

 ブルーズ、ということになりますね一応は、そしてタジ・マハール自身がゲスト参加しています。

 でも、いきなりスティールドラム風のドラムスで始まる本格的なレゲェ。

 レゲェは言うまでもなくエリックの重要なキーワードのひとつだから、これは納得。

 ただ、正直、最初は、いきなりレゲェかい、と思ったものですが・・・

 Further On Up The Roadというカヴァー多数の有名なブルーズのスタンダードがありますが、これは"down"なんですね。

 でも、レゲェのリズムにはなぜかこの"down"がぴったりだと感じました。

 あくまでも僕の個人的な感覚で話してますが、「んっかっんっかっ」というギターのレゲェの裏打ちのカッティングが、降りてくる、という感じを受けたんです。

 落とす、というべきかな、何かに向かって突き進むというよりは、だめならだめでゆっくりやろうや、みたいな"down"な感覚を、ギターのカッティングから受けました。

 エリックのヴォーカルも、高音でも声を張り上げるというよりは少し抜いた感覚がやっぱり"down"。

 なかなかいいな、と、今は思います。


 2曲目Angel

 エリックのソウルメイトとでも言うべきJ.J.ケイルが書いた曲、本人も客演。
 僕はこの記事を書くまではブックレットを見ないで聴いていたけれど、いざ書くとなって読んでそれを知り、ああなるほど、と、いかにもJJケイルといった作風。

 イントロのピアノや高音のギターの音色はまさに天使が舞っているような響き。

 優しい女声コーラスに包まれるBメロがふわっとしたいい感触。


 3曲目The Folks Who Live On The Hill

 1930年代まで遡る曲で、ゆったりとしたいかにもアメリカン・スタンダードといった趣きの曲。

 こういうのはほんとうにエリックは好きそう。

 

 4曲目Gotta Get Over

 今作のプロデュースを務めるドイル・ブラムホールIIとジャスティン・スタンリー、それにニッカ・コスタの曲で、つまりは新曲の1曲目。

 この3人については僕も知らない人だから、Wikipediaを見てみました。

 Doyle Bramhall IIはアーク・エンジェルズというバンドで活躍し、2004年から2009年までのエリックのツアーにもギタリストとして参加、1968年生まれと若い人(僕より年下)。

 Justin Stanleyはオーストラリア生まれのミュージシャンで、シェリル・クロウの録音にもその名を見ることができる、年齢不詳(表記なし)。

 Nikka Costaはアメリカの歌手で10代の頃から活躍し、ジャスティン・スタンリーと結婚、1972年生まれ、ということはジャスティンもそれなりの年齢ということでしょう。

 むむ、ということは、ジャスティンはどこかで接しているはずだし、ドイルは札幌ドームのコンサートにも来ていたのかな、どちらも記憶がない・・・

 ともあれ、若手の力を積極的に取り入れているのは、音楽は過去に向かうだけではない、これから先も続くことをエリックが保証している、そんなところでしょうか。

 確かにいかにも若々しいドライヴ感あふれる曲で、これはかっこいい、この中ではいちばんロックっぽい曲でもあるかな。
 チャカ・カーンがゲスト、爽快感、ドライヴ感をさらに増幅させています。


 5曲目Till Your Well Runs Dry

 最初はバラード風に始まるけれど、Bメロに入ると一転してレゲェ、それもそのはず、ピーター・トッシュの曲。

 井戸が枯れるまでというのは比喩なのだけど、でも、いわゆる第三世界の歌として聞くと、それ以上の切実なメッセージを感じる。

 Aメロのとろけるようなギターの音色がいいし、テンポの変化もいい、気に入った。


 6曲目All Of Me

 僕としてはこれは先に言わねばならない(笑)、ポール・マッカートニーがコーラスとアップライトベースで参加。

 エリックもポールのKISSES ON THE BOTTOMに参加していたお返しかな、どちらもスタンダードだし。

 曲は、僕にとってはアメスタの中のアメスタというアメリカンスタンダードの中でも特に有名な曲。

 僕が二十歳前後の頃に、女性がクラブでこの曲を歌うシーンのたばこのCMが流れていて、曲名が書いてあったのでそこで覚えました。

 僕が持っているこの曲のイメージからするとちょっと慌てすぎじゃないかい、というくらいに張り切って歌っているのが、最初はちょっと違和感がありましたが、枯れるだけではないことを言いたいのかな。

 ポールを迎えて張り切っているのかな(笑)、張り合っているというか。


 7曲目Born To Lose

 1912年生まれのカントリーミュージシャン、テッド・ダファンの曲。

 というより、レイ・チャールズで僕は知りましたが、エリックもそうじゃないかな。

 ただ、レイ・チャールズは、カントリーが起源であることは感じられつつもレイ・チャールズの世界に染め切っているけれど、エリックのこれはカントリーとして寄り切っている感じ。


 8曲目Still Got The Blues

 僕として今回の大注目はなんといってもこれ!

 そうです、ゲイリー・ムーアのかの名盤、名曲。

 エリックとゲイリーの直接の交流は、僕が知る限りではなかったと思います、もちろん両者の活動のすべてを把握しているわけではないけれど。

 しかしそれでもエリックが取り上げたのは、やはり、同じようにブルーズが大好きなギタリストであるゲイリーへの哀悼の念から、と考えたいです。

 ただし、エリックとゲイリーには間接的なつながりがあります。

 ゲイリーの件のアルバムのThat Kind Of Womanはジョージ・ハリスンの作曲でジョージも客演。

 それは元々エリックのために書いたもので、トラヴェリング・ウィルベリーズも参加した地震のチャリティアルバムであるNOBODY'S CHILDでは、その曲のエリックが歌ったヴァージョンを聴くことができます。

 そしてエリックは、親友であるジョージから、ゲイリー・ムーアのことをいろいろ聞かされていた、と考えるのは自然なことでしょう。

 ジョージといえば、エリックはジョージのLove Comes To Everyoneをジョージの死後にカヴァーしていましたが、他のミュージシャンへの敬意をきちんと形として表しているのは、エリックの人間性を感じます。

 ゲイリーのオリジナルはブルーズの核の核といった響きだけど、エリックはアコースティック色を強めたカントリーブルーズっぽく仕上げています。

 オリジナルではギターが奏でる主旋律も少し変えた上で全体に流しています。

 ギターソロもそれで通していますが、ギタリストとしての矜持もあるでしょうし、同じにしないことでかえって尊敬の念を強く感じます。

 エリックは、"Still get the blues"と"got"を"get"と現在形に変えて歌っているのが興味深い。

 歌詞カードにも"get"と書いてあるくらい。

 もちろんオリジナルは"got"で歌っている。

 これ、今回はブルーズらしいブルーズはやっていないけれど、心はいつもブルーズにあるという偽らざる心境かもしれない、と僕は読みました。

 HR/HM系、というか日本では影響力が大きいそれ系の雑誌の愛読者は割と閉じた人がいるけれど、それ系以外の人にカヴァーされるのは、存外にうれしいのかもしれない。

 僕はもちろんうれしいですよ。

 そうそう大切なことを言い忘れるところだった、この曲にはスティーヴ・ウィンウッドもハモンドで参加しているのがさらにうれしい。

 スティーヴのハモンドも、エリックに寄り添いながら語り掛けてきますよね、これまた感動的。

 一昨年のコンサートでやってくれればよかったのに、と、いまさらながらに思ったけれど(笑)。

 なお、ゲイリー・ムーアのSTILL GOT THE BLUESの記事はこちら へどうぞ。


 9曲目Goodnight Irene

 ブルーズマンのハディ・レッドベターが1931年に吹き込んだ、これまたカントリーブルーズ調の曲。

 そうか、ここでブルーズをゲットしたんだな(笑)。

 ペダルスティールはおなじみグレッグ・リース。

 そうそう、参加ミュージシャンで僕が割と接する機会が多い人は他に、スティーヴ・ガッド、ジム・ケルトナー、クリス・スティントン、ウィリー・ウィークス、エイブ・ラボリエル、そして共同プロデュースのサイモン・クライミーなどなど、相変わらず多彩。

 そうか、ここにもジム・ケルトナーがいたか、また1枚増えた、ほんとうに僕が買うCDの月に1枚はいるんじゃないかな。 


 10曲目Your One And Only Man

 オーティス・レディングのカヴァー、ペンもオーティス自身。

 これまたレゲェに仕上げた上に、ハーモニカの鋭い響きが印象的。

 それにしてもエリックはレゲェが好きなんだなあ。

 レゲェをやっているエリックは自然体に映ります。


 11曲目Every Little Thing

 新曲の2曲目、上記3人が同じく作曲。

 これが感動的に素晴らしい。

 女声コーラスがタイトルの言葉を歌い、エリックが追いかけるサビが心に残る。

 それが最後のほうにエリックが、「子どもたちが歌うのが聞こえる」と言った後、子どものコーラスで"Every little thing you do is beautiful"と歌う、涙が出るほど感動する。

 ロックで子どものコーラスを出すのは反則、と、僕は昔から思っています。

 いい曲だけど、子どものコーラスがなければそこまで感動的にはならなかったに違いない。

 しかも、最後の最後で"beautiful"と出てくる、まさに「美しい」響きに包まれる。

 "Every little thing is beautiful"とは、自然観察をしている時の気持ちにつながってくる、だから余計に。

 まだまだこれだけの曲が作れるんだなあ、と、ほっとしたというか、1年に何曲出会えるかというくらいに素晴らしい新曲です。 

 ところで、水を差すようなことかもしれないけれど、Every Little Thingといえばどうしたってビートルズの曲を思い出さずにはいられない。

 しかも、何の偶然か、ビートルズのそれは遅刻したジョージ・ハリスン抜きで録音されたというこの皮肉が面白い。

 というのは、やっぱり僕がビートルズバカだからでしょうね(笑)。

 

 12曲目Our Love Is Here To Stay

 最後はガーシュウィンの曲でしっとりと幕を閉じる。

 国内盤にはボーナストラックが入っているようですが、うちにあるのはEU盤。

 前の曲の感動を引き継ぎつつ、安心感に覆われる、最後らしい終わり方。

 最後がガーシュウィンというのがまた落ち着きがあっていい。

 結局、よかった、このアルバムは。

 


 1930年代から90年代までと選曲が幅広くて、エリック・クラプトンの音楽の趣味に直に触れているように感じるアルバムですね。


 カヴァー曲のアルバムといえば、最近は、ポール・マッカートニーもグレン・フライも新曲を入れていたように、その流れが定着し、しかもどれも2曲ずつというのも同じですね。

 これはいいことではないかと思います。

 

 ロックは、シンガーソングライターを中心に発展してきた以上、自分で曲を書かないことはともすれば価値が低いとみなされがちでした。

 かくなる僕も、20代前半まではそういう凝り固まった考えを持っていました、今だから正直に言うけど。

 エリックも、ブルーズのカヴァーをやっていたかったのに、その波に飲み込まれてしまった。

 もちろんそれに挑戦しようという前向きな部分もあったのだろうし、だからここまでやってこられたのでしょうけど。

 

 でも、ソウルは最初から、一部の例外を除き、作曲者と歌手が別々のものとして発展してきた。

 カヴァー曲をいかに自分流にうまく聴かせることも歌手の技量のひとつだった。


 ロックは、漸くそこに追いついた、というだけの話かもしれない。

 後退した、というのではなく、新しい世界に踏み込んだと捉えれば、ロックも楽しみが増えたといえるのではないかなあ。

 

 そんなことも、エリック・クラプトンの新譜を聴いてつらつらと考えました。

 

 最後に、ジャケット写真は、エリックが自分のi-phoneで撮影したものだそうで。

 結局のところ、時代とは離れられない人なんだな、そんなことも思いました(笑)。