VAGABOND HEART ロッド・スチュワート | 自然と音楽の森

自然と音楽の森

洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。

自然と音楽の森-Jan29RodStewartVH


◎VAGABOND HEART

▼ヴァガボンド・ハート

☆Rod Stewart

★ロッド・スチュワート

released in 1991

CD-0354 2013/1/29

 

 ロッド・スチュワート16枚目のソロアルバム。


 僕がいちばん好きなロッドのアルバムです。


 ロッドは中学時代に大好きになり、それ以降、チャートを追っていたので、シングルヒット曲とMTV番組で紹介される曲には夢中になりました。

 でも、LPは2枚しか買ったことがなかった。

 しかもうち1枚がライヴ盤ABSOLUTELY LIVEで(2枚組ですが)、スタジオアルバムのLPは既に記事にしたBODY WISHESしか持っていません。

 1970年代の絶頂期のアルバムを聴いたのは、CDの時代になってからでした。


 僕はよく、かつては「アルバム至上主義」だったと言いますが、ロッドは、いい歌はたくさんあるけれど、アルバム単位で聴くものじゃないという「刷り込み」があった上に、実際に自分で買ったLPを聴いてそれを実感したことが、ロッドのアルバムを買わなくなった理由でした。

 たった1枚と刷り込みで判断してしまったのは今となっては反省点ですが、でも実際、当たらずとも遠からずではあるのは確かだと思います。


 ロッドは、いいアルバムを作ろうなんてさらさら思っていなかったから。

 いい歌を歌いたい、いい演奏の曲を収めたい、とは思っていたけれど、そこから先は考えていなかった。


 アルバムなんてそれでいい、と思えるまで、アルバム至上主義者だった僕は時間がかかりました。

 

 いいアルバムを作ろうという動きはロック時代になってからのことで、最近本を読んだある人は「コンセプトアルバムなる弊害」と記していましたが、若い頃の僕ならそれに反発したかもしれない。


 でも、今は、ソウルを聴くようになって、コンセプトとまでゆかなくても、アルバムとしていいものを作ろうという姿勢で臨まなくても聴いて楽しければ「いいアルバム」と感じられるようになりました。


 僕が24歳の時に出会ったこのアルバムで、僕は初めて、ロッドのアルバムを「アルバムとしていい」と思いました。

 でも、流れは少しは考えてあるけれど、別にコンセプトがあるわけでもなく、ただいい歌が並んでいるだけで、特に何かを変えたという様子はありません。


 しかしこれはいい、なぜか。


 ロッドは、このアルバムの前に、自らの20年余の音楽活動を総括したボックスセットSTORYTELLERをリリースし、そのために新たに吹き込んだDowntown Trainを大ヒットさせていました。

 このアルバムは、ロッドが新たな挑戦を始めた、その新鮮な気持ちが詰まっているのです。

 

 僕はそのボックスセットが大好きでずっと聴いていたのですが、このアルバムはだからリリースを待ちに待ったアルバムでした。

 過度の期待をすると、悪くはないけれどその大きな期待よりは低かったという例は多いことでしょう。

 しかし、僕の音楽人生の中で、このアルバムほど、高かった期待よりもさらに高かったという例は他にはちょっと思い浮かびません。 

 期待が低めだったけどそれ以上に良かったという例は幾らでもあるのですが。


 何がよかったかというと、身も蓋もないけれど、ほんとうにいい歌ばかりが並んでいるから。

 そして、新たな挑戦を始めたロッドの新鮮な気持ちが、それまでにないくらい伝わってきたからでしょう。

 新鮮とはいってもそこはベテラン、まったく新規ではなく、よりいい歌をうたってやろうという気持ちが上書きされた、というのが実際でしょうね。

 

 その新しい気持ちが「さすらうハート」とは、いかにもロックらしくていいじゃないですか。



 1曲目Rhythm Of My Heart

 ボックスセットのでの総括を受けた再出発にはこれ以上ふさわしい曲はない、という曲でアルバムが始まる。

 サビの部分の後半のくだりを書き出します。

 "Never will I roam for I know my place is home, where the ocean meets the sky, I'll be sailing"

 "Sailing"という言葉は間違いなく意図的に入れたものでしょうね(外部ライターの曲だけどオリジナル)、ここにロッドの自信と新たな気持ちを感じます。

 そして「海と空が出会う場所」というこのくだりが最高に素晴らしくて、海辺にあまり行かない僕は、海に行くといつもこのくだりを思い浮かべます。

 曲としても素晴らしく、もし、ロッドが、70年代にあれだけのヒット曲を放っていない人であれば、この曲は彼の代表作といえるくらいではなかったかと想像します。

 まあそれは歴史のifで、キャリアを総括した上に成り立っている曲に対してそれは違うかもしれないけれど、ここは単にこの曲だけに対する賛辞のレトリックと捉えてください。

 つまりそれほどまでに素晴らしい曲。

 もし、今の世の中でこの曲が忘れられているなら、こんなもったいないことはない。

 気持ちが入っている時に聴くと涙が出る曲でもあります。


 2曲目Rebel Heart

 ロッドに時々(よく)ある、ちょっとバカっぽい曲、つまり能天気な明るいロックンロール。

 感動的な曲の後にこれって、やっぱり流れは考えていないのかな(笑)。

 まあしかしロッドらしさを出すという点では成功しています。

 この曲はCメロというのかな、AとBがあってさらにCがあるんだけど、そこはロッドが早口で語っていて、僕はこれだけのことをしたのにひどいよ、みたいな嘆きなのになぜかカッコいい。

 ちなみに、さらに曲の中で1回しか出てこない部分もあり、シンプルなようで凝っている曲。

 ギターソロが終わって"Thank you"と言って歌に戻るのもカッコいい。


 3曲目Broken Arrow

 1987年に出たロビー・ロバートソンの初めてのソロアルバムは当時話題になりましたが、ロッドは4年後に早くもカヴァー。

 僕も当時、U2やピーター・ガブリエルなどが大挙して参加したロビーのアルバムは買って聴きましたが、オリジナルはもちろんいい曲だけど、ロッドはさらに歌メロに抑揚をつけていい「歌」に仕上げています。

 さすが、人の歌を歌わせたら世界一(笑)。


 4曲目It Takes Two with Tina Turner

 ティナ・ターナーとの大御所デュエットに選んだ曲は、モータウンのマーヴィン・ゲイとキム・ウェストンのヒット曲。

 僕はしかしここで初めて聴いて、オリジナルはだいぶ後になって聴いたんだけど、ロッドとティナのこれのキレのよさはすさまじいばかりの迫力。

 ロッドとティナにはあまりにも似合いすぎていて、ロッドのカヴァーの中でも秀逸な1曲といえるでしょう。

 それにしても、2人で歌う曲はどちらを歌っても気持ちがいいものですね(笑)。


 5曲目When A Man's In Love

 若者が恋に陥ると虎のように闘い鳩のように飛ぶ。

 さらりと歌ったかわいげのある曲だけど、これをほんとに若者がやると引いてしまうところ、説得力があるのはさすがはロッド。

 これを聴いた時、ジョージ・ハリスンのCLOUD 9に入っているThis Is Loveに似た雰囲気だなと思いました。


 6曲目You Are Everything

 ロッドも節操がないですよね、これほどまでに有名な曲を歌ってしまうなんて(笑)。

 スタイリスティックスのこの曲は僕も当時既に知っていましたが、ダイアナ・ロス&マーヴィン・ゲイが歌っていたことは後から知りました。

 お気づきかもですが、前者はコーラスグループ、後者はデュエットの曲を、ここではロッドは敢えてひとりで歌っていますが、ここに味がある。

 というのも、これは失恋の曲ですからね、ロッドは、一人で歌うべきと感じたのでしょう。

 いやあ、それにしても普通の人なら恥ずかしいでしょ、こんな有名な曲を、40歳を過ぎてカヴァーするなんて。

 それができてしまうのがロッド・スチュワートという人なのです。


 7曲目The Motown Song

 このアルバムがただいい曲を集めて歌っているのは、この曲があることで自明のものとなっています。

 つまりがロッドなりのモータウンへのオマージュとして聴くとこのアルバムの素晴らしさが分かります。

 この曲はロッドの曲として知られていますが、1986年の映画「クイックシルヴァー」のサントラに収められた曲で、そういう目立たない曲を見つけてくるのもロッドの眼力の鋭さ。

 60年代の音楽が好きな若者の様子を歌っていて、夜になると屋根にレコードプレイヤーとスピーカーを持ち寄って、ミラクルズをはじめとしたモータウンの曲を聴こうというもの。

 なんともいえないロマンティックなものを感じますが、そう書くと、古き良き時代だけの話と思うかもしれない。

 ところが今は、屋根とレコードプレイヤーの代わりに、インターネットとPCという場を借りて、世界中の若者が音楽を聴いているわけで、これは、いい歌を聴いて音楽が好きな人がつながろうという思いと捉えると、むしろ今のほうがこの曲のメッセージをよりよく感じられるのではないかと思います。

 別にロッドが時代を予見していたわけではない。

 単に音楽を聴いて楽しむという行為が時代が変わっても老若男女同じ気持ちになれる、ということをいいたいのです。

 歌メロも最高にいい、ロッドの歌い方もいい。

 そしてこれは、この後の来日公演で、演奏してくれないかなと思っていたところ演奏してくれて特にうれしかった1曲でした。


 8曲目Go Out Dancing

 ロッドでいえばYoung Turks路線の若々しいアップテンポのロックンロール。

 歌詞の中に、ボサノヴァ、ツィスト、チャチャチャなど踊りの名前がたくさん出てくるのが楽しい。

 でもあまりにもアップテンポで踊り続けて、最後はまるで疲れたみたいに静かにフェイドアウトするのがなんだか面白い。


 9曲目No Holding Back

 「失恋するのは誰も愛さないよりはよっぽど素晴らしいことだ」と歌うミドルテンポの感動的な1曲。

 歌メロもいいし、歌詞もいい、隠れた名曲だとずっと思っています。

 ところでこれ、翻訳して引用した歌詞の部分を僕は"Ain't it better"だと思ってそう歌っていたところ、ロッドが好きな友だちSに「そこは"Any better"だろ」と指摘され、その歌詞について学校の帰りの京王線各駅停車の中で15分ほど議論しました。

 僕が間違っていたんですが、でも、音楽についてそれだけ語り合えたのはよかったな、と、今にして思います。

 

 10曲目Have I Told You Lately

 ロッド・スチュワートのいちばん好きは歌はこれです。

 ヴァン・モリソンが1989年に発表したAVALON SUNSETに収録された曲で、やはり早くも見つけ出して自分の歌としていますね。

 後にUNPLUGGED...AND SEATEDで歌ったヴァージョンがTop10ヒットとなりましたが、当時結婚したばかりの奥さまのことを思ってか、歌っている途中で涙してしまった様子もレコードに記されています。

 その話は、ロッドがただの歌うたいのプロ以上に人間であることを感じますね。

 そしてその話は象徴的でもあります。

 「最近、僕は君に(愛していると)言ったことがあったっけ?」

 当時僕には付き合っている人がいて、この曲を聴いて、僕も40か50歳くらいになったところでこういう気持ちになるのかな、と思い、そこで僕の気持ちが完全にこの曲と一体となったと感じました。 

 ロッドと同じように、自分の気持ちに添う曲を見つけるとうれしいものですが、ほんとにこの曲は歌詞の一字一句すべてが僕の体の一部になっていると、今でも感じています。

 そんな僕ももう、当時そう思った年齢になったわけですが、この曲のような状況になっていないのは、なんともいえない気持ちですね。

 ちょっとしたすれ違いが、大きかったんだろうなあ。

 今は彼女はどうしているかなあ。

 Facebookで探したことはないけれど(笑)、でも、最後の約束は、その通り守っているんじゃないかな・・・

 というのは虚しい願望にすぎないけれど。

 ひとつ前の曲で「失恋するのは誰も愛さないよりいい」と言われたけど、その通りですね。

 もちろん、曲として大好きでよく歌うし、歌う度にそのことを思い出すわけではない、だから大好きな歌と言えるのでしょうね。

 この曲については話し出すと幾らでも長くなるので、もうやめておきます。


 11曲目Moment Of Glory

 またまたちょっとバカっぽいロックンロール、今回はサービス精神旺盛なこと(笑)。

 あれだけ感動的な曲の後にこれってどうなんだろう、と思うかもしれない。

 でも、前の曲でしんみりとしすぎたところでパァッっと明るくやってくれるのは、僕にはかえってうれしいし、そんなロッドが好きだし、そこがロックらしいところでもあり、だからこのアルバムが大好きなのでしょう。

 ロッドでいえばHot Legsの二番煎じ的ともいえるサザンロック風のスタイルだけど、おそらくロッドはこの前の年に出たブラック・クロウズを聴いて触発されたのでは、というのが僕の読みです。 

 ところで、「バカっぽい曲」というのは、ロッドが好きなSが名付けたもので、その通り、Sはこのアルバムは基本的には好きだったけど、この2曲だけは要らないと言っていました(笑)。


 12曲目Downtown Train

 この曲については、いずれこうなったら近いうちにボックスセットを記事にすることにして、そこで詳しく話したいと思います。

 ただこのアルバムとの絡みでいえば、ボックスセットには入っていたけどアルバム未収録だったので入れたということなのでしょう。

 当時はロッドのヒット曲としてだいぶ知られていたので、レコード会社のサービスというか販促というか、入れられた事情は納得できます。

 僕は最初は違和感がありましたが、でも聴いてゆくうちに慣れました。

 ただ、このアルバムの流れの中で聴くと、意外と軽いですね、僕にとっては。

 まあ、だからかえって聴きやすくていいのでしょうけど。


 13曲目If Only

 最後はスコットランドの香りがほのかに漂う感傷的なバラード。 

 「もし僕があれさえしていれば」と歌うこの曲、一見すると後悔しているように思えるけれど、そういうことがないようにと訴えかけている強い曲。

 アルバムの最後にふさわしい曲で、このアルバムはロッドのオリジナルでいい曲が揃っているのがポイントが高いですね。

 このアルバムは、後を引きますね、ずっとずっと。

 そのくせ、聴く度に新鮮な若い気持ちになれる。

 


 このアルバムがもうひとついいところは、曲の中でも触れたけど、音楽のことを話すのは楽しい、そのことが分かる、確認できることだと思います。

 The Motown Songなんて、曲を聴きながらあれこれ話している、ネットならチャットかな、ロックパブで語り合ったり、まさにそんな雰囲気であり、このアルバムを気持ちで支えている曲でしょうね。


 そのアーティストのいちばん好きなアルバムを紹介するのは、とりわけ楽しいですね。


 でも一方で、そんな素晴らしいアルバムをこれからはもう紹介できないのかと思うと寂しい部分もあるから、やっぱりファンはわがままですね(笑)。